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2.帰省
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2.帰省
品川から新幹線に乗って4時間弱、故郷の広島まで帰ってきた。僕の実家や山城先生の家、通っていた学校など諸々は、在来線に乗り換えて東側へ30分少し行ったところにある。本当なら広島駅で両親宛に御座候を買って帰りたいところだが、終電のためそれは叶わない。御座候というのは、地方ごとで呼び方が全然違うらしい。今川焼きや二重焼きとイコールだと思ってもらえば問題ない。中にあんこが入っていて母の好物なのだ。気を利かせて東京バナナとか東京の定番を持って帰っても大して喜ばない。帰省前に電話すると毎回「そんな高いええ物買って帰らんでええ、無事に帰ってき。」とだけ言われていた。
在来線のホームに行く途中でも既に故郷の変化を感じた。帰ってくるのは3年ぶりぐらいだから、無理はないかもしれない。僕が住んでた頃の広島は、東京みたいに高い建物やら目立つモニュメント的な建物やらは意外とそこまで無かったし、駅も少し雑多な複合施設といった感じでここまで整っていなかったはずだ。華々しい都会というよりは、庶民が集まって盛り上げてきた騒がしい街といったイメージがあった。
それがいつの間にか、駅前に新しく大きなビルが立っている。付近の建物もガラス張りやら何やら小綺麗なコンクリート製の現代的な造りだった。駅自体も工事していて、ホームに行く道も豪勢になった。パン屋やらコンビニやらが入っている。随分とちゃんとした都会になろうとしている。何だか我が子の成長を見るようなそんな気持ちにすらなった。子供などまだ持ったこともないし、彼女すら今はいないのに。
在来線に乗ってからも変化はあちこちで感じられた。まずやってきた電車が昔の黄色じゃない。フォルムは四角に近づいていて、完全鉄製だと言わんばかりのほぼ銀色の新顔がやってきた。周りの反応は特にないので、変わったのはもう去年か一昨年のことなんだろう。まぁ小綺麗になっていく事は良いことだ。寂しさが無いとは言わないが、環境が綺麗でスッキリするのは個人的に賛成だ。広島駅を出てすぐぐらいで、広島カープのスタジアムが少し見える。僕が上京する2.3年前にできたものだが、結局観戦できたのは1回だけだ。市民球場の頃、怒鳴りながら観戦していたおじさんたちは、こっちでも同じようにやってるだろうか。広島を離れてから、あの風景は広島の味だなぁと思っていた。
スタジアムを過ぎると貨物置き場が並んで行ってマツダがあって、段々山になって越えて田舎の方へといった具合になる。中学高校ぐらいに好きだった女の子の最寄駅に電車が止まった時、妙な懐かしさがあった。広島のどこに行っても何かしらの思い出が転がっている。知らない場所だろうと、歩く人の方言や訛りがどうも心を慰めてくれる。故郷の包容力というものはすごい。まだ実家に帰り着いてもいないのに、東京という街がもうとてつもなく遠いもののように感じた。
感慨にふけっていると、あっという間に実家の最寄駅に着いた。酒どころとして有名な町で駅から帰る途中に何軒か酒蔵がある。そこそこ珍しい町並みらしい。昔キヨスクがあったところにはセブンが建っている。大学の時の彼女と行った居酒屋ももう違う店だった。変わらない懐かしさも確かにあるのに、変わってしまう寂しさも確かにあった。離れた人間の勝手な思いだがどうか、変わらないでくれと思ってしまう。特に自分のように挫折してしまって、良い思い出だけを頼りに踏ん張っていたような哀れな身には。少し歩いてみれば大きな文化ホールが出来ているし、どうやら向かい側に美術館か博物館かを建てるらしい。本当に昔と同じものというのは少ない。実家のすぐ横にあったお好み焼き屋も、今は違うのれんがかかっている。
実家のマンションにたどり着いて、郵便ボックスの並びを見たとき、大半が昔と同じ名前で不思議なほど嬉しかった。オートロックを解除しようと昔の暗証番号を打ってみると、当たり前のように自動ドアが開錠された。おかえりと言われたような気がして、少し安心した。エレベーターに乗ると昔自分が物差しで削った跡がまだ残っている。
僕の生まれてから22年がこの町に、広島に残っている。それなのに3年ぶりの帰り道だった。もっと早く帰れば先生に会えたのかもしれない。ピンポンを押そうとした指を引っ込めて、玄関の前で10分くらい泣いてしまった。
深夜1時、ようやく押したピンポンの向こうに両親がにこやかに待っていた。とりあえずリビングに荷物を置いたとき、ラップをかけた母親の料理がテーブルに並んであるのが見えた。家の前に置いてきた涙が結局家の中でも流れた。いつも大して喋らない親父が「お疲れさん。」と一言だけ残して寝室に消えていった。温め直した味噌汁は、自分の涙や鼻水の味もしたが全く変わらない母親の味噌汁だった。
品川から新幹線に乗って4時間弱、故郷の広島まで帰ってきた。僕の実家や山城先生の家、通っていた学校など諸々は、在来線に乗り換えて東側へ30分少し行ったところにある。本当なら広島駅で両親宛に御座候を買って帰りたいところだが、終電のためそれは叶わない。御座候というのは、地方ごとで呼び方が全然違うらしい。今川焼きや二重焼きとイコールだと思ってもらえば問題ない。中にあんこが入っていて母の好物なのだ。気を利かせて東京バナナとか東京の定番を持って帰っても大して喜ばない。帰省前に電話すると毎回「そんな高いええ物買って帰らんでええ、無事に帰ってき。」とだけ言われていた。
在来線のホームに行く途中でも既に故郷の変化を感じた。帰ってくるのは3年ぶりぐらいだから、無理はないかもしれない。僕が住んでた頃の広島は、東京みたいに高い建物やら目立つモニュメント的な建物やらは意外とそこまで無かったし、駅も少し雑多な複合施設といった感じでここまで整っていなかったはずだ。華々しい都会というよりは、庶民が集まって盛り上げてきた騒がしい街といったイメージがあった。
それがいつの間にか、駅前に新しく大きなビルが立っている。付近の建物もガラス張りやら何やら小綺麗なコンクリート製の現代的な造りだった。駅自体も工事していて、ホームに行く道も豪勢になった。パン屋やらコンビニやらが入っている。随分とちゃんとした都会になろうとしている。何だか我が子の成長を見るようなそんな気持ちにすらなった。子供などまだ持ったこともないし、彼女すら今はいないのに。
在来線に乗ってからも変化はあちこちで感じられた。まずやってきた電車が昔の黄色じゃない。フォルムは四角に近づいていて、完全鉄製だと言わんばかりのほぼ銀色の新顔がやってきた。周りの反応は特にないので、変わったのはもう去年か一昨年のことなんだろう。まぁ小綺麗になっていく事は良いことだ。寂しさが無いとは言わないが、環境が綺麗でスッキリするのは個人的に賛成だ。広島駅を出てすぐぐらいで、広島カープのスタジアムが少し見える。僕が上京する2.3年前にできたものだが、結局観戦できたのは1回だけだ。市民球場の頃、怒鳴りながら観戦していたおじさんたちは、こっちでも同じようにやってるだろうか。広島を離れてから、あの風景は広島の味だなぁと思っていた。
スタジアムを過ぎると貨物置き場が並んで行ってマツダがあって、段々山になって越えて田舎の方へといった具合になる。中学高校ぐらいに好きだった女の子の最寄駅に電車が止まった時、妙な懐かしさがあった。広島のどこに行っても何かしらの思い出が転がっている。知らない場所だろうと、歩く人の方言や訛りがどうも心を慰めてくれる。故郷の包容力というものはすごい。まだ実家に帰り着いてもいないのに、東京という街がもうとてつもなく遠いもののように感じた。
感慨にふけっていると、あっという間に実家の最寄駅に着いた。酒どころとして有名な町で駅から帰る途中に何軒か酒蔵がある。そこそこ珍しい町並みらしい。昔キヨスクがあったところにはセブンが建っている。大学の時の彼女と行った居酒屋ももう違う店だった。変わらない懐かしさも確かにあるのに、変わってしまう寂しさも確かにあった。離れた人間の勝手な思いだがどうか、変わらないでくれと思ってしまう。特に自分のように挫折してしまって、良い思い出だけを頼りに踏ん張っていたような哀れな身には。少し歩いてみれば大きな文化ホールが出来ているし、どうやら向かい側に美術館か博物館かを建てるらしい。本当に昔と同じものというのは少ない。実家のすぐ横にあったお好み焼き屋も、今は違うのれんがかかっている。
実家のマンションにたどり着いて、郵便ボックスの並びを見たとき、大半が昔と同じ名前で不思議なほど嬉しかった。オートロックを解除しようと昔の暗証番号を打ってみると、当たり前のように自動ドアが開錠された。おかえりと言われたような気がして、少し安心した。エレベーターに乗ると昔自分が物差しで削った跡がまだ残っている。
僕の生まれてから22年がこの町に、広島に残っている。それなのに3年ぶりの帰り道だった。もっと早く帰れば先生に会えたのかもしれない。ピンポンを押そうとした指を引っ込めて、玄関の前で10分くらい泣いてしまった。
深夜1時、ようやく押したピンポンの向こうに両親がにこやかに待っていた。とりあえずリビングに荷物を置いたとき、ラップをかけた母親の料理がテーブルに並んであるのが見えた。家の前に置いてきた涙が結局家の中でも流れた。いつも大して喋らない親父が「お疲れさん。」と一言だけ残して寝室に消えていった。温め直した味噌汁は、自分の涙や鼻水の味もしたが全く変わらない母親の味噌汁だった。
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