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作り出したドアをくぐった向こうで、ごく普通の一日を過ごした。
モモとセンが無駄に授業を受けたり、やたら美味しそうな昼食をモモとセンが二人で食べているのを、指を咥えて眺めながら時折茶々を入れる、といった一日だ。
樒《百合》の事を忘れた訳でも、忘れようとしたわけでもないが、結局誰も口には出さなかった。
……あれ以外の方法は、俺には思いつかなかったのだから、やりようが無かった。こう考えるのは、自分への言い訳のようにも感じて、やるせなさを覚える。
モモの家に一緒に戻ってからも、極力今まで通りにしたが、モモが眠ってからは自問自答の嵐に見舞われた。
一晩、心の整理にあてていた。それから、夜が明けるころに頭の中で百合の声が聞こえた気がした。「止めてくれてありがとう」と。
これでようやっと俺は、救われた気持ちになったのだ。
「……おはよう」
「あ、モモ! おはよう!」
目覚ましが鳴って、傍らのモモが目を開けた。人間の活動時間になったのだと、実感出来る瞬間である。
「あ、起きました? おはようございます!」
…………思わぬ第三者の声。
俺は、ギギギとドアの方へと顔を向けた。そこには、能漸と藤が立っていた。相変わらず白い綿埃とコスプレイヤーのような恰好をしている。
「おはよう。よく眠れたか?」
「おかげさまで」
「ちょっとは驚こう! ね、モモ! ちょっとは驚こう!」
しれっと会話を続けるモモに、俺は思わず突っ込みを入れてしまった。今日もマイペースだなぁ。
「ようやっと細かい調整が終わり、今は神に特別ここまで繋げて貰って来ている」
「え?」
「お前のキャラクターとしての調整だ」
「あ、あぁ、うん! そう言えばそうだっけ!」
樒《百合》の事でいっぱいいっぱいだったが、俺は今日からメインキャラクター入りする予定だった。あと、そう言えばこいつらって、現実への干渉は基本的に出来ないんだっけ。あまりの事で色々と混乱していた。
「寄主蓮夜、高校一年生。公庄百合と同じクラスで、公庄百合の家で厄介になっている。表面上は従兄弟としてここで生活しているが、実は公庄百合と契約した侵蝕者《カキソンジ》だ。契約した時に、この世に溶け込むことに成功した数少ない例。それ故、他の侵蝕者《カキソンジ》にちょっかいをかけられることもしばしば。大体こんな設定だ」
「あ、あー、うん」
一気に覚えきれただろうか。いや、まぁ、何とかなるか。
「あと、今日からゆりりんと同じクラスに転校してくるっていう、謎の転校生ポジションですよぅ。まさかゆりりんと同じ部屋に住ませる訳にもいかないから、向こうに部屋を準備してみました! 藤ちゃん偉い!」
「制服や、必要な物は全て用意している。黒以外の服を着ることも許可した」
「おお!」
虹色のシャツとか、玉虫色のカーディガンとか着れちゃうのか。ついに!
「……蓮夜、着替えてくる?」
「え、あ、うん!」
「説明を終えたので、私達は戻ります」
「あ、そうだ、ゆりりんに神様から伝言」
終わりかけた会話を、藤が伸ばした。
「よくわかった。ちょっと考えてみる、だそうです。すっごい悔しそうな顔してましたよぅ。思い通りにならないのは悔しいけど、ここで変えちゃうのも悔しかったみたいです。あと、あれで一応みんなのことを愛してますし。だって、神様《オカアサン》ですし」
……色々と思う所はある。納得できないところもある。
俺はそっとモモの表情を覗き見た。「仕方ないなぁ」みたいな顔だった。
「じゃ、またいつかお会い出来たら!」
「せいぜい上手くやってくれ」
こう言い残して、二人は部屋から出て行った。ドアの向こうにも、もう姿は無いのだろう。
「えっと」
「ん。着替えるから蓮夜も着替えてきて」
俺が何かを言う前に、モモは俺を部屋から閉め出す。
そ、そりゃあ、まぁ、モモの着替えを至近距離で見るわけにもいかないからいいんだけど……。いや、いい。
俺は、俺の中の樒《百合》と共に、メインキャラクターになったのだ。これだけは、悪い事ではなかったと思いたい。楽しい事をして、もっと遊びたかったという気持ちも満たしてやれれば、なんて、俺はどこまでも酷い。とんだエゴイストだ。
それでも――
登校中に、センに出会った。
「あんた、その服どうしたのよ」
「ついに黒以外も着られるようになったんだ!」
「いや、そういう問題じゃ……」
センはどうやら、俺の服装が眩しすぎて言葉を失っているらしい。
ちゃんと制服は着ている。中のシャツは金色で、上のカーディガンは薄紫のペイズリー柄をチョイスしたが。ちょっとカラフル過ぎたかな。
そういえば、朝食の時に俺に目玉焼きを出してくれたお母さんも微妙な顔をしていたかも。お父さんも、新聞を読みながら、チラチラこっち見てた気もする。
明日は、せめてシャツをピンクのチェックにしてみよう。
「蓮夜、今日から転校生。わたしの従兄弟」
「そういう事になった、っていう意味?」
「ん。そうなった」
センは、「ふぅん」と相槌を打ちながら、再び俺の格好を見た。
「完全に校則違反よね。大丈夫?」
「校則程度で俺を拘束する事は出来ない!」
「誰が上手い事言えと」
彼女は、短く息を吐き出すと、「まぁいいわ」と口にした。
「これから、長い付き合いになるわね」
センはそう言うと、俺に向かって頭を下げる。
「百合ともども、よろしくお願いします」
「これはご丁寧にどうも。こちらこそよろしくお願いします」
「ん。仲良し。よきかなよきかな」
センとも仲良くなれそうだ。あんなにやきもちを焼いていたにもかかわらず、仲良くなれることが嬉しい。
こうして、俺の日常は紡がれていくのだ。
ダルイ授業とか、お弁当とか、買い食いとか、ファッションショーとか、文化祭とか、いろんな経験が出来る。
その全てを楽しもう。出来るだけ笑顔で。
最初は、そうだ。
転校初日の挨拶を考えて、黒板に綺麗な字で『寄主蓮夜』と書く。皆が驚くような挨拶をして、それから……。
「蓮夜、のんびりしてると遅刻だよ」
「困る! 食パン齧って曲がり角も走っていないのに遅刻だなんて!」
「いつの時代からタイムスリップしてきた感覚なのよ」
未来を想像する俺を、今を生きる二人が引っ張ってくれる。
不安もあるが、楽しんでいこう。
とりわけ、転校生としての挨拶は「歪んだ世界が正しい事も有れば、諦めなければ適う事もある。という訳で、俺は、この格好を選びました」と言ったところでどうだろうか。
笑顔で言えれば、ウケは狙えるかもしれない。
モモとセンが無駄に授業を受けたり、やたら美味しそうな昼食をモモとセンが二人で食べているのを、指を咥えて眺めながら時折茶々を入れる、といった一日だ。
樒《百合》の事を忘れた訳でも、忘れようとしたわけでもないが、結局誰も口には出さなかった。
……あれ以外の方法は、俺には思いつかなかったのだから、やりようが無かった。こう考えるのは、自分への言い訳のようにも感じて、やるせなさを覚える。
モモの家に一緒に戻ってからも、極力今まで通りにしたが、モモが眠ってからは自問自答の嵐に見舞われた。
一晩、心の整理にあてていた。それから、夜が明けるころに頭の中で百合の声が聞こえた気がした。「止めてくれてありがとう」と。
これでようやっと俺は、救われた気持ちになったのだ。
「……おはよう」
「あ、モモ! おはよう!」
目覚ましが鳴って、傍らのモモが目を開けた。人間の活動時間になったのだと、実感出来る瞬間である。
「あ、起きました? おはようございます!」
…………思わぬ第三者の声。
俺は、ギギギとドアの方へと顔を向けた。そこには、能漸と藤が立っていた。相変わらず白い綿埃とコスプレイヤーのような恰好をしている。
「おはよう。よく眠れたか?」
「おかげさまで」
「ちょっとは驚こう! ね、モモ! ちょっとは驚こう!」
しれっと会話を続けるモモに、俺は思わず突っ込みを入れてしまった。今日もマイペースだなぁ。
「ようやっと細かい調整が終わり、今は神に特別ここまで繋げて貰って来ている」
「え?」
「お前のキャラクターとしての調整だ」
「あ、あぁ、うん! そう言えばそうだっけ!」
樒《百合》の事でいっぱいいっぱいだったが、俺は今日からメインキャラクター入りする予定だった。あと、そう言えばこいつらって、現実への干渉は基本的に出来ないんだっけ。あまりの事で色々と混乱していた。
「寄主蓮夜、高校一年生。公庄百合と同じクラスで、公庄百合の家で厄介になっている。表面上は従兄弟としてここで生活しているが、実は公庄百合と契約した侵蝕者《カキソンジ》だ。契約した時に、この世に溶け込むことに成功した数少ない例。それ故、他の侵蝕者《カキソンジ》にちょっかいをかけられることもしばしば。大体こんな設定だ」
「あ、あー、うん」
一気に覚えきれただろうか。いや、まぁ、何とかなるか。
「あと、今日からゆりりんと同じクラスに転校してくるっていう、謎の転校生ポジションですよぅ。まさかゆりりんと同じ部屋に住ませる訳にもいかないから、向こうに部屋を準備してみました! 藤ちゃん偉い!」
「制服や、必要な物は全て用意している。黒以外の服を着ることも許可した」
「おお!」
虹色のシャツとか、玉虫色のカーディガンとか着れちゃうのか。ついに!
「……蓮夜、着替えてくる?」
「え、あ、うん!」
「説明を終えたので、私達は戻ります」
「あ、そうだ、ゆりりんに神様から伝言」
終わりかけた会話を、藤が伸ばした。
「よくわかった。ちょっと考えてみる、だそうです。すっごい悔しそうな顔してましたよぅ。思い通りにならないのは悔しいけど、ここで変えちゃうのも悔しかったみたいです。あと、あれで一応みんなのことを愛してますし。だって、神様《オカアサン》ですし」
……色々と思う所はある。納得できないところもある。
俺はそっとモモの表情を覗き見た。「仕方ないなぁ」みたいな顔だった。
「じゃ、またいつかお会い出来たら!」
「せいぜい上手くやってくれ」
こう言い残して、二人は部屋から出て行った。ドアの向こうにも、もう姿は無いのだろう。
「えっと」
「ん。着替えるから蓮夜も着替えてきて」
俺が何かを言う前に、モモは俺を部屋から閉め出す。
そ、そりゃあ、まぁ、モモの着替えを至近距離で見るわけにもいかないからいいんだけど……。いや、いい。
俺は、俺の中の樒《百合》と共に、メインキャラクターになったのだ。これだけは、悪い事ではなかったと思いたい。楽しい事をして、もっと遊びたかったという気持ちも満たしてやれれば、なんて、俺はどこまでも酷い。とんだエゴイストだ。
それでも――
登校中に、センに出会った。
「あんた、その服どうしたのよ」
「ついに黒以外も着られるようになったんだ!」
「いや、そういう問題じゃ……」
センはどうやら、俺の服装が眩しすぎて言葉を失っているらしい。
ちゃんと制服は着ている。中のシャツは金色で、上のカーディガンは薄紫のペイズリー柄をチョイスしたが。ちょっとカラフル過ぎたかな。
そういえば、朝食の時に俺に目玉焼きを出してくれたお母さんも微妙な顔をしていたかも。お父さんも、新聞を読みながら、チラチラこっち見てた気もする。
明日は、せめてシャツをピンクのチェックにしてみよう。
「蓮夜、今日から転校生。わたしの従兄弟」
「そういう事になった、っていう意味?」
「ん。そうなった」
センは、「ふぅん」と相槌を打ちながら、再び俺の格好を見た。
「完全に校則違反よね。大丈夫?」
「校則程度で俺を拘束する事は出来ない!」
「誰が上手い事言えと」
彼女は、短く息を吐き出すと、「まぁいいわ」と口にした。
「これから、長い付き合いになるわね」
センはそう言うと、俺に向かって頭を下げる。
「百合ともども、よろしくお願いします」
「これはご丁寧にどうも。こちらこそよろしくお願いします」
「ん。仲良し。よきかなよきかな」
センとも仲良くなれそうだ。あんなにやきもちを焼いていたにもかかわらず、仲良くなれることが嬉しい。
こうして、俺の日常は紡がれていくのだ。
ダルイ授業とか、お弁当とか、買い食いとか、ファッションショーとか、文化祭とか、いろんな経験が出来る。
その全てを楽しもう。出来るだけ笑顔で。
最初は、そうだ。
転校初日の挨拶を考えて、黒板に綺麗な字で『寄主蓮夜』と書く。皆が驚くような挨拶をして、それから……。
「蓮夜、のんびりしてると遅刻だよ」
「困る! 食パン齧って曲がり角も走っていないのに遅刻だなんて!」
「いつの時代からタイムスリップしてきた感覚なのよ」
未来を想像する俺を、今を生きる二人が引っ張ってくれる。
不安もあるが、楽しんでいこう。
とりわけ、転校生としての挨拶は「歪んだ世界が正しい事も有れば、諦めなければ適う事もある。という訳で、俺は、この格好を選びました」と言ったところでどうだろうか。
笑顔で言えれば、ウケは狙えるかもしれない。
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