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徐州支配2 挙兵と権力確立
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「兵を挙げるのです」
百九十六年正月。陳宮は鬼気を帯びた目で呂布へ進言する。聞き入れられなければ殺すと言わんばかりの剣幕だ。張超が率いるエン州軍は濮陽の本拠地から南に逃れ、雍丘県を拠点として籠城を始めているという。呂布旗下の騎兵たちは募兵を終えて呂布の元へ帰参してきている。その者たちから得られた情報だ。彼らの一部はエン州の間道を通って徐州へ来たからその情報は確かである。籠城開始からおおよそ四カ月が経過しており、いつ敗報が聞こえてきてもおかしくない。
ちなみに袁術の元へ援軍を乞いに向かった張バクの一行は途中で内紛が起こり、張バク本人は既に死んでいる。袁術からの援軍は期待できない。
曹操がかつての同志たちの血を用いてエン州の勢力図を塗り替えているのを陳宮は座してただ見ていたわけではない。袁術にも様々な働きかけをしたし、徐州の主の劉備を焚き付けたこともある。だが誰もが積極的に動こうとしなかった。それどころか曹操に敵対して欲しい二勢力が相争っているのが現状なのである。
陳宮はひたすらに天を呪った。蝗の大量発生などが起こらなければエン州は自分たちのものだったのだ。血反吐を吐く思いで復仇の機会を望み続けた結果、またとない機会が訪れたのだから陳宮の覚悟は相当なものだ。
「劉備程度の鼠賊に徐州を任せては民が疲弊するばかり、曹操に支配されたエン州と同じ苦しみを彼らに味わわせるおつもりか。そして何よりも、エン州の民は我らの来援を待ち望んでおる。彼らの願いを卿は無視されるつもりなのか」
陳宮の論法はこうである。劉備の一党はリスクの高い徐州の長になりたがる者がいない時に手を挙げたから、たまたまその地位に就いただけである。地位に相応しい能力も人としての重みも、声望もない。だからこそ袁術は攻め込んできたのである。呂布たちは劉備たちにないものを全て兼ね備えている。自分たちが徐州を支配すれば袁術も手出しはしてこず、平和が訪れるはずだ。
そしてそれから兵をエン州に向けて曹操を駆逐すればいい。兵を引いた袁術が共に曹操を攻めるならばなおよしというわけだ。
「しかし劉豫州は窮地の我々を受け入れてくれたということを忘れるわけにはいきません。劉豫州の留守を襲い、それが成功したとしても、その不義に怒った徐州の者たちを統御できないのであればエン州を救いにいくこと適いますまい」
劉備の正式な官位は豫州刺史であったため呂布はそう呼称する。徐州の牧を私称している劉備の政治的立場を肯定するのであれば劉徐州と呼ぶべきなのであるが、それをしないあたりに呂布も含むものを持っている。
「我らを受け入れたのは劉備ではありません。我々が暴虐を行う曹操から徐州の民たちを守ったという過去があったからこそ、徐州を借り受けている劉備は我々を受け入れざるを得なかったのです。もしも我々が誰かに恩を感じるのであれば、それは徐州の民たちへであって、劉備にではありません」
「そしてその恩を返す方法は、徐州を我々が統べることであると、そう仰せですか」
陳宮は頷く。
「河内兵の方々も私の意見に賛成していただいています」
呂布たちが徐州へ転進した際も行動を共にした河内兵たちは未だその戦力は健在だ。彼らは今もなお呂布の重要な武力であり続けていた。その河内兵の指揮官である赫萌は陳宮の傍に控えている。
「エン州の兵たちの意見はいうまでもないでしょうな」
陳宮の態度を見ればわかる。エン州から付いてきた兵や指揮官たちの根回しは既に済んでいるようだ。後は呂布と、その直属の兵達の動き次第というわけだ。
「よろしい。それで徐州の危難を救うため、そしてエン州奪還のため立ち上がるとしよう」
呂布はいずれにしても戦い続けなければならない。そうしなければ兵団は維持できないからだ。戦うからこそ糧食を得られるし、金子も手に入る。自分が生きるため、そして部下を生かすために戦い続けなければならない。血に塗れていようとも、掲げる旗はせめて美辞麗句で飾ったものでありたいと願う呂布にとって今回の騒乱はわかりやすい。
自分が動けば徐州を戦乱から救える。呂布にとってそれは重要な要素であった。単に感傷的な意味ではなく、自らの名声を活かすためには必要な大義名分なのである。
口には出さないが徐州を奪い、その兵でエン州を救いに行くという方策が許されるほどの時間的余裕はないだろうと呂布は思っている。速やかに劉備から兵を出してもらえなかった時点でエン州の命運は尽きていたのかもしれない。
だがどれだけ細くとも、エン州を救うための道が残されている以上、その道に沿って動くべきであろう。それが曲がりなりにもエン州の主という名目で担ぎ出された人間の取るべき責任だと呂布は思った。
劉備の留守を襲うという企ての成否に誰も言及しなかったのは理由があった。その行為自体が成功することを皆が確信していたからである。
陶謙政権の重鎮であり、この時も劉備が本拠としていた下ヒ国の相(太守と同じ)である曹豹は精強なことで知られる丹陽兵たちの指揮官の一人であった。彼らはどうも劉備らとしっくりいっていなかったようで、劉備勢力の留守役であった張飛という者と対立し、張飛がとうとうこの曹豹を殺してしまったのである。当然丹陽兵たちは怒りに沸きたった。
その結果、丹陽兵たちは呂布を推戴することを決め、内応を申し出てきたというわけだ。ただでさえ少ない留守居の兵達の一部が裏切るのであれば成功するに決まっている。
その誘いに乗るか否かが討議されて、結論は出た。
呂布は使者が小沛に到った即日に兵を発した。騎兵は陸から、歩兵は水運を使って雷光のような速さで下ヒにいたった。
呂布たちが率いたのは精兵のみであり、その数は多くない。しかし劉備が留守を任せていた張飛は城の内外に敵を抱え、組織的な抵抗を試みることすらできず劉備の一党を率いて逃げ出した。
劉備はその報を聞いて慌てて兵を返すも、軍勢は散り散りになってしまう。以前のエン州の戦いの際に本拠が無事であった曹操の場合と違い、今回の劉備が率いる軍兵のほとんどの家族が下ヒやその周辺にいるのである。軍の幹部から兵卒にいたるまで動揺してしまったことも無理はない。
ここで呂布か袁術どちらかに降伏をしてしまえば劉備はその存在感を歴史から消してしまうことになったに違いないが、劉備は残兵を糾合し、袁術との戦いを継続する道を選んだ。
徐州に住む者にとって主が劉備と呂布のどちらであろうとも袁術が侵略者であることは変わらない。同士討ちとなる下ヒ国攻めではなくあくまでも袁術と対峙することを選んだ劉備の姿勢は正しかった。呂布は軍の規模として小さく、また劉備への徐州人士の支持も失われたわけではない。袁術さえ追い払ってしまえば劉備にとって下ヒ奪還の可能性は残るからだ。
衆寡敵せず、劉備は袁術に敗れて広陵郡海西県という地にて機を窺うこととなったが、敗れたことは問題でない。重要なのは姿勢を示したことである。
劉備のこの行動は後に影響力を持つ。
袁術にとって呂布の蜂起は喜ばしいことである。徐州につけ込む隙ができたからだ。
袁術の強みは名門袁氏の累代の名声と、自身の世評である。
演義のイメージがあるため誤解されがちだが、袁術はこの時まで他の群雄に比べて、特に道義に反するような行為を多くしているわけではない。それに袁術は軍を派遣して敵対する者を攻撃させることはあっても、自分では軍をあまり率いない。自身が将帥として戦術レベルで軍を率いないのは得手不得手の問題もあるのだろうが、結果的には袁術は他の群雄よりも血生臭さが比較的薄く、そのため士大夫層からは支持が厚かった。
その袁術が戦闘行為を担当するわけではないにしても、今回は自らで出陣している。消耗戦のような血みどろの争いはあまりしたくはなかった。劉備が戦局から離れ、呂布が下ヒを支配し、他の郡県は動揺している状態。これは千載一遇の好機である。袁術は軍を留めて調略に乗り出した。
袁術の企みが進行する少し前、下ヒを支配した呂布たちの元へ報が届いた。昨年十二月末にエン州政権最後の軍が篭もる雍丘が陥落していたというのだ。呂布たちが兵を発したのが正月早々の頃だから、その頃にはもう救うべき仲間はエン州内に存在しなくなっていたのである。
劉備へ兵を向けたのはエン州を救うためだったのだが、一同は戦略目的を失ってしまった。
陳宮は絶望のあまり昏倒してしまい、しばらく州府への出仕ができなかったほどである。
そうはいっても軍を動かした以上、状況は止まらない。呂布としてもエン州を完全に曹繰が支配したことには心穏やかでいられないが、差し当たりは侵略者の袁術に対する手だてを打つ必要があった。
この当時、呂布の陣営に属する兵は三種類の者がいた。まずはヘイ州から呂布につき従っている兵達。これは呂布が最も信を置く兵だが、数は非常に少ない。幹部には親族である魏続という者、かつては共に丁原に仕えていた張遼などがいる。
次に董卓動乱の以前に丁原が主として河内郡にて集めた兵。これはどちらかといえば呂布の協力者といった意味合いが強いが、長きに渡り共に戦っているため信頼関係はある程度存在している。幹部には赫萌や、後に名前の出る曹性という者などがいる。
エン州から呂布についてきた敗残兵たちが少なからずおり、幹部には陳宮や高順などがいる。
その他に下ヒ国に属していた兵がいるが、戦力的には前者三種の兵よりも劣る。ちなみに呂布を招き入れた丹陽兵たちは同盟相手という感覚が近く、少なくとも呂布の指揮下にはない。
この呂布軍の現状を念頭においた状態で事態の推移を見る必要がある。
陳宮は回復してから呂布にエン州への進軍を度々促した。呂布としてもそうしてやりたいのは山々なのだが、軍を動かすためにはまず袁術を追い払わなければならない。そして何よりも勝算がなくてはならない。
かつて陶謙の治めていた地域を完全に掌握し、万全の準備を整えてからでないと曹繰には勝てない。
雍丘に篭もる軍が壊滅し、エン州政権の重鎮である張超は元よりその協力者、そしてその家族までことごとく殺された今は、急いでエン州へ兵を出す意義が戦略的にも政略的にもない。
陳宮の要請をのらりくらりとかわしながら呂布は徐州での支配力を強めていくと共に、軍備を整えていた。
呂布は多忙である。軍政家としても一流の陳宮がまともに動けないこともそれに拍車をかけていた。
陳宮が精神的平衡を欠いていることに呂布が気づかなかったのは無理もないだろう。
袁術は陳宮の心の困憊につけ込んだ。
「卿が呂布の旗下にいる軍を掌握せよ、さすれば我が主はほとんど血を流さずに徐州を支配できる。そして次に今徐州にある主の軍を以てエン州に攻め寄せ、曹繰を滅ぼして差し上げよう」
袁術の使者の口上は陳宮を動かすことに成功した。陳宮も呂布の協力者ではあるが、配下ではない。陳宮が落ち目の呂布を見限って袁術につこうとすることについて感心はできないものの理解はできる。
陳宮にとって最優先すべきはエン州の奪還であり、曹操を打ち負かすことである。呂布は指揮官としては申し分ないが、率いる兵力が少なすぎる。それに比べると大勢力の袁術の兵力は強大であるし、それに陳宮が呂布麾下の兵を率いて合流すればその勢力はさらに強くなる。
地政学的にも徐州が袁術の勢力圏に入れば曹操の勢力圏を半包囲するような形になるため、戦略的にも優位に立てる。
陳宮にも迷いがないわけではなかったろうが、その能力を十全に活用して決起の準備を着々と進めていた。驚くことにエン州の兵については水を向けてもその決起に加わりそうになかったため、陳宮は自分の直率する兵以外を動かせなかった。
高順が呂布に心酔しているように、一連の戦いで兵達もまた呂布を信頼していたのだ。
代わりに陳宮はエン州を曹操からもぎ取った鮮やかな弁舌で河内兵たちを説き伏せた。河内兵たちの一部は陳宮の提案に乗り、呂布から袁術に鞍替えすることを決断した。
州府で煩瑣な政務を執り、夜も更けようとする頃。自らの屋敷に帰る呂布を刺客が襲った。刺客の数は前後それぞれで十数人ずつといったところだろう。挟み撃ちにしようとする敵を呂布も漫然と待つことはしない。
「匕首を」
五人いる呂布の供回りの者たちの任の一つは当然ながら主の護衛であり、刀剣の他にも短刀のような短い獲物を持ち合わせていた。刀剣を振り回せない屋内での戦闘も想定して携行しているのである。
騎上での主兵器は弓であるが、撃剣(投剣)もまた近距離でよく用いられる武器だ。騎上の勇者たる呂布はそのどちらも一級の使い手であった。
接近する刺客の中で灯火を持つ者へ匕首を投げる。それはいずれも狙い通り標的に命中した。主の意図を理解した呂布の供は自らの持つ灯火も投げ捨てる。光源が落ちたことであたりは暗闇が濃くなった。
「血路を開くぞ」
敢えて大音声で自らの意図を呂布が明かすと刺客からざわめきが聞こえた。呂布とて人であるから、取り囲めば討ち果たせるだろうが、何人かは確実に道連れにするだろう。襲撃に動揺でもしていれば別だが、聞こえた声は極めて冷静かつ力強いもので、刺客たちの恐怖を喚起した。
灯火を持つ者が倒れ、呂布たちの動きを察することが多少困難になったのは刹那の間だ。だがその隙を見逃さず呂布を囲むように一行は走り出し、動揺する敵の一角を切り抜ける。
供の者が二人ほど敵の刃を受けて倒れたものの、呂布は無事に包囲から脱出した。
「我が屋敷が安全かはわからぬ。その道中もな。ここからは高将軍の営が近い。そちらに向かうぞ」
敵対勢力は下ヒ城内にはおらず、侵入されたようなこともない。当然ながら味方の造反だろうが、高順だけはそのような企てには荷担していないという確信が呂布にあった。
呂布が危機を脱して自らの営にいたったというのを聞き、高順は押っ取り刀で駆けつけた。
「ご無事で何よりでございました。して、敵は何者でございましょうか」
「漏れ聞こえた声からは河内の訛りが感じられましたが」
河内兵との信頼関係は厚い。呂布は少なくともそう感じていたし、その感覚は今でも勘違いであるとは思えない。彼らの働きには雇い主として十分以上に報いてきたからだ。河内兵からは気前の良い主であると評されているはずだ。
「妙ですな。河内兵が呂将軍を害するとは思えませんが」
とはいえ、手をこまねいているわけにはいかない。取り急ぎ高順は自らで指揮を執り、造反者を撃滅すべく営を出て行った。
初動で呂布を殺せなかった時点で造反者たちに勝機はない。各所で彼らは捕まり、殺され、すぐに事態は沈静化した。
刺客たちはやはり河内兵であり、首謀者は判明した。河内兵の指揮官、赫萌である。
実は初動に失敗した赫萌は、旗色を危うしと見た配下の曹性という者に叛かれ、片腕を切り落とされるという重傷を負っていた。事態の収拾が速やかであったのは、高順の采配の他にそういった要因もあったのである。
後日、呂布による裁きが行われた。
「赫将軍、卿とは友情すら感じていたのだが。残念だ」
赫萌は呂布と背筋を伸ばして対峙していた。赫萌と行動を共にしたのは河内兵の一部だけではあったが、呂布さえ殺害できていれば企ては成功していただろう。
「この期に及んで是非もありますまい。私は野望を持ち、そしてそれが潰えた。ただそれだけのことです」
「私を殺してそれからどうするつもりであったのか」
「今さらそれを論じる意味がありましょうや。首を刎ねられよ」
赫萌は恐らく呂布を殺害した後、その実行犯をでっち上げ、素知らぬ顔で処刑するつもりだったのだろう。
その上で皆を糾合してこう叫ぶのだ。主である呂布が死んだため、新たな主を仰ぐ必要がある。その相手は袁術しかいない、と。例えばカク萌や陳宮を主と仰ぐのに抵抗がある者は少なくないだろうが、袁術を主にしようという発言には今の情勢では蓋然性がある。
「高将軍、対応を頼みます」
呂布は処刑の監督に高順を任ずると赫萌を下がらせた。
「そして曹将軍」
畏まって呂布の前に鎮圧に功があった曹性が現れる。
「よくやってくれました。卿及び卿に合力した者の働きは賞したいと思います」
「赫将軍の妄動を事前に止められなかった非才の身に余りあるお褒めの言葉、恐懼に耐えません」
この曹性も旗色が悪くなって赫萌を裏切ったのであり、その心底は疑わしい。だが今そんなことを言っても仕方がない。呂布は曹性を激賞して褒美を与えた。
「河内兵の人事に私は口を出せませんが、私は曹将軍が次なる指揮官となることを強く望んでいることを皆様にお伝えしましょう」
河内兵を処罰し、直卒することができないあたりに呂布の苦悩がある。あくまでも河内兵は部下ではないのだ。処分は主だった首謀者たちを斬り、事態の収拾に功のあった曹性を部隊の長に推薦するというだけに留まった。
その他諸々の賞罰を定めると、呂布は解散を命じた。
「ああ、陳太守とは別室でお話しをいたしたいのですが宜しいでしょうか」
呂布の言葉からは負の感情は読み取れない。しかし陳宮が一瞬だけその顔を強ばらせたのを呂布は見逃さなかった。
「陳太守、卿らしくもない杜撰な謀でございましたな」
別室で単刀直入な物言いで語りかける呂布に、陳宮は悪びれた表情も見せず胸を反らして真っ直ぐな視線を向ける。
赫萌が単独で事を起こしても得るものはない。間違いなく誰かと共同しての所業であり、消去法で考えれば赫萌の同志が陳宮であることを呂布は容易に推察できた。
そして陳宮自身もそれを隠そうとはしない。
「武運拙く事が成らなかったが、己の信ずる正義を行おうとしたのだから後悔はない」
「徐州を袁公路に献じることが正義でしょうか」
大勢力に吸収されれば、どの勢力もおいそれと手を出せない。目先の安全は買えるだろう。
「そして卿は袁紹の走狗である曹繰と同じように袁公路の犬となって徐州の民を戦に駆り立てるおつもりか。敵はエン州の曹繰だけではこざいませんぞ。北方の勇、袁紹とも戦をせねばなりますまい。袁公路にとって徐州は長江以北最大の拠点となります。この一帯は血生臭くなるでしょうな」
陳宮は自分の才幹でどうにでもなると思っているに違いない。たしかに陳宮の指揮能力と軍政能力、そしてその弁舌は卓越している。だが世に才人は多く、いかに陳宮でも身体が一つしかない以上、その能力の及ぶ範囲以外では疎漏なところが出てくるだろう。
それがエン州の失陥、今回の決起失敗の一因になっている。聡明な陳宮は十分それを理解していた。
「まあ卿の異才を以てすれば案外全てがうまく行っていたのかもしれませんな」
「そんなことを言っても詮なかろう。卿は私をなぶるために呼びつけたのではあるまい。用向きを申せ」
「まず、私は卿を罰しようとは考えていないのです」
呂布陣営でも名士として独特の存在感を持つ陳宮の処分を行えば影響が大きすぎる。エン州人士にとって陳宮の存在は大きい。その能力は今後エン州を奪回することを考えるとなくてはならない存在でもあった。
「政略としては正しかろう。しかし君主としては甘い」
処罰するのであれば処刑以外の罰はない。しかし罰しなければ、その処置の甘さが後の災いを生むかもしれない。
「だから私は卿に出て行ってもらうことを一つの案として考えた」
現代でいう不祥事を起こした会社員に依願退職を認めるようなものだ。処罰はうやむやにするが、殺さない代わりに居場所を奪う。
「なるほど。妥協点としては悪くはない」
「ただ私はもう一つの案を卿に提示したい。私に忠誠を誓ってはくださらんか」
陳宮は目を見開いて驚きを示す。
「亡き陶徐州は二袁の争いに巻き込まれることの愚を悟り、独立を志されていたようです。劉備を自分の後釜に据えたのもひとえに独立を貴んだからです。私も今は下ヒ周辺を抑えているに過ぎませんが、遠からず徐州全土を統べるつもりです。そして陶徐州の方針に倣いたいと思っています」
「そのようなことが可能であろうか」
「一州を斬り従えるだけであれば私の騎兵、河内とエン州の歩兵があれば叶いましょう。しかし独立を維持するために必要な武力と外交のためには優れた軍政家であり、中原最高の弁才を持つ卿の力が必要です」
「私がまた叛けばどうする」
「卿が私の見込んだ人物であれば、忠誠を誓うとの言葉が百年経っても色を失うことはありますまい。卿が軽佻な言葉を左右させる程度の者なのであれば、私の見る目がなかったということでしょう。恨みはしません」
陳宮のように硬骨な者はその才に自信があるからこそ、自分を貶めるようなことはしない。その確信が呂布にはあった。陳宮が臣従すると口に出すのであれば、その言葉は信じられる。同盟相手を見限るのと臣が主へ刃を向けるのでは、後者には薄汚いイメージが付きまとう。名を汚すことを陳宮はしまい。
「嫌だと言えばどうするのだ」
「どうもいたしません。袁公路の元でもどこでもお好きなところへ去ればよろしい」
呂布のことを名声と官位という虚飾がなければただの武人でしかないと思っていたわけではないが、自分の想像の枠を超えた構想ができる者であったのだということに陳宮は意外の念を持った。
陳宮の袁術を利用してエン州を回復するという戦略は取り得る手段の中では一番選びやすいものであったが、事の成否が袁術という他勢力に帰する部分が大きい。
それに比べると呂布の案は迂遠であるものの、着実に地歩を固めていけば大失敗はない。
「私は焦っていたのだろうか」
陳宮の問いに呂布は答えない。
「十年はかかるかもしれない大計を是とできる者はそうおりますまい。私は卿らほどエン州と縁が深くないから、そう考えられただけです」
自らの郷里が怨敵の手にある状態で焦燥を感じない方が難しい。そういった意味では呂布は甘いと謗られようとも陳宮に同情的であった。陳宮がエン州人士たちを騒乱に誘いこめなかったのは、現段階で過激な動きをすることに懐疑的な者が多かっただけに過ぎない。なるべく早く故郷を曹操から奪還したいという思いは一致していた。
「私にエン州の者たちを説得せよと仰せか」
「そうしてもらえるならば助かります」
陳宮の脳裏には新たな戦略が構築されつつあった。今、呂布の元にいるのは敗残兵の寄せ集めにすぎない。個々の部隊の錬度がどれだけ高かろうが、今の体制では大業を成すことなど不可能だ。だが全ての兵を結集し、組織を作り上げ、呂布の号令の元で統一的な運用を行うことが適うのであれば十倍の敵をも粉砕し得る軍となるだろう。
「卿の働きが私の期待を裏切れば、私は卿の元を去る。それでも良いか」
「もちろんですとも」
態度を軟化させた陳宮と呂布の間で淡々と話は進み、ついに両者は和解にいたった。
この出来事の後、エン州勢力が呂布の組織に組み込まれるよう陳宮は尽力した。そしてそれは概ね成功する。それまでエン州勢力と分け合っていた権能が 呂布に集中することになったことによって、呂布に君主権が付与されたと評しても間違いではないだろう。
組織再編は多少の時間がかかるにせよ、意識の統一は数日で可能である。
すぐにエン州を奪回するのは不可能であるから、まずは徐州を平らげて我々の地盤を固めようという呼びかけは大した反発もなくエン州の者たちに受け入れられた。速戦を唱えていた陳宮が折れるのであれば、それに倣おうという者が多かったのだ。少なくとも陳宮の見識はエン州人士にとって貴重なものであると見なされているらしいことを呂布は改めて感じ取った。
まがりなりにも一枚岩となった呂布の陣営は、次に徐州への侵略者である袁術への対策に乗り出した。
百九十六年正月。陳宮は鬼気を帯びた目で呂布へ進言する。聞き入れられなければ殺すと言わんばかりの剣幕だ。張超が率いるエン州軍は濮陽の本拠地から南に逃れ、雍丘県を拠点として籠城を始めているという。呂布旗下の騎兵たちは募兵を終えて呂布の元へ帰参してきている。その者たちから得られた情報だ。彼らの一部はエン州の間道を通って徐州へ来たからその情報は確かである。籠城開始からおおよそ四カ月が経過しており、いつ敗報が聞こえてきてもおかしくない。
ちなみに袁術の元へ援軍を乞いに向かった張バクの一行は途中で内紛が起こり、張バク本人は既に死んでいる。袁術からの援軍は期待できない。
曹操がかつての同志たちの血を用いてエン州の勢力図を塗り替えているのを陳宮は座してただ見ていたわけではない。袁術にも様々な働きかけをしたし、徐州の主の劉備を焚き付けたこともある。だが誰もが積極的に動こうとしなかった。それどころか曹操に敵対して欲しい二勢力が相争っているのが現状なのである。
陳宮はひたすらに天を呪った。蝗の大量発生などが起こらなければエン州は自分たちのものだったのだ。血反吐を吐く思いで復仇の機会を望み続けた結果、またとない機会が訪れたのだから陳宮の覚悟は相当なものだ。
「劉備程度の鼠賊に徐州を任せては民が疲弊するばかり、曹操に支配されたエン州と同じ苦しみを彼らに味わわせるおつもりか。そして何よりも、エン州の民は我らの来援を待ち望んでおる。彼らの願いを卿は無視されるつもりなのか」
陳宮の論法はこうである。劉備の一党はリスクの高い徐州の長になりたがる者がいない時に手を挙げたから、たまたまその地位に就いただけである。地位に相応しい能力も人としての重みも、声望もない。だからこそ袁術は攻め込んできたのである。呂布たちは劉備たちにないものを全て兼ね備えている。自分たちが徐州を支配すれば袁術も手出しはしてこず、平和が訪れるはずだ。
そしてそれから兵をエン州に向けて曹操を駆逐すればいい。兵を引いた袁術が共に曹操を攻めるならばなおよしというわけだ。
「しかし劉豫州は窮地の我々を受け入れてくれたということを忘れるわけにはいきません。劉豫州の留守を襲い、それが成功したとしても、その不義に怒った徐州の者たちを統御できないのであればエン州を救いにいくこと適いますまい」
劉備の正式な官位は豫州刺史であったため呂布はそう呼称する。徐州の牧を私称している劉備の政治的立場を肯定するのであれば劉徐州と呼ぶべきなのであるが、それをしないあたりに呂布も含むものを持っている。
「我らを受け入れたのは劉備ではありません。我々が暴虐を行う曹操から徐州の民たちを守ったという過去があったからこそ、徐州を借り受けている劉備は我々を受け入れざるを得なかったのです。もしも我々が誰かに恩を感じるのであれば、それは徐州の民たちへであって、劉備にではありません」
「そしてその恩を返す方法は、徐州を我々が統べることであると、そう仰せですか」
陳宮は頷く。
「河内兵の方々も私の意見に賛成していただいています」
呂布たちが徐州へ転進した際も行動を共にした河内兵たちは未だその戦力は健在だ。彼らは今もなお呂布の重要な武力であり続けていた。その河内兵の指揮官である赫萌は陳宮の傍に控えている。
「エン州の兵たちの意見はいうまでもないでしょうな」
陳宮の態度を見ればわかる。エン州から付いてきた兵や指揮官たちの根回しは既に済んでいるようだ。後は呂布と、その直属の兵達の動き次第というわけだ。
「よろしい。それで徐州の危難を救うため、そしてエン州奪還のため立ち上がるとしよう」
呂布はいずれにしても戦い続けなければならない。そうしなければ兵団は維持できないからだ。戦うからこそ糧食を得られるし、金子も手に入る。自分が生きるため、そして部下を生かすために戦い続けなければならない。血に塗れていようとも、掲げる旗はせめて美辞麗句で飾ったものでありたいと願う呂布にとって今回の騒乱はわかりやすい。
自分が動けば徐州を戦乱から救える。呂布にとってそれは重要な要素であった。単に感傷的な意味ではなく、自らの名声を活かすためには必要な大義名分なのである。
口には出さないが徐州を奪い、その兵でエン州を救いに行くという方策が許されるほどの時間的余裕はないだろうと呂布は思っている。速やかに劉備から兵を出してもらえなかった時点でエン州の命運は尽きていたのかもしれない。
だがどれだけ細くとも、エン州を救うための道が残されている以上、その道に沿って動くべきであろう。それが曲がりなりにもエン州の主という名目で担ぎ出された人間の取るべき責任だと呂布は思った。
劉備の留守を襲うという企ての成否に誰も言及しなかったのは理由があった。その行為自体が成功することを皆が確信していたからである。
陶謙政権の重鎮であり、この時も劉備が本拠としていた下ヒ国の相(太守と同じ)である曹豹は精強なことで知られる丹陽兵たちの指揮官の一人であった。彼らはどうも劉備らとしっくりいっていなかったようで、劉備勢力の留守役であった張飛という者と対立し、張飛がとうとうこの曹豹を殺してしまったのである。当然丹陽兵たちは怒りに沸きたった。
その結果、丹陽兵たちは呂布を推戴することを決め、内応を申し出てきたというわけだ。ただでさえ少ない留守居の兵達の一部が裏切るのであれば成功するに決まっている。
その誘いに乗るか否かが討議されて、結論は出た。
呂布は使者が小沛に到った即日に兵を発した。騎兵は陸から、歩兵は水運を使って雷光のような速さで下ヒにいたった。
呂布たちが率いたのは精兵のみであり、その数は多くない。しかし劉備が留守を任せていた張飛は城の内外に敵を抱え、組織的な抵抗を試みることすらできず劉備の一党を率いて逃げ出した。
劉備はその報を聞いて慌てて兵を返すも、軍勢は散り散りになってしまう。以前のエン州の戦いの際に本拠が無事であった曹操の場合と違い、今回の劉備が率いる軍兵のほとんどの家族が下ヒやその周辺にいるのである。軍の幹部から兵卒にいたるまで動揺してしまったことも無理はない。
ここで呂布か袁術どちらかに降伏をしてしまえば劉備はその存在感を歴史から消してしまうことになったに違いないが、劉備は残兵を糾合し、袁術との戦いを継続する道を選んだ。
徐州に住む者にとって主が劉備と呂布のどちらであろうとも袁術が侵略者であることは変わらない。同士討ちとなる下ヒ国攻めではなくあくまでも袁術と対峙することを選んだ劉備の姿勢は正しかった。呂布は軍の規模として小さく、また劉備への徐州人士の支持も失われたわけではない。袁術さえ追い払ってしまえば劉備にとって下ヒ奪還の可能性は残るからだ。
衆寡敵せず、劉備は袁術に敗れて広陵郡海西県という地にて機を窺うこととなったが、敗れたことは問題でない。重要なのは姿勢を示したことである。
劉備のこの行動は後に影響力を持つ。
袁術にとって呂布の蜂起は喜ばしいことである。徐州につけ込む隙ができたからだ。
袁術の強みは名門袁氏の累代の名声と、自身の世評である。
演義のイメージがあるため誤解されがちだが、袁術はこの時まで他の群雄に比べて、特に道義に反するような行為を多くしているわけではない。それに袁術は軍を派遣して敵対する者を攻撃させることはあっても、自分では軍をあまり率いない。自身が将帥として戦術レベルで軍を率いないのは得手不得手の問題もあるのだろうが、結果的には袁術は他の群雄よりも血生臭さが比較的薄く、そのため士大夫層からは支持が厚かった。
その袁術が戦闘行為を担当するわけではないにしても、今回は自らで出陣している。消耗戦のような血みどろの争いはあまりしたくはなかった。劉備が戦局から離れ、呂布が下ヒを支配し、他の郡県は動揺している状態。これは千載一遇の好機である。袁術は軍を留めて調略に乗り出した。
袁術の企みが進行する少し前、下ヒを支配した呂布たちの元へ報が届いた。昨年十二月末にエン州政権最後の軍が篭もる雍丘が陥落していたというのだ。呂布たちが兵を発したのが正月早々の頃だから、その頃にはもう救うべき仲間はエン州内に存在しなくなっていたのである。
劉備へ兵を向けたのはエン州を救うためだったのだが、一同は戦略目的を失ってしまった。
陳宮は絶望のあまり昏倒してしまい、しばらく州府への出仕ができなかったほどである。
そうはいっても軍を動かした以上、状況は止まらない。呂布としてもエン州を完全に曹繰が支配したことには心穏やかでいられないが、差し当たりは侵略者の袁術に対する手だてを打つ必要があった。
この当時、呂布の陣営に属する兵は三種類の者がいた。まずはヘイ州から呂布につき従っている兵達。これは呂布が最も信を置く兵だが、数は非常に少ない。幹部には親族である魏続という者、かつては共に丁原に仕えていた張遼などがいる。
次に董卓動乱の以前に丁原が主として河内郡にて集めた兵。これはどちらかといえば呂布の協力者といった意味合いが強いが、長きに渡り共に戦っているため信頼関係はある程度存在している。幹部には赫萌や、後に名前の出る曹性という者などがいる。
エン州から呂布についてきた敗残兵たちが少なからずおり、幹部には陳宮や高順などがいる。
その他に下ヒ国に属していた兵がいるが、戦力的には前者三種の兵よりも劣る。ちなみに呂布を招き入れた丹陽兵たちは同盟相手という感覚が近く、少なくとも呂布の指揮下にはない。
この呂布軍の現状を念頭においた状態で事態の推移を見る必要がある。
陳宮は回復してから呂布にエン州への進軍を度々促した。呂布としてもそうしてやりたいのは山々なのだが、軍を動かすためにはまず袁術を追い払わなければならない。そして何よりも勝算がなくてはならない。
かつて陶謙の治めていた地域を完全に掌握し、万全の準備を整えてからでないと曹繰には勝てない。
雍丘に篭もる軍が壊滅し、エン州政権の重鎮である張超は元よりその協力者、そしてその家族までことごとく殺された今は、急いでエン州へ兵を出す意義が戦略的にも政略的にもない。
陳宮の要請をのらりくらりとかわしながら呂布は徐州での支配力を強めていくと共に、軍備を整えていた。
呂布は多忙である。軍政家としても一流の陳宮がまともに動けないこともそれに拍車をかけていた。
陳宮が精神的平衡を欠いていることに呂布が気づかなかったのは無理もないだろう。
袁術は陳宮の心の困憊につけ込んだ。
「卿が呂布の旗下にいる軍を掌握せよ、さすれば我が主はほとんど血を流さずに徐州を支配できる。そして次に今徐州にある主の軍を以てエン州に攻め寄せ、曹繰を滅ぼして差し上げよう」
袁術の使者の口上は陳宮を動かすことに成功した。陳宮も呂布の協力者ではあるが、配下ではない。陳宮が落ち目の呂布を見限って袁術につこうとすることについて感心はできないものの理解はできる。
陳宮にとって最優先すべきはエン州の奪還であり、曹操を打ち負かすことである。呂布は指揮官としては申し分ないが、率いる兵力が少なすぎる。それに比べると大勢力の袁術の兵力は強大であるし、それに陳宮が呂布麾下の兵を率いて合流すればその勢力はさらに強くなる。
地政学的にも徐州が袁術の勢力圏に入れば曹操の勢力圏を半包囲するような形になるため、戦略的にも優位に立てる。
陳宮にも迷いがないわけではなかったろうが、その能力を十全に活用して決起の準備を着々と進めていた。驚くことにエン州の兵については水を向けてもその決起に加わりそうになかったため、陳宮は自分の直率する兵以外を動かせなかった。
高順が呂布に心酔しているように、一連の戦いで兵達もまた呂布を信頼していたのだ。
代わりに陳宮はエン州を曹操からもぎ取った鮮やかな弁舌で河内兵たちを説き伏せた。河内兵たちの一部は陳宮の提案に乗り、呂布から袁術に鞍替えすることを決断した。
州府で煩瑣な政務を執り、夜も更けようとする頃。自らの屋敷に帰る呂布を刺客が襲った。刺客の数は前後それぞれで十数人ずつといったところだろう。挟み撃ちにしようとする敵を呂布も漫然と待つことはしない。
「匕首を」
五人いる呂布の供回りの者たちの任の一つは当然ながら主の護衛であり、刀剣の他にも短刀のような短い獲物を持ち合わせていた。刀剣を振り回せない屋内での戦闘も想定して携行しているのである。
騎上での主兵器は弓であるが、撃剣(投剣)もまた近距離でよく用いられる武器だ。騎上の勇者たる呂布はそのどちらも一級の使い手であった。
接近する刺客の中で灯火を持つ者へ匕首を投げる。それはいずれも狙い通り標的に命中した。主の意図を理解した呂布の供は自らの持つ灯火も投げ捨てる。光源が落ちたことであたりは暗闇が濃くなった。
「血路を開くぞ」
敢えて大音声で自らの意図を呂布が明かすと刺客からざわめきが聞こえた。呂布とて人であるから、取り囲めば討ち果たせるだろうが、何人かは確実に道連れにするだろう。襲撃に動揺でもしていれば別だが、聞こえた声は極めて冷静かつ力強いもので、刺客たちの恐怖を喚起した。
灯火を持つ者が倒れ、呂布たちの動きを察することが多少困難になったのは刹那の間だ。だがその隙を見逃さず呂布を囲むように一行は走り出し、動揺する敵の一角を切り抜ける。
供の者が二人ほど敵の刃を受けて倒れたものの、呂布は無事に包囲から脱出した。
「我が屋敷が安全かはわからぬ。その道中もな。ここからは高将軍の営が近い。そちらに向かうぞ」
敵対勢力は下ヒ城内にはおらず、侵入されたようなこともない。当然ながら味方の造反だろうが、高順だけはそのような企てには荷担していないという確信が呂布にあった。
呂布が危機を脱して自らの営にいたったというのを聞き、高順は押っ取り刀で駆けつけた。
「ご無事で何よりでございました。して、敵は何者でございましょうか」
「漏れ聞こえた声からは河内の訛りが感じられましたが」
河内兵との信頼関係は厚い。呂布は少なくともそう感じていたし、その感覚は今でも勘違いであるとは思えない。彼らの働きには雇い主として十分以上に報いてきたからだ。河内兵からは気前の良い主であると評されているはずだ。
「妙ですな。河内兵が呂将軍を害するとは思えませんが」
とはいえ、手をこまねいているわけにはいかない。取り急ぎ高順は自らで指揮を執り、造反者を撃滅すべく営を出て行った。
初動で呂布を殺せなかった時点で造反者たちに勝機はない。各所で彼らは捕まり、殺され、すぐに事態は沈静化した。
刺客たちはやはり河内兵であり、首謀者は判明した。河内兵の指揮官、赫萌である。
実は初動に失敗した赫萌は、旗色を危うしと見た配下の曹性という者に叛かれ、片腕を切り落とされるという重傷を負っていた。事態の収拾が速やかであったのは、高順の采配の他にそういった要因もあったのである。
後日、呂布による裁きが行われた。
「赫将軍、卿とは友情すら感じていたのだが。残念だ」
赫萌は呂布と背筋を伸ばして対峙していた。赫萌と行動を共にしたのは河内兵の一部だけではあったが、呂布さえ殺害できていれば企ては成功していただろう。
「この期に及んで是非もありますまい。私は野望を持ち、そしてそれが潰えた。ただそれだけのことです」
「私を殺してそれからどうするつもりであったのか」
「今さらそれを論じる意味がありましょうや。首を刎ねられよ」
赫萌は恐らく呂布を殺害した後、その実行犯をでっち上げ、素知らぬ顔で処刑するつもりだったのだろう。
その上で皆を糾合してこう叫ぶのだ。主である呂布が死んだため、新たな主を仰ぐ必要がある。その相手は袁術しかいない、と。例えばカク萌や陳宮を主と仰ぐのに抵抗がある者は少なくないだろうが、袁術を主にしようという発言には今の情勢では蓋然性がある。
「高将軍、対応を頼みます」
呂布は処刑の監督に高順を任ずると赫萌を下がらせた。
「そして曹将軍」
畏まって呂布の前に鎮圧に功があった曹性が現れる。
「よくやってくれました。卿及び卿に合力した者の働きは賞したいと思います」
「赫将軍の妄動を事前に止められなかった非才の身に余りあるお褒めの言葉、恐懼に耐えません」
この曹性も旗色が悪くなって赫萌を裏切ったのであり、その心底は疑わしい。だが今そんなことを言っても仕方がない。呂布は曹性を激賞して褒美を与えた。
「河内兵の人事に私は口を出せませんが、私は曹将軍が次なる指揮官となることを強く望んでいることを皆様にお伝えしましょう」
河内兵を処罰し、直卒することができないあたりに呂布の苦悩がある。あくまでも河内兵は部下ではないのだ。処分は主だった首謀者たちを斬り、事態の収拾に功のあった曹性を部隊の長に推薦するというだけに留まった。
その他諸々の賞罰を定めると、呂布は解散を命じた。
「ああ、陳太守とは別室でお話しをいたしたいのですが宜しいでしょうか」
呂布の言葉からは負の感情は読み取れない。しかし陳宮が一瞬だけその顔を強ばらせたのを呂布は見逃さなかった。
「陳太守、卿らしくもない杜撰な謀でございましたな」
別室で単刀直入な物言いで語りかける呂布に、陳宮は悪びれた表情も見せず胸を反らして真っ直ぐな視線を向ける。
赫萌が単独で事を起こしても得るものはない。間違いなく誰かと共同しての所業であり、消去法で考えれば赫萌の同志が陳宮であることを呂布は容易に推察できた。
そして陳宮自身もそれを隠そうとはしない。
「武運拙く事が成らなかったが、己の信ずる正義を行おうとしたのだから後悔はない」
「徐州を袁公路に献じることが正義でしょうか」
大勢力に吸収されれば、どの勢力もおいそれと手を出せない。目先の安全は買えるだろう。
「そして卿は袁紹の走狗である曹繰と同じように袁公路の犬となって徐州の民を戦に駆り立てるおつもりか。敵はエン州の曹繰だけではこざいませんぞ。北方の勇、袁紹とも戦をせねばなりますまい。袁公路にとって徐州は長江以北最大の拠点となります。この一帯は血生臭くなるでしょうな」
陳宮は自分の才幹でどうにでもなると思っているに違いない。たしかに陳宮の指揮能力と軍政能力、そしてその弁舌は卓越している。だが世に才人は多く、いかに陳宮でも身体が一つしかない以上、その能力の及ぶ範囲以外では疎漏なところが出てくるだろう。
それがエン州の失陥、今回の決起失敗の一因になっている。聡明な陳宮は十分それを理解していた。
「まあ卿の異才を以てすれば案外全てがうまく行っていたのかもしれませんな」
「そんなことを言っても詮なかろう。卿は私をなぶるために呼びつけたのではあるまい。用向きを申せ」
「まず、私は卿を罰しようとは考えていないのです」
呂布陣営でも名士として独特の存在感を持つ陳宮の処分を行えば影響が大きすぎる。エン州人士にとって陳宮の存在は大きい。その能力は今後エン州を奪回することを考えるとなくてはならない存在でもあった。
「政略としては正しかろう。しかし君主としては甘い」
処罰するのであれば処刑以外の罰はない。しかし罰しなければ、その処置の甘さが後の災いを生むかもしれない。
「だから私は卿に出て行ってもらうことを一つの案として考えた」
現代でいう不祥事を起こした会社員に依願退職を認めるようなものだ。処罰はうやむやにするが、殺さない代わりに居場所を奪う。
「なるほど。妥協点としては悪くはない」
「ただ私はもう一つの案を卿に提示したい。私に忠誠を誓ってはくださらんか」
陳宮は目を見開いて驚きを示す。
「亡き陶徐州は二袁の争いに巻き込まれることの愚を悟り、独立を志されていたようです。劉備を自分の後釜に据えたのもひとえに独立を貴んだからです。私も今は下ヒ周辺を抑えているに過ぎませんが、遠からず徐州全土を統べるつもりです。そして陶徐州の方針に倣いたいと思っています」
「そのようなことが可能であろうか」
「一州を斬り従えるだけであれば私の騎兵、河内とエン州の歩兵があれば叶いましょう。しかし独立を維持するために必要な武力と外交のためには優れた軍政家であり、中原最高の弁才を持つ卿の力が必要です」
「私がまた叛けばどうする」
「卿が私の見込んだ人物であれば、忠誠を誓うとの言葉が百年経っても色を失うことはありますまい。卿が軽佻な言葉を左右させる程度の者なのであれば、私の見る目がなかったということでしょう。恨みはしません」
陳宮のように硬骨な者はその才に自信があるからこそ、自分を貶めるようなことはしない。その確信が呂布にはあった。陳宮が臣従すると口に出すのであれば、その言葉は信じられる。同盟相手を見限るのと臣が主へ刃を向けるのでは、後者には薄汚いイメージが付きまとう。名を汚すことを陳宮はしまい。
「嫌だと言えばどうするのだ」
「どうもいたしません。袁公路の元でもどこでもお好きなところへ去ればよろしい」
呂布のことを名声と官位という虚飾がなければただの武人でしかないと思っていたわけではないが、自分の想像の枠を超えた構想ができる者であったのだということに陳宮は意外の念を持った。
陳宮の袁術を利用してエン州を回復するという戦略は取り得る手段の中では一番選びやすいものであったが、事の成否が袁術という他勢力に帰する部分が大きい。
それに比べると呂布の案は迂遠であるものの、着実に地歩を固めていけば大失敗はない。
「私は焦っていたのだろうか」
陳宮の問いに呂布は答えない。
「十年はかかるかもしれない大計を是とできる者はそうおりますまい。私は卿らほどエン州と縁が深くないから、そう考えられただけです」
自らの郷里が怨敵の手にある状態で焦燥を感じない方が難しい。そういった意味では呂布は甘いと謗られようとも陳宮に同情的であった。陳宮がエン州人士たちを騒乱に誘いこめなかったのは、現段階で過激な動きをすることに懐疑的な者が多かっただけに過ぎない。なるべく早く故郷を曹操から奪還したいという思いは一致していた。
「私にエン州の者たちを説得せよと仰せか」
「そうしてもらえるならば助かります」
陳宮の脳裏には新たな戦略が構築されつつあった。今、呂布の元にいるのは敗残兵の寄せ集めにすぎない。個々の部隊の錬度がどれだけ高かろうが、今の体制では大業を成すことなど不可能だ。だが全ての兵を結集し、組織を作り上げ、呂布の号令の元で統一的な運用を行うことが適うのであれば十倍の敵をも粉砕し得る軍となるだろう。
「卿の働きが私の期待を裏切れば、私は卿の元を去る。それでも良いか」
「もちろんですとも」
態度を軟化させた陳宮と呂布の間で淡々と話は進み、ついに両者は和解にいたった。
この出来事の後、エン州勢力が呂布の組織に組み込まれるよう陳宮は尽力した。そしてそれは概ね成功する。それまでエン州勢力と分け合っていた権能が 呂布に集中することになったことによって、呂布に君主権が付与されたと評しても間違いではないだろう。
組織再編は多少の時間がかかるにせよ、意識の統一は数日で可能である。
すぐにエン州を奪回するのは不可能であるから、まずは徐州を平らげて我々の地盤を固めようという呼びかけは大した反発もなくエン州の者たちに受け入れられた。速戦を唱えていた陳宮が折れるのであれば、それに倣おうという者が多かったのだ。少なくとも陳宮の見識はエン州人士にとって貴重なものであると見なされているらしいことを呂布は改めて感じ取った。
まがりなりにも一枚岩となった呂布の陣営は、次に徐州への侵略者である袁術への対策に乗り出した。
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