言の葉ウォーズ

二ノ宮明季

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   ――きみとのきおく――

「成り代わっちゃだめだからね」
 君は言う。
「なんで?」
「だって、わたしにとって蓮夜は蓮夜、他は他。蓮夜が他の誰かになったって、困る。どっちの事も好きなんだから」
 俺はちょっとの嫉妬と、それを上回る喜びを覚えて、にっこり笑う。
 彼女は、俺を俺として見てくれる。俺を、「蓮夜」として、一人の人として見てくれるのだ。
「分かった。君がそう言うなら」
 君が、百合が、モモが、百合が、モモが、百合が、モモが、そう言うのなら。
 時々分からなくなる。
 今の百合は、百合だったのか、モモだったのか。最初の百合はもういない。それなのに、どこか君が見えるのだ。モモも、百合であると思うのだ。
 モモの事が好きだ。百合の事が好きだ。
 もう、貰った言葉のどれが百合のもので、モモのものなのか……分からなくなりつつあるけれど。
 それでもやっぱり、俺は君が好きなのだ。

   ――――

 次の日、モモと一緒に登校すると教室には見覚えのあるヤツがいた。
「おはよう、グッドモーニング、ボンジュール、グーテンモルゲン、ボンジョルノ!」
 彼は華麗に五か国語を操ってあいさつしたが、如何せん、全て朝の挨拶だ。無駄に五回「おはよう」と言っただけである。しかも、おはよう以降はグ、ボ、グ、ボと日本語的頭文字を交互に並べて。
 真っ黒な髪に、真っ黒な目。真っ黒な服を纏った、全身で侵蝕者《カキソンジ》である事をアピールしているような風貌の彼は、明らかに昨日助けてくれた――いや、助けて恩を売りやがったあいつだ。
「カッキー、何で居るの?」
 モモが、ゆっくりと首を傾げる。
「ノンノン。僕には今、ちゃーんと名前があるんだよ。ね?」
 彼はそう言うと、隣にいるセンの肩を叩いた。
「そうよ。あたしが付けたの」
「僕、昨日の夜から位寄 樒いき しきみ。樒って呼んでね」
 センに名前を付けて貰った? どういう意味だ?
 俺はセンに視線を向けた。
 彼女は薄ら笑いを浮かべてこっちを見ていた。なんか、不気味。え、なにこれ。
「しっきー?」
「し・き・み! ちゃんと樒って呼んでよ。お願い、百合」
「ん。わかった」
 俺がセンを見ている内に、モモはカッキー改め、樒と話を進めていた。え、なにこれ。
 三回目だけどもう一度言わせて。え、なにこれ。
「じゃ、蓮夜。僕と勝負しようか」
「勝負って、何の話?」
 俺は、努めて余裕そうな表情を浮かべながら、樒を見た。
「君は、僕の友達である茜音に苦しい思いをさせている。でも君には君の考えがある。したがって、お互いの妥協点を探すべく、とりあえず拳的な何かで戦おう、っていう話だよ」
「拳的な何かって、俺達の存在から考えると、退色血《スミゾメ》とかになるんじゃないの?」
「そうとも言うね。でもほら、とりあえず瓦で殴り合って友情が芽生える展開ってあるじゃん」
「河原だろ。瓦で殴り合ったら出血大サービスになるじゃん。文字通り」
 四回目だけど、更にもう一回。え、なにこれ。
 なんでこいつ、フレンドリーに物騒な事言ってるの? それに何より、センと契約ってどういう事だ?
「と、いう訳で、隔離空間移動《チェスボードテンカイ》」
 樒が言うやいなや、俺達の足元は教室の床から、白黒のチェスボードへと変わる。鉄筋コンクリートで仕切られていた場所からは障害物が消え、果てない黒が広がる。
 これは、俺達侵蝕者《カキソンジ》の、テリトリーだ。
「ようこそ、僕の場所へ。ここで一般人に邪魔されずに、掃除屋《シュウセイシャ》が来るまでは四人でいちゃいちゃしようね。来たら来たで、いちゃいちゃメンバーが増えるだけなんだけどさ」
「薄気味悪い事言うの、止めてくれる? 」
「そうよ。あたし、こんな奴といちゃつきたくないし」
「茜音、樒と何があったの?」
 皆、めいめいに話す。マイペースだなぁ。俺を含めて。
 とはいえ、俺は樒を警戒しているのだが……。絶対何かやらかすぞ、こいつ。
「はい! 百合の意見を取り入れたいと思います」
「いいわ。先に喋りましょう」
「いや、見せた方が早いよ」
 彼はにっこりとセンに笑顔を向けた。
「見せる?」
 センが、訝しげに眉を顰める。
「《回想》」
 樒は、一言零した。
「……は?」
 今、こいつは誰か――おそらくセンの言葉を借りていなかったか? そういえば、今日の樒の《言葉》は、随分と《本物》のような響きを持っていた気がする。
「もっといくよー! 《回想》《回想》《回想》《回想》《回想》」
 元気に、何度も《回想》を重ねる。その後もいくつもの《回想》を口から零し、床に撒き散らした。
 やはり、契約している。状況から考えるに、契約の相手はセンである事に間違いはないだろう。
「そろそろ良いかな」
 かなり足元に言葉がたまったころ、彼は笑みを深くした。
「実行《スタート》」
 違う言葉を吐きだし、それを手で割ると、沢山の《回想》の上に降りかけた。
 すると、《回想》は浮き上がり、円を作ってクルクル回り始める。
「何を――」
「ま、見ててよ」
 センは声を遮られ、樒の言うとおりに《回想》に目を向けた。
 《回想》を見ているのはセンだけではない。俺も、モモも見ている。
 やがて《回想》には、映像が流れ始めた。
 寒色系で纏められた部屋。沢山の本。僅かに記憶にある場所だ。
 だが、この部屋を見たのは《今回》ではない。
「あたしの、部屋?」
 そう、ここはセンの部屋だ。モモは俺の隣で、「映像綺麗」とか、なんか変な事を言っている。綺麗なのは良い事だけど今注目すべきところはそこじゃない。
「昨日の出来事が映し出されるんだ。凄いでしょ? 凄いでしょ? 褒めて褒めてー」
「うわぁ……盗撮してたの? 悪趣味」
「違うってば。今《回想》って言ったじゃん。だから、回想してるんだよ。言葉が」
「つくづくあんた達って、変」
「ありがとう!」
 どちらかと言わなくても貶し言葉の《変》を、樒は好意的な意味として捉えたらしい。嬉しそうに笑ってはしゃいでいる。
 うわー、本当に変だよ、この人。勿論、貶し言葉としての《変》の使用である。
 俺が引いている間にも、画面の中は進む。
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