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第2章 慕う者は愛ゆえに 編

第14話 父、冷めようとも関係無い

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レミアナの人外の力を目の当たりにしたエルディンは、弟子とする事を決めた。
 同じ想いを抱く者として。
 何よりも、この力が間違った方向に行かない為に。

 もし悪の道に堕ちれば、必ずや英雄級の刺客が送られる事だろう。
 ナーデリアに君命が出される可能性さえ十分にある。

 もしかしたら……知らずに旧友も来てしまうかもしれない。
 嘗ての仲間、そして憧れの人と生死を賭けた闘いをするなんて、余りに残酷だ。

(私にしてやれる事はこれぐらいだぞ……ラディオ)

 エルディンは覚悟と共に、自分の中で興味が湧いている事も自覚していた。
 この力の伸び代がどこまであるのか、それを見届けるのも一興だろうと。

「やると決めたからには、徹底だ。甘える余地は与えんからな」

「……はいっ!  宜しくお願いします!」

 この日以降、レミアナは正式に【翡翠の魔剣士】の弟子となる。
 これで、ラディオの横に立てるかもしれない。
 期待に胸を膨らませた少女だったが、ハイエルフの修行は、予想を遥かに超えた厳しさだった。

 先ず、レミアナの自室にあった全身鏡に転移魔法陣を組み込み、魔力を込めると会話が出来る宝珠も与えた。
 そして始まった週4回の修行の日々は、凄惨を極める事となる。

 山の様な数の本を読ませられ、砂漠の砂粒よりも多い数の詠唱文を書かされた。
 精神を削り切る様な状況下に何度も放り込まれ、命の危険さえ多々あった。

 だが、エルディンは決して褒めない。
 どんなに頑張っても、『まだまだ』の一言だけ。
 堪らずレミアナが泣いてしまった時でさえ、一切の容赦はしない。
 寧ろ、更に過酷な状況に追い込んでいった。

 まだ幼かったレミアナは、度々エルディンに殺意が……もとい、強めな感情が湧いてしまうが、グッと堪こらえる。
 全ては、愛しいラディオの為。
 あの日の笑顔を思い出せば、どんなに苦しい状況でも乗り越える事が出来た。

 そして、想えば想うほど、募り肥大化していくラディオへの愛。
 いつしか、形になる物を欲するようになる。
 似顔絵や人形のネックレスが、良い例である。

(あぁ……ラディオ、様……♡  もう、ダメ……ですぅぅぅぅ♡♡♡)

 仕事と修行が終わると、寝る前に必ずラディオを想うレミアナ。
 息を乱し、顔を紅潮させ、体を強張らせて。
 ひとしきりのが終われば、気持ちの良い疲労感と共に非常に満足して眠る事が出来たのだ。

 一方、エルディンは弟子の能力面よりも、精神面を重点的に鍛え上げていた。
 ハッキリ言って、レミアナの才能は異常そのもの。
 以前パーティーを組んでいた時―ほぼ全ての戦闘をラディオが請け負っていた為―は、その素質に気付いていなかっただけ。
 ただ異常な魔力量を有してるだけの小娘、という認識しかなかった。

 だが、それは大きな間違いだった。
 魔力量もそうだが、レミアナは『魔法』の適性がこれまた異常に高かったのだ。
 魔法は、微細な魔力操作を必要とする。
 その機微を掴むのに、大抵の人は大きな時間を要するもの。

 だが、レミアナは違った。
 言えばそのまま言った事を、即座にやってのけてしまう。
 息をする様に魔力操作を行うレミアナは、正しく天賦の才を持っていたのだ。

 だからこそ、エルディンは最も必要なものは精神力であると考えた。
 誘惑に屈せず、己をしっかりと保てる様にと。

 その結果、レミアナの精神は大きな変化を見せる。
 先ず、羞恥心というものが消え去った。
 そして、自己の欲望―ラディオへの愛―に超が付く程従順になる。
 元々持っていた変態性も、これによって覚醒する事となってしまった。

 これは、辛辣な修行に耐える為に、毎日欠かさず妄想していた事が大きな原因となっている。
 記憶の中のラディオは、男らしく優しさに溢れ、全てを包み込んでくれる包容力があった。
 妄想の中のラディオは、それに加えてレミアナに愛を向けてくれたのだ。
 そんな生活を10年続けた結果、エルディンの望む成長とはかけ離れた、色々踏みはずした大神官長ヘンタイが生まれてしまったのである。


 ▽▼▽


「ふぉうーふぁふぇふぁんふぁんふぇす!  ふぇふぅふぃんふぁんひふぉいふぉふぉいふぁふぇんふぁ!?」
(と言う訳なんです!  エルディンさんヒドイと思いませんか!?)

 ハンバーグを頬張りながら、一生懸命訴えかけたレミアナ。
 色々―主に妄想部分―端折りながらではあるが、大まかにこれまでの経緯を説明した。
 特に、いかに師匠が厳しいのかという所に重点を置いて。
 しかし、頬をパンパンに膨らませているので、何も聞き取れない。

「ゴクン……あー!  どうして笑ってるんですかー!」

 すると、面白そうに笑みを零すラディオが気になったレミアナ。
 何も面白い部分なんて無いのに。
 只々辛くキツイだけの修行だったのに。
 上手く伝わらなかった様で、レミアナはプクッと頬を膨らませた。

「む~!」

「いや、すまない。よく頑張っているね、レミアナ」

「む~……ひゃいっ!?  うへっ、うへへへへへ♡」

 ラディオは申し訳無く眉尻を下げながら、レミアナの頭を優しく撫でる。
 途端に膨らんだ頬から空気が抜けて、劣情に染まった奇妙な笑い声が漏れ出て来た。

(あのエルが……変わるものだな)

 レミアナの発情に気付かないラディオは、旧友の変化に驚いていた。
 自分が本当に認めた者にしか、興味を示してこなかったエルディン。
 そんな彼が、自身のアイデンティティでもある魔導を人に教えるというのだから、凄い事だ。

「ちちっ!  ちちっ!」

「うん? どうした?」

「みててっ!  ぱくっ、もぐもぐ……あいっ!  レナンもはんばーぐたべたのだ♡」

 どうやら、此方も頭を撫でて欲しくなってしまったらしい。
 レミアナがハンバーグを頬張っているのを見ていたので、即座に自分も口に放り込む。
 しっかり噛んで、ハンバーグを飲み込み、口を一杯に開けてラディオに見せる。
 これで、ちちは褒めてくれる筈だ。

「うん、偉いね。沢山食べなさい」

「あいっ♡  はんばーぐおいしいのだっ♡」

 ラディオは頬をゆるっゆるにしながら、娘の頭も撫ででやる。
 すると、グレナダは満開に笑顔を咲かせ、尻尾をフリフリし出した。
 いつも必ず期待に応えくれる事が、嬉しくて堪らないのだろう。

「あぁん、もう終わってしまいました……なら私もっ♡」

 再び撫でてもらおうと、レミアナも負けじとハンバーグを頬張る。

「レミアナも良く噛むんだよ」

 ラディオは微笑みながら、再度レミアナの頭を撫でる。
 最初に撫でた理由は全く違うものだが、嬉しそうなので良しとしよう。

「2人共、お代わりは?」

「あいっ♡」
「頂きます~♡」

「分かった。直ぐに準備するから」

 そう言うと、ラディオはキッチンに立った。
 2人分のハンバーグを焼く為に。
 因みに、自分の分は未だ手付かずで、テーブルに置かれたまま。
 とっくに冷めて、脂が固まり始めてしまっている。

 だが、それでも良い……料理が幾ら冷めようとも、ラディオには関係無い。
 何故なら、家族の笑顔が咲く、こんなにも『温かな食卓』があるのだから。


 ▽▼▽


 食事も終わり、風呂と歯磨きも済ませ、後は寝るだけ。
 前日と同じ様に、レミアナはラディオのカットソーを着ているが……例によって着ているのは上だけである。
 加えて、『もう面倒だし♡』と予め下着も履いていない。
 変態性が惜しげも無い。

「レナン、そろそろ寝る時間だね」

「……あ、い」

 満腹感と沢山遊んで貰った心地良い疲労感によって、グレナダは目をシパシパさせていた。
 どうにか起きていようと瞼を持ち上げるが、頭が鹿おどしの様にカクンと落ちてしまう。
  
「ほら、おいで」

 微笑ましい娘の姿に頬をゆるませながら、ラディオは小さな体を腕の中に収める。
 横抱きにして背中を叩いてやると、グレナダは直ぐに微睡みの中へ落ちて行った。

「ふふっ、可愛い~♡」

「まだまだ甘えん坊でね」

「ラディオ様、女の子はいつまでたっても甘えん坊ですよ?」

「ふむ、そういうものか……甘えさせてやれるかな」

「ん?  甘え……させて?」

「……何でもない。私達も休もう」

「?……はーい」

 すやすやと寝息を立てるグレナダを見つめながら、ラディオ達も笑顔を見せる。
 だが、ふと漏れてしまったラディオの言葉が気になったレミアナ。
 何故、『甘えてくれる』と言わなかったのか。
 しかし、ラディオの穏やかな微笑みを見ていると、疑問よりも劣じ……愛情が湧いて来てたので、考えないことにした。

「今日は窓を開けてあるから、大丈――」
「ラディオ様と一緒に寝まーす♡」

 言葉を遮ったレミアナは、元気良く手を上げて申し出る。
 ラディオの異常なまでの鈍感さは痛感した。
 それならば、気付くまで攻め上げるしか無い。
 しかも、例え気付かれなくとも、これなら密着して眠る事が出来る。
 取り敢えずは、それだけで満足だ。

「……そうか。私は構わないが、狭くても良――」
「はいぃぃ♡  ご褒美です~♡♡」

 更に遮る。
 この辺に関して、ラディオが絶対に断らないという事を、レミアナは知っているのだ。
 大神官長ヘンタイは、決して好機を逃さない。

(窓では無い、とすると……やはり、アレしか無いな)

 暑さで寝苦しい訳ではないと分かったラディオは、反省に駆られて瞼を閉じた。
 まだまだ配慮が足りていない。
 それと同時に、レミアナに感謝しよう。
 娘が大きくなった時、この経験をとても活かす事が出来る。
 何と、レミアナの思惑とは異なり、流石のラディオも漸く想いに気付く――


(抱き枕を用意するべきだった……すまない、レミアナ)


 訳が無い。
 レミアナが寝付けない理由を、何かにしがみ付いていないと駄目だった、とした中年。
 昨日は自分にしがみ付いていたし、グレナダも毎日そうしている。
 あのナーデリアでさえ、幼い頃は娘達と同じだった、と。
 鈍感もここまで来ると、清々しいものがある。
 その時――


「……レミアナ、先に行っててくれないか?  レナンを頼むよ。私のベッドなら、泣かない筈だから」

「え?……はーい。早く来てくださいね♡」


 ラディオは娘をそっと渡すと、リビングの窓を見始めた。
 レミアナはキョトンと首を傾げたが、グレナダを起こさぬ様に寝室へ入っていく。
 扉が閉められた事を確認すると、音も無く外へ出たラディオ。

(……彼方か)

 庭へ周り、石垣の奥の森の中を見つめる。
 視線は鋭く、静かな威圧感を露わにして。

(……来るな)

 その時、風切音が迫って来た。
 瞬きする事無く、視線を一切森から外さずに、何かを掴み取ったラディオ。
 すると、感じていた気配が遠のいていく。

 完全に気配が消えた事を確認すると、ラディオは目線を落とした。
 その手には短剣が握られており、帯状にした紙が括り付けられている。
 広げると、見覚えのない文字でたった一行――


『近づくな』


 とだけ書かれていた。

(……わざわざ家まで来るとは)

 今一度視線を巡らすが、既に不穏な気配は無く、いつもの森に戻っていた。
 だが、用心に越した事はない。

「《翠竜の気道》」

 森全域に索敵を掛け、寝室へ戻ったラディオ。
 ベッドの上では、既に2人が寝息を立てている。
 だが、床に座り込んだラディオはその夜、決して眠る事は無かった。
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