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第三部 王都の社交

85. ロベール王との契約

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 邸宅の夫婦の部屋でお茶と軽食を取って少し落ち着いて、わたしはそのまま部屋で話すつもりでいたけれど、ルイに貴女も屋敷に顔を出してはと誘われて、彼に伴われて三階の廊下の突き当たり、わたし達の部屋を出てすぐの場所に設置してある“扉”から、ロタール領の屋敷の二階へ場所を移した。
 おそらく屋敷の方が護りも強いし心置きなく話が出来るのだろう。

 ユニ領と繋がっている“扉”はわたしやルイの私室のある三階にあるのに、邸宅と繋がる“扉”が二階にあるのは、どちらかといえば家の用を片付けることを主な目的としているからで、二階には屋敷と各地を繋げた“箱”を並べたフェリシアン執務室や、別棟側に使用人達の部屋がある。
 王城のような屋敷の王妃の棟と主棟の一部しか使っていなくとも部屋が余っているフォート家に、使用人は屋根裏や地下なんて考えはなく、先代の頃もそうだったらしい。
 通路や階段は使用人用のものを主に使っているようだけれど、どちらかといえばそれも利便性の良さで使っているようだった。
 
「おや、旦那様……マリーベル様も、お帰りなさいませ」

 “扉”をくぐって、なんだか少し懐かしさを覚える屋敷の廊下に出てすぐ、フェリシアンとばったり出会でくわして挨拶される。
 宮廷用ローブ姿のルイはともかく、わたしはそのまま横になれるほどの寛いだ姿だったからだろう、彼は少し驚いたようにどこか平べったい印象を受ける顔のやや大きい目を軽く瞬きさせたものの、そこは長年この家に勤める家令らしく柔和な表情までは変えなかった。

「今日は少し疲れてしまって、ゆっくり休もうと思って」

 素材はともかく、見た目としてはちょっと豪華な寝間着みたいに見える姿だったから、わざわざ必要もないことを言い訳がましく口にしてしまう。
 なんとなくフェリシアンには、ただルイの妻だからではなくフォート家の奥方としても認められたい気持ちがわたしの中にある。

「リュシーには、物珍しさに夢中にならぬようにと注意しておきましょう」

 フェリシアンの言葉に、たしかにと自分の胸元から服を見下ろす。
 金糸と銀糸を織り込み濃淡で細かな葉模様を織り出した生成色の絹の、飾り気なく胸の下で切り替えを施したコルセットなしのワンピース・ドレスを着ていた。
 ショールがわりに羽織るガウンは、薄く透ける白い綿織物に異国の花模様が鮮やかな赤や藍色で全面に染められたもの。
 インドゥスタンという、遠い東南にある国のものらしい。
 外交も兼ねて、年中、異大陸や遠い異国を周遊しているロワレ公からの結婚祝いだそうで、ルイが王宮に出掛け持ち帰ってきた木箱に入っていた布を、ナタンさんの工房に持ち込んで作ってもらったものだ。
 この遠い異国の珍しい染め柄の綿織物に、リュシーが食いつかないはずがない。

「お食事はどうなされますか」
「軽食を取っています」
「では、後ほどお部屋にお茶と夜食をご用意いたしましょう」
 
 一応、ルイに確認しただけですべて心得ているといった様子で、フェリシアンはルイが頷いたのを見て礼を取り、階下へと降りていった。
 わたし達は主寝室へと階段を上がる。

「バラ園が一番の見頃だそうです。天気が良いなら明日の朝食はそちらでもいい」
「あ……実は少し気になっていたの。やっぱり“扉”って便利よね」
「邸宅とユニ領以外に繋げる気はありませんがね」

 ルイが行ったことがある場所でないと繋げられないといった制約はあるものの、“扉”の魔術具はとても便利だ。
 まともに馬車で移動すれば少なくとも十日はかかる距離をなくし、まるで続き間の部屋に入るように移動できてしまう。
 けれどこれと同じことが出来る魔術師は一体この国に何人いるのだろうと、わたしの隣で廊下を歩くルイの端正な横顔をちらりと見上げて考えてしまう。
 魔術具である“扉”を作ること自体は中級魔術でも、“扉”を設置した離れた場所同士を繋げるのは違う。

「ルイのお父様が確立させた、長距離転移の魔術を応用したものなのよね?」
「あのような魔術を繰り返し行うなど身が持たないと、婚姻の儀の翌日に貴女を連れて王都を出た時に痛感しましたので……」

 たしかに移動中はほぼ眠っていた。
 たった一回行っただけで、途中休憩の茶館にも入らず馬車の中で眠り続け、午後の陽も傾いたくらいで一度目を覚まして少し話したけれどまた眠ってしまい、結局、陽も沈みかけフォート家の敷地に入る頃まで半日以上眠り通しだった。
 同じ高度魔術でも国境沿いの集落を回って防御壁の魔術を行った時は、夜が更けるまでそんなことにはならなかった。あの時は、馬車の揺れを抑える魔術なども行っていたはずなのに。
 つまりはそれだけ魔力も使う、大掛かりなものなのだろう。

「“扉”はそこまでではない?」
「色々と機能を限定したり、魔術具と魔術で処理を分けたりもして、もっとも元になる魔術が確立されているからこそですが……」
「そう」

 主寝室の扉に手をかけながらそう言って、本当に貴女は魔術の話が好きですねえとルイは呟いた。
 内開きの扉を開けてわたしを先に通したルイに、だって不思議だものと答えながらそのまま部屋の奥へと進もうとして腕を軽く掴まれ、閉じた扉に背中を押し付けるように引き戻される。

「っ……ル……」

 触れるだけですぐ離れはしたけれど、あまりに突然に口を塞がれた驚きに瞬きして、至近距離に迫った彼の顔を見る。

「便利や不思議の内で済めばいいですが、いずれ恐ろしくなるかもしれません」

 囁く吐息がわたしの頬を撫で、額や鼻先に口付けを落とされ、さらに下に降りてきた唇に啄まれる。触れ合わせるだけから段々と深くなり、ルイにされるがままわたしは目を閉じる。
 きっと間もなくフェリシアンからわたし達が帰ってきたことを聞いてリュシーがやって来るに違いないのに、わたしに囁いた時のルイの凪いだ眼差しにいつもみたいに抗う気になれない。
 ルイの唇と舌が動くたびに濡れた音が聞こえて、少しでも気を緩めると頭がふわふわして脱力しそうになる。
 いつの間にか後ろの腰にルイの腕が回っている。
 長い口付け。
 強く塞いでは緩まるルイの唇と舌をわたしも追いかけるようになっていた頃、コンコンコンと部屋の扉を叩く音と共にわたしの背に微かな振動と声が伝わった。
 
 ――旦那様、奥様、お戻りになられたと。

「……時間切れですね」
「ぅん……」 

 ルイとわたしが彼の名を口にするより早く、名残を惜しむように啄んで彼はくるりとわたしに背を向けてリュシーに入室を許可する。

「わっ、奥様っ! 申し訳ありません! でも、どうしてそんな出入口の近くに?」

 開きかけた扉がわたしの体に軽くぶつかって、その抵抗と開いた隙間からわたしの姿を見たリュシーが驚いて声を上げ、慌てて謝り、わたしが扉の側から離れるのに合わせて部屋に入って首を傾げる。

「え、それはっ……その」

 しどろもどろに目を泳がせたわたしの視界に長椅子ソファに悠々と寛ぐルイの後ろ姿が映り、彼に対してむっとしてしまう。

 一人だけずるいっ。

「その……ちょっと部屋の外へ、そうっ、バラが見頃だって聞いて」
「たしかにそうですけど……もうお庭は真っ暗ですよ?」
「あ、そう……ね……」 

 ぐ、ふっ……とルイが吹き出すのを抑えたらしき声に、目を細めて長椅子ソファの背もたれから覗く銀色の頭を睨みつけてしまう。

「奥様? あ、これがフェリシアンさんの言っていた……」

 明らかに挙動不審なわたしから、リュシーの注意が羽織っているガウンの布地に移ったのに内心ほっとしてロワレ公からの結婚のお祝いでいただいた布であることを説明する。

「まるで薄絹のように柔らかで滑らかですねぇ。異国風の柄なら見飽きるほど見てますけど、異国の染布は初めて見ます……」
「そうなの?」
「はい、王国は国産絹地に力を入れていますから。ロタールはその中心ですし」

 そういえばそうだ。
 トゥルーズもだけど、他の街、特にバランより南に下ったあたりでは絹織業が盛んだった。
 ロタール領は森林資源に恵まれているけれど、精霊の領域で人の手が入れられない場所が多くてあまり開墾などはできない。
 開かれた地では工業が発達していて、それがロタール領の利益を大きく占めている。
 絹織物もその一つで、王宮で使われている絹のほとんどはロタールのもの。連合王国とも高値で取引されている。 
 広大すぎる領地だから、もちろん農地もそれなりに馬鹿には出来ない生産高ではあるけれど、ほぼ領内の消費を賄うのみ。西部や南部には遠く及ばない。 

「はあ……綺麗ですねぇ。こちらのものとは少し雰囲気が異なる花模様や鮮やかな色使いが素敵でぇ……」
「うっとりするのは構わないけれど、リュシー」

 わたしの言葉にはっと我に返って、申し訳ありませんとリュシーは謝って一旦部屋を出るとお茶と夜食をフェリシアンと用意してくれた。

「貴方達はもういいですよ。明日、天気が問題なければ朝食の支度はバラ園に」

 ルイの言葉に畏まりましたと二人は退室し、邸宅の寝室に落ち着いたのと繰り返しで、部屋に彼と二人切りになる。
 わたしは長椅子ソファの側の椅子にかけて、ルイを斜向かいに見た。
 
「とりあえず、こちらでなにをしていたのか教えてください」
「いくつかありますが、大きくはジュリアン殿にロベール王と交わす契約について相談し、あとはムルトを通じて東部の騎士団支部の調査報告の確認です」
「調査って?」
「例の、吸血事件と……リモンヌ家より以前に彼の地を治めていた家について。こちらは込み入った話になりますので、お聞きしたいなら先にロベール王とのことを話しましょう」

 かちゃりと、お茶のカップを持ち上げてそう言ったルイにわたしは頷いた。

「お願いします」
「そんな緊張するような話でもないですよ。ただ私がロベール王に忠誠を誓う代わり、貴女をトゥール一族の養女に迎え、王妃の一族として大聖堂での婚姻の儀を認める。これが元々貴女との結婚の際に取り交わした条件です」

 知ってはいたけれど、あらためてルイの口から聞くとすごい条件だ。
 なにしろロタールとしてはなんの利もない。
 
「いま、ロタールにはなんの利もないと思いましたね……ありますよ、少なくともロベール王がこの条件を呑んでくれるなら、私は王家に対して脅しをかけなくて済む」
「……それはあなたが自制すればよい話では?」
「自制できる気はまったくありませんでしたね。なにしろ貴女は頑なに身分差を気にしていましいたし、それはロベール王の説得に都合が良かったのですが。私にとっては貴女との結婚において身分差それ自体はどうでもよいことですが、大聖堂で婚儀が出来るかが最大の困難でした」

 この人……と、わたしはルイに呆れてしまう。
 無理が通らないなら、冗談抜きに“王国の脅威”と化すつもりであったらしい。
 流石に実力行使はしないだろうけれど。
 フォート家にとっては呪いのような“祝福”回避のためとはいえ、大聖堂でわたしと婚姻の儀をするのがそれほど絶対条件だったなんて。
 それがわたしと結婚するためで、またその後のわたしのためにと思うとなんとも複雑な気分になる。

「……とりあえず、わたしはまったくうれしくありません。そんな事になったら即刻離婚……そもそも結婚しませんでした」
「それは、よかった」

 よくない。

「それで変更って?」
「変更というより追加ですね」
「追加……?」
「忠誠の証として魔術師として無償でロベール王に仕える。それが履行出来ない状態に私が陥った場合はフォート家及びロタール領の全てをロベール王が取り上げ、ロベール王の管理下に置く」

 え……、と声を発したきり一瞬言葉を失った。
 なに、その条件。
 ルイが魔術師として仕えることが出来なくなったら、王様がフォート家やロタール領の全てを取り上げる。

「あとはロベール王と協議したちょっとした但し書きを付け加えた程度です」
「……なにそれ」
「ん?」

 どういうことっ、とわたしは椅子から立ち上がり、両手をテーブルに乱暴についてルイへ身を乗り出した。
 
「そんな条件……っ、期限はっ?!」
「定めていません」

 めちゃくちゃだ。
 なんでもないように答えたルイのその言葉が信じられなくて、すとんと椅子に落ちるように再び腰を下ろす。
  
「どうしてそんな……」

 どうしてもなにも決まっている。
 そんな条件、それは――あまり考えたくない。

「ただの保険です。最悪を防ぐための」
「でもそれって……」

 履行出来ない状態って、それは即ちあなたが。
 
「私が魔術師として仕えられないようなことになれば、フォート家もロタール領も非常に厳しいことになる。もちろんフォート家の庇護下にあるユニ領も」
「保険をかけなければ、いけないようなことがあるの?」
「いいえ。いまのところは特にありません」

 ルイの言葉に少しだけほっとする。
 隠し事は大いにあるけれど、彼の言葉に嘘はない。
 いまのところ、といった言葉は気になるけれど、差し当たってそんな危機はない。
  
「貴女、私に仰ったでしょう。“護られる側が護られる気でいないのが問題”だと。フォート家とロタール領は自分でなんとかする以外にないものでしたが、それは完全ではない。私にとっては全てです……損なわれるというなら、私の生もなにかもがまったくの無意味になる」

 勿論、貴女も含めて。

「そういったことで言ったわけじゃ……そんなことを言われても困ります」

 そりゃ、ルイの身になにが起きようが離婚しない限り、わたしはフォート公爵夫人でフォート家の人間だ。
 ルイのいう最悪を防ぐための条件の範囲に含まれる。
 
「だってそれって、フォート家とロタール領が守られてもルイはいないということじゃないっ」
 
 ルイが魔術師として仕えられない状態の前に、ロベール王への忠誠が条件にあるから彼が王国や王様に仇なすようなことになった時点で契約違反。
 だから敵対するといったことではなくて、文字通りに仕えられない状態になるということだ。

「ですから、ただの保険です。そのようなことはいまのところ起きそうにもないので、条件にそれが追加されたところで、いままでとさして変わりません」

 落ち着き払ってお茶を飲むルイが、本当に、本当に腹が立つ。
 変わりませんって、そう仰るからにはそう思っているのだろうけど、とても信じられない。

「どうしてそんな悲しそうな顔を?」
「怒ってるんですっ!」
「怒ることではないでしょう」
「ルイがどうなっても、ルイにとって損なわれたくないものは大丈夫ってことでしょう?!」

 そんなこの人にとっての足枷をなくすような条件、いざとなったらルイが自分自身をどう扱うかわからない。
 
「父様は? 父様はなんて?!」
「雇い主である私が望む利益を守るのがご自分の仕事であると。まあ義父として知人としてとあれこれ忠告はされましたがね」
「忠告って?」
「貴女は怒るだろうから、ロベール王に渡す前に貴女に話すこと勧められるなどです……流石は実の父親というべきか、いま本当に貴女が怒っているので驚いています」

 こちらへいらっしゃいと長椅子ソファの座る場所を少し空けたルイに、わたしは立ち上がると彼の隣へと移動する。

「ロベール王には?」
「とっくに渡しています。いま精査中です」
「そんな大事なこと一言もなく!」
「貴女が怒ろうが反対しようが、こればかりは一つも変える気はありません。それなら事前も事後も同じでしょう」
「……賛成されるとは思っていなかったってことですよね」
「前提条件の時点ですでによろしいとは思っていなかったでしょう」

 たしかに。
 ルイは事後報告を選んだ
 彼にとってわたしは相談する気にもならない相手なのとまでは思わない、そういった話ではないことくらいは理解しているつもりだ。
 わたしがなにをどう言おうとルイは譲らないし、彼にとっては相談などといった余地もない、最悪を回避する保険としてはそうすべき話で、実際そういった内容だもの。
 こういった場合、事前と事後とどちらで言われたほうが感情のもつれが少ないのかしら。
 事前だと理解していてもわたしの考えなど聞き入れてもらえない思いを抱くだろうし、事後だとまさにいまのように一言もなくと……どちらにしても釈然としないし、きっと同じくらい腹も立つ。

「わたしが尋ねなければ、そのまま黙っている気でいた?」
「いいえ。精査が通って正式に結び直した時点で話すつもりでした」

 本当の本当に事後報告のつもりでいたんだわ。
 いえ、もういまだってほぼ同じようなものだけれど。

「勿論、いままさにそうであるように、その前に尋ねられたら答える気でもいましたよ」
「当たり前です」

 わたしはため息を吐いて、自分のカップを少し引き寄せてお茶を飲んだ。
 カップを置いて、用意された夜食にも手をつける。
 焼いて薄切りにしたお肉やスープで煮詰めてペースト状になった野菜や茹でた野菜などを、大きめに薄く切ったパンをお皿代わりにその上にとって、折り曲げて挟み込んだものにかぶりつく。
 
「先ほどそれなりにお菓子も食べていましたが、空腹だったんですか?」
「別にそういったわけではないですっ。おいしいものでも食べなきゃやってられないわ」
「自棄食いは体に毒ですよ」
「お腹もちょっとだけ空いていましたっ」

 初っ端からこれだもの。
 なにかもっと込み入った話もありそうなことを言っていたし。
 誹謗中傷の噂や父様の秘密で疲れている場合じゃない。

 もぐもぐもぐと半ば憤りながら夜食を食べるわたしを横目に見下ろして、ルイが苦笑しながら、彼も夜食に手をつける。
 二人して長椅子ソファに並んで、ほぼ無言で夜食を食べお茶を飲む図はなんだか滑稽だったけれど、あまり和やかなお喋りをする気にもなれない。
 
「……マリーベル」
「なに?」

 あまり不機嫌な食事はしたくないけれど、口の中のものを飲み下してから、ついぶすっとした声で返事をしてしまった。
 もうパンも小さな端っこだけしか手の中に残っていなかったので、それも食べてしまう。
 お茶を飲んでわたしが落ち着いたのを見計らって、ルイがわたしの口の端を指先でちょんと軽く突くように触れる。
 どうやら小さなパンのくずがついていたらしい。
 戻した指先をひと舐めして、わたしを見た。
 淑女にあるまじき姿に羞恥を覚え、子供にするようなことをされて恥ずかしいし、ただそれだけのことなのに無駄に艶めかしい仕草にも見えてどきりとしてしまうしで、両頬に手を当てて少し俯いてしまう。

「失礼しました……なに?」
「まだ私から話を聞き出す気でいるようですし、それでなくとも昼間のことでお疲れでしょうが、今夜は抱きます」
「なっ、なに急にっ……!?」
「ものすごくそうしたい……しばらく触れてもいませんし」

 腕組みして若干考えるように目を閉じて言われましても……そもそもそんなこといちいち言わなくても、というよりそんな前触れこれまで一度もないでしょうに。

「どうしたの?」
「別にどうもしませんし、貴女がなにを憤っているのか知りませんが……」

 言いながら組んだ腕を解いて、ルイはわたしに体を傾けた。
 こめかみに口付けが落ちてくる。
 
「とにかく厳しく怒られますし、何度でも口付けたりもしたいですから……先日も言った通り、最早、迂闊に自分の身を危険に晒す気にはなれませんね。まして貴女が仰るいなくなるなど絶対ごめんです。まだ貴女を乱すことについても全然志半ばですので」
「あの……それはそれでなにか……」
「なんですか?」
「いえ……」
 
 御身を大事にしてくださるよう宗旨替えなさったのは、大変よろしいことだと思いますけれど……なんだろうこのそこというか、違うというか。

 あと、志半ばってなに――!?
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