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邪魔をしないで

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 要求されたのは衣服の引き渡し。
 フレーナのドレス、アクセサリーを引き渡せ。
 そうトリナは告げた。

 なんて横暴な要求だろうか。
 だが、今まではそれが当然だったのだ。

 村人たちの仕事は、フレーナの仕事。
 フレーナの所有物は、村人たちの所有物。
 そんな異常な生活が当たり前で。

 「…………」

 フレーナは明瞭な思考ができなくなった。
 この場にメロアがいてくれたら、どんなに心強いだろう。
 早く帰ってきて……と祈ることしかできない。

 「ね、いいでしょう? 神様にまた買ってもらいなさいよ。
 家畜みたいに媚びてさ」

 トリナが一歩進む。
 合わせてフレーナも一歩後退するが、後ろをシーラが阻んだ。
 逃げ場はない。
 これは紛れもない恐喝だ。

 諭すように後方のシーラも言う。

 「フレーナ。黙ってトリナに従っておきな?」

 (メア様……)

 このドレスは、フレーナが生贄に捧げられた初日。
 メアがフレーナに買ってくれた物だ。

 青と白を基調としたドレス。
 メアが「綺麗だ」と言ってくれた。

 たしかに、あの言葉はフレーナを元気づけるための方便だったのかもしれない。
 でも、それでも。
 メアに褒めてもらったのは、本当に嬉しかったのだ。
 村で差別されながら生きてきたフレーナにとって、彼の言葉は何者にも代えがたい宝物だった。

 「……だ」
 「え、なんて? 聞こえないわよ」
 「嫌だ! このドレスは、私の宝物なの!」

 心の障壁を突き破る。
 本音を吐き出した。
 今まで従順に村人たちの言いなりになってきたフレーナ。

 しかし、これだけは譲れない。
 たとえ自分が疫病を持ち込んだ両親の子であっても、どれだけ村人に忌み嫌われる存在であろうとも。
 メアの心をないがしろにはできない。

 彼女の拒絶を受けたトリナは刮目した。
 拒絶されるなんて、まったく考えていなかったから。
 いつもフレーナは大人しく、従順で。
 まさしく村の奴隷とも言える存在だった。

 たしかに、幼少期は三人で……正確に言えばクレースも入れて四人で騒いでいたが。
 疫病の流行からフレーナは日増しに大人しくなっていった。

 「あんた……自分が何言ってるのかわかってんの!?
 村の災いのあんたが、拒否する権利なんてあると思ってるわけ!?」

 怒りに任せてトリナは怒鳴る。
 だが、フレーナは退かなかった。

 「私はもう村人じゃない!
 生贄に捧げられて、神様の家族になった!」

 たしかにトリナとシーラは怖い。
 だが、メアのことを思うと不思議と勇気が湧いてきた。

 自分はメアの家族だと。
 そんな自負が、彼女の背中を押し出した。

 「私は家畜じゃないよ、トリナ。神様に愛されて、一緒に楽しく暮らしてるの。人から物を奪うのはダメだって、当然のことでしょう?
 これ以上……私たちの邪魔をしないで」

 勇気をもって踏み出したフレーナ。
 シーラは後ろから、彼女の雄姿を見ていた。
 あのフレーナがここまで言うとは。

 だが、眼前のトリナは退かなかった。

 「生意気ね……生意気よ! 私はクレースが帰る前に、綺麗な姿にならないといけないのに……!」

 ──トリナの様子がおかしい。
 シーラはすぐに気づいた。
 長らく付き合っていたフレーナも異変を感じ取る。

 トリナは肩をわなわなと震わせ、顔を紅潮させていた。
 フレーナが逆らったとて、ここまで激怒するような性格だっただろうか?

 「シーラ! フレーナを取り押さえて!」
 「え……うーん……やりすぎじゃね? いや、今は神に飼われてるらしいし、怪我とかさせたらマズいんじゃ?」
 「うるさい!」

 シーラの制止は届かない。
 トリナはフレーナに迫り、彼女の腕を掴んだ。
 そのまま勢いに任せてドレスを引っ張る。

 「やめて、トリナ……ドレスが破けちゃう!」

 力が強く、引き離せない。
 強引にフレーナを押さえつけようとするトリナ。
 フレーナはもみ合いになって地面に転がった。
 思い出のドレスが汚れていく。


 だが、トリナの動きはぴたりと止まる。
 いつしか立っていた黒い影。

 「──そこまで」

 メアがトリナの腕を受け止めていた。
 いつ現れたのか、どうやって二人の間に割り込んだのか。

 「動くな」

 メアの視線を受けたトリナは、動かずに制止していた。
 それから彼は振り返り、フレーナの乱れた髪を耳にかける。

 「大丈夫か?」
 「メア様……はい、大丈夫です……」

 大丈夫とは言ったものの、実はかなり泣きそうになっていた。
 それでも嗚咽を抑えて、フレーナは笑う。

 「ありがとうございます! でも、ごめんなさい……買ってくれたドレス、汚れちゃいました」
 「それくらい、また買えばいいさ。お前は何を着ても似合うんだからな」

 土埃を払って、メアは手を差し伸べる。
 フレーナは彼の手を頼りに立ち上がった。

 「誰よ……あんた……」

 トリナは恐る恐る尋ねる。
 メアの覇気にあてられ、彼女は全身が震えていた。

 シシロ村の人たちはメアの人間の姿を見ていない。
 ゆえに彼を知らないのも当然だ。

 「俺は命神。シシロ村の守り神だ」
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