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可能性
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提案を受けたレナートは瞳を揺らす。
クラーラの申し出は晴天の霹靂。
トビアスを治せる可能性がある……というのだから。
彼としては藁にも縋りたい思いだ。
しかし、クラーラの申し出は一方で危惧すべきものであった。
「君の実家、リナルディ家に戻る……と。だが、君は実家で居場所がなかったのでは?」
自分の境遇はすでにレナートに話している。
白魔術の家系にありながら、黒魔術師であったゆえに差別されていたこと。
誰も彼女を愛する家族はおらず、実家に暗い過去を抱えていること。
何度も実家の父ウンベルトから、経済支援の催促がきた。
しかし事情を知るレナートは憤慨してリナルディ家の使者を追い返し続けている。
そんな状況でクラーラが実家に戻れば、捕らえられて監禁されてもおかしくない。
「ですが、わが家には白魔術に関する書物が山のようにあるのです。中には王家にすら見られない秘書まで。原因不明の昏睡に関しても、進展する可能性はあるかと」
しばし思案するレナート。
彼は机上に敷かれた地図を見て……綺麗な指を地図に滑らせる。
やがてハルトリー伯爵領からリナルディ伯爵領に指が動いたとき、彼は首を横に振った。
「ダメだ。リナルディ伯爵家に向かうだけならば、護衛の騎士団をつければ何とかなるだろう。しかしリナルディ伯爵領はいま、かなり荒れていると聞く」
「それは……ええ、風の噂でジュスト様からも聞いております」
クラーラが去ってから実家の経済は逼迫し、徐々に領内の治安も乱れているらしい。
山賊が蔓延り、街道も安全とは言い難い。
原因は魔物除けの結界だ。
今まではクラーラが独力で大部分をカバーしていたが、彼女は去ってしまった。
黒魔術師の結界を甘く見ていたリナルディ伯は、結界を維持するための資金に悩まされており……民から税を過剰に取るようになった。
その結果、領民は貧困に喘いでいる。
クラーラは黒魔術師全体で見ても、かなり腕の立つ方だ。
今まで行ってきたリナルディ領への貢献は並みのものではない。
……にもかかわらず、不当な扱いを受けていた。
正直、自分の姉や両親がどうなろうと知ったことではない。
放置していれば民の反抗により滅びるだろう。
だが、無辜の民が苦しんでいるのは心苦しかった。
「うーん……わかった。リナルディ家には俺が手を打ってみるよ。ただし、君が実家に行く必要はない」
「どういうことでしょうか?」
「要するにリナルディ伯爵は金がほしいんだろう? 要求をそのまま呑むわけではないが、俺なりの交渉に出るよ。とはいえ、俺は嘘がつけないから文書での交渉になるね」
「あの……いくらお金を送っても、あの人たちはただ浪費するだけだと思いますわ。大半は姉や両親の夜遊びに消えるかと」
「ほしいのは白魔術の書物だから。別に俺が送った金をどう使おうが、それはリナルディ伯たちの自由じゃないかな。でも……そうだね。君はやっぱり、民のことを心配しているのか」
クラーラは答えなかった。
ここで首肯すれば、またレナートに余計な負担を増やしてしまうことになる。
「よし。クラーラ、頼みがある」
「なんなりと」
サラサラとペンを走らせるレナート。
彼は紙を封にとじてクラーラに手渡した。
「これをカーティスに見せてほしい。その後は任せるよ」
「……? はい、承知しました」
カーティスはハルトリー家専属の庭師だ。
いったい何の意味があって、彼を頼るのだろうか。
クラーラは疑問を抱きつつも庭園に向かった。
クラーラの申し出は晴天の霹靂。
トビアスを治せる可能性がある……というのだから。
彼としては藁にも縋りたい思いだ。
しかし、クラーラの申し出は一方で危惧すべきものであった。
「君の実家、リナルディ家に戻る……と。だが、君は実家で居場所がなかったのでは?」
自分の境遇はすでにレナートに話している。
白魔術の家系にありながら、黒魔術師であったゆえに差別されていたこと。
誰も彼女を愛する家族はおらず、実家に暗い過去を抱えていること。
何度も実家の父ウンベルトから、経済支援の催促がきた。
しかし事情を知るレナートは憤慨してリナルディ家の使者を追い返し続けている。
そんな状況でクラーラが実家に戻れば、捕らえられて監禁されてもおかしくない。
「ですが、わが家には白魔術に関する書物が山のようにあるのです。中には王家にすら見られない秘書まで。原因不明の昏睡に関しても、進展する可能性はあるかと」
しばし思案するレナート。
彼は机上に敷かれた地図を見て……綺麗な指を地図に滑らせる。
やがてハルトリー伯爵領からリナルディ伯爵領に指が動いたとき、彼は首を横に振った。
「ダメだ。リナルディ伯爵家に向かうだけならば、護衛の騎士団をつければ何とかなるだろう。しかしリナルディ伯爵領はいま、かなり荒れていると聞く」
「それは……ええ、風の噂でジュスト様からも聞いております」
クラーラが去ってから実家の経済は逼迫し、徐々に領内の治安も乱れているらしい。
山賊が蔓延り、街道も安全とは言い難い。
原因は魔物除けの結界だ。
今まではクラーラが独力で大部分をカバーしていたが、彼女は去ってしまった。
黒魔術師の結界を甘く見ていたリナルディ伯は、結界を維持するための資金に悩まされており……民から税を過剰に取るようになった。
その結果、領民は貧困に喘いでいる。
クラーラは黒魔術師全体で見ても、かなり腕の立つ方だ。
今まで行ってきたリナルディ領への貢献は並みのものではない。
……にもかかわらず、不当な扱いを受けていた。
正直、自分の姉や両親がどうなろうと知ったことではない。
放置していれば民の反抗により滅びるだろう。
だが、無辜の民が苦しんでいるのは心苦しかった。
「うーん……わかった。リナルディ家には俺が手を打ってみるよ。ただし、君が実家に行く必要はない」
「どういうことでしょうか?」
「要するにリナルディ伯爵は金がほしいんだろう? 要求をそのまま呑むわけではないが、俺なりの交渉に出るよ。とはいえ、俺は嘘がつけないから文書での交渉になるね」
「あの……いくらお金を送っても、あの人たちはただ浪費するだけだと思いますわ。大半は姉や両親の夜遊びに消えるかと」
「ほしいのは白魔術の書物だから。別に俺が送った金をどう使おうが、それはリナルディ伯たちの自由じゃないかな。でも……そうだね。君はやっぱり、民のことを心配しているのか」
クラーラは答えなかった。
ここで首肯すれば、またレナートに余計な負担を増やしてしまうことになる。
「よし。クラーラ、頼みがある」
「なんなりと」
サラサラとペンを走らせるレナート。
彼は紙を封にとじてクラーラに手渡した。
「これをカーティスに見せてほしい。その後は任せるよ」
「……? はい、承知しました」
カーティスはハルトリー家専属の庭師だ。
いったい何の意味があって、彼を頼るのだろうか。
クラーラは疑問を抱きつつも庭園に向かった。
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