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第1章 最強の父と最愛の娘 編

第7.5話 娘、顔に拘っていない

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冒険者稼業に慣れ、上手く日銭を稼げる様になったラディオ。
 人々と触れ合い、友達が沢山出来たグレナダ。
 親子が越して来てから、早くも半年が過ぎようとしている。
 そんなある日の晩、いつもの様にダイニングで繕い物に没頭していると、何やら楽しげな娘達の声が聞こえて来た。

「にゃるこふっ!  わかったのだ?」

「にゃ~」

 縫い目を数えていたラディオは、ふと手を止める。
 リビングを見やると、ニャルコフの前脚を揺らしながら、ニコニコとリズムを取るグレナダの姿。
 そして、大きく息を吸い込んだかと思えば――


 にゃるっ♪  (にゃ~)
 にゃるっ♪  (にゃ~)
 にゃるこふ~♪  (にゃお~ん)

 にゃるっ♪  (にゃ~)
 にゃるっ♪  (にゃ~)
 にゃるこふ~♪  (にゃお~ん)

 ちちのごはんはおいしいのだっ!  (にゃっ!)

 ちちのおむねはあったかい~♪   (にゃにゃ~ん)

 ちちのにおいがすきなのだっ!  (にゃっ!)

 ちちのおひげはやわらかい~♪   (にゃにゃ~ん)

 にゃるっ♪  (にゃ~)
 にゃるっ♪  (にゃ~)
 にゃるこふ~♪  (にゃお~ん)


 突如、オリジナルソングを披露したのだ。
 その脈絡の無い歌詞に、思わず笑ってしまうラディオ。
 頭を左右に振りながら歌うグレナダと、きっちり合いの手を入れるニャルコフ。
 そして、すかさず2番も歌い始める。

 何と愛らしい姿なのだろうか。
 日々の疲れも何もかも、この子達が吹き飛ばしてくれる。
 こんなにも素晴らしい物を見せられては、『新作』を握る手にも力が入るというもの。

(有難う、レナン、ニャルコフ。私は……幸せだよ)

 間違いの無い様に再度縫い目を数えながら、ラディオは気合を入れ直す。
 そして、再び作業に没頭するのだ。
 無邪気な笑顔を咲かせながら、幸せ一杯に歌う娘達の声を最高のBGMにして。

(……もう直ぐ完成だ。喜んでくれるだろうか)

 縫い上げた新作を眺めていると、『着ぐるみ』という存在を知った時の事をふと思い出す。
 あれは、ランサリオンに越して来てから数日経った時の事だった。


 ▽▼▽


 当初、何処へ行くにも、娘に大きなローブを着せていたラディオ。
 何故なら、グレナダは幼いが故に、まだ角と尻尾を隠す事が出来なかったからだ。
  
 これが、ものであれば、何も問題無い。
 他の種族にも生えているものだし、両方を備えた最たる種として、『竜族』が存在しているのだから。

 更に言えば、尻尾だけならまだ良かった。
 だが、角は違う。
『真紅の両角』は魔王の証。
 これだけは、今はまだ隠しておかなければならない。

 とは言っても、何時までもローブを被らせたくは無い。
 グレナダは人見知りをしないので、愛想が良い。
 ランサリオンの住人達も、そんな娘に気さくに接してくれていたのだ。
 それに、全く合わないサイズ故に、思い切り走る事は愚か、普通に歩くだけでも、裾を踏んで転んでしまう可能性があった。

 娘に無理を強いている事を心苦しく思うラディオ。
 それでも、数日の間は何とか誤魔化していた。
 その間に、日用品や2人の衣類を買い揃える為に。
 しかし、代替え案は中々見つからなかった。

 そんなある日、カフェで昼食を取っていると、獣人族の女の子達の会話が聞こえて来た。
 最近では、動物やモンスターの仮装をする行事が流行っているのだと。

(獣人族なのに……更に耳や尻尾を?)

 致命的に世俗に疎い上に、服装に全く頓着しないという鉄壁仕様の中年には、疑問しか浮かんでこない。
 しかし、よくよく聞いてみると、それは『着ぐるみ』という物だと理解出来た。

 この時、ラディオに電流が走る。
 これだ、これこそ求めていたものだ。
 動物やモンスターを型どった『着ぐるみ』があれば、娘は角を気にせず外出できる。
 しかも、世間で流行っているものなら、周りから浮く事もない筈だ。

 早速、ラディオは生地店に走った。
 大量の生地を買い込み、娘の全身の寸法を正確に測り、機動性を最重要視して、丁寧に縫い上げていく。
 そして、家の修復依頼を出す前に、数種類の『着ぐるみ』を完成させたのだ。

 最初に作ったのは犬―どう見ても犬の顔には見えなかったが―を模した物。
 それを見たグレナダは、瞳をキラキラと輝かせて喜んでくれた。
 如何に顔が不細工であろうと、大好きなちちが一生懸命作ってくれた贈り物なのだから。

 早速、娘を着替えさせたラディオ。
 その姿は、数多の宝石や、空に浮かぶ星々さえも霞む程に輝いて見えた。

 一方のグレナダは、自由に動く尻尾がとても心地良かった。
 今迄ローブで制限されていたものが、自分の意思でニョロニョロと動かせる。
 更に、ラディオが拘って選び抜いた生地のお陰で、肌触り・通気性共に抜群だった。

 フードも大きく作ってあるのに、重さを感じない。
 丁度良い事に、前方に伸びている角が、ストッパーの役割も果たしてくれる。
 そのお陰で、そこそこ激しく動き回っても、フードが取れる事は無かったのだ。
 何回見ても、犬の顔には見えなかったが。

 こうして、ラディオはドワーフ達に仕事を依頼しようと思い立つ事が出来た。
 修復をしている間、グレナダを隠しておく訳にもいかない。
 だが、着ぐるみさえあればドワーフの完璧な仕事と、お喋り好きというオマケまで付いてくる。
 こうして、親子は1ヶ月そこそこで、街に馴染む事が出来たのだ。

 これに合わせ、不自然に見えない程度に、髪と髭を伸ばし始めたラディオ。
 『英雄の影』として動く時は、全身鎧を纏っていたので問題は無かった。
 しかし、魔王軍の情報収集等で動く時は、寧ろその鎧は着けられない。

 目立たぬ様一般人を装い、素顔で情報収集を行っていたのだ。
 直接的にではなく間接的に集めていく事で、ラディオと英雄の一行の結び付きを、限り無く推測不可能にする為に。

 とは言っても、左頬の十字傷はやはり目立つ。
 ランサリオンに、嘗て情報を聞いた者が居るかもしれない。
 尚且つ、その者がラディオの顔を覚えていないという保証はない。
 そのリスク排除として、髪と髭を伸ばすことにしたのだ。

 普段の服装も、極々一般的な平民の物を選んだ。
 一番安価な布地で作られた無地のシャツにズボン、その上に腰布という、何処にでも居る格好。
 生活を変えたいと夢を見て、ランサリオンに集まる平民出の冒険者は少なくない。
 隠れ蓑としては、申し分無い状況だった。

 一番悩んでいた娘の外用の服装という問題は、着ぐるみによって解消される。
 こうして、ランサリオンはラディオの想い描く理想の生活の場となったのである。


 ▽▼▽


(あれから作る事十数着……今回は会心の出来だ)

 最後の結び目をきっちりと留めて、糸を噛み千切る。
 出来上がった新作を広げ、納得の表情を見せたラディオ。

「レナン、こっちにおいで」

『ちちのすきなところ ~にゃるこふっ!~』の4番を歌っていたグレナダは、ラディオに呼ばれると、即座に反応して駆けて来た。

 ちちの足をよじ登り、太腿の上にちょこんと座る。
 頭を撫でられると、顔をフニャけさせて喜んだ。

「さぁ、新しい着ぐるみが出来たよ。何か分かるかな?」

 広げられた着ぐるみを見て、グレナダは笑顔を見せた……と、同時に一瞬目が泳ぐ。
 少し考えてから、ラディオをチラ見しつつ、首を傾げながら確認するが――


「ぶ、ぶた……さん?」


 その目に飛び込んで来たのは、いつもの様に遠い目をしたラディオだった。

「……熊さ――」
「くまさんっ!!」

 『またやっちまった!』と言う顔で、言葉を遮って来たグレナダ。
 何という事だ。
 こんなにも幼いのに、他者の心を気遣える優しさを、既に持っているなんて。
 中年は、感動するべき……いや、違う。
 こんなに幼い娘に気をと言う事実を、受け止めるべきである。

(すまん、レナン……やはり、父には才能が無い様だ)

 気不味い空気が流れる。
 その時、グレナダが嬉しそうに着ぐるみを抱き締めたのだ。
 とびきりの笑顔を咲かせながら、ラディオの胸に頭を擦り寄せて。

「ちちっ♡  ありがとうなのだぁ♡」

「……どういたしまして」

 娘の一言で、ラディオの心がジンと温かくなる。
 グレナダに取って、着ぐるみの顔の良し悪しは問題ではない。
 『大好きなちちが、自分の為に一生懸命作ってくれた』、という事に絶対の価値と愛を感じるのだから。

「もう寝る時間だね。父はまだ後片付けがあるから、先にベッドに行っててくれるかい?」

「あいっ♡」

 グレナダは膝からぴょんっと降りると、ニャルコフを連れて、リビング横にある寝室へと入っていった。
 因みに、グレナダの部屋は二階にしっかり設けてある。
 大きくなっても使える様に、一番大きな部屋を割り当て、家具も最高級の物を揃えて。
 しかし、グレナダがその部屋を使う事は無い。
 遊ぶ時でさえ、常にラディオが視界に入る位置に居る。

 当初は、グレナダが眠ると、自室のベッドへ運んでいた。
 これは、を考え、早めに自立心を養おうとしていた結果である。
 だが、ラディオの腕から離れると、グレナダは直ぐに目を覚ましグズってしまうのだ。

 遊び疲れて昼寝をしている時等は、ベッドに置いても暫くは平気な時が稀にある。
 しかし、起きると泣きながら降りて来てしまうのだ。
 一応、落下防止の柵がベッドには設けてあるが、グレナダは普通の幼児ではない。
 柵など、簡単に乗り越えてしまう。

 数日間同じ事の繰り返しになったが、ラディオは怒らなかった。
 むしろ、自身の行いを反省する事になる。
 これは、自立心の養い方として間違っていた、と。

 グレナダは賢い。
 同い年の子供達に比べて、格段に知能が高い。
 たが、言っても幼児だ。
 まだまだ1人で出来る事は多くないし、何よりも甘えん坊である。

 そして、それはグレナダの大事な個性。
 その個性を蔑ろにして、娘の心を満足させられないのに、どうやって自立心を養うというのか。
 グレナダの心が温かなもので一杯に満たされた時、初めて自分から離れていく事こそ、自立ではないのか。

 しかも、この甘え方は家の中だけだ。
 外でその様な我儘を言った事は一度も無い。
 それならば、家の中でぐらい思い切り甘えさせてやらなくて、どうすると言うのか。

 そう考え直した日から、共に眠る事にしたラディオ。
 不思議と、ラディオのベッドであれば、1人でもすやすやと眠るのだ。
 グレナダにとって、ちちの匂いと体温は安心の塊。
 どんなに高級で、どんなに寝心地が良いベッドでも、『ちち』に敵う訳が無かったのだ。

(あの子も、いつも潜り込んで来ていたな。今は幸せに……いや、大丈夫だろう)

 甘えん坊な娘の性格がラディオの記憶と重なるが、自分が居ない事が、あの子の幸せに繋がる。
そう信じて、心の片隅に想いをしまい込む。

 洗い物を終えて寝室へ向かうと、グレナダは既に寝息を立てていた。
 起こさない様にそっとベッドに入ったつもりだったが、すっと瞼を持ち上げたグレナダ。

「ごめんよ。起こしてしまったね」

「……ちちっ♡」

 半開きの目でラディオを確認すると、胸の辺りをギュッと掴んだ娘。
 そして、また直ぐに眠りに落ちていく。
 ニヤけた顔で、涎を垂らしながら。

 ラディオは静かに微笑み、白桃色の頭を優しく撫でる。
 娘を包み込む様に腕を回し、毛布を整えてから、自分も目を瞑った。
 こうして、親子の1日はいつもの様に終わりを告げる。
 娘と2人、笑顔に溢れ、何も特別な事は無いの日常が。
  
 だが、それも今日までの話。
 次の日、想像もしていない人物に、街で発見される事になる親子。
 そして、2人の生活に新たな風が吹く事になるのだが……この時のラディオは、それを知る由もなかった。
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