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第3章 ギルド生誕祭 編
第24話 父、溜息が漏れ出る
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食事を終え、後片付けを手伝うと言ってくれたカリシャ。
しかし、グレナダは遊んでくれる人を逃さない。
カリシャの手を引っ張り、リビングに連れ込んだのだ。
すると、直ぐに楽しげな笑い声が響き渡る。
(これで終わりだな。そう言えば……2人の声が聞こえないな)
あらかた皿洗いを終えた時、静かな事にふと気が付いたラディオ。
チラリとリビングを見やると――
「……スー……スー……」
「……へへっ……」
ソファーの上で、猫の様に丸まって眠っていたカリシャ。
そして、その背中に被さり、ニヤケながら眠るグレナダ。
2人の微笑ましい姿に、ラディオは思わず頬が緩む。
その時、浴室からレミアナが歩いて来た。
「すみません、お先にお風呂頂いてしまっ――」
「しー。見てごらん」
「え?……あ~♡」
指差した方向を見て、レミアナも微笑みを浮かべる。
濡れた髪を一纏めにしてから、静かにラディオの手伝いを始めた。
「良く寝てますね、2人共」
「あぁ。ゆっくり寝かせてあげよう」
「はいっ♡ あ、これしまっちゃいますね」
「有難う。そうだ……レミアナ、1つ頼まれてくれないか?」
2人で食器を片付けながら、ラディオがそう問い掛けた瞬間、レミアナの瞳に狂気が宿った。
「はいっ!! 何時でも準備は出来てますっ♡」
お馴染みのカットソーを脱ぎ捨て、指先でメロンメロンを隠すレミアナ。
ギリッギリのラインを攻めて、桃色の先端があわやという所まで。
これにはラディオも――
「折角温まったのに、風邪を引いてしまうよ」
「……ですよねー」
(分かってましたよ。えぇ、分かってましたとも……もぉ~~~!!)
いつもの様に微笑むだけ。
遠い目をしながら、服を着直すレミアナ。
しかし、無表情で食器をしまう背中からは、悶々とした空気が惜しげも無く噴き出している。
「2~3時間ほど家を空けたいんだが、レナン達と共に居てくれないか?」
「えっ……ど、どちらへ……?」
クリアブルーの瞳に、今度は戦慄が走る。
こんな時間に一体何処へ行くと言うのか。
まさかランサリオンの夜の顔、『娼館街』……では無いとは思いたいが。
「『跳ね馬亭』に用があってね。イトを覚えているかな?」
「何だぁ~♡ あれ? でも、イトって……誰でしたっけ~!」
心底ほっとしたレミアナだが、イトが思い出せず眉根を寄せる。
小首を傾げる様子を見つつ、ラディオはその間にローブに着替え、娘を寝室へ運ぶ。
戻って来ると、カリシャに毛布を掛け、戸締りの確認を済ませた。
「あっ! イトって、こーんな目をしてる人でしたよね?」
両目尻を指で引っ張るレミアナを見ながら、ラディオはフードを目深に被る。
「正解だ。では、行ってきます」
「はい、いってらっしゃーい♡ あ、でもラディオ様、用が済んだら、最速で最短で最速で最速で帰って来て下さいね♡」
「あぁ」
笑いながら頷いたラディオは、跳ね馬亭へ向かう。
▽▼▽
下段左側・『跳ね馬亭』――
ジョッキを合わせる音、熱々の鉄板焼の香り、そこかしこから聞こえる人々の語らう笑い声。
今日も大盛況の店内を、イザイラと女給達が忙しく駆け回る。
「お疲れ様ですぅ。こないな時間に呼び出してしもうて、えらいすんまへんなぁ」
「構わない。何か掴めたのだろう?」
入店したラディオがカウンターの隅に座ると、イトが空のグラスを滑らせて来た。
既に何杯か飲んでいる様だが、肌は白いまま、全く酔っている気配が無い。
加えて、細目の奥は相変わらず怪しく光っている。
「えぇ、そりゃあ色々と。結果から言いますと、コルティスは完全に『黒』でしたわ。教団と繋がってますね」
「そうか。詳しく教えてくれ」
「その前に……ラディオはん、何や相当暴れはったみたいですねぇ。噂が入って来てまっせ?」
2つのグラスに並々と酒を注ぎながら、ニヤニヤするイト。
対して、ラディオは少し気不味そうな空気を出した。
「……バレてはいない筈なんだが」
「バレてはないですよ? 只、僕らはそういうんを仕入れるから、『情報屋』なんとちゃいます?」
「……その通りだ」
「くっくっくっ……! まぁ、気を付けて下さいね。ではでは、本題に入りますか」
【無限の軌跡】が活動を始めたのは、およそ3年前。
噂が立つまでは、それなりに依頼をこなす、中堅クランだったらしい。
だが、実はこの時も、不可解な事が起こっていたのだ。
「案内人と共に半壊したパーティーが帰ってくるまでは、まぁ良かったんやけど。その後何と、生存者が数日の内に死亡、若しくは行方不明になっとったんですわ」
「……ふむ」
「何者かに処分された、と言うのが僕の見解ですけど……意味分かりはりますよね?」
無言で頷くラディオ。
何者かとは『深淵教団』であり、処分とは『死魂の宝珠の生贄にされた』、という事だ。
『死魂の宝珠』とは、教団が用いる強力な魔具の1つである。
死者の魂を吸い上げ、それを糧に絶大な力を発揮するというもの。
例えば、モンスターに使えば、その力を何十倍にも高める事が出来る。
あのバンシーの様に。
これは力の一端に過ぎないが、宝珠は吸い取った魂の量によって、幾らでも力を増していく。
嘗て、数万人規模の宝珠の被害を、ラディオは見た事がある。
1つの国が滅び、民全てがアンデッドに変えられてしまった光景を。
「コルティスを隠れ蓑にして宝珠に栄養を与えていた、という感じちゃいます? 中々賢い手ぇですわ」
「確かにな」
「わざわざ金注ぎ込んで使い捨ての効く奴隷を買うて、時間掛けて戦闘訓練までして」
ラディオの中で、点が線として繋がり始める。
コルティスは、入団を目指す『志願者』だ。
奴隷を使った大量殺人で宝珠の完成に協力する事で、点数稼ぎをしていたのだろう。
「只、当初は20人前後居た案内人も、今はC+の獣人1人だけ。しかも、その獣人は仕事をこなせていない事が多いとか」
「……そうか」
イトの言葉に、ラディオは怒りを滾らせた。
現在、この非道な行いを強制されているのは、カリシャのみ。
生前奴隷である彼女は、元から逆らう意思を持ちづらい。
その弱みに付け込み、迷宮へ送り出していたのだ。
しかし、カリシャは嫌がっている。
初めて助けた時の傷も、仕事を途中で放棄した事が理由だろう。
教団か冒険者かは分からないが、制裁として刺されてしまったと考えられる。
どんなに辛かっただろう。
だが、これで救う活路は見出せた。
時期を見極め、動く事を決めたラディオ。
(あれは教団の者の仕業と見て、間違いないな)
勿論、警告も忘れてはいない。
あの短剣を投げ放ったのは、カリシャでもコルティスでも無い別の人物。
だが、イトのお陰で、手紙に書かれた文言の意図が理解出来た。
(『邪魔をするな』、と言いたいのだろうな)
唯一残った案内人に接触した者が、よりにもよって『カゲ』だったからこそ、教団も動いたのだろう。
結果的に、30階層で邪魔をする事になった訳だが。
「因みに、奴等『お祭り』で何や仕掛ける気ぃ満々みたいでっせ。ラディオはんとこ、直々に来るかも分かりませんね」
「そうか。助かった」
白金貨をカウンターの上に置くと、今回はすっと手を伸ばし、懐へしまい込んだイト。
すると、そのまま折り畳んだ紙を取り出し、カウンターへ置き返した。
「……これは?」
「サービスですわ。ラディオはん、何や色々考えてはるんちゃいます? 中は……まぁ後で見て下さい。そいじゃまた」
ニッと笑い、店を後にしたイト。
残ったラディオは、紙を広げて中を確認する。
すると、思わず感嘆の溜息が漏れ出てしまった。
(……お見通しか。流石だな、イト)
ラディオは酒を嗜みつつ、暫くの間紙を見つめていた。
▽▼▽
「……スー……う、ん……あっぷ!」
ふと目覚めたカリシャは、慌てて自分の口を塞ぐ。
余りの動揺に、大きな声を出してしまう所だった。
やってしまった。
眠りに落ちてしまった。
窓の外はもう真っ暗、早く拠点に帰らなければ。
こんな事がバレたら、何をされるか分からない。
掛けられていた毛布を綺麗に畳み、ソファーの上に置いたカリシャ。
優しくて、温かくて、本当に幸せな時間だった。
出来る事ならずっとこのままで居たいと、心から願う程に。
真っ暗な部屋の中で、レミアナとグレナダが眠る寝室に向かって、深々と頭を下げるカリシャ。
そして、全てを振り切る様に、音も立てずに玄関を出た。
(いつ、まで……僕……もう……!)
坂道を少し下った所で、カリシャは思わず振り返ってしまう。
先程までの幸せな時間が、今は遠い遠い過去の様に思えた。
このまま消え去ってしまえたら……。
しかし、それは叶わぬ夢。
それに、これをやり遂げなければ、大切なものを失ってしまう。
(……やる、から……それ、だけは……ダ、メ……!)
街道を照らす月明かりが、少女の顔に暗い影を落とす。
少しの間佇んでいたが、再び歩き出したカリシャ。
しかし、気付けば胸が張り裂けそうな程駆けていた。
幸せな時間を思い出さぬ様に、二度と丘の上を振り返る事無く。
▽▼▽
そっと拠点の扉を開けたカリシャ。
幸いにも中は真っ暗で、コルティスの気配も無い。
どうやら、何処かに行っているらしい。
これなら、バレないかも知れない。
音を立てぬ様に、忍び足で歩くが――
「貴様ぁ~……ヒック! どこをほっつき歩いていたぁ!」
「ひっ……!?」
背後から聞こえた声に、その場に凍りついてしまったカリシャ。
痛いぐらいに鼓動を始めた心臓の音が、全身から響いて来る。
体は震えて冷や汗が流れ、余りの恐怖に振り向く事が出来ない。
「聞いてるのかぁ! あぁん!!」
だが、酒の臭いを撒き散らしながら、容赦なく迫るコルティスの冷徹な声。
「奴隷の分際でぇ……ウック……ご主人、様に……挨拶もしないのかぁぁぁぁ!!」
瞬間、カリシャの顔の真横を風切り音が通り抜け、間髪入れずに何かを叩き割る音が木霊する。
恐る恐る下を見ると、いつもカリシャを傷つける杖が、床に食い込んでいたのだ。
「わ、私……あぁ!! うぅ……ぐぅ……!」
恐怖に挫けそうになりながら、どうにか言葉を発しようとした時、頬を貫く激痛がカリシャを襲った。
「ヒック……ハハ、ハハハハハッ!!」
「うぅ……ひぐっ……ごめ、なさ……あぁ! ん……んん……!」
聞く耳を持たないコルティスは、何度も何度も杖を振り下ろした。
高笑いを上げながら、一切の容赦も無く。
床に丸くなり、必死に頭を守るカリシャ。
「ごめ、なさ……うぐ! ごめ、な……あぁ!!」
終わりの無い苦痛に呻くカリシャは、涙を流して懇願するが、酩酊状態のコルティスは暴力を続ける。
すると、カリシャの服装が急に気になり始めた。
「ヒック……おい! 貴様ぁ……その格好は何だぁ! 誰の許可を取って、そんな物を着ているんだぁぁぁぁ!!」
金と黒の髪を掴み上げ、眼前に吊り上げたコルティス。
痛みと恐怖で体が震え切っているカリシャは、血が混じった涙を流す事しか出来ない。
「ふざけた真似をしやがってぇ……! 貴様に服など必要無ぁぁぁぁい!!」
「うぁ……ゴホッ! やめ……くだ、さ……い、や……あぁぁぁぁ!」
髪を掴んでいる手を握り締めたコルティスは、もう片方でシャツを引き千切ってしまった。
「仕事もしない……ヒック……分際で……貴様には、仕置きが……必要だ!」
「やめ、て……うぅ……ごめ、なさ……」
露わになった上半身のまま、コルティスはカリシャを引きずって行く。
辿り着いたのは、鉄製の大きな扉。
大きな南京錠を開けた先は、一畳程の狭い部屋だった。
床から壁に至るまで石で造られた、窓も無い独房。
天井だけは高く、目の前には輪付きの鎖が2本ぶら下がっている。
カリシャの両腕に輪を嵌め、床に伸びた鎖を引っ張る。
すると、頭の後ろに両腕が持ち上げられ、床にギリギリ届かぬ位置まで体が吊るされた。
「明日は仕事、だからな……顔は、勘弁……ヒック、してやる!」
「やめ、て……くだ、あぁ!! うぐっ! あぁぁぁぁ!!」
「ハハハハハハハハハハッッ!!」
恍惚に歪みきった顔を晒し、杖を振り下ろすコルティス。
何度も、何度も、あられもない姿のカリシャを嬲るのだ。
腫れ上がっていく体、流れる夥しい量の血飛沫。
暫くすると、漸く満足したのか、独房を後にしたコルティス。
襲い来る激痛の波に、最早まともに声を出す事も出来ないカリシャは、プツリと意識を失ってしまう――
……ぁ……ぅぇ……ぇ……
しかし、その直前微かに動いた口は、確かにこう告げていた。
『助けて……』と。
しかし、グレナダは遊んでくれる人を逃さない。
カリシャの手を引っ張り、リビングに連れ込んだのだ。
すると、直ぐに楽しげな笑い声が響き渡る。
(これで終わりだな。そう言えば……2人の声が聞こえないな)
あらかた皿洗いを終えた時、静かな事にふと気が付いたラディオ。
チラリとリビングを見やると――
「……スー……スー……」
「……へへっ……」
ソファーの上で、猫の様に丸まって眠っていたカリシャ。
そして、その背中に被さり、ニヤケながら眠るグレナダ。
2人の微笑ましい姿に、ラディオは思わず頬が緩む。
その時、浴室からレミアナが歩いて来た。
「すみません、お先にお風呂頂いてしまっ――」
「しー。見てごらん」
「え?……あ~♡」
指差した方向を見て、レミアナも微笑みを浮かべる。
濡れた髪を一纏めにしてから、静かにラディオの手伝いを始めた。
「良く寝てますね、2人共」
「あぁ。ゆっくり寝かせてあげよう」
「はいっ♡ あ、これしまっちゃいますね」
「有難う。そうだ……レミアナ、1つ頼まれてくれないか?」
2人で食器を片付けながら、ラディオがそう問い掛けた瞬間、レミアナの瞳に狂気が宿った。
「はいっ!! 何時でも準備は出来てますっ♡」
お馴染みのカットソーを脱ぎ捨て、指先でメロンメロンを隠すレミアナ。
ギリッギリのラインを攻めて、桃色の先端があわやという所まで。
これにはラディオも――
「折角温まったのに、風邪を引いてしまうよ」
「……ですよねー」
(分かってましたよ。えぇ、分かってましたとも……もぉ~~~!!)
いつもの様に微笑むだけ。
遠い目をしながら、服を着直すレミアナ。
しかし、無表情で食器をしまう背中からは、悶々とした空気が惜しげも無く噴き出している。
「2~3時間ほど家を空けたいんだが、レナン達と共に居てくれないか?」
「えっ……ど、どちらへ……?」
クリアブルーの瞳に、今度は戦慄が走る。
こんな時間に一体何処へ行くと言うのか。
まさかランサリオンの夜の顔、『娼館街』……では無いとは思いたいが。
「『跳ね馬亭』に用があってね。イトを覚えているかな?」
「何だぁ~♡ あれ? でも、イトって……誰でしたっけ~!」
心底ほっとしたレミアナだが、イトが思い出せず眉根を寄せる。
小首を傾げる様子を見つつ、ラディオはその間にローブに着替え、娘を寝室へ運ぶ。
戻って来ると、カリシャに毛布を掛け、戸締りの確認を済ませた。
「あっ! イトって、こーんな目をしてる人でしたよね?」
両目尻を指で引っ張るレミアナを見ながら、ラディオはフードを目深に被る。
「正解だ。では、行ってきます」
「はい、いってらっしゃーい♡ あ、でもラディオ様、用が済んだら、最速で最短で最速で最速で帰って来て下さいね♡」
「あぁ」
笑いながら頷いたラディオは、跳ね馬亭へ向かう。
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下段左側・『跳ね馬亭』――
ジョッキを合わせる音、熱々の鉄板焼の香り、そこかしこから聞こえる人々の語らう笑い声。
今日も大盛況の店内を、イザイラと女給達が忙しく駆け回る。
「お疲れ様ですぅ。こないな時間に呼び出してしもうて、えらいすんまへんなぁ」
「構わない。何か掴めたのだろう?」
入店したラディオがカウンターの隅に座ると、イトが空のグラスを滑らせて来た。
既に何杯か飲んでいる様だが、肌は白いまま、全く酔っている気配が無い。
加えて、細目の奥は相変わらず怪しく光っている。
「えぇ、そりゃあ色々と。結果から言いますと、コルティスは完全に『黒』でしたわ。教団と繋がってますね」
「そうか。詳しく教えてくれ」
「その前に……ラディオはん、何や相当暴れはったみたいですねぇ。噂が入って来てまっせ?」
2つのグラスに並々と酒を注ぎながら、ニヤニヤするイト。
対して、ラディオは少し気不味そうな空気を出した。
「……バレてはいない筈なんだが」
「バレてはないですよ? 只、僕らはそういうんを仕入れるから、『情報屋』なんとちゃいます?」
「……その通りだ」
「くっくっくっ……! まぁ、気を付けて下さいね。ではでは、本題に入りますか」
【無限の軌跡】が活動を始めたのは、およそ3年前。
噂が立つまでは、それなりに依頼をこなす、中堅クランだったらしい。
だが、実はこの時も、不可解な事が起こっていたのだ。
「案内人と共に半壊したパーティーが帰ってくるまでは、まぁ良かったんやけど。その後何と、生存者が数日の内に死亡、若しくは行方不明になっとったんですわ」
「……ふむ」
「何者かに処分された、と言うのが僕の見解ですけど……意味分かりはりますよね?」
無言で頷くラディオ。
何者かとは『深淵教団』であり、処分とは『死魂の宝珠の生贄にされた』、という事だ。
『死魂の宝珠』とは、教団が用いる強力な魔具の1つである。
死者の魂を吸い上げ、それを糧に絶大な力を発揮するというもの。
例えば、モンスターに使えば、その力を何十倍にも高める事が出来る。
あのバンシーの様に。
これは力の一端に過ぎないが、宝珠は吸い取った魂の量によって、幾らでも力を増していく。
嘗て、数万人規模の宝珠の被害を、ラディオは見た事がある。
1つの国が滅び、民全てがアンデッドに変えられてしまった光景を。
「コルティスを隠れ蓑にして宝珠に栄養を与えていた、という感じちゃいます? 中々賢い手ぇですわ」
「確かにな」
「わざわざ金注ぎ込んで使い捨ての効く奴隷を買うて、時間掛けて戦闘訓練までして」
ラディオの中で、点が線として繋がり始める。
コルティスは、入団を目指す『志願者』だ。
奴隷を使った大量殺人で宝珠の完成に協力する事で、点数稼ぎをしていたのだろう。
「只、当初は20人前後居た案内人も、今はC+の獣人1人だけ。しかも、その獣人は仕事をこなせていない事が多いとか」
「……そうか」
イトの言葉に、ラディオは怒りを滾らせた。
現在、この非道な行いを強制されているのは、カリシャのみ。
生前奴隷である彼女は、元から逆らう意思を持ちづらい。
その弱みに付け込み、迷宮へ送り出していたのだ。
しかし、カリシャは嫌がっている。
初めて助けた時の傷も、仕事を途中で放棄した事が理由だろう。
教団か冒険者かは分からないが、制裁として刺されてしまったと考えられる。
どんなに辛かっただろう。
だが、これで救う活路は見出せた。
時期を見極め、動く事を決めたラディオ。
(あれは教団の者の仕業と見て、間違いないな)
勿論、警告も忘れてはいない。
あの短剣を投げ放ったのは、カリシャでもコルティスでも無い別の人物。
だが、イトのお陰で、手紙に書かれた文言の意図が理解出来た。
(『邪魔をするな』、と言いたいのだろうな)
唯一残った案内人に接触した者が、よりにもよって『カゲ』だったからこそ、教団も動いたのだろう。
結果的に、30階層で邪魔をする事になった訳だが。
「因みに、奴等『お祭り』で何や仕掛ける気ぃ満々みたいでっせ。ラディオはんとこ、直々に来るかも分かりませんね」
「そうか。助かった」
白金貨をカウンターの上に置くと、今回はすっと手を伸ばし、懐へしまい込んだイト。
すると、そのまま折り畳んだ紙を取り出し、カウンターへ置き返した。
「……これは?」
「サービスですわ。ラディオはん、何や色々考えてはるんちゃいます? 中は……まぁ後で見て下さい。そいじゃまた」
ニッと笑い、店を後にしたイト。
残ったラディオは、紙を広げて中を確認する。
すると、思わず感嘆の溜息が漏れ出てしまった。
(……お見通しか。流石だな、イト)
ラディオは酒を嗜みつつ、暫くの間紙を見つめていた。
▽▼▽
「……スー……う、ん……あっぷ!」
ふと目覚めたカリシャは、慌てて自分の口を塞ぐ。
余りの動揺に、大きな声を出してしまう所だった。
やってしまった。
眠りに落ちてしまった。
窓の外はもう真っ暗、早く拠点に帰らなければ。
こんな事がバレたら、何をされるか分からない。
掛けられていた毛布を綺麗に畳み、ソファーの上に置いたカリシャ。
優しくて、温かくて、本当に幸せな時間だった。
出来る事ならずっとこのままで居たいと、心から願う程に。
真っ暗な部屋の中で、レミアナとグレナダが眠る寝室に向かって、深々と頭を下げるカリシャ。
そして、全てを振り切る様に、音も立てずに玄関を出た。
(いつ、まで……僕……もう……!)
坂道を少し下った所で、カリシャは思わず振り返ってしまう。
先程までの幸せな時間が、今は遠い遠い過去の様に思えた。
このまま消え去ってしまえたら……。
しかし、それは叶わぬ夢。
それに、これをやり遂げなければ、大切なものを失ってしまう。
(……やる、から……それ、だけは……ダ、メ……!)
街道を照らす月明かりが、少女の顔に暗い影を落とす。
少しの間佇んでいたが、再び歩き出したカリシャ。
しかし、気付けば胸が張り裂けそうな程駆けていた。
幸せな時間を思い出さぬ様に、二度と丘の上を振り返る事無く。
▽▼▽
そっと拠点の扉を開けたカリシャ。
幸いにも中は真っ暗で、コルティスの気配も無い。
どうやら、何処かに行っているらしい。
これなら、バレないかも知れない。
音を立てぬ様に、忍び足で歩くが――
「貴様ぁ~……ヒック! どこをほっつき歩いていたぁ!」
「ひっ……!?」
背後から聞こえた声に、その場に凍りついてしまったカリシャ。
痛いぐらいに鼓動を始めた心臓の音が、全身から響いて来る。
体は震えて冷や汗が流れ、余りの恐怖に振り向く事が出来ない。
「聞いてるのかぁ! あぁん!!」
だが、酒の臭いを撒き散らしながら、容赦なく迫るコルティスの冷徹な声。
「奴隷の分際でぇ……ウック……ご主人、様に……挨拶もしないのかぁぁぁぁ!!」
瞬間、カリシャの顔の真横を風切り音が通り抜け、間髪入れずに何かを叩き割る音が木霊する。
恐る恐る下を見ると、いつもカリシャを傷つける杖が、床に食い込んでいたのだ。
「わ、私……あぁ!! うぅ……ぐぅ……!」
恐怖に挫けそうになりながら、どうにか言葉を発しようとした時、頬を貫く激痛がカリシャを襲った。
「ヒック……ハハ、ハハハハハッ!!」
「うぅ……ひぐっ……ごめ、なさ……あぁ! ん……んん……!」
聞く耳を持たないコルティスは、何度も何度も杖を振り下ろした。
高笑いを上げながら、一切の容赦も無く。
床に丸くなり、必死に頭を守るカリシャ。
「ごめ、なさ……うぐ! ごめ、な……あぁ!!」
終わりの無い苦痛に呻くカリシャは、涙を流して懇願するが、酩酊状態のコルティスは暴力を続ける。
すると、カリシャの服装が急に気になり始めた。
「ヒック……おい! 貴様ぁ……その格好は何だぁ! 誰の許可を取って、そんな物を着ているんだぁぁぁぁ!!」
金と黒の髪を掴み上げ、眼前に吊り上げたコルティス。
痛みと恐怖で体が震え切っているカリシャは、血が混じった涙を流す事しか出来ない。
「ふざけた真似をしやがってぇ……! 貴様に服など必要無ぁぁぁぁい!!」
「うぁ……ゴホッ! やめ……くだ、さ……い、や……あぁぁぁぁ!」
髪を掴んでいる手を握り締めたコルティスは、もう片方でシャツを引き千切ってしまった。
「仕事もしない……ヒック……分際で……貴様には、仕置きが……必要だ!」
「やめ、て……うぅ……ごめ、なさ……」
露わになった上半身のまま、コルティスはカリシャを引きずって行く。
辿り着いたのは、鉄製の大きな扉。
大きな南京錠を開けた先は、一畳程の狭い部屋だった。
床から壁に至るまで石で造られた、窓も無い独房。
天井だけは高く、目の前には輪付きの鎖が2本ぶら下がっている。
カリシャの両腕に輪を嵌め、床に伸びた鎖を引っ張る。
すると、頭の後ろに両腕が持ち上げられ、床にギリギリ届かぬ位置まで体が吊るされた。
「明日は仕事、だからな……顔は、勘弁……ヒック、してやる!」
「やめ、て……くだ、あぁ!! うぐっ! あぁぁぁぁ!!」
「ハハハハハハハハハハッッ!!」
恍惚に歪みきった顔を晒し、杖を振り下ろすコルティス。
何度も、何度も、あられもない姿のカリシャを嬲るのだ。
腫れ上がっていく体、流れる夥しい量の血飛沫。
暫くすると、漸く満足したのか、独房を後にしたコルティス。
襲い来る激痛の波に、最早まともに声を出す事も出来ないカリシャは、プツリと意識を失ってしまう――
……ぁ……ぅぇ……ぇ……
しかし、その直前微かに動いた口は、確かにこう告げていた。
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