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しおりを挟むマンティコアは、ぶわーっと息を吐く。紫色の息……吸うとお腹が痛くなりそうなこの感じ。これは、間違いなく瘴気だ。
マンティコアは元々食用として飼っていたが、あの時は瘴気を吐き出す事も無く、ましてここまで大きな物ではなかった。
そう、大きいのだ。空を飛ぶ姿を見ているだけでも分かる。育てていたマンティコアよりも遥かに大きく、何なら俺の家と同じくらいのサイズだ。
自然の中でのびのびと育ち、育ち、育ちまくり、あの頃とは比較にならない程大きな存在になってしまったらしい。
『パラリラパラリラ』
あ、鳴き声は相変わらず凄く軽快。踊れそう。
それは良いが、相手は空。俺は頑張って高いところまでジャンプするくらいしか出来ないし、レイラはドラゴン化しないと飛べない。
空から狙われるとなると、どうにも分が悪い。
「魔王様、ボクが引きずり落とそうか?」
「……それしかない、かなぁ」
レイラ、ドラゴンの姿になると物凄い力になるし、ブレスとか吐き出すと怖いんだよなぁ。山火事が。
「レイラ、絶対にブレスは吐かない」
「わかった」
「出来れば倒すのはあの辺り」
俺は、植物を育てている場所から少し離れた場所を指差す。あの辺なら、木々が倒れても新たに開拓する場所にしてしまえばいい。
「わかった。ボクは魔王様の為にあいつを倒す!」
レイラはいそいそと服を脱ぐと、全裸で空へと咆哮した。
ビリビリと皮膚を這う振動と、徐々に彼女の身体を覆う赤い鱗。何よりも大きさが違う。
レイラは自然界で伸び伸びと育ったマンティコアに引けをとらないサイズのドラゴンへと、姿を変えていく。
俺はといえば、レイラの脱いだ服が飛ばされないように確保し、彼女が姿を変えてから家の中に放り込んだ。勇者と同じく、とりあえず避難させたのだ。
ドラゴンが悠々と空を飛ぶ。
マンティコアのどこか不自然な飛び方とはまったく違う。筋肉を飛ぶ事に特化させたドラゴンの、なんと美しい事か。
きっと捌けば極上のお肉が鱗の下に眠っているだろう。だが、これはレイラ。絶対に食べるつもりはない。
失っていたはずの食欲を抑え、俺は納屋へと向かった。中から鍬と鎌を取り出し、それらを持ったままレイラを追う。
彼女は時折咆哮を上げ、マンティコアを威嚇しながら、俺の指定した場所へと誘導しているようだ。
相変わらずマンティコアは『パッパラパー』とラッパのような鳴き声を上げている。
「よし!」
その場所の上空まで来た。後はレイラが引き摺り下ろしたのを、気合で狩るだけだ!
俺が鎌と鍬を両手に構えてそちらに走り出せば、レイラがマンティコアの翼に噛み付く。
蝙蝠のような翼は穴が開くと、うまく空を飛べないらしい。ここから見れば薄手の黒い翼にあいた大穴により、マンティコアは体制を崩し、傾いだ状態で地面へと落ちていく。
レイラはそれをゆっくりと追った。
思い切り切り裂く事も、口からブレスを吐き出して消し炭にする事も出来るが、俺達の目的の一つにマンティコアを食べるというものがあるせいで、それは出来ない。
俺もそうだが、レイラもあまり加減が出来ないのだ。消すか生かすかの二択なのである。
ドォォン、と大きな音と土煙を上げ、マンティコアはその一角へと落ちた。
木々がバキバキと音を立ててなぎ倒され、土の匂いの中に緑の匂いを混ぜ込む。
「レイラ!」
声を上げながら近づけば、彼女は上空からマンティコアのすぐそばに降り立つと、人間のような顔の鼻の辺りに噛み付いた。
『パパパパー!』
ラッパの音がけたたましい。耳に響いて煩い。
が、次の瞬間――レイラが悲鳴を上げた。近づけは、レイラの厚い鱗の隙間から、マンティコアの蠍のような尻尾が突き刺されていた。
『ウゥゥゥゥ』
レイラはうなり声を上げながら、よろよろと下がる。同時に、まだ立っていた木々もなぎ倒された。
「レイラ、難しければもういい。休んでいてくれ!」
さすがに毒針を刺されたとあっては、心配で仕方がない。一部の鱗が紫色に変色し、彼女に毒が利いているのは明らかだ。
『パッパラパッパッパー』
マンティコアはご機嫌な鳴き声を上げると、レイラを無視して進む。その先は――収穫間際の豆が埋まっている畑の方。そちらとはちょっと離れた場所だった筈なのに、何故敢えて畑に突撃しようとするんだ!
「待て、この――!」
俺は構えた鎌をマンティコアの足にぶっさし、鍬で殴る。が、本気を出していない――否、野菜の為に本気を出せない俺の力は、こいつにとってはそれほどの脅威でもないらしい。
「――ぐっ」
毒針の付いたしっぽを俺の方へとブン、と振られ、俺の身体は軽々と宙を舞った。腹に横薙ぎにしたしっぽが当たり、力任せに放り投げられたのだ。
幸いな事に身体は丈夫なので、一瞬の息苦しさを感じた後は、ゆっくりと空の散歩を楽しみ、突然の急降下で地面に埋まってしまう程度の物だったが。
問題があるとすれば、俺が地面にめり込んでしまった事。中々穴から抜け出せない。
「うーん」
少しだけ腕に力を入れるも、全然出られそうな気配がない。参ったなぁ。
思いきり力を入れれば出られるだろうが、そうすると地面が割れる。せめて鍬か鎌でもまだ俺の手に残っていれば、俺の周りを掘っていくという手が残っていたのだが。
『魔王様に、よくも』
レイラが、ドラゴンらしい強そうな声を上げ、思いきり息を吸い込む。
「待った! レイラ! 待て!」
マズイ。あれはブレスを吐く前兆か。ブレスを吐かれたら、何も残らない。
マンティコアも、マンティコアが向かった先の野菜も。更に言えば、もしも運が悪ければ、その先の人間の街も。何も残りはしないのだ。
俺の声が通じたのか、レイラはこちらに視線を向ける。金色の、獣のような大きな瞳が俺の無事を確認すると、喉が動いた。
あ、もしかして、ブレスを飲んだ? セーフ?
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