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第1章 最強の父と最愛の娘 編

第6話 父、溜息を吐く

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冒険者ランク判定基準

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
Eランク――一般人、知り合いが噂する程度。
Dランク――新米、村レベルで噂が流れる程度。
Cランク――中堅、町レベルで噂が流れる。
Bランク――熟練、都市レベルで周知される。
Aランク――精鋭中の精鋭、国レベルで逸話が残る。
Sランク――超人、大陸レベルで伝説が残る。
SSランク――化物、全世界レベルで神話が残る。
SSSランク――【四王】と同格、未来永劫語り継がれる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




5階層――


 この階層から岩肌が影を潜め、苔生した空間に変化した。
 地面にも一面苔が生え揃い、踏みしめると少しフワフワとしている。

(この階層から、イエロースライムが出るらしいのだが……)

 暫く歩くと、三叉路に辿り着いた。
 明らかに踏みならされた跡が残っているのは、向かって左側。
 ラディオは警戒を怠る事無く、先へと進んで行く。

 すると、天井から氷柱の様に苔生した岩が生える、鍾乳洞の様なとても広い空間に出た。
 幾つかの段差を降りて、一際大きな円形の広場へ向かう。

(……来るな)

 広場の中央へやって来たラディオは、魔力を込め始めた。
 すると、岩石や壁から青や緑、黄色といった液体が溢れ出して来たのだ。
 液体は次第に形を変え、色とりどりの半透明な意思持つ物体へと変貌を遂げる。
 お目当ての登場だ。


 名前・ブルースライム
 種族・スライム
 属性・無
 スキル・軟体
 討伐ランク・E+
 ~最下級のスライム。
 柔らかなその体は、衝撃をかなりの度合いで吸収する。
 爽やかな甘味を手に入れろ~


 すかさず『目録』を発動したラディオは、期待を込めた眼差しでスライムを見やる。

(……レナンに良い土産が出来るかもしれないな)

 モンスターを倒すと、稀にアイテムを落とす事がある。
 様々な物に加工出来る素材や食用の部位等、所謂【ドロップアイテム】だ。

 そして、この【ドロップアイテム】には、外と【迷宮】の物で明確な差が存在している。
 ランクが低いもの程落ちにくく、高いもの程落ちやすいという傾向があるが、それは共通だ。

 では、何が違うのか。
 それは、アイテムの純度である。

 まず、外ではモンスターの死骸は霧散しない為、各部位を切り出す事も可能である。
 だが、その行為には豊富な経験と知識を必要とする為、純度が高い物を得難いという難点がある。

 それに対し、迷宮ではそもそものドロップ率が外よりもずっと低い。
 加えて、死骸から切り出す事も出来ない。
 その為、ドロップする物は必ず『最高純度』になる。

 即ち、数さえこなせば、最高級のアイテムが手に入るという訳だ。
 この大きなメリットが、迷宮探索の醍醐味の1つとなっている事は言うまでも無いだろう。

 ゆったりと蠢めくスライムの群れ。
 これを撃破していけば、いずれ珍味が手に入る可能性がある。
 すると、ラディオは1匹のブルースライムに目星を付けた。
 目前に一飛びで移動し――


 斬ッッッッ!!


 凄まじい手刀を見舞われ、半透明な体がくの字に曲がり宙を舞う。
 しかし、地面に転げ落ちた後、何事も無かったかのように動き始めてしまった。
 だが、ラディオも動じる事なく、一旦距離を取る。

(この程度では駄目か……やはり鈍っている)

 その弾力性とスキル《軟体》によって、物理攻撃の衝撃を吸収・拡散し、殆ど無効化してしまうスライム種。
 普通の打撃や斬撃では、中々ダメージを与えられないのだ。
 故に、属性攻撃や武技スキルを用いて、体の中心部に埋まる核を破壊するのが一般的である。

 だが、新米で属性攻撃が扱えない者は、苦労する事になるだろう。
 だからこその、討伐ランクE +。
 それらを踏まえ、掌をスライムに翳したラディオだったが――


(……少し体を動かすか)


 途中で思い直し、手を下ろした。
 周囲に視線を走らせ、人の気配が無い事を確認する。
 そして、構えを取り、再度魔力を込めた。

「《五色竜身ごしきりゅうじんこう  》」

 全身から、夥しい量の紅色のオーラが迸る。
 ゴブリンの時と同様、ラディオの体に収束されていく様は、さながら竜を纏うかの様。
 軽く膝を曲げ、ダランと両腕を垂らし、スライム達を見据えた瞬間――


 轟ッッッッ!!


 爆音が鳴り響き、巻き上がった粉塵の中に佇むラディオ。
 その腕には、形を保てなくなったスライムの残骸が突き刺さっていた。
 そのまま核を握り潰すと、軟体は溶け出す様に霧散していく。

「……先ずは1匹」

 物理攻撃を無効化してしまうスライムだが、それはあくまで殆・ど・。
 自身が吸収しきれない威力であれば、物理攻撃でも倒す事は可能である……理論上は、だが。

 この世界では戦闘時、魔力を込めて身体能力を上げるのが基本である。
 だが、それには限界があり、支援魔法やスキルによって更に底上げし、様々な戦術を繰り広げるのだ。

 しかし、ラディオのそれは次元を超えていた。
 《五色竜身》とは、5つの異なる【竜の力】をその身に纏わせるというもの。
 込める魔力量が多ければ多い程、竜の力は形を成して具現化していく。
 全ての色で全ての能力が向上する事に加えて、《紅》は力、《翠》は敏捷といった様に、色ごとに突出して上がるものがある。

(単純に運動不足か。私もまだまだだな)

 力が衰えている気はしない。
 体に感じた違和感は、筋肉痛の様なものだと理解した。

 ラディオは『ふぅ』と一息つくと、スライムの群れを蹂躙し始めた。
 その速度、腕力たるや凄まじいの一言。
 物理攻撃ほぼ無効のスライムが、まるでシャボン玉の様に破られていくのだから。

 只魔力を込めただけで、この実力。
 それもその筈、ラディオは幼少の頃から文字通り死ぬ思いをして、修行に明け暮れてきたのだ。
 自分を育て上げてくれた『家族の愛』に報いたい……その一心で、己を苛め抜いて。

 その成果として、『竜の力』を意のままに操れる様になった。
 それを扱うに必要不可欠な、強靭なる肉体と鋼の精神力も同時に手に入れている。

 ラディオの戦闘能力にランクを当てはめるならば、魔力を込めない段階でA、込めた段階でS。
 《五色竜身》のオーラを纏った段階でS+。
 更に力をさせれば、SS以上。

 これぞ、ラディオが『人族最強』たる所以。
 【王国の英雄】を鍛え上げ、【魔王の証】を持つ娘を育てる男の力である。


 ▽▼▽


(……やはり、簡単にはいかないな)

 テンポ良く討伐数を稼いでいたラディオは、一度現状の成果を確認する為、更新を行った。


 ゴブリン討伐数 53/20  達成
 イエロースライム討伐数 137/20 達成
 ブルースライム討伐数 160
 グリーンスライム討伐数 149


 既に依頼は達成しているが、未だラディオが粘っている理由は、勿論ドロップアイテム。
 短い間隔でスライムが生まれてくれるので、少し頑張ってみる事にしたのだ。

(違和感はほぼ取れてきている。後は……1つでも落ちてくれれば)

 スライムを真っ二つに引き裂いて、祈る様に核を潰す。
 しかし、霧散しただけで、ドロップアイテムは確認出来ず。
 娘に土産をと思っていたが、少し時間を掛けすぎたかも知れない。

(仕方ない、ここらで切り上げ……何だ?)

 その時、人の気配を感じた。
 広間の奥には、アーチ状の大きな穴が空いており、ここは階下への通路となっている。
 気配は、アーチから向かって右手の穴から漂ってきていた。
 接触を避けたいラディオは、咄嗟に岩陰に身を潜める。

「あーーーっ!! ヤバかった~!!」

「はぁ……はぁ……まさか巣窟ネストスポットに出くわすとは」

 息も絶え絶えに走って来たのは、Eランクの男達。
 広間に入るや、膝に手を置き、先程見た光景を思い出しては身震いしている。

「あの量は半端じゃねぇ……はぁ……俺達じゃどうしようもねぇな」

「ばっか、量の問題じゃねぇよ!  今日はもう引き上げるか。一気に疲れちまったよ」

 男達はやれやれと首を振ると、息を整えて上層へ歩き出す。
 すると、時間のサイクルによって、またスライム達が生まれて来た。

「何だよっ!  またコイツらかよ!」

「そう言えばここはそうだったな。構うな構うな。戻るぞ!」

 男達はスライムが完全に形を成す前に、段差を上がって広間を去っていく。
 岩陰から話を聞いていたラディオは、顎に手をやり、何やら考え込んでいた。

(『巣窟』……確か、イレギュラーで発生するモンスターの大群、だったか)

 チラリと新たなスライムに目をやったラディオ。
 此処で粘っていても、ドロップアイテムが手に入る確率は低い。
 ならば、巣窟で大群を相手にした方が、遥かに効率が良いのではないか。
 ラディオは納得した様に頷くと、男達が出てきた横穴へ駆けて行く。


 ▽▼▽


 先の見えぬ一本道を暫く走っていると、 大きな観音開きの扉が見えてきた。
 先程の男達は、本当に焦っていたのだろう。
 扉が半開きのままだ。

 後方確認を済ませたラディオが、中へ足を踏み入れる。
 そこは、壁一面が深紅に染まったドーム状の部屋だった。
 全体を注意深く見渡すが、スライムらしき影はない。

(ふむ……ん?)

 ラディオが訝しんでいると、壁が少し揺れた様に見えた。
 確認するために部屋の中央まで来た瞬間――


 ブゥゥゥゥゥゥン!!


 不快な羽音が、けたたましく部屋中に鳴り響く。

(……騒がしいな)

 ドンドン大きくなる羽音につられる様に、壁面が一斉に動き始めた。
 同時に、怪しく光る無数の目まなこが、ギョロリと此方を睨む。
 すると、巨大な何かがラディオの正面に飛来した。


 名前・スプリムモスキート
 種族・バグズ
 属性・無
 スキル・注入
 討伐ランク・C
 ~1mを超える血の様な体躯と、頑強な皮膚を持つモンスター。雌雄関係なく、吸血行為をする。一度刺されたが最後、身体中の血液が無くなるまで吸い取られてしまう~


 そう、天井や壁面、地面を埋め尽くしていたのは、モンスターだったのだ。
 その数は、甘く見積もって数千。
 獲物を見つけて興奮したのか、所狭しと動き回る。

 しかし、真紅の蚊を見たラディオは、深い溜息を吐き出す。
 そして、踵を返し扉へ歩き出したのだ。

(……無駄足だったな)

 そう、ラディオはガッカリしていた。
 早とちりしたのは自分だが、スライムの巣窟だと思い込んでいたのだ。
 これでは、娘の土産には出来ない。

(依頼は達成済み。レナンの元へ帰ろう)

 不快な羽音を撒き散らし、乱雑に飛び回る蚊で埋め尽くされていく空間。
 しかし、ラディオは全く意に介さず、淡々と歩を進める。
 だが、ふいに足を止めると、また大きく溜息を吐いたのだ。

「……わざわざ死にに来る事もないだろう」

 そう呟いたラディオの右手には、槍の様な蚊の口器が握られている。
 背を向けた事を好機と捉えた蚊は、吸血の為に突進したが、難なく躱された挙句、拘束されてしまったのだ。

「このまま通してくれる、訳は無いか」

 ラディオが力を込めると、鋼鉄と同等の強度を誇る口器が、ガラス細工の様に砕け散る。
 折れた部分から赤黒い毒液が流れ出し、次第に弱々しくなっていくモンスター。
 すると、大群は怒りを露わに、更に激しく飛び回り始めた。
 動かなくなった蚊を地面に捨て、やれやれと溜息を吐いたラディオ。

「娘が待っている……時間を掛けるつもりは無いぞ」

 瞬間、空間全てを埋めつくす様に、紅蓮のオーラが溢れ出して来た。
 大気はビリビリと鳴動し、部屋が瓦解する程の圧力が充満していく――


「万物を征する紅竜の弾丸 今此処に 顕現せよ――《豪炎竜銃・ファフニール》」


 瞬間、猛炎の如き魔力が唸りを上げ、ラディオの両手に収束された。
 眩い閃光を放ちながら現れしは、禍々しい紅金の角を持つ、大振りな2丁の片手銃。
 大口を開ける竜を模した銃口の、何と勇ましい事か。

 これは、【竜装】と呼ばれるを賜りし稀有な代物。
 世界の理を変えかねない、絶大な能力を秘めた武器である。
 何故なら、『魔王』と同格の『神王』に選ばれし者のみが持てる【神器】と対等……若しくは、それ以上の力を有しているのだから。

「《溶爆弾幕ボーマバルマン 》」

 溢れるオーラを銃に装填し、群れに向かって撃ち放った。
 すると、数発の真紅の弾丸が轟音と共に宙を舞い、空中で停止する。
 放たれた弾丸は、さながら小さな太陽の様に、その輝きと熱量を増していく――。


 ▽▼▽
  

 1時間後――


 5階層に金属音が響いて来た。
 広間に姿を現したのは、漆黒の鎧に身を包む女。
 黒紫の長髪をたなびかせ、蒲公英たんぽぽ色の瞳がとても美しい。
 だが、その顔は険しく、見つめているのは新たに出来た横穴だった。

(先程の駆け出しが言っていた道というのは、あれだな)

 彼女の名は、トリーチェ・ギーメル。
 現役A+ランクの冒険者にして、選ばれし【金時計】の一員という若き天才だ。
 実力も去ることながら、正義感の強い英傑として名が知られている。

(無駄死にを減らすためにも、自分が排除しなければ)

 『金時計たるもの冒険者の模範となるべき』という信条を持つトリーチェ。
 そんな彼女が、Cランクの【巣窟】の話を聞いてしまっては、動かない訳が無い。
 ギルドで休憩中ではあったが、直ぐさま5階層まで降りてきたのだ。
 しかし、扉まで辿り着くと、トリーチェは違和感を覚える。

(……何故扉が閉まっている?  それに、この熱気は何だ?)

 話によれば、扉は開け放たれていた筈。
 そもそも、Eランクの男達は帰還する迄の間、他の冒険者と会っていない。
 更に、帰還して直ぐにトリーチェに情報を伝えている。
 それなのに扉は閉められ、尋常ではない熱を帯びているのは、何故なのか。

(……考えても仕方がない、か。先ずは確認だ)

 トリーチェは、警戒を最大限まで上げながら扉を開く。
 だが、其処にスプリムモスキートの姿は無かった。
 ゴクリと生唾を飲み込んだトリーチェ。
 カラカラになった喉から、やっと絞り出す様に言葉を紡ぐ――


「こ、これは……どういう、事だ……!?」


 トリーチェが立っている一部分を除いて、天井から地面に至るまで、蒸気を噴き出し真っ赤に熱せられた
 迷宮から、煉獄に迷い込んでしまった。
 そう錯覚しまう程に、ドーム状の部屋は、灼熱の溶岩地帯へと変わり果てていたのだ。
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