魔王様とスローライフ

二ノ宮明季

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「レイラ様はドラゴン、角っ娘、メイド服に、俺様口調。更にはツン要素とちっぱいまで兼ねそろえた、完璧なヒロインの一人」
「貴様は何を言っているんだ。気持ち悪い」

 本当に、何を言っているのだろうか。この勇者の言葉は、たまに……いや割と、俺達が知らないようなものが混ざっている。
 今の、ツノッコ? とか、チッパイ? とか、そういうのが本当によくわからない。
 人々を先導するようなやつは、やはり変わり者が多いのだろう。
 あと、何で様付けになった。さっきまでは「さん」だったじゃん。

「僕と一緒に城に来ないかい?」
「かつてミルクで床を磨くと綺麗になる、という掃除方法があったのを知っているか?」

 レイラは唐突に話題を変えた。

「貴様の血で床を磨けば、このあばら家も少しは美しくなりそうだ」

 違った。話題は変わってなかった。一緒に城にと言われて、怒っただけだ、これ。

「おっと、怖い怖い。そんなに怒っていると、可愛い顔が台無しだよ」
「可愛いは魔王様に言って貰うから、間に合っている」

 レイラはくるりとこちらを振り向くと、にっこりと笑った。

「な、魔王様!」
「おう、レイラは可愛いな」

 俺が答えれば、彼女は嬉しそう鼻を鳴らし、勇者へと向き直る。勇者にはどんな顔を向けたんだか……。

「ほらな!」
「そのドヤ顔ー! 性癖に刺さる!」

 ドヤガオって何だ。性癖と刺さるの因果関係は何だ。

「性癖に、刺さる……? 相変わらず気持ちの悪い事ばかり口にするな。縫い合わせてやろうか?」

 レイラも、勇者の言葉の意味がわからなかったらしい。こてっと首を傾げた。

「ちょっと、さっきから聞いていれば好き勝手!」

 ずい、っと、第三者がレイラと勇者の間に割り込んだ。実質、俺と勇者の間に、二人も割り込んだ事になる。サンドイッチか何かかな……。
 そいつは、美しく長い銀色のふわふわの髪に、たっぷりと日の光を浴びて輝くグリーンの瞳の巨乳少女。人間の中の、ナントカカントカという今は亡き国の生き残りの姫、とか言っていた気がする。
 名前は確かオリヴィア。勇者にくっついて魔王討伐の名目の元、剣を振るっていた人間だ。

「ランドルフは勇者なのよ! もう少し敬いなさいよ!」
「ふんっ、何が勇者だ」

 ギャン、と騒いだナントカカントカのお姫様に、レイラも負けてはいない。

「人の家畜を放し、畑を踏み荒らし、挙句家を奪った強盗風情が」

 あ、なんかこういう言い方をされると、俺、結構酷い事をされたような気がしてきた。
 っていってもなぁ。お腹が空いたら凶暴にもなるしなぁ。仕方ない、仕方ない。

「貴様なんぞ、強盗の仲間だ。強盗の仲間」
「な、な、何ですってー!」

 このまま放っておけば、ヒートアップして騒ぎが大きくなりそうだ。俺は咳払いをして勇者へと向き直る。

「えーっと、とりあえず入るか? お前の好きな、コウヒイとやらを淹れてやるから」
「ああ、お邪魔するよ。ありがとう、サイラス」
「あ、ごめん。手を握るのは止めてくれ」

 勇者はサンドイッチの具(女子二人)を避けながら近づくと、俺の両手を強引にぎゅっと握った。
 女の子が近くにいるんだから、握るなら女の子の手にすればいいのに。あ、でもレイラは駄目だ。
 なんとなくこいつに手をにぎにぎされたら、火を吐きそう。人型のときは火を吐く事はないけど、ドラゴンになってでも吐きそうなんだよなぁ。
 勇者は俺の手を離しながら「サイラスって、男だけど可愛いから……」などと不穏な発言をする。
 き、危機的状況に陥ると、種の存続の為に色んな奴に手を出したくなるんだよな。うんうん、そうに決まってる。
 俺はまた威嚇しそうになったレイラを撫でて落ち着かせてから、勇者とオリヴィアを家に招き入れた。

 我が家は確かにおんぼろではあるが、魔王城から追い出され、小さな家と少しの庭を与えられた後はこつこつと修繕を重ね、今ではそれなりに住める場所になっている。
 最初は木で作られていた壁は、かまどを作り、レンガを作り、どんどん頑丈にした。ちょっぴりだった庭は、森を拓き、耕し、ある程度の畑に変えた。
 こんな風に、少しずつ変えていくのも悪くはなかったのだ。もともと魔王城でやっていた事も、大差なかったし……。
 今は畜産ではなく、野生化した魔物を狩って食べているという事と、規模や人数がかなりちんまりしてしまった以外は、極端に生活がかわった訳でもない。


 俺は二人に椅子を勧めると、見栄を張ってリビングと言い張れるそこからは丸見えのキッチンで、戸棚からコウヒイの素を取り出した。

「あ、しまった」

 それよりも先に、アレを片付けねば。
 コウヒイを淹れようかと思ったが、こいつらが来る前にやっていた事を思い出し、一度、素の入った缶を置いて、樽の方へと向かった。

「ん? サイラス、それは?」
「ああ、お前らが来る前に空気に触れさせてた豆の醗酵調味料だ。見るか?」
「見たい見たい」

 勇者は、結構好奇心旺盛だ。
 俺がいる樽の方へと来ると、彼は目を真ん丸くして覗き込む。

「これ、は」
「ん? ああ、こう見えて、食べれるんだぞ。しょっぱいんだ」

 なるほど、食べ物に見えなかったのか。
 確かに樽の中身は、茶色いべちゃっとした何か。勇者が食べ物や調味料だと認識していなくても違和感はない。

「み、味噌だ」

 ミソ? 何が? 誰が? え、これ、動作の話? 物の話?
 こいつはよくわからない言葉を使う。

「もう食べられるのか?」
「その確認もしようかと思ってて」

 意外な事に、勇者はこれを口にする気満々に見えた。やっぱりお腹が空いてるんだな。
 俺はキッチンからスプーンを二つ持ってくると、その内の一つで中身を掬って食べてみた。うん、瘴気の影響は消えてるな。これなら人間でも食べられそうだ。

「お前も食べてみるだろ?」
「あ、ああ」
「ちょっと、ランドルフに変なものを食べさせないで!」

 待ったをかけたのは、オリヴィアだ。
 あ、そっか。こいつもお腹が空いてるだろうしな。平等に食べさせてやらないとな。

「お前にもやるよ」
「どうしてそうなるのよ!」

 違うのか? あ、もしかして、意地を張ってるな!
 女の子だもんなー。お腹空いてるって言うのが、ちょっと恥ずかしいのかも知れない。

「魔王様の寛大なお心遣いがわからないようだが、ギャンギャン吼えるのを止めろ。耳障りだ」
「耳障りって!」
「貴様の声の事だ。これではマンドラゴラよりも煩いぞ」

 いや、マンドラゴラの方が煩いって。あいつらの放つ、引き抜いた瞬間の「キャーイヤーチカンー!」は、結構頑丈な魔王の耳に多大なダメージを与えるばかりか、心に深い傷を負わせる。調理した後、「俺チカンじゃないもん」と拗ねたくなるのだ。

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