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第三部 王都の社交

74.過去と救いと夜と朝 *

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 ルイが黙ってしまうと、わたしも釘を刺す以上にこれと話すこともない。
 隠し部屋がしんと静けさに満たされる。

 ルイも正面を向いているしと、抱き寄せられて彼に向かって斜めになっていた体を戻せば、肩に軽く触れていた彼の手も離れた。
 少し緊張してルイのお父様の手稿を手に彼の話を聞いていた疲れも感じ、寝椅子カウチの背もたれにわたしは軽く身を預ける。
 あらためて眺めた室内は几帳面に整理整頓されているためか、がらんとして見えた。

 そういえば、この部屋に入ってからどれくらい時間が過ぎたのだろう。
 長く話していた気もするし、いつもならもう就寝支度をしている頃なのでは。
 そう思うと、リュシーとマルテのことが気になる。
 わたしの侍女である彼女達は、わたしが今日は下がっていいとしなければ勝手には休めない。

「あの、結構時間が過ぎていると思うから、リュシーとマルテに今日はもういいわって言ってあげないと……」
「それなら、夕食前にフェリシアンとテレーズに適当に指示するよう私から言ってあります」

 あ、ですか。
 ということは夕食の時にわたしに予定を尋ねはしたけど、はなからここに連れてくる気でいたのね。
 リュシーとマルテの心配をしなくて済むのはのはいいけれど、そのつもりならそう言えばいいのに。

「ねえ、ルイ……」
「父は――」
「え?」

 ルイにそろそろこの部屋を出て休むことを提案しようとしたわたしと、ほぼ同時にルイが言葉を発して、わたしは聞き逃してしまった彼の言葉を聞き返す。

「……父は、母を溺愛していた。まあ子供の私から見てとても仲睦まじいとはいえない二人ではあったのですけれどね……そう、ずっとそう思っていた」
「ルイ?」

 急に、なに?
 突然、ご両親の話を始めたルイに背もたれから身を起こせば、もののついでですと彼は軽く肩を竦めて、わたしの膝の上にのせたままになっている閉じた手稿へ目を落とし、それからわたしの顔を見て目元を緩める。

「私も、母親と会うことがなくなった・・・・・・・・・・のは五歳の頃でした」
「そう」
「といっても私の母の場合は生きていますので、彼女が気がつかない場所や距離を置いてところからその姿を見かけることはありましたが、声も」
「声?」
「ええ」

 なんとなく、あまり楽しい思い出話ではなさそうな予感がした。
 ルイのお母様は、魔術を暴発させる我が子への恐怖心とその罪悪感で心を病んでしまい、ルイの姿を見ることが出来なくなったと聞いている。

 フォート家の屋敷は広く、壁や扉は厚く頑丈な作りだから、同じ部屋で顔を合わすことが出来ないのなら、普通の話声は扉や窓を開け放した近くにいなければまず聞こえないはず。
 それに扉や窓からルイの姿がきっと見えてしまう。
 会うことの出来ないお母様の声をルイが聞くとしたら、それは普通ではない話声だ。
 優しい人だったと聞いているし、そんな人が部屋の外に漏れ聞こえるほどの声を上げるなんて、どう考えても平穏な話じゃない。

「“どうして私を”とか、“私を解放して”とか、繰り返し父に訴えては、嘆くように泣き崩れる」
「……」
「子供心に父に対して思ったものです、母が大事であるのならなぜ解放してやらないのか、と」

 予感的中だったけれど、わたしの隣で口元に指を当てながら話すルイはかつて過ごした遠い日々をただ眺めるような、なんの感慨も抱いていない凪いだ眼差しをしていて、その胸に去来するものは読み取れない表情をしていた。
 その横顔は怖ろしいほど綺麗で、思わずじっと彼を見詰めてしまう。
 あまりに見詰め過ぎたからだろう。
 わたしの視線に気がついて、ルイはちょっと微笑むような顔を見せたけれどすぐまた綺麗な横顔に戻り、わたしもなんとなく彼から視線を外した。

「ルイの、お父様ってどんな方だったの?」

 下手に気遣ったように思われてもよくない気がしたので、思い切って尋ねてみれば、意外にあっさりとそうですねえとやや暢気そうな調子でルイは呟いて、話した通りフォート家の魔術師の中でもなにか天性のものを持っていた人で……と話し始める。

「長距離転移のような、空間に干渉する全属性を組み込む高度な魔術を完成させた。本人は盟約の魔力ありきの力技の魔術などと言ってましたが……規格外というのはああいった男のことです」
「え?」
「魔術だけでなく剣も熟練の武官と張れる強さで、たまに修練の度合いを確かめるように片腕のみその場から動かずでかかってきなさいと言われて、私は何度地面に転がされたか……見た目も、魔術師というより武官でした。堂々とした体躯に様々な護りの魔術を縫い込んだ革の上着に重々しいマント姿。青灰色の瞳をした、威厳があり過ぎる黒髪の美丈夫」
「そ、そう」

 ルイの容貌は、目元と瞳の色以外はお母様譲りであるらしい。
 だとしたらお母様はすごい美女だ……ううん、ルイが美丈夫なんていうからにはお父様もきっと。優秀さと美貌を併せ持つ血筋だなんて、フォート家恐るべし。

「魔術師というのは意外に体力勝負で。魔力という生命力や体力に近いものを消費しますし、高度な魔術は危険も伴いますから鍛錬必須ですが……父と比べると私は華奢な質のようです」

 たしかにルイは長身なこともあって、すらりとして見える。
 けれど痩躯とはいえないし、四十間近だというに腕も胸もしなやかに固く締まって、それなりに厚みもある……って、なにをわたしは思い出しているのっ。
 
「マリーベル?」
「な、なんでもありませんからっ。えっと、立派な方だったんですね?」
「はあ……たしかに私は父が三十の時の子ですから、当時の父はいまの私とさして変わらない歳であることを考えると色々と立派ですね。魔術にしても、当主としても」

 嫌悪しているわけではなく一定の敬意は持っていそうだけれど、あまりよい感情は持っていなさそうだと思っていたから、こと評価においては厳しいルイが彼の父親についてほぼ手放しでほめるのは少々意外だった。
 
「不在がちで、一人息子である私とたまに顔を合わせても笑み一つみせない。近寄りがたい人でしたが冷たい父親だとは思わなかった。声をかけられれば妙に誇らしい気分にすらなったものです」
「そう」
「フォート家がかつての小国の王の血筋というのなら、あの男はまさしくそういった雰囲気の男ではありましたね」

 なにか堰が切れたような饒舌さで話すルイの話を聞きながら、尊敬する偉大な父といった感じだったのだろうなと膝の上の手稿を見て、中に記されている几帳面な筆跡を思いながら革の表紙を軽く指で撫でる。
 そんなお父様と、心を病んでもルイに愛情を伝えようとしたお母様との諍いを耳にするのは、辛い事だろう。お母様の嘆きにはルイのことが含まれている。

「屋敷も、放置している部分の荒れ具合はいまと同様なものの、使用している王妃の棟と主棟の一部については、当時はそれこそ百人単位の使用人がいて、今よりずっと煌びやかに整っていた。そんな屋敷の当主に相応しかった。厳めしい顔で口数も少ない無愛想な男なのに、使用人達にも慕われていて。王宮でもそうだったのでしょう、家督を継いだ直後はなにかと引き合いに出されたものです……」

 そんな男が、母の苦悩を理解できないはずがない。
 ルイはそう言って息を吐いた。
 不用意な言葉はかけられなかった。
 それに、これほどルイが自分に関することを話したことはない。

「父は母を溺愛していた。母がどれほど嘆き、夫である父をなじり泣き喚いても、ただそれを受け止めて一言もなく、けして離そうとはしない……ですが」
「ルイ……?」
「母も離れようとはしていなかった。父がいない間に屋敷にあるお金になるものを持って出ていくことはいつでも出来たし、彼女がそうしたいと言えば協力するだろう者もいた……そのことに、ごく最近になって気がつきました」

 ――マリーベル。

 不意に名を呼ばれて、はいと返事をして彼を見上げる。
 ルイと目が合ったと思ったら、口付けられた。
 ただ触れるだけでは済まなくて、目を閉じる。
 閨で交わすような濡れた音に少しいたたまれなくなって彼の袖を掴み、しばらくしてようやく離れていく唇の余韻にほのかな熱を覚えながら目を開けて、驚くほどまだ近い距離にいた彼の瞳を見詰める。

「祝福の当事者は母と私と父だけ。母は、父に訴えるしかなかった……貴女が、離婚するといった言葉に私への納得のいかなさを込めていたようなものです」
「それは……それに、最初は本当にそうで」
「途中からは?」
「途中なんて……」

 意地の悪い質問に、知りませんと答えて顔を少しそむけてルイの左肩に額を押しつければ、髪に触れる指を感じた。
 リュシーが綺麗に結ってくれたところに挿した髪飾りが外され、編まれた髪を留めるピンを抜かれ、解きほぐされた髪が肩に落ち、差し込まれたルイの手が下ろされた髪を撫でる心地良さに思わず目を細めてしまう。
 
「家督を継ぐ前のことなど、まあ継いだ後も大半は忘れてしまいたいことばかりでしたが……」

 フォート家の魔術を恐れ忌々しく思う者は多い。
 制御出来ない子供の頃は屋敷の中でもそうだった。
 やがて自分の容姿とそれに合わせた言動で人を操ることを覚え、母親も自分のことなどさっさと見限れば楽になれるだろうにと思っていた。
 父のように母を縛り付け苦しめるだけなら、はじめから誰も選ばないほうがいい……それにいくら祝福が一人を選ばせるといっても所詮はきっかけに過ぎない。一時の感情がそこまで続く己だとも思えない――そう、ルイはずっと考えていたらしい。

 随分な荒み方だ……。
 未成年の内から公爵家と領地を守る立場に立たされてもいるわけだし、仕方がない気もするけれど。
 フェリシアンのような人も側にいるし、領民からも慕われていて、彼の為に日々働いている人達だっているのに。

 とはいえ、貴族や領主や当主としてのルイはしっかりしているから、きっと私人としての部分だけが荒んだものを抱えたままできたのだろう。
 他に頼れるような親族もないし、祝福に翻弄されてきたことや家族のことなどを誰かと分かち合うのはたしかに難しいかもしれない。
 王様や王妃様、ムルト様はご友人だけれど、王族やそれに連なる人達である以上、フォート家とは利害関係がある。

「しかしここにきて、長年そう考えていたことをことごとく覆される目にあっていましてね」
「え?」
「お陰で今なら……わかる気がします。当時の私は所詮は子供で、子供の目でしか物事が見えていなかった……」
「……ルイ」

 わたしの髪を撫で下ろし、いまはわたしの肩に留まっているルイの手にそっと手を重ねる。
 それは、なんて言ったらいいのか。
 わたしには言葉が見つからないけれど、祝福に翻弄され早くから子供ではいられなかった過去や、当時の彼の心そのものを変えることはできなくても、少しは救われるものがあったのならとてもよいことだ。

「ええ、本当に……私を避けに避けてはね除けて、それも人を悪徳だの詐欺師だの好色だのと言いたい放題。どれほど言葉と行動を尽くして口説こうが、尽力しようがにこりともしてくれない」

 ――ん?

「仕込み途中の魔術が暴発しても平然と、目の前で試作の魔術が壊れようがその元凶である私が無事ならおまけで自分も無事だろうなどと」

 ……ん?

「そのようなご自分は棚に上げ、己を蔑ろにするなと引っ張たいたり襟首掴んできたり……身分で敬えというつもりはないですが、これでも一応公爵ですよ私は。それも王家と対等な。諫めるにしてももう少しやり方を考えるでしょう普通は……」

 えっと、これは……?
 ご両親の話だったはずが、何故こんな?

「あの……ルイ?」

 額を押し当てている肩から顔を上げるのが、なんだか怖い。
 一方、彼の話はますます饒舌さを増して、言葉は勢いよく流れる川の如く止まらない。

「私としては、教えたところでどうにもならない無駄に重く面倒な事情など知って無用に抱える必要などないと思うのですが、許される範囲で聞かせろと怒るし、聞いても怒るし、黙っていても怒るのですよ。まったく理不尽極まりないとはこのことです……」

 いや、だって……ルイの言い分ではそうかもだけど。
 これは、なに。
 そういえば、もののついでって。
 もしや屋敷の者達は知らない話の漏れる心配がない部屋で、わたしに対する積りに積もった日頃の鬱憤を訴えようとかそういった……。
 
「ですが、求婚したその時から、大半私の勝手であるのに付き合ってくれる」
「……え?」
「魔術は便利だと、私の話の中ではかなり上位に好きだと、魔術の話をせがむ……」

 私が魔術に関わる時は大抵なにかしらの揉め事か、被害や犠牲が出るか、失敗すれば惨事を引き起こすかなのに、なんて呟くように言われても。
 それに防御壁の魔術の補強で、各地で感謝されたり喜ばれていたじゃない。
 
「離婚すると言って憚らないのに別れるまでは妻で、仮に離婚して婚姻や使用人などの契約の繋がりがなくとも気がかりだからそばにいると……」
「……」
「あげくの果てに私の求婚にただ返答するためだけに、人生の時間を対価に差し出し婚姻とは別に私と誓約まで……最初から私を避けに避けているのに手を伸ばせばこうして触れられる」

 先程までとは、違った意味で顔が上げられない……。
 肩から頬に移ってきた、ルイの温かみがあるはずの手がひんやりと冷たく心地よい。
 彼の手が冷たいのではなく、わたしの頬が熱い。

「約四十年もそうだと思ってきたことを――数ヶ月での間でどこまで突き崩す気でいらっしゃるのか。本当に、貴女という人は……ところで、忘却の魔術というのはできないのですよ」
「ぼ、忘却?」

 人がどうしたものかと狼狽ろうばいしきって対処に困っているというのに、また急にそれまでとは話を変えてきたルイに、ひとまず相槌だけを打つ。

「ええ。十かそこらの頃、私のことなど忘れてしまったほうが母は楽になるだろうと、何度も命運の女神に遡って記憶の忘却をと試みましたが無理でした。時そのものを人の手で操ることは不可能らしい……しかし魔術などでなくてもやりようはあったのでしょうね、きっと」

 ルイの言葉に、押し付けていた額を外して顔を上げた。
 どうして? と、疑問の言葉が勝手に口から出た。

「夕食時に、私が幸せかと、以前より私が幸せそうだと聞いて尋ねてきたではないですか。答えましたがなにか思い違いをしている様子でしたし、あの場で詳しい説明は出来ませんので」
「あ……あれ……」

 自ら望んだ妻を迎え入れたばかりで不幸のどん底のような顔をしている男はそういないでしょう。いたとしてそれもどうかと思いますが?
 それに、少しばかり救われもしましたし。

 夕食時の返答にもう一言付け加えたルイに、しかし説明といってもこの際だからついでに不満も言っておこうといったのも多分にあるような気もする。
 彼の見えなかった部分が少し見えた気もしたから、それは言わないでおくけれど。
 
「貴女はどうなんですか?」
「この話、まだ続けるの?」
「ぜひ話して聞かせてほしいですね」

 わからないのだろうか。
 それに、今は避けてもはね除けてもいないと思う。
 人妻が、髪を下ろすのを許すのは夫か子供か侍女だけ、特に夫の場合は……。
 いつまでも頬の熱が引いていかないのは、なんだと思っているのかしら。
 あんな閨の中でするような口付けをされて、なにも残らないとでも?

「……髪、こんなところで解かれたら困るのですけど」
「ん?」
「ですから、寝室で話します」


*****


 人妻が、髪を下ろすのを許すのは夫か子供か侍女だけ、特に夫の場合は……。 

「ルイ……」

 自分でも、甘い声で彼の名を口にしているのがわかる。
 抱き締められれば、ため息が零れた。

 いまやわたしは本当にルイが好きだし、色々なことがあってこの人と結婚してよかったとも思っている。わたしを三度も守ってくれただけでなく、父様やユニ領も守ってくれた。

「ん……」

 気がつけば唇を重ねていて、何度もされて陶然とし、頬に添えられた手に懐いて目を開ければ青みがかった灰色の瞳が間近にあった。
 熱を帯びた、青みが増した瞳。
 時折、ルイの目の色は少しばかり変化する。
 魔力のせいなのかなにかはわからないけれど。
 青みが増すと綺麗だった。
 実を言うとルイの目の色は、あの王宮のバルコニーで距離を詰めて迫られた時から綺麗だと思っている。

 結婚前は色々強引だったけれど、結婚後はわたしがゆっくり馴染めるようにしてくれているところもあるし。
 他の貴族に嫁いでいたら、こんなことは望めない。
 けれど、そういったことを抜きにしてもルイがいいの……と、しつこく聞くから答えれば黙るように言われて口を塞がれた。理不尽過ぎる。
 そんな憤りまでも甘い痺れにうやむやにしてくるのだから、本当に、悪徳好色魔術師……。

「ルイ……」

 何度も重ねたばかりなのに、また塞がれて溺れそうになる。
 比喩ではなく、目を閉じて口の中を探る彼の舌と舌を絡ませ、吸われて、濡れた音を立てて互いの吐息が乱れていくのを感じながら、心地よい水の中に沈んでいくような気がする。
  
「あっ」

 不意に体の芯を甘く突かれて反射的に顎先を上に、合わせていた口元から声が漏れる。
 一度果てた後の余韻の中であまりにゆるゆると心地よく口付けを繰り返していたから、まだ繋がったまま抱き合っていたことを忘れかけていた。
 いつの間に……違いに溶け合っていたような内部で、熱と体がくっきりとまた分かれていくのを動揺しつつも、甘く突かれた場所がじんと疼く。
 ゆっくりと緩やかに、内部をじわじわと押し広げてくるような刺激が徐々に深く強くなってくる。深さを増す口付けに、体の奥底がふるえるのがわかった。

「っ……んんっ、……」

 どうかなりそう、とルイに縋りつけば首筋を食まれた。
 腰から背筋にぞわりと甘い痺れが広がって、泣き濡れたような声を上げてしまう。
 ひっそりとルイが笑んだ気配がした。

「まさか忘れていましたか……マリーベル?」
「だめ……っ」
「だめではないでしょう?」
「ああ……ぁ、いいのっ……ふぁ、んっ」

 甘い疼きをくすぶらせて尖っていた胸の頂きを摘まれ、耳朶じだを甘く噛まれながらルイの問いかけに答える。
 彼の二の腕を掴んで逃れるように身をふるわせたけれど、逃してくれる彼じゃない。
 耳元を舌が愛撫する濡れた音に侵され、ああっと喉の奥からよがる声が出た羞恥に、さらに体が熱くなる。

「……乱れて構いません、マリーベル……」
「やっ……いっぺんにされたら、ああっ」
「私に乱される姿を見たい」
「あ、う……んんっ」

 もうすでに一度注がれている繋がった場所で、淫らな体液の音がしているのに、奥から溢れてくるものを感じて、わたしを組み伏せているルイにひどく汚しちゃうと訴えれば、まだそんなことに気を回す余裕があるのですかと、呆れたようなため息が耳元を湿らせた。
 
「朝は、テレーズに来るよう言ってあります」
「どうして? んっ……お願い、胸は……っ」
「王都に出る前に……色々と話し合うと……っ、よ過ぎて辛い?」

 尋ねられて泣きそうになる。胸の頂を弄られると中でルイを締めつけて、その先端がまだ触れていないもっと奥が少し痛みを覚えるほどに疼いて蠢くのがわかる。

「そんな顔をされると、衝動任せにしてしまいたくなる……」

 耳に音を立てて軽い口付けを一つ。
 宥めるように右頬と首筋を撫でられて、そのまま噛みつくように口元を合わせてきたルイの舌に深く探られ、息が苦しいと思った直後に深く穿たれて、声を奪われたまま喉の奥だけが止まらない声を上げるように動く。
 
「ひっ……ぅう……は……」

 ルイの舌がゆっくりとわたしの口から抜かれて、息苦しさから解放され、はあはあと喘ぎながら酷いとわたしは彼を軽く睨んだ。

「人が夢中になっているというのに……明日の始末のことなど考えるからですよ……」

 酷い……ルイは酷い。
 たまらなく甘く痺れるような快感の疼きを与えながら、いたぶるように獰猛に責め立てまたは嬲るように焦らして、人が翻弄されるのを見て楽しんでいる。
 それに、そんな彼にぞくぞくとしてしまうわたしもどうかしている。
 
「あ……ルイ……」
「動いても?」
 
  耳を舌でくすぐられ吹き込まれたルイの囁きに、頷く。
 もっと奥の奥に触れてほしい、なによりどこか耐えるようにしている彼もちゃんと気持ちよくなってほしい。

 ルイの左右の手がわたしの胴の脇を滑る様に撫で、与えられる快感に揺れていた腰を捕まえて彼の体にぴったり密着するように引き寄せられる。
 抗うように腰が跳ねたけれど、ルイに押し止められ、ゆっくりと……少しずつ律動が激しさを増していく。
 内壁を擦られ、ほしかったところに触れられれば、目が眩むような快楽に襲われた。

「ああ……先程よりずっと奥が熱く蕩けて……」
「あっ、ああ……待って、ああっ……っ」

 ルイの首に腕を回してしがみつき、肌をすり合わせるように彼の体に触れる。
 一瞬、顔を顰めて密やかなため息を吐いたルイが息を乱しながら、何度も口付けてくるのに溺れて彼に縋りつく。

 互いに乱れる吐息の声と、肌や肉や滴りを交わす淫靡な音と寝台の衣擦れの音が、暗い主寝室の空気を密やかに熱く湿らせていた。

「あっ……うぅ、わたし、ああっ、わたし、あ、あっ……んっ」

 ルイに脚を抱えられて深く抉るようにされ、それが止まるより早く絶頂へと昇り詰めてしまったわたしはぐったりと力の抜けた余韻の中で、直後脈動する彼に奥底をふるわせる。

「……マリーベル」
「ん……」

 恐ろしく甘い、低い声音に、横臥にわたしを包むルイにわたしは懐いた。
 まだ意識がどこかぼんやりしている。
 余韻の残るわたしを気遣って髪を撫でるだけなルイの顔を眺めて、たぶん、絶対、普段向けない微笑みに顔が緩むのが自分でもわかった。
 こめかみに口付けが落とされる気配に目を閉じ、心地よい眠気に誘われてうとうとしていたら、魅惑的な声音がしっとりと低く囁く。

「これまで随分と手加減していたのですよ、トゥルーズの朝のようにはしていなかったでしょう?」
「うん……トゥルーズ……?」

 トゥルーズ……朝……。
 ああ……胸焼けするほど酷く甘ったるい砂糖水に沈めて殺されさそうな目に合った……。

「ん……、っ」

 うつ伏せ気味に微睡んでいた背中を撫でられ、中頃より下でじくりと甘く吸い上げられた刺激に目を開く。

「……え、あの……っ」
「足りません」

 背後からの囁きに背筋がぞわりと痺れ、乾く喉に唾を飲み込む。
 そうしているうちにも、じくりじくりと背から腰にかけて鈍く刺すような口付けが落とされて、不意に首の後ろの髪を分けた吐息がわたしの肩をふるわせる。
 見えなくてもわかる、絶対に、悪徳好色魔術師な表情をしている。
 
 朝になって、やってきたテレーズにルイは昼まで人払いをし。
 そしてその日、わたしが起きるのは午後になった。
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