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第三部 王都の社交

123.解けた綴じ糸

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 気がついたら邸宅の寝台で、しかも朝になっていた。
 服も着替えさせられていて、とにかく自分がよく寝ていたことだけはわかる。
 深く眠っていた気がするのは魔術で眠らされたせいかしら。
 首を動かして横を向けば、すぐ隣にまさにわたしを眠らせた人が眠っていた。
 眉間に皺を刻み、目元に浮かぶ影も濃いその寝顔は、麗しくても安らかとはいえない。
 
 昨日のわたしより、この人のが余程心配じゃない……? 

 朝の支度にきたマルテに、静かにと人差し指を口元に押し当てて寝台をそっと出る。
 衣装部屋に移動して昨日のことを尋ねれば、邸宅に戻ってわたしを寝かせた後、遅くまで私室にいたらしい。

「いつまで起きていらしたかはわかりません。お戻りも遅かったですし」
「遅かったて、いつ頃戻ってきたの?」
「閉門の鐘が鳴って一刻程過ぎたくらいだったかと……奥様を抱えていらしたからびっくりしました。疲れて眠っているだけとお聞きしてほっとしましたけれど」

 夕食の時間も過ぎて夜が更けるまで、邸宅に戻らないでいた!?

 わたしの髪を梳きながらのマルテの言葉に、こちらの方がびっくりする。
 気分が悪くなって隠し部屋を出た時、夕刻の鐘にもまだ間があったはず。
 遅くまでなにをしていたかなんて明白だ。あの部屋に戻って続きをしていたに決まっている。

「じゃあシモンも、ずっと外の通りで待っていたの?」
「んー、お迎えにいってすぐ大聖堂から出てきた旦那様に、馬車の灯りを持つよう言われて不気味な場所へ連れていかれたって言ってましたから、一緒にはいたみたいですよ?」
「そう」

 間違いない。シモンに固形燃料のランプの灯りを持たせて、帰る時間分ぎりぎりまで作業を続けていた。邸宅に戻ってからは私室できっと明け方近くまで起きていたに違いない。
 あの目元のかげりはそういった濃さだ。

「ルイから声がかかるまで、誰もルイに近づかないよう、皆に伝えて」
「え、でも……」
「いいから」 

 ――まったくよくありませんよ、マリーベル。

 休息の鐘の音で目を覚ましたらしい。
 いつもより軽食を多めに、食堂に用意させたお茶を飲んでいるところにやってきたルイの咎める声に、わたしは手にしていたお茶のカップをゆっくりと口元に運んだ。

「おはようございます。お疲れのご様子でしたから」
「……シモンだけでなく、オドレイまで言い含めるとは」

 起きる頃だろうと、ほとんどルイのためのお茶の用意を掌で示せば……彼は不服そうに椅子に掛けた。
 わたしが彼にお茶を淹れてあげている間に、壁際に控えているシモンへ手紙などないか尋ね、数通持ってきたものに目を通しながら、ルイは朝昼を兼ねた食事代わりの軽食に手をつける。
 
「どちらもご自愛くだされば、揉める必要ないと思いますけどね。喧嘩されるかじゃれ合うか、どちらかにしてください」 
「どちらでもありません」

 シモンの言葉に応じれば、ルイも同意見のようで明らかに渋い顔で彼を見ている。
 主に軽く睨まれても平気な顔して、シモンは従順な従僕然として控えていた。

「……貴女は、大丈夫なのですか」
「おかげさまで。夢も見ないくらいぐっすり、沢山眠りましたもの」

 予定していたよりいくらか遅れて大聖堂の隠し部屋に入り、昨日の続きに取り掛かる。
 紙を補充がてら昨日の分を確認すれば、わたしが書いた後にルイの流麗な手跡が続いている。壁の文字と交互に確認して思わず顔を顰めてしまった。
 
 なに? 
 この妙なやり方。

「一壁ごと、右上から左下に向かって順番に写していたのに……どうしてこんな、中途半端にあちこちとびとびに……」
 
 明らかに一部分だけ、虫食いみたいに書いてある。
 しかも添えられている注釈は全部、わたしにはよくわからない言語で書かれている。
 わたしにもわかるいまの言葉なら、壁の古語も似通ったところがあるのに、それで照らし合わせることもできない。
 確認しにくくて面倒くさい。なんだか余白も多いし……と、ルイにほとんど文句同然にぼやけば、見慣れない文字を避けて写していないところを埋めてくれたらいいと説明された。 

「魔術の適性も知識もない貴女にも通じていたのを思い出して、精霊文字らしき箇所のみ片付ただけです」
「精霊文字……」

 ああ、あれか。
 古い精霊にこちらの意思を伝えるとかいった……何語かわからないのに言葉の意味だけを注ぎ込まれるような、背筋や首筋のぞわぞわする……と、思い出した感覚を打ち消すために首を振る。

「ほとんど読めないから、絵を描く要領で写していましたけど?」

 魔術は、言葉の意味するところが重要だったはずだ。
 意味もわからず、言葉として読んでもいないのに作用するとは思えない。
 紙挟みの板を顎先に当て、壁の文字を指で辿っているルイの隣に立って疑問を口にすれば、あくまで用心のためと彼は言った。

「貴女は、農夫の知恵を通じて、言葉よりも先に核心を理解しているところがあるでしょう。私の伝える言葉が断片でも安心できない」
「考え過ぎよ」
「まあ正直、半信半疑の念の為です。トゥルーズで“加護の術”を維持して倒れた時に似ていて、午後に貴女が写した分を見れば精霊文字がいくらかあった。自らのことを考えても、注意し過ぎることはない。ここまで、いいですか?」
「あ、待って……所々、他の人がやっていると間違えそうで……自分のこと?」

 壁の文字とルイが写した文字が合っているか、確認しながらペンを動かすわたしを待ちながら、ルイは言葉よりも先にというならフォート家の魔術師も同じと言った。
 生まれた時から魔術師。
 “祝福”によって、代々の当主達が確立してきた魔術のすべてを引き継ぐからこそ、周囲に危険を及ぼす。 
 
 ――言葉などなくて構わん。

「っ、ん……?」
 
 不意に、こめかみから目の奥にずくんと疼くような違和感が生じて、わたしはペンを動かす手を止めて目を眇めた。

「どうしました?」
「あ、いえ……手元と壁の間で目を動かし過ぎたみたい……」

 なに? さっき、一瞬、頭の中でなにかが過った。

「あの、そこのところ削れててよく見えないけれど、たぶん昨日のここと同じですよね? “大地を巡る万物と……“」
「そうですが、用心している話をしている側から口にしないでください」

 ――お庭を出たら、なにも言わないで。

「マリーベル? 聞いていますか」
「あ……ごめんなさい、つい」
「絵を描く要領なんて言って……」
「何度も出てくるから……そんなに睨まないで」
「たしかに、決まり文句みたいなものですが……気をつけてください」

 わたしがさっき少し顔をしかめたからだろう。
 疼いたこめかみから髪を撫でるように、ルイの手が触れる。
 わたしの手より、大きな掌の。

 ――気をつけてね、マリーベル……。
 ――手伝え……。

「っ!?」

 ルイのローブや銀色の髪、黒い文字の刻まれた黄色っぽい壁、板に挟まれた生成色の紙にインクの文字……視界にあるのはそういったもののはずなのに。
 
「……マリーベル?」   

 彼のローブの袖を無意識に掴む。
 だめっ……と、反射的に心の中でわたしは叫んでいた。
 取り落とした紙挟みの板やペンが床に落ちる音がやけに大きく聞こえて、ルイが、はっと息を飲んで顔を上げる。
 たしかにわたしの目はそれを見ているはずなのに。どうして。

「マリーベル!?」

 木組みの天井、壁には草花模様のタペストリー、厚い毛織物のかかった寝台。
 霧のかかった窓の外、様々な花や、他の畑では見かけない苗が細かく植わった小さな庭。
 古びた小屋、庭の隅に植えられた豆の蔓が、次々と目の前に浮かんでは消えていく。

 小さなわたしの頭に老いた農夫の手が触れて、目を閉じる。
 くったりと弱った蔓がわたしの指先に――違う。
 
 わたしの頭に触れているのはルイの手で、わたしの指先は壁に刻まれた文字の黒い溝に……淡い金色の光が流れて、黒い文字が光の色に染まっていく。
 
「これは一体……、っ!?」

 頭から抱きこむようにルイに引き寄せられて、壁から引き離すように指先を握りしめられたけれど、でももう文字に流れていく光は止められない。
 だって――。

 ルイの腕の中から、背後を仰ぎ見る。
 赤い帽子を被った……人間嫌いで偏屈者の老いた農夫。
 けれど知っている。
 わたしが目を閉じれば、その間、美しい淡い金色の長い髪と瞳がとてもきれいな。
 男の人でも女の人でもない存在。

「マリーベルっ!!」

 衣擦れとなにか重さのあるものが崩れた音がして、少し遅れて、自分がルイに身を預けるように目を閉じて倒れた音だと理解する。
 ルイがわたしの名を呼びながら体を揺らしているけれど、うまく応えられない。
 
『ふん……久しくはあるがさして遠くもないか……冠を戴く“人の子の王”』

 しゃがれた老人の声ではない、わたしが目を閉じている時の姿の声だ。
 ルイにわかるのだろうか……だって彼は――。

「こんなこと……あるはずが……いくらこの部屋がそうだとしても……」 
『丁度いい、これほど似つかわしい証人もない』


*****


 ちちち……と、空の上で小鳥の鳴く声が聞こえて、吹いた風が頬をひと撫でする。
 ジャンお爺さんの庭の片隅、豆の蔓の前に、幼いわたしは立っていた。
 白く濃い霧に囲まれた、幼い日の夢。

「代わりを寄越すのはいいが……妙な遊びを考える」

 後ろからやってきたジャンお爺さんが、わたしの頭を撫でたのに振り返ってにっこりと彼に笑いかける。人間嫌いだけど、周囲に人がいなければ、彼はとてもやさしい顔をした。

「言葉などなくて構わん。手伝え……愛し子の娘」

 ――愛し子の娘……?
 
 誰かの声が、どこからか掠れて聞こえた。
 まるで天上から誰かが覗き見て呟いたような、そんな声。 

 幼いわたしはジャンお爺さんの言う通りに、豆の苗に指先で触れて、目を閉じる。
 ジャンお爺さんの姿が淡い金色の光にほどけて、真っ直ぐに伸びた地面に届くほど長く美しい金色の髪が広がる。
 黒い薄絹を裸身に纏った、男の人でも女の人でもないとてもきれいな姿からわたしへ、そしてその先へと流れていく……言葉は知らなくても、淡く金色に光る力に込められた意味とつながりは教えられたようにわかった。

 “清らなる水を巡らせ、育む火の光を受け止め
  風に実を結ばせ、貴き種を護りその命を還す
  大地を巡る万物と秩序を支える、地を司る精霊の力と加護を賜らん
  我が祈りを捧げ、護る力に繋がる祝福を
  彼の地に満たし給え――“

 白い霧の囲いの中に淡い金色の光が満ちている。
 静かな夢に、また声がした……深く美しく虚ろな声。

 ――こんなこと……有り得ない……。

 なんだか悲しい気持ちになる。
 だってきっとその声の人をわたしは悲しくさせるから。
 
 白い霧の囲いが揺らいで、それは天井のある部屋になる。
 壁をひとつ抜いた、幻燈を見せる白い箱の小さな劇場。
 その中で、ぱらぱらと……たくさんの紙が音を立てて滑り落ちていた。
 紙を綴っている糸は擦り切れ、ところどころ千切れて緩んで……。
 
 滑り落ちた紙に描かれているのは、幼いわたし。
 母様と、そして――。

 滑り落ちた紙から、楽しそうな笑い声や話し声が聞こえてくる。
 静かでやさしくて明るい母様と小さなわたしの笑い声。

「どうして、忘れていたの……」

 嵐の夜に母様の所へ行ったのは、外で荒ぶる声を上げるそれが怖かったからで。
 窓辺に置いたミルクが、きらきらした小さな光と一緒に減っていくのを母様と見るのが好きだった。
 薬草や花壇の水やりで虹を作れば出てくる子達は、虹のお礼に教えて手伝ってくれる。
 摘まないといけない葉っぱ、茎から取らないといけない虫。
 母様はたくさんをお話ししてくれた。
 台所で火と灰を守るこの子達は怒りっぽいけど、パンの欠片をあげたらご機嫌。
 お掃除するなら母様と歌いましょう、楽しいことが好きな子達が手伝ってくれる。
 彼らは良き隣人、でもね。

『気をつけて、マリーベル』

 母様?

『なにか聞かれても答えてはだめ。あげると言われても答えてはだめ。人とは違うの精霊達は……彼らに人のことはわからない。見た目が私たちと変わらなくても、まるで王様や女王様のようにきれいで立派な精霊でも……その言葉には気をつけて』

 きれいで立派な精霊――。

『あなたは私と同じ、グノーンを見ることができるから』
「母様……でも、わたし――」
 
 ――マリーベル!!

「誰っ?」 

 ばらばらばら……ッ、激しく音を立てて紙が勢いよく舞い上がり、箱の中から勢いよく吐き出される。
 飛び出した紙は高い場所で散って、暗闇をひらひらと落ちてくる。
 白い箱はなくなり、小さな寝台が暗い中に浮かび上がっていた。
  
 寝台の縁に線の細い女の人が腰掛け、寝具が小さく丘をつくるところに愛おしげに手を置いて撫でている。
 
『貴方には人のことなどわからない……私を愛しているというのなら、どうか……この子はそっとしておいて』

 力なく啜り泣く声……うなだれている痩せた肩が震えている。
 いまにも消えそうな儚さで、けれどきれいだった。
 緑色に揺れる瞳、栗色の髪は編んで肩の一方に垂らして、小さな寝具の丘を作って眠る幼な子を見つめている。

『その子は次の愛し子』
『其方の加護を受け継ぐ愛し子』

 儚げな女性と眠っている幼な子しかいないのに、複数の声が暗闇に響く。

『ええ、そうね。体の弱い私と……この子は違う。だから、貴方・・も失いたくはないでしょう?』
『無論』
『私では出来ないことができるかもしれないこの子を……』
『無論』
『それなのに、私と同じ危い目に晒すの? ただでさえ目を付けられているというのに』

 姿の見えない声は沈黙する。
 儚げな女性は、ずっとと言っているわけではないと呟く。
 いつまで、それはいつまでとまた姿の見えない声が騒ぎだし、彼女は焦らすようにゆったりと応じる。まるで見えない者達相手に交渉でもしているようだった。
 
『“その時”がくるまで』

 しん、と。
 またしばらく暗闇は静けさに包まれて――いいだろう、と男の声がした。

『ええ、どうか……その時がくるまで……』
『これは契約、其方の最も大事なものを代償に』
『わかっているわ……マリーベル』

 あれは……母様とわたしだ。
 痩せた姿は、もうすぐこの世からいなくなる。
 
『あなたの月日の多くを、思い出を奪う、私を許して』

 暗闇に、聞いているこちらの胸が痛くなる、嘆くような嗚咽の声が響く。

『其方と娘の時間が代償の綴じ糸に、我らが関わるすべてを閉じる。愛し子が愛し子であることもなにもかも、その時がくるまで――』

 母様の姿が薄れて消えていく。幼い私も。
 白い寝台だけが残って、こつん……と靴音が暗闇の静寂を打った。
 暗闇に紛れそうな、濃紺の絹をまとう人が仄かな銀色の光に包まれて寝台に近づいてくる。
 とても美しい男の人だった。彼を包む光と同じ銀色の髪を緩く束ねている。

「マリーベル……」

 甘く哀しい響きを含む深い声で、彼は寝台に囁きかける。
 そこに横たわり目を閉じている、わたしに――。

「貴女は」

 伸ばされたすらりとした手が、眠るわたしの頬に触れる。
 目を開いて彼を見たい、その手に触れたい、けれど瞼すら動かすことができない。
 
『愛し子は、我らが直に愛し子の娘とまみえるのをいとい……それ故まだその目に我らを映してはいない』

 彼と、わたしを挟むように、寝台の反対側に淡い金色の髪を長く垂らした、黒い薄絹をまとったきれいな姿が立つ。
 男の人でも女の人でもない。
 両性具有の、冬の女神に仕えし地の精霊。

「グノーン」
『……冠を戴く“人の子の王”』
「冠など、とうの大昔に棄てている」
『ならば我らの眷属を縛り、魔物をも縛り、蔓バラが執心する“ヴァンサンの子”か?』
「なんとでも、精霊に覚えられてろくなことはない……レリーフに刻まれた王と貴方と赤い帽子の農夫。最後までいたのではない、それぞれの世界を分けた後も人の世界に残ったことを示していた。四大精霊でありながら人の姿をも持つ……人間嫌いが聞いて呆れる」
『其方らは儚くなにもかも忘れてしまう。その意味で愛し子の娘はまだ愛し子の娘だ』

 “ヴァンサンの子”、そう呼ばれた男の人がはっとわたしの顔を見つめる。
 大事な人のはずなのに……記憶の濁流に押し流されそうではっきりしない。

『だが、もう辿り着く』
「精霊博士というだけなら、まだやりようがある……よせ……っ」

 眠りの中で、二人のやりとりを見て聞きながら、淡い金色の光が視界を染めていくのにやめてと心の中でわたしは叫んだ。

 ジャンお爺さんの庭。
 かわらない豆の様子にわたしは首を傾げて、後ろを振り返った。
 赤い帽子が目に入って、瞬く。
 豆の苗を触ってみればわかるといわれたけれど、なにもわからない。

 ――水をやってくれ、マリーベル。

 わたしは頷く。
 母様のところに戻るまで、一言も口にしてはいけない。
 でも、一言も口にしていなくても。
 水を撒き終えれば、ジャンお爺さんは目を細めた。

「四大精霊の“加護持ち”……そんな存在はっ……マリーベル――っ!!」

 なにか聞かれても答えてはだめ。
 あげると言われても答えてはだめ。

『もう遅い。すべて過ぎた日のことだ』 

 ――マリーベル、母親が来られなくなくなった時は、お前えが手伝いを引き継ぐのか? 

 うんと、わたしは頷いてにっこり笑った。
 
 ――そうか。母の“加護”を引き継ぐ愛し子よ。

 頭を撫でられて、目を閉じる。
 すべて解けたと、声が聞こえた。
 
 やめて……どこかで知っていた。
 その先を、彼に言わないで。

『すべて解けた……ああ、まったく其方は愛し子に僥倖だった。人の綴じ糸に干渉できる“人の子の王”にして、全てを含む我らの力で揺さぶれる“ヴァンサンの子”』

 ルイ――!!

「私が……」
『其方が証人だ。この娘は我らの“愛し子”。其方のような我らと離れた者とは違う』
「貴女を……」
『閉じられていたすべてが収まるまで眠るといい……』

 金色の光が消えた暗闇に、狂った咆哮のような嘆きが響く――。
 その声が身を貫くようで痛い。
 目を覚ましたいのに動けない、冷たい……。
 
「マリーベル……」

 不意に、わたしの名を呼ぶ声がして途切れかけた意識の中ではっとした。
 暗闇の中の、あの冷たい寝台の上とは違う。
 薄明かりを閉じた瞼に、微かな風を頬に感じる。
 伝わってくる、温もり。
 大丈夫だ。
 胸の内で安堵のため息を吐いて、わたしを抱きしめる腕の強さと衣擦れの音に眠りの中で泣きたくなった。
 ここは大丈夫。
 何度も記憶の夢に飲み込まれては、作り替えられそうになる意識をようやく安心して手放せる。
 
 大丈夫……目を覚ました時、ルイやわたしを取り巻く状況がどれほど変わっていたとしても。
 まだこの腕の中にいられるのなら。
 きっと、わたしはいまのわたしのままで目を覚ますことができる――。
 そしてわたしの意識は途切れた。
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