上 下
17 / 35

17. 聖女と皇子

しおりを挟む
「…………」

寝つけなかった私は、宮殿にある執務室を訪れた。
以前は当代皇帝陛下の母が使っていたらしいが、今は誰も使っていない。
埃をかぶった本を引き出し、資料に目を通している。

これから私が暮らすことになる国のことだ、多少の風俗や歴史は知っておかなければならないだろう。
何より帝国の重要な文献が興味深くて、つい読み漁ってしまう。
一般には公開されていない文書なども閲覧できた。
……あとで読んだのがバレたら怒られるかもしれない。

ここクラジュ帝国は、大陸で最盛を誇る超大国だ。
それゆえ周辺諸国からも脅威に見なされている。

私の祖国、サンドリア王国もまた帝国を恐れる国のひとつ。
国際緊張にあるわけではないが、帝国の脅威は国防上で無視できないものになっていた。
だからこそ帝国との境目に位置するロックス伯も苦労していたわけで。

「――瘴気」

瘴気に関する文献に、まず目を通した。
瘴気は数百年ごとに周期的に噴出し、同時に聖痕をもつ聖女が生まれる。
代々の聖女は多くの国を巡礼し、瘴気を払ってきたそうだ。
私もいま、この文献で初めて知った情報だが……機密情報ではないようだ。

つまり、王国は意図して私に『聖女の歴史』を伝えてこなかった。
使いやすい道具として育て上げるためだろうか。

サンドリア王国は聖女を他国に貸し出さず、暗殺を企てた。
……正確に言えばゼパルグ王子殿下の独断だ。
グリムやバルトロメイ殿下、ロックス伯の怒りももっともなのだろう。
他の国が窮乏に瀕しているにもかかわらず、自分の国だけを助けようとしたのだから。

私に関する国際状況はそんなところだ。
あとは……帝国のことを知らないと。

「これ……」

続いて手に取ったのは皇族の系譜。
気になっていた点がある。

私は皇族の系図がまとめられた書物をパラパラとめくり、最後の方に目を通した。
当代皇帝ヘルフリート陛下には四人の妻がいる。
正妻との間に生まれたのが第一・第二皇子。
先程お会いしたバルトロメイ殿下と、まだお会いしていないアトロ殿下だ。

そして、側室との間に子を設けないはずの皇帝だが……側室が生んでしまったのが第三皇子のグリムらしい。
皇帝は正妻よりも側室を愛しており、側室の懇願によってグリムは皇子として扱われることになったという。
薄々、彼がどういう立場なのかわかってきた。

他の皇子の立場であれば煩わしいだろうし、使用人たちからしても取り入っても意味のない存在だ。
それどころかグリムが他の皇子の謀殺を企てる可能性だってある。
私はグリムが権力に興味なんかない人だと知っているけど。

『俺がどこで死のうが、どれだけ危険に身を晒そうが、外国で野垂れ死のうが、あなたにとっては何も被害はない。むしろ目障りな奴が減って助かるはずだ』

ふと、グリムがバルトロメイ殿下に向けて放った言葉が想起される。
彼の言葉の意味もわかってしまった。

過剰に必要とされ、人形のように支配された私とは真逆。
彼は誰にも必要とされず、自分の意思で生きてきたのだ。

だからこそ皇子が他国で暗殺者をやる、などという事態も黙認されていた。
だって、グリムが死んで困る人など帝国にはいないのだから。

「…………」

グリムは私を助け、幸せにすると言ってくれた。
でも……私は施されているだけなのだろうか?
それでいいのかな……?

私も彼を助けて、幸せにできたら。
そのためには何が必要なのだろう。

「――あ、いたいた! エムザラ様!」
「……リアナ」

慌てて本を閉じ、書棚にしまう。
あとで埃をすべて取っておかないと、どの書物を読んでいたかバレてしまう。
忘れないように掃除しておこう。

「何も言わず寝室から出てすみません。私にご用ですか?」
「さきほどグリム様がお帰りになられました。グリム様からの伝言があり、『明日の朝、皇帝陛下がエムザラに挨拶をしたいと言っていたから俺と一緒に来てくれ』……だそうです」
「わかりました。明日は寝坊しないように、早めに寝ましょう」

しばらく文献を読んでいたら、眠気も蘇ってきた。
また悪夢を見ないといいが……

「何を読んでいらしたのですか?」
「これから帝国で暮らすのですから、ある程度の知識は抑えておこうかと思いまして。適当に目を通していただけです」
「なるほど。意識がお高い……さすがエムザラ様ですね!」
「ありがとうございます。文献を読んだだけで褒められるのは初めてです……」

若干困惑しながら執務室を出る。
リアナは少し人を褒めすぎるきらいがあるようだ。
周囲から険しい声しか向けられなかった王国の環境、聖女として丁重に扱われすぎる今の環境。
どちらも……悩ましいものだと思う。

私は明日の朝に遅刻しないよう、再び寝室で眠りに入った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。

松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。 全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪

【完結】虐げられた可哀想な女の子は王子様のキスに気付かない

堀 和三盆
恋愛
 ノーラはラッテ伯爵家の長女。けれど後妻となった義母も、そして父も、二人の間に産まれた一歳違いの妹だけを可愛がり、前妻との娘であるノーラのことは虐げている。ノーラに与えられるのは必要最低限『以下』の食事のみ。  そんなある日、ピクニックと騙され置き去りにされた森の中でノーラは一匹のケガをした黒猫を拾う。

【完結】妹に婚約者まであげちゃったけれど、あげられないものもあるのです

ムキムキゴリラ
恋愛
主人公はアナスタシア。妹のキャシーにほしいとせがまれたら、何でも断らずにあげてきた結果、婚約者まであげちゃった。 「まあ、魔術の研究やりたかったから、別にいいんだけれどね」 それから、早三年。アナスタシアは魔術研究所で持ち前の才能を活かしながら働いていると、なんやかんやである騎士と交流を持つことに……。 誤字脱字等のお知らせをいただけると助かります。 感想もいただけると嬉しいです。 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」  出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。  だがアーリンは考える間もなく、 「──お断りします」  と、きっぱりと告げたのだった。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

聖女の代わりがいくらでもいるなら、私がやめても構いませんよね?

木山楽斗
恋愛
聖女であるアルメアは、無能な上司である第三王子に困っていた。 彼は、自分の評判を上げるために、部下に苛烈な業務を強いていたのである。 それを抗議しても、王子は「嫌ならやめてもらっていい。お前の代わりなどいくらでもいる」と言って、取り合ってくれない。 それなら、やめてしまおう。そう思ったアルメアは、王城を後にして、故郷に帰ることにした。 故郷に帰って来たアルメアに届いたのは、聖女の業務が崩壊したという知らせだった。 どうやら、後任の聖女は王子の要求に耐え切れず、そこから様々な業務に支障をきたしているらしい。 王子は、理解していなかったのだ。その無理な業務は、アルメアがいたからこなせていたということに。

処理中です...