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4章 咎人綾錦杯

13. 芽生え、伸びゆく想い

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 ハドリッツ・アルヴァという人物。
 彼は一見にして優しく、温厚な性格の持ち主だった。殺し屋は二面性を持つ。レヴハルトの父、エシュバルトも表立っては竜殺しの英雄を演じている。

 ハドリッツに師事して以来、レヴハルトは表の人格ペルソナも学び始めたのだった。
 あくまで子どもらしく、あどけなく。人を始末する時は感情を極限まで抑制し。機微に満ちた感情と冷徹に染まった本能を持ち合わせるために、日々を意識して過ごした。

 「レヴ、今いいかな?」

 ハドリッツに師事してから二年後。
 レヴハルト・シルバミネ、齢九歳のころ。

 それなりに基礎も備わり、徐々に彼は暗殺の仕事を熟すようになっていた。
 人を殺める度に、自分の表層と深奥が乖離していく。己の身体は一つなのに、心がバラバラに解けていくのだ。

 なぜ自分は人を殺して生きているのか。
 奇妙な浮遊感を味わい、彼は今日も鍛錬を続けていた。

 「仕事か?」

 「うん。ただ、今日はいつもの仕事と違うんだ。
 今回暗殺してもらうのは……子どもだよ」

 「……? 子どもなんて、俺のように狂暴でなければ簡単に始末できるだろう」

 「まさに狂暴というか、すごく強いんだよ。その子どもはね。
 今まで数多の殺し屋が挑んだが、返り討ちに遭ってしまった。そこで君に白羽の矢が立ったんだ。同年代の君なら、警戒されずに接近できるんじゃないかって」

 本音を言えば、ハドリッツはこの依頼をレヴハルトに預けたくなかった。
 下手をすればレヴハルトが死ぬ。

 「その子どもは、かわいそうだね」

 「どうして……レヴはそう思うんだい?」

 「その子どもがどうして命を狙われているかなんて、理由には興味ないけど。どうせ面倒な大人たちの事情に巻き込まれているんだろう」

 「ああ。標的は何の罪も犯していない。ただ異常すぎる才能があるというだけで、周囲の大人たちから恐れられて……殺されようとしている。大人が送った刺客すらも才能で退けてるんだけど。
 でも……君も同じじゃないかな」

 「俺と同じ?」

 次第にレヴハルトの心が育っていることを改めて認識したハドリッツ。
 彼は神妙な面持ちで語る。語れずにいた本当の言葉を。

 「レヴだって、生まれた時から『シルバミネ家』としての道を歩まされている。殺し屋となる以外に道はなかった。
 だから、君も同じだ。大人の都合に付き合わされて、血を手に染めて生きている」

 「だが、俺はその道を苦しいとは思っていない」

 「少なくとも今はそうだろうね。君が殺しの道以外を知らないから。
 真っ当な人生、表の世界で生きる道を知って……それでもなお苦しくないと言えるなら。君は生粋の殺し屋だ」

 またわからない・・・・・
 ハドリッツはこうして知らない世界ばかりを語る。レヴハルトが見たことのない世界を。

 あまりに彼の視野は狭すぎた。濁っていた。返り血で染まっていた。
 だから、相手の首を斬ること以外の選択肢を見失ってしまう。

 「ハドの語る真っ当な生き方とやらも……いつか俺が知るものなんだろう。だから、今は学ぶ時間だ。
 俺は子どもの暗殺に向かう。標的の首を斬り、その上で続きを考える」

 「……そうか。帰りを待っているよ」

 止めることはできない。
 あくまでレヴハルトは他人の子。ハドリッツは彼を息子のように感じていたが、実父エシュバルトの方針には逆らえず。
 胸を締めつけられる思いでレヴハルトを依頼へ送り出した。

 ー----

 今日もハドリッツ家の裏庭では、風切りの音が響いている。
 レヴハルトが朝から晩まで、無心に刀を振るっているのだ。

 結論から言えば、彼は生きて帰ってきた。仕事は失敗に終わったが。標的の子ども……ソラフィアート・クラーラクトに敗北し、生きて返されたという。

 以来、悔しさからか彼は鍛錬に明け暮れるようになった。
 原動力となる事態が起きたのはいいが、いかんせん振れ幅が大きすぎる。あの調子では身体が持たない。
 見かねたハドリッツは裏庭に向かって叫ぶ。

 「レヴー! そろそろ休憩にするかい?
 疲れただろう!?」

 「まだいい!」

 さすがのハドリッツも一日中鍛錬に付き合うことはできない。
 彼も仕事があるし、体調を整えなければならないのだ。

 レヴハルトをほどほどに休ませる方法はないだろうか。ハドリッツはレモンティーをすすりながら思案する。

 「あのモチベーションは衰えそうにないな……困った。才能がないから努力してくれるのはいいんだけど、疲労で倒れられても困る。
 どちらかと言えば、生き方を学んでほしいところなんだけど……エシュバルトさんに怒られるかな? うーん、まあいっか!」
 
 彼はおもむろに立ち上がり、レヴハルトの下へ歩いていく。
 無我夢中で振るわれる刀を受け止め、正面から向かい合った。

 「ちょっと話があるんだけど、いいかな?」

 こくり、と彼は頷く。

 「実はね、僕も最近は仕事が忙しくて……しばらくレヴをどこかに預けようと思うんだ」

 「……! それは……もう俺に修行をつけてくれないということか?」

 「いや、週末は僕が鍛錬に付き合うよ。ただ平素の鍛錬は難しくなる。君もそれなりに力が付いてきた頃合いだし、自己研鑽に励んでもらうとしよう。基礎は僕が一通り指導したはずだから、一人でも成長できる段階に入ってるよ」

 レヴハルトは珍しく表情を歪める。
 不安──だろうか。自分となかなか会えなくなることに不安を感じてくれているのなら、ハドリッツとしては嬉しいことこの上ない。

 「僕がついこの間、依頼で殺してしまった・・・・政治家がいる。家族構成を事前に確認する限り、あの政治家に家族はいないはずだったんだけどね……隠し子がいたみたいで。
 その子の境遇を思うと、とても胸が苦しくなる。親の命を奪ってしまった張本人として、その子が独り立ちするまでの生活費は出すつもりだ。レヴには彼女と一緒に暮らして欲しい」

 「……どうして殺した相手の家族事情まで考えるんだ? 俺は考えたことがないけど」

 「じゃあさ、もしも僕が誰かに殺されたら……レヴはどう思う?」

 質問を投げられたレヴハルトは口をつぐむ。
 視線をハドリッツから逸らし、首に手を当てて考え込んだ。

 「俺は……嫌だ、と思う。普通の人間は家族が死ねば悲しむ。それは理解しているよ。俺は特殊な環境で育ったから、普通の感性をあまり持っていないけど……ハドの死を悲しむくらいの心はある。
 ……そっか。そういうことなんだな、ハドが標的の家族まで心配するのは」

 レヴハルトは深く物事を考え、自分を俯瞰して見ている。
 目を瞠る成長だ。心、死、異常性。この年代の子どもが考えるには、いささか煩雑はんざつすぎる内容だ。
 ハドリッツは心中で大層驚いたが、今は真剣にレヴハルトの言葉と向き合う。

 「任せられるかな?」

 「……うん。俺に務まるかはわからないが、やってみようと思う。
 その子の名前は?」

 「──ヨミ・アルマ」
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