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第三部 王都の社交

120.秋冬の相談

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 大聖堂の隠し部屋の清めが五日で終わると知らせが来て、その五日目となった。
 知らせがあってすぐさま、ルイは、五日目のいつ終わるのか訪ねられるのは翌日以降かと尋ねる返事を大聖堂の使者に渡し、三日後、五日目の昼下がり鐘以降ならと返答があった。
 ならばと、ルイはまた司祭長様へ、ぴったりその時間に訪ねるといった前触れも兼ねた返事を即座に大聖堂のに渡し届けさせたのだった。

 聖職者を束ねる長である司祭長様は、ルイとはまた別の意味で王様に頭を下げなくても許される方で、序列的にも尊重すべき相手だというのに……。
 とはいえ、司祭長様も司祭長様なので、わたしとしはむしろ大聖堂の聖職者の人達が心配になった。
 わたしより二つ三つ若い、使者の表情が若干げんなりしているように見えて、お使いに出た方々で気を使ってるのだろうなあと思うとなんだか気の毒になってしまい、こっそり我が家のお菓子を小さく包んで渡してあげた。
 ロザリーの作るお菓子は、王宮で出るお菓子に勝るとも劣らない。甘味は贅沢品だから、これで元気出してねといったせめてものね労いだった。
 
「……貴女は家にいてもいいんですよ、マリーベル」
「表向きは、わたくしがうっかり迷って見つけたことになっているのですよ。それに大聖堂と魔術の繋がりを隠すためにも、わたくしがいないとではないですか」

 昼食の席でぼやいたルイに豆と仔牛肉を煮たスープの肉を切り分けながら返せば、その通りなので彼は黙る。

「厄介な……」
「それに魔術の適性がまるでないことは、ルイも昨日納得したでしょう」
「まあ……それは」
「それより。テレーズから提案のあった、統括組織から文官を選別するお話は考えていただけましたか?」

 テレーズ曰く、わたしもルイもなんでも自分でやりすぎるとのことだった。
 昨日の昼食後、彼女に王様や司祭長様への手紙や、大聖堂や王宮の文官宛に修繕工事のための書類を書いたものを届けるよう渡せば、手紙はともかく書類は奥様がすることではありませんと苦言を呈された。
 以前から、王宮からの細々した依頼をわたしもルイも自分で片付けていることが気になっていたらしい。

『そうは言ってもマルテは侍女見習いだし、オドレイもシモンも王宮のやりとりは少し難しい部分があるもの』

 テレーズにそう答えはしたものの。

『承知しております。そもそも使用人が少なすぎるのも問題です。ロタールのお屋敷だけならいいとして、王宮の御用を受けるのであれば、せめてその手伝いができる者を置くべきです』

 そのように進言されてしまえば、反論できない。
 わたしは夏が終わればロタールに戻って、たまに手紙を書くくらいだけれど、ルイは違う。
 ロベール王との契約がある。
 オドレイが従者兼護衛で執事に近い役割も請け負ってくれているけれど、彼女が王宮の上層が集まる場に出入りするのは難しい。
 表向きロタールで保護された戦災孤児となっているけれど、共和国の傭兵だった過去は隠せても異大陸人の血を引く容姿は隠せない。ルイは政治的には微妙な立場だからなにか思う人もいるだろう。
 シモンが生きるためだったとはいえ、かつてスリとして盗みを働いていた事実は消せない。
 かといって、フォート家と領地のことを取り仕切るフェリシアンを付けるわけにもいかない。フォート家全体の事が回らなくなる。
 わたしの側につく人は、マルテ、リュシー、ヴェルレーヌと三人になったけれど、王の家臣としての務めを持ったルイの側に付ける人がいないのだ――とはいえ。

『フォート家に仕えるには向き不向きがあるでしょう。ただ能力があればいいというわけにはいかないのです』

 人外の血を引く、精霊の取り替え子、元共和国や貧民街出身など訳ありが多すぎる。家付き精霊達やアンのような正体不明の存在もいるし、それにフォート家の屋敷は何重もの護りがかかっていて、精霊のバラで覆われている場所もある。
 それらの事情をすべて飲み込める人でないと難しい。
 テレーズは父親が統括組織の一員、マルテはシモンが守っていた貧民街の孤児の一人だから、元々まったくルイと無関係ではなかった。

『理解しております。その……統括組織の文官から選ぶことは難しいでしょうか。そもそも旦那様に仕える者達で契約魔術も結んでいますから』
『出来なくはないでしょうけれど……』

 正直、盲点でいい案だと思った。
 屋敷に一番近い、東の統括官はムルト様。
 ルイの友人で、実は王族の庶子で元騎士団員でもあるムルト様に人選をお願いすれば、まず間違いはない。
 けれど、わたしの一存で判断を下せることではなかった。

『わたくしだけでは決められません。とにかく一度ルイに相談してみます』

 心配してくれただけでなく、悪くない提案もしてくれたテレーズにお礼を言って一旦話を終わらせた後、ルイの私室で目録作りをしながら彼にその話を伝えていた。

「少なくとも、ルイの側に付ける文官は必要だと思うの」
「……必要があれば考えます」

 うーん、これはあまり考えない方向かしら。
 とはいえ即座に却下というわけではないので、検討の余地は有りかもしれない。
 
「本当に?」  
「案としては、考えられないものでもない」

 こういった、はっきりそうすると言わないルイの言葉はあまりあてにならないものの、いまのところは無しでも有りでもないってことねと胸の内で呟いて、パンを食べる。

「テレーズが心配していましたから、王都にいる間に考えてくださいませ」
「本当に色々とよく気の回る人ですね、貴女は」

 引き継ぎなども考えて念押ししたわたしに、ルイは小さくため息を吐いた。
 戻ればすぐに秋の祝いがある。
 続いて収穫祭や冬支度の時期だ。年が明ければ祈念祭と、領地は忙しくなってくる。
 各地の儀式は聖堂の聖職者が行うけれど、ルイも領主として方々へ出向く。
  
「気を回しているのは、わたくしではなくテレーズです」
「貴女のことです。彼女の案を受けて、統括組織内の引き継ぎのことまで考えているでしょう」
「それはそういうものでしょう?」
「いっそ貴女がその役をやりますか?」
「……出来るかしら」
「真に受けないでください。冗談です……四六時中、貴女を離さずにいられるのは魅力的ですが」

 物凄く人の悪い笑みを浮かべたルイに、思わずむっとして彼を睨んでしまう。
 ユニ領で父様の仕事をちょっと手伝っていたくらいで、文官の真似事が出来るとは思っていない。そもそも妻が夫の文官として仕えるなんてことが有り得ないもの。
 現実的に難しいことくらいわかっている。
 目録の作業を彼を急き立てる形で片付けたから、そのちょっとした意地悪だろう。大人げない……。

「ルイがはっきりしないままでいるなら、わたくしがムルト様に相談しますから」
「ムルトに相談したところで、結局判断するのは私ですけどね」

 わたしがなんとかしようとしたところでルイが必要と判断しなければ無駄だと、釘を刺され、まったく警戒心が強いんだからとわたしはそっと嘆息して、近づいてきた王の誕生祭の用意の話やロタールへの引き上げについての相談をして食事を終える。
 邸宅の“扉”については少し迷っているとのことだった。ロタールと王都の間の移動時間が大きく短縮できるけれど、いいように呼び出されたらたまらないと、完全に閉じてしまうことも考えているらしい。
 
「閉じるなら、いま私室にあるものはすべて、ロタールの隠し部屋へまた移す必要がありますね」
「それって結構大変では?」
邸宅こちらにさえ運んでしまえば造作無い」

 魔術で一気に荷物をまとめて運んでしまうことができるようだ。
 大聖堂でそれをしなかったのは、ルイがあの場所で魔術を使うのは色々と用心が必要だからで、司祭長様立ち合いの下、資料を預かる形を取る建前もあってなのだろうけれど。

 結婚前に王都にいた時って、ここまでだったかしら?

 確執があって、魔術院はルイが魔術を使うのを警戒して監視紛いのことをしているようだけれど。同じく王都にいた婚約期間、いまほど気を張っている様子には見えなかった。
 もっとも、婚約の言質をとられた時の魔術と密談の魔術くらいしか見ていないけれど。

「……どうしました? 黙り込んで」

 ルイの声に、はっと我に返ってなんでもと答えかけ、プラムのタルトを食べ終えたお皿に目を落としてから、彼の顔をわたしは見た。
 なにかあるようだと察したのか、シモンが静かにお皿を下げてお茶のお代わりを用意し、マルテだけを残し、済んだものをまとめて片付ける様子で食堂を出ていった。
 シモンの仕事ぶりを見て、わたしはルイに尋ねかけた話題を直前で切り替える。

「ん?」
「いえ……あらためてこの一夏の間の皆のがんばりを思っただけです」

 魔術院のことは後で聞こう。
 きっといまここで尋ねることじゃない。

「“扉”を使ってロタールの屋敷からの支援もあるとはいえ、一人で数人分の役回りと働きをして、この人数でこの邸宅の事をしてくれていますから」

 邸宅付の使用人達は、たった一夏でとても成長している。 
 人付き合いが良いとはいえないフォート家だけど、一度夜会も身内の祝い事ながら開いてはいる。養父様やカトリーヌ様やソフィー様といった名門侯爵伯爵家の客人が出入りし、王宮からの遣いも度々やってくる。
 主のルイが貴族社会の礼儀から若干外れてそれを許される人ではあるけれど、元小国王家な公爵家として最低限の対応を維持する必要はある。ナタンさんに整えてもらったばかりの邸宅ではあるものの、それでも普段の掃除一つとっても大変だ。
 立居振る舞いにいたってはなおのこと。
 フォート家は、下位の貴族の家からの行儀見習いで来ている人は一人もいない。
 皆、平民といっていいもの、馴染みもない王都で、王族や側近級の大貴族の出入りに対応する大変さはわたしにはよくわかる。唯一の例外でヴェルレーヌが元男爵令嬢だけれど、日中は動けないから皆との接点は少ない。

「社交の季節が終わったら、皆を労いましょうね」

 壁に控えているマルテに軽く微笑んでそう言えば、ええそうしましょうと少し意外に思えるほど穏やかなルイの声が返ってきた。
 見た目はいつもの澄ましたお貴族様な様子だけれど、彼の返事にわたしはうれしくなる。

「ロタールに戻ったら、手当と労いの品、順番に休みを取ってもらうことくらいは、私も考えてはいますよ」

 それは仕える側にとっては素晴らしいことだ。
 時折冷淡な物言いもするし、ご自分を基準に人を酷使しがちだけれど、なんだかんだいってルイはいい当主様ではある。
 使用人の皆から結構遠慮のないことも言われているけれど、ルイを慕っているからこそだ。彼もそれはわかっていて軽く受け流している。
 フォート家の主従にある家族的な雰囲気は、外向けには少し気をつけないといけないけれど好きなところで、助けられてもいる。

「せっかくですから、なにか皆の気晴らしになるようなことも年の内にしませんか?」
「気晴らし?」
「ほら、お休みでもロタールの屋敷からどこか出かけるのは、ちょっと億劫でしょう?」
 
 なにしろ鬱蒼として広大な、竜も棲む森の中だもの。
 わたしやルイのお供で、トゥルーズやユニ領へ出る支度をやけに張り切っている様子だったシモンや、王都に連れて行くマルテを羨ましがっていたリュシーにそう聞いた。
 のんびり過ごせるのはいいけれど、賑やかな娯楽は季節の祝いくらいしかない。

「まあ……外出に制限などないですが、出掛ける人はあまりいませんね」
「乗合の馬車も出ているような一番近い町まで、歩いて一刻半近くかかるもの」

 往復だけで、ほぼ半日が過ぎる。
 荷運びの馬車は自由に使っていいことになっているけれど、下働きの人に頼んで付き合わせるも面倒だ。
 
「トゥルーズで冬を迎える前に行うお祭りみたいに、皆に振る舞うのはどうかしら。冬支度も兼ねて下働きに来てくれている集落の人たちも一緒に」

 奥様っ、ときらきらした目でわたしを見つめてきたマルテに少しばかり苦笑しながら、ルイの判断を仰ぐ。それは構いませんが、と彼はお茶を口に運んだ。

「それだと収穫祭の後で、ずいぶん先になりますね」
「戻ってすぐもそれはそれで大変ですから、秋の祝いもあるし。それにお楽しみがあれば、大変な冬支度も多少しがいもあるでしょう?」

 ユニ領では冬支度は屋敷の設備も開放し、村の皆と色々な作業を数日に渡ってやっていたので、ちょっとしたお祭りだった。

「冬支度といっても、各地の街や敷地内の小集落から保存食や資材を買い取るだけなのですが」
「え?」
「あれこれと届きます。各地の統括官も納めついでに挨拶に来ますから、備蓄の整理がてらその年の労いで放出するのは構いませんよ」

 考えてみれば、大貴族の公爵家なのだから当たり前のことだった。
 おそらくわたしが想像していた冬支度との差異に気がついたのがわかったのだろう。苦笑するように目を細めたルイに、意地の悪い……とわたしが小さく呟けば、愉快そうに喉を鳴らしてルイは笑い声を漏らした。

「おそらくユニ領よりも、そのような娯楽は少ないでしょうから。フォート家は」

 そういえば。
 結婚前に邸宅に滞在していた際に、年の瀬のお祝いの飾りつけなどもまったく行わないと聞いて驚いたことがある。
 最初の王が決まった日と、建国の三賢者が現れたとされる日。
 二つの祝日は年の瀬から年明けにまたがる、王国の年末年始のお休みの期間。
 その間を祝い、来る年の幸福を願うための飾り付けで、ユニ家では田舎では数少ない娯楽の一つだった。村人総出でそれは綺麗に飾り付けるけれど、フォート家はまったくやらないらしい。
 いまは使用人が少ないから手をかけさせないためで、昔はやっていたと聞いた。
 聞いた時はそうなのかとしか思わなかったけれど……昔というのは、たぶん沢山の使用人がいて、彼らに畏怖され遠巻きにされていた子供の頃。 
 
「年の瀬の飾り付けやお祝いも、屋敷の皆でしましょう。出来る範囲で」
「例年になく、賑やかなことの多い秋冬になりそうです……」
「ロタールの領主様は、魔術師なのに聖職者の代わりを務めて、ご自分の生まれの祝いもままならないのですもの。毎年の幸福くらい皆で呼び込まないと大変です」

 そうでしょ、とルイに微笑めば。
 なんだか迷惑そうにも見える困惑の面持ちで眉根を寄せていたけれど、否定や拒む言葉は彼の口からは出なかった。
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