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不安
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「不安そうな顔をしているわね、クラーラ嬢」
夜会の最中。
思いがけず姉が登場して不安を抱えるクラーラに、一人の令嬢が話しかけてきた。
「ルアーナ嬢。もしかして顔に出ていましたか?」
彼女の名はルアーナ・フールドラン。
カーティスの実家……フールドラン侯爵家の令嬢であり、最近の夜会通いで親しくなった友人でもある。
クラーラの些細な感情の機微を感じ取ったのか、ルアーナは夜会が始まって早々に尋ねてきたのだ。
イザベラは夜会が始まっても近づいてくる気配はない。
他の令息や令嬢もイザベラに話しかけることなく、彼女はずっと壁際に立っている。
こちらをじっと見続けているのがなんとも不気味で。
「表情は澄ましていても、所作でわかるものよ。特にクラーラ嬢はいつも綺麗な振る舞いをするのに、今日はなんだかぎこちないもの。まるで初めて夜会に出たご令嬢のようだわ」
「……お恥ずかしい。少し不安の種がありまして。でも大丈夫、ご心配には及びません」
「…………」
空元気、虚勢。
ルアーナはクラーラが無理しているのだとすぐに悟った。
そしてクラーラ自身も、多くの夜会を重ねてきた相手に嘘が通じないことくらい理解している。
「ねえ、クラーラ嬢。あちらのテーブルでお菓子でも食べてお話ししない?」
「ええ、そうします」
触れてほしくない話題ならばそのとおりに。
後ろめたい様子のクラーラに対して、ルアーナはいつものように接することにした。
舞踏が始まるまでは他家の令嬢との交流だ。
向かった先のテーブルには夜会で見慣れた友人たちの顔があって、クラーラの不安は少し和らぐ。
基本的に貴族は横のつながりを重視し、なおかつどの家の者と関係性を築くかを見定めなければならない。
だからこそクラーラの友人は信の置ける令嬢で、イザベラを夜会に招待するような真似をしたとは思えないのだ。
誰かがクラーラに嫌がらせをするために姉を招いたのではないか……と疑ったが、友人たちの顔を見てそれはないと認識を改めた。
だとしたら、イザベラがこの夜会にいる理由が不可解すぎる。
そしてじっとクラーラを見続けている理由も。
とにかく気にせず、自然に立ち回ろう。
そう意識してクラーラは友人たちとの談話に耽った。
そして時が経ち、舞踏が始まるかと思われたころ。
「クラーラ」
「っ……お姉様」
ついに動いた。
おもむろに近寄ってきたイザベラは、居丈高に腕を組む。
「あなたの婚約者……ハルトリー辺境伯。あの方で間違いないのね?」
「……そうですが」
イザベラは他の領主と話し込むレナートを指し示した。
だからなんだ……とクラーラは言いたくなったが、ぐっとこらえて言葉を飲む。
イザベラが来てから露骨に緊張したクラーラを見て、そばのルアーナが口を挟む。
「ごきげんよう。私はフールドラン侯爵令嬢ルアーナと申します。あなたは?」
「……リナルディ伯爵令嬢のイザベラと申します。そこのクラーラの姉ですわ。白魔術で有名な家系ですから、ご存知でしょう?」
さも相手が知っていることが当然かのように、イザベラは澄ました態度で言い放った。
実を言うとリナルディ伯爵家は白魔術の名門ではあるが、先代と当代は大した功績を残していないし、現在の社交界での名声もそこまで高くはない。
しかし両親が誇張した話をするもので、イザベラは人一倍リナルディ伯爵家に対して誇りを持っているのだった。
「イザベラ嬢。招待客のリストにあなたの名前はなかったはずですが、どうしてこちらに?」
「急な変更があったのです。まあ、それについてはどうでもいいでしょう? ルアーナ様、ひとつ忠告しておきます。こんな白魔術をろくに使えない妹と付き合うのはやめておいた方がよろしくてよ。夜会への招待状を出すのも考えた方がよろしいかと」
「……! あなた、なんて失礼なことを……!」
「私は用があるのでこれで。失礼します」
ルアーナの言葉を遮って、イザベラは踵を返す。
友人を愚弄されたルアーナは怒りに打ち震えるが、慌ててクラーラは制止した。
「ル、ルアーナ嬢。姉はああいう人ですので、どうかお気になさらず……」
「気にするな、と言われても……少し無理があります。クラーラ嬢はあんなことを言われて不服ではないのですか? あなたの黒魔術の腕前は、国内随一の黒魔術の使い手であるレナート様も認められるほどだというのに」
「不服ではあります。しかし、姉は白魔術が至上だと育てられた人間ですから……仕方ないことなのです」
この国では白魔術が優先される風潮がある。
他のあらゆる魔術を押し退け、清浄な印象を持つ白魔術が。
黒魔術だって多くの人の役に立っているが、その事実を認める者は一部しかいない。
だからこそ思うのだ。
これから黒魔術の魅力を広げていきたい……と。
「そうですか……よそ者の私が口を挟めたことではないかもしれませんが。それに、イザベラ嬢はレナート様のもとへ向かわれているようです」
「……えっ?」
思わず振り向くと、そこにはレナートのもとへ向かうイザベラの姿が。
迷いなく自分の婚約者へ進むイザベラを見て、クラーラは胸騒ぎを覚えた。
あの姉が問題を起こさないわけがない。
しかし、姉に近づくのは恐れ多く。
クラーラは尻込みした。
「……すみません、ルアーナ嬢。一緒に来てもらえませんか?」
しかし、自分の婚約者を守るために。
レナートに迷惑をかけないために。
クラーラは意を決して歩みを進めた。
「もちろんです。イザベラ嬢の目的はわかりませんが、レナート様に被害が及んでは遅い。さあ、行きましょう」
夜会の最中。
思いがけず姉が登場して不安を抱えるクラーラに、一人の令嬢が話しかけてきた。
「ルアーナ嬢。もしかして顔に出ていましたか?」
彼女の名はルアーナ・フールドラン。
カーティスの実家……フールドラン侯爵家の令嬢であり、最近の夜会通いで親しくなった友人でもある。
クラーラの些細な感情の機微を感じ取ったのか、ルアーナは夜会が始まって早々に尋ねてきたのだ。
イザベラは夜会が始まっても近づいてくる気配はない。
他の令息や令嬢もイザベラに話しかけることなく、彼女はずっと壁際に立っている。
こちらをじっと見続けているのがなんとも不気味で。
「表情は澄ましていても、所作でわかるものよ。特にクラーラ嬢はいつも綺麗な振る舞いをするのに、今日はなんだかぎこちないもの。まるで初めて夜会に出たご令嬢のようだわ」
「……お恥ずかしい。少し不安の種がありまして。でも大丈夫、ご心配には及びません」
「…………」
空元気、虚勢。
ルアーナはクラーラが無理しているのだとすぐに悟った。
そしてクラーラ自身も、多くの夜会を重ねてきた相手に嘘が通じないことくらい理解している。
「ねえ、クラーラ嬢。あちらのテーブルでお菓子でも食べてお話ししない?」
「ええ、そうします」
触れてほしくない話題ならばそのとおりに。
後ろめたい様子のクラーラに対して、ルアーナはいつものように接することにした。
舞踏が始まるまでは他家の令嬢との交流だ。
向かった先のテーブルには夜会で見慣れた友人たちの顔があって、クラーラの不安は少し和らぐ。
基本的に貴族は横のつながりを重視し、なおかつどの家の者と関係性を築くかを見定めなければならない。
だからこそクラーラの友人は信の置ける令嬢で、イザベラを夜会に招待するような真似をしたとは思えないのだ。
誰かがクラーラに嫌がらせをするために姉を招いたのではないか……と疑ったが、友人たちの顔を見てそれはないと認識を改めた。
だとしたら、イザベラがこの夜会にいる理由が不可解すぎる。
そしてじっとクラーラを見続けている理由も。
とにかく気にせず、自然に立ち回ろう。
そう意識してクラーラは友人たちとの談話に耽った。
そして時が経ち、舞踏が始まるかと思われたころ。
「クラーラ」
「っ……お姉様」
ついに動いた。
おもむろに近寄ってきたイザベラは、居丈高に腕を組む。
「あなたの婚約者……ハルトリー辺境伯。あの方で間違いないのね?」
「……そうですが」
イザベラは他の領主と話し込むレナートを指し示した。
だからなんだ……とクラーラは言いたくなったが、ぐっとこらえて言葉を飲む。
イザベラが来てから露骨に緊張したクラーラを見て、そばのルアーナが口を挟む。
「ごきげんよう。私はフールドラン侯爵令嬢ルアーナと申します。あなたは?」
「……リナルディ伯爵令嬢のイザベラと申します。そこのクラーラの姉ですわ。白魔術で有名な家系ですから、ご存知でしょう?」
さも相手が知っていることが当然かのように、イザベラは澄ました態度で言い放った。
実を言うとリナルディ伯爵家は白魔術の名門ではあるが、先代と当代は大した功績を残していないし、現在の社交界での名声もそこまで高くはない。
しかし両親が誇張した話をするもので、イザベラは人一倍リナルディ伯爵家に対して誇りを持っているのだった。
「イザベラ嬢。招待客のリストにあなたの名前はなかったはずですが、どうしてこちらに?」
「急な変更があったのです。まあ、それについてはどうでもいいでしょう? ルアーナ様、ひとつ忠告しておきます。こんな白魔術をろくに使えない妹と付き合うのはやめておいた方がよろしくてよ。夜会への招待状を出すのも考えた方がよろしいかと」
「……! あなた、なんて失礼なことを……!」
「私は用があるのでこれで。失礼します」
ルアーナの言葉を遮って、イザベラは踵を返す。
友人を愚弄されたルアーナは怒りに打ち震えるが、慌ててクラーラは制止した。
「ル、ルアーナ嬢。姉はああいう人ですので、どうかお気になさらず……」
「気にするな、と言われても……少し無理があります。クラーラ嬢はあんなことを言われて不服ではないのですか? あなたの黒魔術の腕前は、国内随一の黒魔術の使い手であるレナート様も認められるほどだというのに」
「不服ではあります。しかし、姉は白魔術が至上だと育てられた人間ですから……仕方ないことなのです」
この国では白魔術が優先される風潮がある。
他のあらゆる魔術を押し退け、清浄な印象を持つ白魔術が。
黒魔術だって多くの人の役に立っているが、その事実を認める者は一部しかいない。
だからこそ思うのだ。
これから黒魔術の魅力を広げていきたい……と。
「そうですか……よそ者の私が口を挟めたことではないかもしれませんが。それに、イザベラ嬢はレナート様のもとへ向かわれているようです」
「……えっ?」
思わず振り向くと、そこにはレナートのもとへ向かうイザベラの姿が。
迷いなく自分の婚約者へ進むイザベラを見て、クラーラは胸騒ぎを覚えた。
あの姉が問題を起こさないわけがない。
しかし、姉に近づくのは恐れ多く。
クラーラは尻込みした。
「……すみません、ルアーナ嬢。一緒に来てもらえませんか?」
しかし、自分の婚約者を守るために。
レナートに迷惑をかけないために。
クラーラは意を決して歩みを進めた。
「もちろんです。イザベラ嬢の目的はわかりませんが、レナート様に被害が及んでは遅い。さあ、行きましょう」
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