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 指輪はいらない。最初に身に着けていたものは不要なのだから、捨ててしまえばいい。
 しかしこんなところで足がついてしまうのも恐ろしく、私は結局台所の排水溝の中に落とした。
 彼の左手の薬指には、別に用意していた指輪をはめる。
 安物だが、思い出深い物だ。
 去年、河川敷であった夏祭りに彼と一緒に行ったとき。露店で売られた安い指輪をお揃いで買った。
 そして祭りの会場とは少し離れた高架下で、指輪交換のような事をしたものだ。
 どこか子供じみていながらも、儀式のようで、とてもとても胸が高鳴った。
 彼の左手の薬指に一番似合うのはこの指輪に決まっている。そして、夏祭りでごった返す人の中で指輪を買った人など、簡単に特定も出来まい。
 これでいい。
 私は指輪をはめた彼の指に、そっとキスを落とした。
 冷たくて冷たくて、もう二度と動かないこの手とのお別れもまた、儀式のようだった。

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