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第四部 魔術院と精霊博士
128.打ち消される祝福 *
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淡い金の糸で草花模様を織り出す、薄青の絹地で統一された部屋の調度。
白い漆喰細工が美しい幾何学文様の大輪の花を描く天井。
その花芯のように金具の真鍮の色を映し、窓から差し込む陽光に虹色の煌めく水晶のシャンデリアが不意にその光を落ち着かせる。
部屋全体を照らしていたはずの、これから昼に向かって眩しさを強める光は翳り、主寝室全体が気怠い薄明かりに沈む。
かたかたと窓を震わせる風の音が聞こえて、広い箱型の寝台の内部を埋め尽くしていた熱く息吐く音と、寝具や衣服の布が擦れ合う音が中断した。
獣が屍体を屠るようにわたしの胸元に頭を伏せ、わたしの肌を吸ったり噛んだり舐めたりしていたルイが、着ているシャツも腰の辺りまで落とした上半身を軽く持ち上げる。
秋バラの濃い香りがふと寝台の中にまで届き、わたしは重みの消えた胸を大きく上下させる。
寝台のほぼ真向かいに離れてある暖炉の、大きな鏡を嵌め込んだマントルピースに飾られた水盤に秋バラは生けられていた。
ルイの荒く重いため息の声が耳を打ち、そのあまりに情欲の色を滲ませた乱れた息遣いに彼の片手に撫でられていた腰が思わず震える。
込み上げてきた羞恥を誤魔化そうと、わたしは慌ててルイに外の天気を尋ねたけれど失敗だった。何度も長く続いた口付けに、若干呂律が怪しくなっていた自分の言葉にますます苛まれてしまう。
幸い、ルイはそんなわたしの状態よりも投げかけられた問いに気を向けてくれたようで、さらに上半身を持ち上げて、わたしの体を跨いだ膝立ちの姿勢で窓へと横顔を向けわずかに目を細める。
「少しばかり荒れそうですね……空が暗く風も強い。この時期ままあることですが」
東部、特にフォート家の屋敷の敷地も含まれる国境の近辺は山脈や丘陵など起伏に富む。夏の終わりから秋の初めにかけて、急に天候が変化し軽く嵐のようになることが度々あるらしい。
朝から昼へと移っていく日中の明るいうちからの閨の行為に、少しばかりではない居た堪れなさと、なにもかも晒さてしまうことへの羞恥があったから、ただ太陽が雲に隠れただけとはいえ室内が薄明かりに翳ってくれるのはありがたい。
というより、ルイの熱にはもう十分触れた。
このまま中断してなんとなく寄り添って、怠惰を許して過ごすだけでもいいかもと思う。
中断したことで、ルイも少し冷静さを取り戻したらしい。
窓に向けた顔を戻してわたしを見下ろし、さっきまで胸に触れていた右手を左頬へと移して包むように添えた。
「一つだけ……貴方が地の精霊の“加護持ち”になって都合が良いことがある……」
「え……なに?」
まだ少し、ルイの熱にふわふわと体の力が抜けているものの、左腕を動かし下着も取り払われた胸元を隠すようにしながらわたしは尋ねた。
普段着ドレスはとうに脱がされ、その下に着ていた麻地は胸元を開かれて膝の少し上あたりに寄せられている。
なんとか下着の布端を引き上げようとして、跨るルイとわたしの脚の隙間に下ろしていた右手を伸ばしたけれど、上体を傾けてきた彼の動きに阻まれる。
わたしの左耳に口元を寄せたルイが、その時シャツの袖から手を抜いて床に脱ぎ落としていたことにわたしは気がついていなかった。
「上位打ち消しです」
囁かれた言葉の意味がわからず、瞬きしてわたしは、間近に迫った白く滑らかなルイの傾いた頬に視線を落とす。
わたしが彼の言葉を理解していないのは承知の上だったのだろう。
いつか魔術の技法について話したことで、四大精霊は上位、その眷属の精霊は下位となり下位精霊の役割が上位精霊を凌駕することはないと説明したことは覚えていますかと尋ねられる。
そういえば、そんな話をトゥルーズで聞いたなと思い出したわたしは頷いた。
「地の精霊の加護を受けている貴女にはもう、その眷属がフォート家に与えた“祝福”は及ばない」
その言葉に驚いたわたしが目を見開いたと同時に、ルイの左手が脱がされかけていた下着の布端を掴もうとしていたわたしの右手首を掴んで、わたしの頭の高さで寝台に勢いよく押し付けたのにさらに驚かされる。
「ル……イ……?」
「どれほどどんなに睦み合おうが、至極“安全”というわけです」
わたしの耳元から顔を上げて、それはそれは麗しくも美しい微笑みを見せたルイにこれまでで一番の凶暴な危うさを感じて、ふるふるとわたしは首を横に振った。
悪徳好色魔術師なルイに怖気付いたことももちろんあるけれど、彼の言葉の“安全”の中に、彼との間に子は成さないことが含まれているのに気がついたからだ。
「安全って……」
“偉大なるヴァンサン王の力を造り出す、ヴァンサン王の子の血統と力は途切れない。子から子へと引き継がれる”
それがフォート家が受けた“祝福”だ。
そのための一人を選び出すこともおまけのようについているけれど、そもそものところはフォート家の魔術を続かせる、その“後継者”を絶やさないもの。
「そんな極端なことってっ……」
「言ったでしょう、打ち消しと。“祝福”はなくなるわけではなく、上位の精霊の“加護”に弾かれ打ち消されるということです。だから貴女を危険に晒す後継となる子は生じない」
「それって……」
たとえ再びルイの元にわたしが戻れるようになったとしても、貴族の妻としては致命的だ。
貴族の、ましてやフォート家のような家系ならなおさら、その血筋を存続させる義務がある。
「ああ……やはり貴女は気にする。やがてわかることで貴女はきっとそうなるだろうと思ったことも離れようとした理由の一つでしたが……いまや考えを改めました」
「あっ、改め……た?」
胸を隠していた左腕も頬に添えられていた手に取られて、さっき押さえつけられた右手首と一緒にまとめるように頭の上へと持っていかれたのに驚いて、わたしは声を上げ、彼の言葉を繰り返す。
「考えてみれば、私にとってそれはどうでもいいことだと貴女にはっきり伝えていたのですから、それでもと貴女が言ったとして、その必要はないと何度でも説けばいいだけのことです」
「そんな……ルイっ……」
少し冷静にだなんてとんでもない思い違いだった。
冷ややかにすら見える青灰色の眼差しの奥に、あまり知りたいと思えないようななにかの感情が揺れているのに気がついてわたしは狼狽する。
怒っていて怖いとかいった単純なものじゃない。言い知れぬ怯えをわたしはルイに初めて覚え、そしてその怯えの奥底にはなにかを期待するようなものがたしかにあった。それがますますわたしを困惑させる。
「後継など必要があれば、必要な資質を備えた者を養子に迎えれば済むこと。もはや滅びかけた一族の末裔として後世に血を残す気もない」
「あの、せめてこんな状態じゃなくきちんと話し……んっ……」
彼の片手に両手を束ねて押さえつけられ、もう一方の腕で抱きすくめられて、再び覆い被さってきたルイに口を塞がれる。
もう何度も重ねて互いに貪り合うようにしていた後で、なにを話していたかなど関係なく、深い口付けの気持ち良さに頭がぼうっとしてしまう。
「……マリーベル」
離れたばかりの濡れた薄い唇。
熱いため息のような声で低く名前を囁かれながら、額を合わせてこられては余計に。
「いまは余計なことは考えず、私のことだけ」
誘惑に満ちた響きの言葉に、うんと頷きそうになってかろうじて思いとどまる。
快楽に流されてうやむやにしてしまっていい話じゃない。
話じゃないのに……。
「そんなの、だめ……あっ……」
「何故だめだと?」
背に回されていたはずのルイの手が、わたしの左の腰の線を辿って両脚の間に滑り込んだのに身を捩る。しかし、両腕を拘束され、片足も彼の両脚の間に押さえつけられてしまっては無駄なことだった。
むしろ身を捩り、足を動かし抗うほど彼の思う壺になる。
「貴女だって、こんなに熱く濡らしているのに」
「あっ……ルイ、ルっ……待って……や、だめ……ああっ……!」
鼻筋に、頬に、唇を軽く噛まれてその上に、顎先に。
音を立てて口付けを落しながら、一方で襞の合わせ目をなぞる指は的確で、ぬかるみを探る指先がぴちゃぴちゃと粘質な水音と共にその濡れた感触を塗りつけるように広げていく。
そんなふうにルイにされたら、声を漏らしながら喘ぐことしかできない。
いつの間にか、わたしの両脚を押し広げその間に体を割り込ませていたルイに左右の足も押さえつけられ、身動きもとれない。
「あっ、あっ……はっ……んっ……やっだめっ! あああっ……あああぁ……っ」
襞の合わせ目に軽く指先を含ませ、溢れてくる蜜を掬って前後ろに行き来きするルイに、腰から甘い痺れが広がっても身じろぎすらままならず、ただただ声を上げ彼の下で体を小刻みに震わせることしかできない。
伸びたルイの髪がわたしの胸元を這い回り、そんな微かな刺激も拾ってしまう自分が恨めしい。
それなのに、忙しなく口付けを落としながらいつになく荒く息を乱すルイに、彼の誘う言葉に操られたようにわたしの思考が溶けていく。
「……あっ、も……ルイっ……」
「……っ」
わたしを押さえつけているルイの片足が、わたしの脹脛のあたりに絡まっていた下着を乱暴に蹴り払う。不意に頭の上の両手首の拘束が緩み、同時に左膝を掬い上げられつぷりと指を一本、二本と立て続けに挿し込まれて中を広げるようにかき混ぜられて、焦らされていたような奥が彼の指に絡み付くようにひくりと動いたのが自分でもわかった。
「ああっ、ルイ……ああああっ……ルイ、ル……ああっ、はっああ……あっ……」
ゆっくりと抜き差しされて、背筋を走り抜けるような快感に自分の声とは思えない甘い悲鳴を上げてしまう。
自由になった両腕をルイの首に回してしがみつけば、口を再び塞がれた。
ルイの舌、口の中も、これまでなかったくらいに熱い。
どくどくとどちらの鼓動かわからない音がうるさいほど聞こえ、なんだか堪らない気持ちになってしまう。長く続いて僅かに離れる口付けの合間に、もっと……とわたしは恥じらいもなくルイに囁いていた。
もっと、ルイの思うままにして欲しい。
たとえ激しさを増しても、彼がいつもどこか冷静さを残していたことはわかっている。
ルイの首の後ろに回していた手で彼の両頬を挟み、重ねていた唇を離す。
「……マリーベル」
「わたしが好き? あっ……」
ルイの指が中で動いて、その長い指の形がわかるほど襞がひくつき、溢れ出たものが脚の間を濡らす感覚に固く目を閉じる。喘ぐわたしを落ち着かせるように、ルイの唇が頬を撫でた。
薄く目を開いて、淡く光るような彼の銀色の髪を見て、再び彼に呼びかける。
「好きですよ、ええ……時折、貴女が本気で嫌がっても止めずに犯し尽くして、私の影を色濃く移し、貴女に近づく何者にも知らしめてやりたくなるほどに」
「……ルイ……うっ……」
喉を噛まれ、再び指を抜き差しされて、あまりの快感に眩暈がする。
力の抜けかけた両腕をわたしは彼の背中に回した。
「貴女が眠っていた時に私がなにを考えたか教えてあげましょうか? いっそこのまま目を覚さずにいてくれれば、人の側も精霊の側も保留のまま。眠るあなたをここに運び、共に朽ち果てることができると……そんな執着心だけが……強くて……」
「ん、ああっ……!」
胸の頂きを口に含まれた快感と、軽く歯を立てられた痛みに思わず顔を歪めて悲鳴を上げ、ルイの背を掴むように指を立てた。
中から指が抜かれて、濡れた指で腕に膝を支えられている太腿の内側を撫でられて身を捩れば、胸元で笑む声が小さく聞こえて彼の舌先が噛んだ場所をなぞる。
「あっ、ん……あ、あ、ああっ……るっ、ああっ……っ!!」
吸い上げては先端を舌で転がすように嬲られ、同時に脚の間で熱く蕩けた襞の合わせ目に添えられたルイの指に、溢れる蜜のぬかるみをぐちゅぐちゅとあられもない音を立ててかき混ぜられて、あっという間に追い立てられて真っ白に果ててしまう。
「……はぁ……あっ……ルイ……っ」
ごそりと衣擦れの音がして、まだ震えて動けずにいる内に彼の背中から両手を剥ぎとられ、互いの指を絡めて頭のすぐ脇の左右に押さえつけられる。
わたしの胸から顔を上げたルイの瞳が色を深めて、まるで獲物を睨め付けるようにわたしと目を合わせる。濡れた唇から乱れかかる彼の髪のような唾液の糸が細く引いて切れ、白く端正な作りの顔に壮絶な色気が滲んでいるのにわたしは喉を小さく鳴らした。
喘ぎすぎて口の中は干上がり、体はまだ昇り詰めて果てた余韻が尾を引いている。
ルイと絡めている指先はじわりと甘い毒のような痺れに侵されて、ろくに力が入らない。
「それなのに目覚めた貴女を再び眠らせて、貴女の前から姿を消して、貴女を泣かせて……その上、“祝福”のこときちんと話そうとする貴女を組み敷いて犯し尽くしたいなどと言って、喘がせて……これ程、身勝手で酷い男もないでしょう?」
ルイの言葉に頷いて、キスをねだって目を閉じる。
長く深い口付けをして、もう一度、もっとと彼に囁く。
「……一体、貴女……私のなにが気に入ったのか……」
なにかを抑えているような深いため息を吐いたルイの呟きに、同じことを何度も彼に尋ねた覚えのあるわたしは思わず微笑んでしまう。
これといった答えが返ってきたことはなかったはずだ。
「……マリーベル」
呻くような荒く重い息遣いのルイの声に、なんて声で人の名を呼んでくれるのだろうと思う。
その顔もだけれど、情欲に塗れくぐもった声の淫靡な響きに背筋が震えて腰が抜けそうになる。
「……挿れても……いえ、愚問か……」
恐ろしく熱く張り詰めたそれに、擦り付けて慣らすこともなく一息に深く貫かれて息が詰まる。あまりの深さと熱さに声も出ない。
開いた口からはっはっと浅く息を吐いて、首筋に顔を埋めてきたルイの頭に頬擦りしながら深く息を吸って吐き出すと同時に、腰を引いた彼に強く突かれてまた息が止まる。
「……ル、っ……はっ、あっ……ああっ……ああっ……っ!」
突き上げられるたび、押し出されるように声が出て、なにもかもわけがわからなくなりそうな押し寄せる快感の波に頭の中が朦朧と真っ白になる。
とにかく中を抉るように擦る焼けた鉄のようなルイも、絡めた指も、首筋を這う唇も、かかる吐息も、胸も手足も胴体も、触れているすべてが熱くて追い詰められているのにたまらなく心地よくて、本当に、比喩でなく彼に溶けてしまいそうだった。
いつしか両脚を自ら彼に絡めて泣きながら頭を振って、押し出される声の合間にわたしは彼の名を呼び続けていた。
互いの汗と体液でどろどろに濡れた繋がっている箇所が、何度も彼を締め付けているのがわかる。
獣が呻くようなルイの低い喘ぎと、窓を大粒の雨が叩く音に耳を塞がれて、目を閉じれば彼の肌の匂いが濃くなった。燻るような香りに汗やもっと生々しい匂いが僅かに混じるそれは、否応なく、既に高められた官能をますます刺激する。
「ああっ……だめ、もうだめ……ルイ、ああっ……だめなのっ……」
叫んでも、許してくれないことはわかっていたけれど、もっと酷く責め立てられることになるなんて思っていなかった。
わたしの上から身を起こしたルイに両腕を引かれて、解いた手に抱え上げられて彼の上に腰を下ろされる。
自分の重みでさらに奥まで深く沈み込んだものが与える圧迫感と甘い痺れに耐えられず、彼の体を抱き締め細く見えて鍛えられている胸にわたしは額を擦り付ける。
腰を支えるルイの手と突き上げる動きに揺らされて、粘質な水音と肌とぶつかるあられもなく淫靡な音が寝台の中に響く。その間も、彼の手に顎を持ち上げられて首筋を吸い上げられたり、噛まれたり。その度に体の奥底が震えて、時折、ルイがぐっと呻くような声を漏らすのが聞こえた。
「……気持ち……いいの……? あっ」
「そういうこと、言わないで……ください……」
耳を軽く食むように囁かれて、その不意打ちにあっと声を出す間もなく頭から背筋がぞわりと痺れ、真っ白になって無我夢中でルイにしがみつく。
「あ、ああっ……っ……」
全身に力が入って一気に駆け上った快感に息をすることも忘れ、しばらく朦朧と意識が飛んだ。ほんの短い時間揺蕩っていた意識は荒く重いため息の声に呼び戻され、同時に中で脈打ち吐き出される熱に、ああっとわたしは小さく悲鳴を上げる。
重なる肌と熱と吐息の、どこまでが自分か彼かわからない。
これ以上ないほど固く抱き締められたルイの腕の中、ぐったりと彼に身を委ねてわたしは深く息を吐く。
体の奥底からうねり狂うような力の奔流に飲みこまれるようで、まるで、船の揺れに酔ったみたいにぐらぐらと眩暈がする。いつもは吐き出されるそれが実を結ぶことがないようにしているらしいから、そうしなければこれほど魔力を帯びているのかと思う。
ルイのこんな魔力や、あるいは彼が心血注いだような魔術が内側で反発したなら、たしかに少し危ないものがあるかも知れない。
きっと親和性が高いのは、ルイとわたしが同じ冬生まれというだけじゃない。
わたし自身は自分の魔力を魔力として動かせず、幼い頃に地の精霊であるグノーンから精霊の力を通されていて、わたしは他者の力を注がれることに慣れているか、なにかそういった他者の力を流す経路のようなものを身につけてしまっているのかもしれない。
「ルイ……」
長く尾を引く快感にも時折震えながら、ルイがわたしを横たえて抱き締めるのに再び彼にしがみつく。こんなの酷い……うわごとのように彼に訴えて、気づけば何度も髪を撫で下ろされ額に口付けられていた。
「私としては、ずっとこうしてやりたかった。私以外に絶対見せてはいけない顔をして……」
わたしの両手を捕まえて酷薄な笑みを刷く口元、その一方で懐柔するよ捕らえたわたし手をあやす指先が、まるで魔力かなにか流しでもしているようにじんとした痺れを伝える。
まだわたしの中にいるルイ自身を抜くこともせず、ゆっくりとわたしを横臥に体勢を変えさせ、器用に背後から抱き締め直した彼に、余韻のためではなくわたしは体をふるりと震わせた。
「ル……イ……?」
がたがたと強い風に窓が音を立て、外は本当に嵐のような天気になっているようで部屋の中が一段と薄暗くなっている。
「明るいうちは……と仰っていましたが、これなら文句はないですね」
首の後ろに唇を押し当てながら囁かれ、ぞくぞくする背筋に自分に対しても首を横に振りたくなる。
「も……やめて……」
「まだ一度です。それに本気で嫌がっても止めないと言ったでしょう?」
両手を捕まえられたまま重ねた手で胸を包むようにされて、それだけでぞわぞわ這い上るような甘く恍惚としたものが広がっていくのを感じる。
「それに……いけませんね、やめてだなんて嘘を言っては」
「ん……あっ……ルイ……」
ぐちゅっと、いつもならもうとっくに清められている箇所で淫靡な水音がした。
先程までの恐ろしく熱く焼けた鉄の杭のようではないものの、十分張り詰めたものに緩やかにかき混ぜるようにされて、太腿を伝う濡れた感触に体の奥が浅ましくひくりと蠢く。
「もっととねだっているのは貴女でしょう……マリーベル……」
「違っ……やっ、ん……」
右肩に甘く噛みつかれて思わず口を突いた声に、ルイの深いため息の声が聞こえて、一体なにと彼を振り向けば唇を奪われて、噛み付くように何度も啄まれる。
ああだめ、こんなのきりがない……。
でも。
唇を解放されて、こめかみに口付けが落とされ、ずるりと中からルイ自身を引き抜かれたのにしばらく目を閉じてその感覚をやり過ごし、彼の腕の中で身じろぎして彼を見る。
「ルイ……」
「ずっとこうしたかったんです……貴女を……」
ルイの腕が心地良くて、彼の肩に額を擦り寄せてうんと頷く。
「マリーベル……?」
「好きにして……もっと……わたしが好きなんでしょう」
首を伸ばして、口付ける。
こんなことをしたら、絶対大変な目に合うに決まっているのに。
閨事の中で狂おしいようなルイを垣間見るのは、今日のいまに始まったことじゃない。
「心だけでは足りないの。眠っている間も、起きてからもずっとルイに触れたいのに触れられないから、いつまでも本当に起きているのか何度も確かめて……」
「起きていたでしょう?」
ええ、と答えて、自分でももう呆れるほどの回数になっているはずの口付けを受け止めた。
わたしを組み敷くルイの首に腕を回して、自ら口付けを深める。
甘い蜜を互いに口元へ運び合うような時間を過ごして、満ち足りた心地よい眠りから覚めた時には夕方になっていた。
それだけでも自分とルイに呆れ果てるには十分過ぎることだったけれど。
さらに丸二日も、主寝室から一歩も出ることなくルイの側から離して貰えず。
なんだかんだでわたしも彼の側でのんびり本を読んだり、昼寝をしたり、他愛もないお喋りなんかに興じてまるで鳥かなにかの番のようにふっついて過ごしてしまい。
屋敷の皆の前に姿を見せるだけでなく、王都の邸宅にルイと戻るのは大変に気まずかった。
白い漆喰細工が美しい幾何学文様の大輪の花を描く天井。
その花芯のように金具の真鍮の色を映し、窓から差し込む陽光に虹色の煌めく水晶のシャンデリアが不意にその光を落ち着かせる。
部屋全体を照らしていたはずの、これから昼に向かって眩しさを強める光は翳り、主寝室全体が気怠い薄明かりに沈む。
かたかたと窓を震わせる風の音が聞こえて、広い箱型の寝台の内部を埋め尽くしていた熱く息吐く音と、寝具や衣服の布が擦れ合う音が中断した。
獣が屍体を屠るようにわたしの胸元に頭を伏せ、わたしの肌を吸ったり噛んだり舐めたりしていたルイが、着ているシャツも腰の辺りまで落とした上半身を軽く持ち上げる。
秋バラの濃い香りがふと寝台の中にまで届き、わたしは重みの消えた胸を大きく上下させる。
寝台のほぼ真向かいに離れてある暖炉の、大きな鏡を嵌め込んだマントルピースに飾られた水盤に秋バラは生けられていた。
ルイの荒く重いため息の声が耳を打ち、そのあまりに情欲の色を滲ませた乱れた息遣いに彼の片手に撫でられていた腰が思わず震える。
込み上げてきた羞恥を誤魔化そうと、わたしは慌ててルイに外の天気を尋ねたけれど失敗だった。何度も長く続いた口付けに、若干呂律が怪しくなっていた自分の言葉にますます苛まれてしまう。
幸い、ルイはそんなわたしの状態よりも投げかけられた問いに気を向けてくれたようで、さらに上半身を持ち上げて、わたしの体を跨いだ膝立ちの姿勢で窓へと横顔を向けわずかに目を細める。
「少しばかり荒れそうですね……空が暗く風も強い。この時期ままあることですが」
東部、特にフォート家の屋敷の敷地も含まれる国境の近辺は山脈や丘陵など起伏に富む。夏の終わりから秋の初めにかけて、急に天候が変化し軽く嵐のようになることが度々あるらしい。
朝から昼へと移っていく日中の明るいうちからの閨の行為に、少しばかりではない居た堪れなさと、なにもかも晒さてしまうことへの羞恥があったから、ただ太陽が雲に隠れただけとはいえ室内が薄明かりに翳ってくれるのはありがたい。
というより、ルイの熱にはもう十分触れた。
このまま中断してなんとなく寄り添って、怠惰を許して過ごすだけでもいいかもと思う。
中断したことで、ルイも少し冷静さを取り戻したらしい。
窓に向けた顔を戻してわたしを見下ろし、さっきまで胸に触れていた右手を左頬へと移して包むように添えた。
「一つだけ……貴方が地の精霊の“加護持ち”になって都合が良いことがある……」
「え……なに?」
まだ少し、ルイの熱にふわふわと体の力が抜けているものの、左腕を動かし下着も取り払われた胸元を隠すようにしながらわたしは尋ねた。
普段着ドレスはとうに脱がされ、その下に着ていた麻地は胸元を開かれて膝の少し上あたりに寄せられている。
なんとか下着の布端を引き上げようとして、跨るルイとわたしの脚の隙間に下ろしていた右手を伸ばしたけれど、上体を傾けてきた彼の動きに阻まれる。
わたしの左耳に口元を寄せたルイが、その時シャツの袖から手を抜いて床に脱ぎ落としていたことにわたしは気がついていなかった。
「上位打ち消しです」
囁かれた言葉の意味がわからず、瞬きしてわたしは、間近に迫った白く滑らかなルイの傾いた頬に視線を落とす。
わたしが彼の言葉を理解していないのは承知の上だったのだろう。
いつか魔術の技法について話したことで、四大精霊は上位、その眷属の精霊は下位となり下位精霊の役割が上位精霊を凌駕することはないと説明したことは覚えていますかと尋ねられる。
そういえば、そんな話をトゥルーズで聞いたなと思い出したわたしは頷いた。
「地の精霊の加護を受けている貴女にはもう、その眷属がフォート家に与えた“祝福”は及ばない」
その言葉に驚いたわたしが目を見開いたと同時に、ルイの左手が脱がされかけていた下着の布端を掴もうとしていたわたしの右手首を掴んで、わたしの頭の高さで寝台に勢いよく押し付けたのにさらに驚かされる。
「ル……イ……?」
「どれほどどんなに睦み合おうが、至極“安全”というわけです」
わたしの耳元から顔を上げて、それはそれは麗しくも美しい微笑みを見せたルイにこれまでで一番の凶暴な危うさを感じて、ふるふるとわたしは首を横に振った。
悪徳好色魔術師なルイに怖気付いたことももちろんあるけれど、彼の言葉の“安全”の中に、彼との間に子は成さないことが含まれているのに気がついたからだ。
「安全って……」
“偉大なるヴァンサン王の力を造り出す、ヴァンサン王の子の血統と力は途切れない。子から子へと引き継がれる”
それがフォート家が受けた“祝福”だ。
そのための一人を選び出すこともおまけのようについているけれど、そもそものところはフォート家の魔術を続かせる、その“後継者”を絶やさないもの。
「そんな極端なことってっ……」
「言ったでしょう、打ち消しと。“祝福”はなくなるわけではなく、上位の精霊の“加護”に弾かれ打ち消されるということです。だから貴女を危険に晒す後継となる子は生じない」
「それって……」
たとえ再びルイの元にわたしが戻れるようになったとしても、貴族の妻としては致命的だ。
貴族の、ましてやフォート家のような家系ならなおさら、その血筋を存続させる義務がある。
「ああ……やはり貴女は気にする。やがてわかることで貴女はきっとそうなるだろうと思ったことも離れようとした理由の一つでしたが……いまや考えを改めました」
「あっ、改め……た?」
胸を隠していた左腕も頬に添えられていた手に取られて、さっき押さえつけられた右手首と一緒にまとめるように頭の上へと持っていかれたのに驚いて、わたしは声を上げ、彼の言葉を繰り返す。
「考えてみれば、私にとってそれはどうでもいいことだと貴女にはっきり伝えていたのですから、それでもと貴女が言ったとして、その必要はないと何度でも説けばいいだけのことです」
「そんな……ルイっ……」
少し冷静にだなんてとんでもない思い違いだった。
冷ややかにすら見える青灰色の眼差しの奥に、あまり知りたいと思えないようななにかの感情が揺れているのに気がついてわたしは狼狽する。
怒っていて怖いとかいった単純なものじゃない。言い知れぬ怯えをわたしはルイに初めて覚え、そしてその怯えの奥底にはなにかを期待するようなものがたしかにあった。それがますますわたしを困惑させる。
「後継など必要があれば、必要な資質を備えた者を養子に迎えれば済むこと。もはや滅びかけた一族の末裔として後世に血を残す気もない」
「あの、せめてこんな状態じゃなくきちんと話し……んっ……」
彼の片手に両手を束ねて押さえつけられ、もう一方の腕で抱きすくめられて、再び覆い被さってきたルイに口を塞がれる。
もう何度も重ねて互いに貪り合うようにしていた後で、なにを話していたかなど関係なく、深い口付けの気持ち良さに頭がぼうっとしてしまう。
「……マリーベル」
離れたばかりの濡れた薄い唇。
熱いため息のような声で低く名前を囁かれながら、額を合わせてこられては余計に。
「いまは余計なことは考えず、私のことだけ」
誘惑に満ちた響きの言葉に、うんと頷きそうになってかろうじて思いとどまる。
快楽に流されてうやむやにしてしまっていい話じゃない。
話じゃないのに……。
「そんなの、だめ……あっ……」
「何故だめだと?」
背に回されていたはずのルイの手が、わたしの左の腰の線を辿って両脚の間に滑り込んだのに身を捩る。しかし、両腕を拘束され、片足も彼の両脚の間に押さえつけられてしまっては無駄なことだった。
むしろ身を捩り、足を動かし抗うほど彼の思う壺になる。
「貴女だって、こんなに熱く濡らしているのに」
「あっ……ルイ、ルっ……待って……や、だめ……ああっ……!」
鼻筋に、頬に、唇を軽く噛まれてその上に、顎先に。
音を立てて口付けを落しながら、一方で襞の合わせ目をなぞる指は的確で、ぬかるみを探る指先がぴちゃぴちゃと粘質な水音と共にその濡れた感触を塗りつけるように広げていく。
そんなふうにルイにされたら、声を漏らしながら喘ぐことしかできない。
いつの間にか、わたしの両脚を押し広げその間に体を割り込ませていたルイに左右の足も押さえつけられ、身動きもとれない。
「あっ、あっ……はっ……んっ……やっだめっ! あああっ……あああぁ……っ」
襞の合わせ目に軽く指先を含ませ、溢れてくる蜜を掬って前後ろに行き来きするルイに、腰から甘い痺れが広がっても身じろぎすらままならず、ただただ声を上げ彼の下で体を小刻みに震わせることしかできない。
伸びたルイの髪がわたしの胸元を這い回り、そんな微かな刺激も拾ってしまう自分が恨めしい。
それなのに、忙しなく口付けを落としながらいつになく荒く息を乱すルイに、彼の誘う言葉に操られたようにわたしの思考が溶けていく。
「……あっ、も……ルイっ……」
「……っ」
わたしを押さえつけているルイの片足が、わたしの脹脛のあたりに絡まっていた下着を乱暴に蹴り払う。不意に頭の上の両手首の拘束が緩み、同時に左膝を掬い上げられつぷりと指を一本、二本と立て続けに挿し込まれて中を広げるようにかき混ぜられて、焦らされていたような奥が彼の指に絡み付くようにひくりと動いたのが自分でもわかった。
「ああっ、ルイ……ああああっ……ルイ、ル……ああっ、はっああ……あっ……」
ゆっくりと抜き差しされて、背筋を走り抜けるような快感に自分の声とは思えない甘い悲鳴を上げてしまう。
自由になった両腕をルイの首に回してしがみつけば、口を再び塞がれた。
ルイの舌、口の中も、これまでなかったくらいに熱い。
どくどくとどちらの鼓動かわからない音がうるさいほど聞こえ、なんだか堪らない気持ちになってしまう。長く続いて僅かに離れる口付けの合間に、もっと……とわたしは恥じらいもなくルイに囁いていた。
もっと、ルイの思うままにして欲しい。
たとえ激しさを増しても、彼がいつもどこか冷静さを残していたことはわかっている。
ルイの首の後ろに回していた手で彼の両頬を挟み、重ねていた唇を離す。
「……マリーベル」
「わたしが好き? あっ……」
ルイの指が中で動いて、その長い指の形がわかるほど襞がひくつき、溢れ出たものが脚の間を濡らす感覚に固く目を閉じる。喘ぐわたしを落ち着かせるように、ルイの唇が頬を撫でた。
薄く目を開いて、淡く光るような彼の銀色の髪を見て、再び彼に呼びかける。
「好きですよ、ええ……時折、貴女が本気で嫌がっても止めずに犯し尽くして、私の影を色濃く移し、貴女に近づく何者にも知らしめてやりたくなるほどに」
「……ルイ……うっ……」
喉を噛まれ、再び指を抜き差しされて、あまりの快感に眩暈がする。
力の抜けかけた両腕をわたしは彼の背中に回した。
「貴女が眠っていた時に私がなにを考えたか教えてあげましょうか? いっそこのまま目を覚さずにいてくれれば、人の側も精霊の側も保留のまま。眠るあなたをここに運び、共に朽ち果てることができると……そんな執着心だけが……強くて……」
「ん、ああっ……!」
胸の頂きを口に含まれた快感と、軽く歯を立てられた痛みに思わず顔を歪めて悲鳴を上げ、ルイの背を掴むように指を立てた。
中から指が抜かれて、濡れた指で腕に膝を支えられている太腿の内側を撫でられて身を捩れば、胸元で笑む声が小さく聞こえて彼の舌先が噛んだ場所をなぞる。
「あっ、ん……あ、あ、ああっ……るっ、ああっ……っ!!」
吸い上げては先端を舌で転がすように嬲られ、同時に脚の間で熱く蕩けた襞の合わせ目に添えられたルイの指に、溢れる蜜のぬかるみをぐちゅぐちゅとあられもない音を立ててかき混ぜられて、あっという間に追い立てられて真っ白に果ててしまう。
「……はぁ……あっ……ルイ……っ」
ごそりと衣擦れの音がして、まだ震えて動けずにいる内に彼の背中から両手を剥ぎとられ、互いの指を絡めて頭のすぐ脇の左右に押さえつけられる。
わたしの胸から顔を上げたルイの瞳が色を深めて、まるで獲物を睨め付けるようにわたしと目を合わせる。濡れた唇から乱れかかる彼の髪のような唾液の糸が細く引いて切れ、白く端正な作りの顔に壮絶な色気が滲んでいるのにわたしは喉を小さく鳴らした。
喘ぎすぎて口の中は干上がり、体はまだ昇り詰めて果てた余韻が尾を引いている。
ルイと絡めている指先はじわりと甘い毒のような痺れに侵されて、ろくに力が入らない。
「それなのに目覚めた貴女を再び眠らせて、貴女の前から姿を消して、貴女を泣かせて……その上、“祝福”のこときちんと話そうとする貴女を組み敷いて犯し尽くしたいなどと言って、喘がせて……これ程、身勝手で酷い男もないでしょう?」
ルイの言葉に頷いて、キスをねだって目を閉じる。
長く深い口付けをして、もう一度、もっとと彼に囁く。
「……一体、貴女……私のなにが気に入ったのか……」
なにかを抑えているような深いため息を吐いたルイの呟きに、同じことを何度も彼に尋ねた覚えのあるわたしは思わず微笑んでしまう。
これといった答えが返ってきたことはなかったはずだ。
「……マリーベル」
呻くような荒く重い息遣いのルイの声に、なんて声で人の名を呼んでくれるのだろうと思う。
その顔もだけれど、情欲に塗れくぐもった声の淫靡な響きに背筋が震えて腰が抜けそうになる。
「……挿れても……いえ、愚問か……」
恐ろしく熱く張り詰めたそれに、擦り付けて慣らすこともなく一息に深く貫かれて息が詰まる。あまりの深さと熱さに声も出ない。
開いた口からはっはっと浅く息を吐いて、首筋に顔を埋めてきたルイの頭に頬擦りしながら深く息を吸って吐き出すと同時に、腰を引いた彼に強く突かれてまた息が止まる。
「……ル、っ……はっ、あっ……ああっ……ああっ……っ!」
突き上げられるたび、押し出されるように声が出て、なにもかもわけがわからなくなりそうな押し寄せる快感の波に頭の中が朦朧と真っ白になる。
とにかく中を抉るように擦る焼けた鉄のようなルイも、絡めた指も、首筋を這う唇も、かかる吐息も、胸も手足も胴体も、触れているすべてが熱くて追い詰められているのにたまらなく心地よくて、本当に、比喩でなく彼に溶けてしまいそうだった。
いつしか両脚を自ら彼に絡めて泣きながら頭を振って、押し出される声の合間にわたしは彼の名を呼び続けていた。
互いの汗と体液でどろどろに濡れた繋がっている箇所が、何度も彼を締め付けているのがわかる。
獣が呻くようなルイの低い喘ぎと、窓を大粒の雨が叩く音に耳を塞がれて、目を閉じれば彼の肌の匂いが濃くなった。燻るような香りに汗やもっと生々しい匂いが僅かに混じるそれは、否応なく、既に高められた官能をますます刺激する。
「ああっ……だめ、もうだめ……ルイ、ああっ……だめなのっ……」
叫んでも、許してくれないことはわかっていたけれど、もっと酷く責め立てられることになるなんて思っていなかった。
わたしの上から身を起こしたルイに両腕を引かれて、解いた手に抱え上げられて彼の上に腰を下ろされる。
自分の重みでさらに奥まで深く沈み込んだものが与える圧迫感と甘い痺れに耐えられず、彼の体を抱き締め細く見えて鍛えられている胸にわたしは額を擦り付ける。
腰を支えるルイの手と突き上げる動きに揺らされて、粘質な水音と肌とぶつかるあられもなく淫靡な音が寝台の中に響く。その間も、彼の手に顎を持ち上げられて首筋を吸い上げられたり、噛まれたり。その度に体の奥底が震えて、時折、ルイがぐっと呻くような声を漏らすのが聞こえた。
「……気持ち……いいの……? あっ」
「そういうこと、言わないで……ください……」
耳を軽く食むように囁かれて、その不意打ちにあっと声を出す間もなく頭から背筋がぞわりと痺れ、真っ白になって無我夢中でルイにしがみつく。
「あ、ああっ……っ……」
全身に力が入って一気に駆け上った快感に息をすることも忘れ、しばらく朦朧と意識が飛んだ。ほんの短い時間揺蕩っていた意識は荒く重いため息の声に呼び戻され、同時に中で脈打ち吐き出される熱に、ああっとわたしは小さく悲鳴を上げる。
重なる肌と熱と吐息の、どこまでが自分か彼かわからない。
これ以上ないほど固く抱き締められたルイの腕の中、ぐったりと彼に身を委ねてわたしは深く息を吐く。
体の奥底からうねり狂うような力の奔流に飲みこまれるようで、まるで、船の揺れに酔ったみたいにぐらぐらと眩暈がする。いつもは吐き出されるそれが実を結ぶことがないようにしているらしいから、そうしなければこれほど魔力を帯びているのかと思う。
ルイのこんな魔力や、あるいは彼が心血注いだような魔術が内側で反発したなら、たしかに少し危ないものがあるかも知れない。
きっと親和性が高いのは、ルイとわたしが同じ冬生まれというだけじゃない。
わたし自身は自分の魔力を魔力として動かせず、幼い頃に地の精霊であるグノーンから精霊の力を通されていて、わたしは他者の力を注がれることに慣れているか、なにかそういった他者の力を流す経路のようなものを身につけてしまっているのかもしれない。
「ルイ……」
長く尾を引く快感にも時折震えながら、ルイがわたしを横たえて抱き締めるのに再び彼にしがみつく。こんなの酷い……うわごとのように彼に訴えて、気づけば何度も髪を撫で下ろされ額に口付けられていた。
「私としては、ずっとこうしてやりたかった。私以外に絶対見せてはいけない顔をして……」
わたしの両手を捕まえて酷薄な笑みを刷く口元、その一方で懐柔するよ捕らえたわたし手をあやす指先が、まるで魔力かなにか流しでもしているようにじんとした痺れを伝える。
まだわたしの中にいるルイ自身を抜くこともせず、ゆっくりとわたしを横臥に体勢を変えさせ、器用に背後から抱き締め直した彼に、余韻のためではなくわたしは体をふるりと震わせた。
「ル……イ……?」
がたがたと強い風に窓が音を立て、外は本当に嵐のような天気になっているようで部屋の中が一段と薄暗くなっている。
「明るいうちは……と仰っていましたが、これなら文句はないですね」
首の後ろに唇を押し当てながら囁かれ、ぞくぞくする背筋に自分に対しても首を横に振りたくなる。
「も……やめて……」
「まだ一度です。それに本気で嫌がっても止めないと言ったでしょう?」
両手を捕まえられたまま重ねた手で胸を包むようにされて、それだけでぞわぞわ這い上るような甘く恍惚としたものが広がっていくのを感じる。
「それに……いけませんね、やめてだなんて嘘を言っては」
「ん……あっ……ルイ……」
ぐちゅっと、いつもならもうとっくに清められている箇所で淫靡な水音がした。
先程までの恐ろしく熱く焼けた鉄の杭のようではないものの、十分張り詰めたものに緩やかにかき混ぜるようにされて、太腿を伝う濡れた感触に体の奥が浅ましくひくりと蠢く。
「もっととねだっているのは貴女でしょう……マリーベル……」
「違っ……やっ、ん……」
右肩に甘く噛みつかれて思わず口を突いた声に、ルイの深いため息の声が聞こえて、一体なにと彼を振り向けば唇を奪われて、噛み付くように何度も啄まれる。
ああだめ、こんなのきりがない……。
でも。
唇を解放されて、こめかみに口付けが落とされ、ずるりと中からルイ自身を引き抜かれたのにしばらく目を閉じてその感覚をやり過ごし、彼の腕の中で身じろぎして彼を見る。
「ルイ……」
「ずっとこうしたかったんです……貴女を……」
ルイの腕が心地良くて、彼の肩に額を擦り寄せてうんと頷く。
「マリーベル……?」
「好きにして……もっと……わたしが好きなんでしょう」
首を伸ばして、口付ける。
こんなことをしたら、絶対大変な目に合うに決まっているのに。
閨事の中で狂おしいようなルイを垣間見るのは、今日のいまに始まったことじゃない。
「心だけでは足りないの。眠っている間も、起きてからもずっとルイに触れたいのに触れられないから、いつまでも本当に起きているのか何度も確かめて……」
「起きていたでしょう?」
ええ、と答えて、自分でももう呆れるほどの回数になっているはずの口付けを受け止めた。
わたしを組み敷くルイの首に腕を回して、自ら口付けを深める。
甘い蜜を互いに口元へ運び合うような時間を過ごして、満ち足りた心地よい眠りから覚めた時には夕方になっていた。
それだけでも自分とルイに呆れ果てるには十分過ぎることだったけれど。
さらに丸二日も、主寝室から一歩も出ることなくルイの側から離して貰えず。
なんだかんだでわたしも彼の側でのんびり本を読んだり、昼寝をしたり、他愛もないお喋りなんかに興じてまるで鳥かなにかの番のようにふっついて過ごしてしまい。
屋敷の皆の前に姿を見せるだけでなく、王都の邸宅にルイと戻るのは大変に気まずかった。
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