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お風呂

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 公爵家の規模の大きさに、またもやマイアは驚くことになる。

 湯けむりがもくもくと立ち昇る。
 百人以上も入りそうなバスタブ。水面に浮かんだ果実。

 「これが、お風呂……」

 一人で使うには大きすぎる。
 マイアはお湯に浸かりながら考え込む。

 (女嫌いの公爵様が、どうしてこんな立派な待遇を……?)

 噂通りのジョシュア公爵であれば、マイアをここまで厚遇する意味がない。
 公爵家の格を落とさないためだろうか。
 それともマイアが今まで過ごしていた環境が酷すぎて、厚遇されているように感じるのか。

 まあ、どうでもいいか。
 楽観的に物事を考え、マイアは立ち上がる。

 「これがシャンプーというやつ?」

 人生で初めて触れるシャンプーという液体。
 なんだかいい香りがする。

 これで髪を洗うと、とても艶が出ると……妹のコルディアが自慢していた記憶がある。たしかに妹の髪はとても艶があって、頻繁に両親が褒めていた。

 物は試しにと使ってみる。
 どうしても使い方がわからなかったら、あとでセーレに聞いてみよう。

 ***

 「ふぃ~」

 しばし湯船に浸かった後、マイアは出口に向かう。
 本当に気持ちよかった。思わず眠くなってしまうほどに。

 ここまで身体が休まったのはいつ以来だろう。
 そんなことを考えていると……リラックスしていたからだろうか。

 「きゃっ!?」

 つるりと足元が滑り横転してしまう。
 何とか受け身の姿勢を取ったものの、ごつんと肩を床にぶつけてしまう。

 ズキズキと痛む右肩。
 マイアは反射的に左手を肩にかざす。

 「……い、いたいのいたいのとんでけー」

 そう、おまじないだ。
 おまじないをかけると同時、痛みはすぐに引いていく。
 母から教わったおまじないは本当に万能で、大抵の痛みは払ってくれる。

 まさか公爵家に嫁いでもおまじないを使う羽目になるとは。

 「本当に……気をつけないとね」

 こんなドジな真似をジョシュアの前で晒せば、嫌われてしまうかもしれない。
 お前みたいなドジは公爵家の婦人に相応しくないと。

 気を取り直して浴室の扉を開けると、着替えを持ったセーレが立っていた。

 「……! マイア様、とてもお綺麗になりましたね……!」
 「あら、そう? 入念に体は洗ったの。清潔にしておかないとね」

 まるで風呂に入る前とは別人だ。
 ピンクブロンドの髪には艶が増し、血行がよくなって生気を取り戻している。

 あとは……そう。
 睡眠を充分にとらせ、食事をとらせれば完璧だ。
 セーレはマイア育成計画を心中で構築するのだった。

 「ところでセーレ。どうしてお風呂に果実が浮いているの?」
 「果実はビタミンが多分に含まれているので、美肌効果が期待できるのです。
 湯冷めを防ぐ効能もありますよ。あと、純粋に香りがいいでしょう?」
 「ええ、そうね。あんなに快適なお風呂は人生初めてだったわ。
 そもそも、お風呂に入ること自体……何年ぶりかしら?」

 何気なくマイアが漏らした言葉。
 セーレは聞き逃さなかった。お風呂に入るのは何年ぶりかと言った。

 噂通り、豪遊している悪女のマイアならばあり得ない話だ。
 やはり何かがおかしい。

 「マイア様、この後は旦那様との夕食です。
 しばし夕食まで時間がありますので、その間はお休みになられますよう」
 「ええ。緊張するわね……テーブルマナーを復習しておかないと」

 マナーは幼少期に習ったが、かなり昔のことだ。
 なんとか思い出し、淑女として振る舞わなければならない。

 「テーブルマナー、ですか。私がお教えします」
 「えっ!? あ、いや……別にマナーを知らないとかそういうわけじゃなくて。念のための復習というか、ちょっと私忘れっぽいというか……伯爵令嬢ですもの! マナーくらい知ってるわよ!」
 「ふふっ……そうですね。でも、念のためにおさらいしておきましょう」

 その後、結局マイアはセーレと一緒にマナーのおさらいをしたのだった。
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