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 浴室を出ると、丁寧に身体を拭かれ、ドライヤーで髪を乾かされ、肌の手入れまで全てされた。いわゆるスキンケアというものなのだろうが、私がよく分からずに放置してきた分野だ。
 私がしているスキンケアのような何かといえば、精々顔にも使えるあかぎれに効くクリームを適当な箇所に塗りたくる程度のものである。
 それが今日は、化粧水だとか乳液だとか、なんとかかんとかジェルだとか、とにかく様々な液体をつけられ、丁寧に整えられた。
 ようやっと全身のケアが終わると、次は着替えだ。
 近藤さんはさっさと着替え始めている。どうやら彼も着衣の状態からするらしい。
 私は、さっき買ってもらった下着の一つを身に着けた。制服とセットで身に着けて欲しいとリクエストを受けていたのだ。
 普段着用している、母から渡される、安定のホールド感があって着け心地が楽なのが売りの、ベージュの下着とは全く違う、華やかで華奢な下着だ。それも上下揃っている。
 一度たりとも身に着けた事の無い、細いバックベルト。カップは浅く、全体的にサテンっぽい生地に、安っぽいレースやフリルがついていた。お揃いのショーツも同じで、いつもの綿とは真逆のサテン生地。光に透かせば透けそうなほど薄くつるつるとした感触で、お尻が少しはみ出るのではないかと言うくらい布の面積が少ない。
 揃いの下着は、可愛らしいミルキーピンクで、普段なら絶対に身に着ける事の無い色だ。何しろ、母が買ってこないのだから。
 しかし思い返してみれば確かに、学生時代、こんなデザインの下着を身に着けている同級生がいた気がする。みんなの下着は華やかで、上下にハートがプリントされているものであったり、チェック模様だったり、今のこの下着のように可愛さだけを凝縮したようなものであったりしていた。
 今思えば、下着一つとっても、私は同級生の女の子たちと話すタイミングが無かったのだろう。
 全て母が揃えた、若さとは無縁の、着け心地だけを優先した下着だったのだから。
 お姫様のようなデザインの下着は、着け心地はさておくとしても、存外悪くはなかった。私には絶対に似合っていないが、けれども「着てもいいんだ」という謎の喜びが込み上げる。私にもこんな感情があったのか。
 セーラー服も同じだ。
 本来ならセーラー服と下着の間にキャミソールなどのインナーを着込んでいるが、今日に限っては関係ない。素肌に直接、少し繊維の硬い服を纏う。
 胸当てのスナップこそ肌に直接触れないが、正面のファスナーはお腹に当たって少し冷たい。
 スカートは少し薄くて、裏地が付いていなかったが、ちゃんと横にファスナーもあったし、プリーツもついていた。丈が少し短い以外は、意外とコスプレ感がない。
 とはいえ、だ。着る人が学校を卒業している成人済みの人間である時点で、制服っぽい何かを着たらコスプレ以外の何物でもないが。
 ここに、私の学生時代に流行した紺のハイソックスを履いてみると、懐かしい気分になった。どうやら今の流行はハイソックスではなく、すでに靴下がずれないようにする糊はあまり店舗で見なくなっていたが、当時はあれに憧れたものである。
 中には肌荒れ覚悟でスティックのりでずれないようにしている猛者もいたが、私はハイソックスの似合う丈のスカートを身につけた事は無かったので、結局あれの効果のほどは分からないままだ。
 だからと言って、今、スティック糊で整える気もないが。
 こうして私がセーラー服を身に着け、学生のような出で立ちになった頃には、近藤さんも着替え終えていた。スラックスにワイシャツだけの姿ではあったが、こちらの格好も相まってか、学校の先生か、逆に生徒のようにすら見えた。
 私は私で、当時着ていたデザインに近い制服に、当時流行った靴下、さらには少女めいた下着まで身に着けたものだから、どことなく昔に戻った気すらしている。実際の年齢はどうあれ、ここまで徹底して整えれば、青春時代を取り戻せそうであると言っても過言ではないだろう。
 いや、本当は過言かもしれない。だが、少なくとも今、それを覆す人は居ないはずだ。
「よく似合っているよ」
「ありがとうございます」
 お礼を言ってから、その場でくるりと回ってみる。
 スカートのプリーツが花のように広がり、萎むように落ちる様は、中学に入る直前の高揚感を思い越させた。クラスで浮いていた私でも、皆と同じような服を着て学校へ通える事を密かに楽しみにしていた。どこで間違ってきたのだろうか。
 野暮ったい長いスカートに憧れを詰め込んでいた時代は、昔過ぎて思い出せもしない。
「うん、やっぱり童顔だ」
「私が、ですか?」
「そうだよ」
 私の学生のコスプレを、近藤さんはしげしげと観察して頷いた。
「だから、間違って声を掛けたんだから」
 確かにとっくに成人済みである私に声を掛けたのだから、そこそこに童顔なのかもしれない。
「そりゃあ、服装や化粧っ気のない姿で勝手に学生だと思ったこっちが悪かったかもしれないけど」
 加えて、ずっと構わずにいたのが災いしたか。年齢不詳とはこうやって出来上がるのか。
 本当に童顔だったのかどうかはさておくとしても、年齢と見合わぬものばかりを身に着けていると、年齢を推し量れない存在になるのかもしれない。
「今から始める事になるんだけど、少し設定を加えてもいいかな」
「設定?」
 いよいよそういう事が始まる、というタイミングではあったが、近藤さんは雰囲気など何もないように口を開いた。
「僕とハルはクラスメイト」
「ハル?」
「君だよ」
 そういえばそうだった。自らそう名乗っていた事」を忘れていた。
 私は小さく頷く。
「ハルは僕を近藤君と呼ぶ。逆に僕は、君をハルちゃんと呼ぶ。付き合いたてだ」
「分かりました」
「それも止めてね」
 どれの事だろうか。私がそう困惑したのが見て取れたのか、「ため口にして」と、明確に指示された。
「ああ、そういう。分かりま……分かった」
 明確に指示されるのは好きだ。私が選んでもいい事が苦手。
 それが今日一日ではっきりした。
 私が選んだ事なんて、この人について行こうと思った事だけ。
 何なら、服も、学校も、仕事も、全て母が選んできた。私が私の為に何かを選べる日は来るのだろうか。
 たとえば今日、こうして見知らぬ男と過ごすのを決めた。そんな風に、私を構築する全てを、私が選ぶ日を、少しだけ考えてみる。
「いいかな?」
「いい、よ」
 考えは、後に回そう。
 私は近藤さん――もとい、近藤君に答えた。彼は私に近づくと、ベッドへと促し、押し倒した。
 私の足はベッドに乗りきらず、床とベッドのへりを撫でる。
「ハルちゃん」
 近藤君の声は低くなって、少しかすれた。彼自身も緊張しているのだろうか? いや、まさか。
 少女に「いくら?」なんて聞く男が、女を押し倒した程度の事で緊張なんてするはずがない。まして、さっき除毛していたときだって興奮していなかったのだから。
 徐々に大きくなってくる近藤君の顔と、徐々に狭くなってくる視界。彼が「目、閉じて」というので、素直に目を閉じる。
 瞼の向こう側に、明かりの気配。それから、唇に感触。柔らかいけど、人間の息遣いが近い。
 目を閉じているから、これが絶対に相手の唇であるとは断言できないが、殆ど決定だろう。昔「ファーストキスはレモン味」なんて聞いたが、レモン味だなんてとんでもない。ただ、相手の息を感じるだけだ。
「んん!」
 意外と無味だな、なんて考えていると、唇は上や下を吸われ、やがてぬるぬるとした何かが口の中へと入り込む。さすがに得体が知れなくて、入り込んだものに噛みついて目を開ければ、近藤君が「いてて」と口元を抑えていた。
「な、何、したの?」
「え?」
 口元を抑えている近藤君は一瞬驚いたように目を見開いたが、やがてにやーっと三日月のように細める。
「キス、した事ないの?」
「した事が無かったら、悪い?」
「ううん、悪くない」
 それどころか彼は嬉しそうな顔をしていた。
「今のは僕の舌だよ」
 なるほど、あのぬめぬめとした生暖かいものは、人間の一部だったのか。分かればそう怖い物でもない。
 わざわざ人の口の中をべちゃべちゃと舐め回す行為があるというのも、知識としては知っている。
「続きをしても?」
「どうぞ」
 分かっていてされるのなら、問題ない。
 二度目のキスは最初から舌が入り込み、今度は夕食の味がした。キスがレモン味、なんて、レモンを食べた直後でなくてはありえない。
 所詮は人間の部位と部位、粘膜と粘膜の接触だ。仮に直前に何も食べていないのに酸味を感じたりしたら、他の病気を疑わざるを終えない。
 口の中を、近藤君の舌が這い回る。ぬるぬる、ぐにぐにと。
 わざわざ内頬や歯茎、上顎まで舐め回され、私はなんどかくぐもった声を漏らした。
 気が付けば制服と肌の間に空いての手が入り込み、腹を撫でていた。
 ぞわぞわと変な感覚が全身をめぐり、何度か身を捩るも、決して離しては貰えない。
 唇が離れると、私の口からはあられもない声が漏れる。必死に声を殺そうとするが、どうにもくすぐったい、や、こそばゆいの先の感覚がまとわりつき、どうにかして感覚を逃がしてしまいたくなったのだ。
「ハルちゃん、可愛い」
「こんど、くん……これ、なんかっ……」
「うん、可愛いね」
 近藤君の声は低くかすれたまま。気が付いたら私の足もベッドの上に乗っていて、セーラー服はまくり上げられていた。
 スカートのプリーツはくしゃくしゃになってお腹の上に落ちている。少女らしい可愛い下着は、上下ともに露出していた。
 制服の下の下着に、近藤君は手をかけるが、決して下着をはずしたりせず、胸の頂を露出させては吸い付く。彼自身、この下着に並々ならぬ好意を持っているのだろうか。
 今の私は、全て近藤君に作られた、彼の為の人形かのようだ。
 彼の選んだ衣類に身を包み、彼の言う通りに発言する。
 触れられる身体は熱を持ち、勿論快楽と言っても差し支えないようなものに侵食されてはいるものの、本当にこれでいいのか? という疑問も付きまとう。と、同時に、だ。
 学生の頃の少女たちは、恋人を作ってはこういった行為に勤しんでいたかと思うと、青春を取り戻したかのようで嬉しかった。
 何度も嬌声を上げる。必死にもぞもぞと動くと、膝が彼の中心部に当たり、「うっ」と呻かれる。痛かったのかとも思ったが、彼自身は逆に私の膝にそれを押し付けてくるようになったので、痛みはなかった、と思いたい。
 浴室では全く反応していなかったそれは今、明らかに熱を持って私の膝で自慰行為に耽っている。
 人の胸を揉み、吸い、膝に硬くなったものを押し付けている様は、きっと客観的に見たら滑稽なのだろう。
 私も同じだ。
 成人しているにもかかわらずセーラー服なんかを来て、年齢に見合わない下着をつけ、挙句初対面の男に胸を吸われている。
 セックスは案外、綺麗じゃない。
 可愛くもなければ、理想としていたうっとりとするような感覚もない。あの頃の少女たちは、あるいは世の女性たちは、と言い換えるべきか。こんな風に身体を委ね、なんとも言えない行為を繰り返しているのだろうか。
「足、広げるね」
「うん」
 近藤君は胸を堪能した後、私の膝を強引に立てて、下着の上から股間に顔を埋めた。
 下着越しに、ちゅっとキスを落とされて、私の腰はびくりと揺れた。思いがけない刺激だったからだ。
「もう濡れてる」
「言わなくていいから」
「そっか、自覚してたんだ」
 おそらくそうであろう事は、経験がなくたって分かる。
 彼は下着の上から指で何度も擦り、それから口付ける。徐々に大胆さを増し、途中からはショーツを横にずらしてひたすら私のそこを舐め続けた。
 さっき、彼が綺麗につるつるにした場所は、今は彼の唾液と私の愛液でぐちゃぐちゃになっている事だろう、
 生々しい。あるいは、動物臭い。
 触れられて嬉しくて濡れる、なんて幻想で、触れられて刺激されたら人間として当然の反応が起こる。愛する人に触れられるから気持ちいい、なんて、本当はそんな事はないのかもしれない。
 こればかりは、私に愛する人が出来るまでは比較のしようがないわけだが。
 指が差し込まれ、ぐちゃぐちゃとした音が部屋に響き、私の声と、近藤君の興奮した息遣いで世界が構築されているようだ。
 そういえば恋人の設定だったな、と、急激に思い出して彼を覗き見たが、どうしても恋人には思えなかった。私には恋人がいた事はないが、やっぱり「この人ではないな」という感覚が抜けきらないのである。
 私の股に指を入れて、涎を垂らして、ぐちゃぐちゃにかき回す事に夢中になっている男を恋人だと思うなんて、土台無理な話であった。ましてや、学生のカップルに、だなんて、勘違いも甚だしい。
 ここにいるのは、とうに成人し終えている男女。それも、金銭で取引した仲だ。いくら金額が決まっていないとはいえ、売春として成立する。
 下半身を弄繰り回され、私はあんあんと喘ぐが、頭の中は冷え切っていた。
 少し浮かれていたあの気分は、もう消えている。
 対して、近藤君は未だに興奮しているようで、服を脱ぎ捨て、私の頭の方へと移動すると、男性器を口に近づけてきた。
「舐めて」
 ここまできて、何もしないという選択肢もあるまい。私は下手なりに口を開け、男性器を受け入れた。
 お風呂に入った後だというのに生臭く、舌とは違ったぬめりが私の口内を犯す。私の方から動かずとも、近藤君が私の頭を掴んで何度も腰を振るので、気持ちが悪い以外の弊害はない。
 男性の「あっ、あっ」という小さな喘ぎ声を聞きながら、息をするもの精いっぱいだな、と、必死に鼻をひくつかせる。鼻で息をすればするほど、生臭さが際立って気分が悪い。喉の奥に強引に捻じ込まれる男性器はどんどん硬さを増したが、やがて彼が男性器を引き抜いた事で終わりを告げた。
「もう無理。入れていいよね?」
「うん」
 もう、とっとと終わらせてほしい。
 私の冷めた心は置き去りに、身体だけは熱を帯びる。何度も弄られたそこに男性器をあてがわれると、力任せに突っ込まれた。
 今までの快感とは真逆の、強い痛みに私は何度か嗚咽を漏らす。
 何で散々濡らされた挙句、こんな痛みを体験しなければいけないのだ。青春とは痛みで出来ているのか。
 近藤君は何度も優しそうな声で私を宥めたが、全て押し込み終えてからは私の反応なんか全部無視して、カシガシと乱暴に動く。
 なんで口に入りきるサイズのものが、下の口で暴れまわるだけで苦痛に変わるのか。お腹の中をかき回され、何かの拷問のように熱を帯びる。
 これが破瓜か。
「ははっ、処女かよ。大当たり」
 さっきまでの口調とまるで違う。彼は楽しそうに腰を暴れさせて、私の悲鳴や呻きを喜んで聞いているようだった。
 いっそ意識なんて手放してしまいたいと必死に耐えていると、段々と私自身も熱を帯びる。
 もう快感でいい。快感でいいから、この痛みから解放してほしい!
 生々しい、生きている音。血液交じりの生臭い匂い。
 たとえばこれが、本当に私が学生の頃にあったとして。だとしたら、確かに喜んで受け入れた気がした。
 痛くて逃げたくて、とっとと快感だと思いたかったが、同時に生きている実感すら得られた。
 痛くて、酷い目に遭っていて、性的搾取されている。けれども徐々に快感として受け入れてしまえは、いや、受け入れる以前にも、私が私でいられた気がして嬉しかった。
 ある意味では卒業したわけだが、おかげで学生への憧れも卒業出来そうだ。
「もう出すから!」
 男性器を抜き差しされて、粘膜から出血して、そうして最後には人間の素が吐き出される。
 ああ、私は今、生きている。
 近藤君は私の中から性器を取り出すと、私の制服とお腹に生臭い濁った液体を吐き出した。

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