上 下
6 / 35

6. 追手

しおりを挟む
身支度を整え、部屋の外に出る。
そろそろ街を発つころだ。

宿の二階から一階の広間を見渡す。
今日は昨日と比べて人気がなかった。

グリムが急に私の前に手を伸ばして制止する。
私の頭を下げ、一階から姿が見せないように隠された。

「待て。亭主の視線がおかしい」

こっそり一階のカウンターを盗み見る。
たしかに亭主は、何かを探るように視線を巡らせていた。
それからしきりに窓の外を気にして、頷いている。

「エムザラはここで待て。俺が確認してくる」
「……お気をつけて」

グリムは平然とした様子で階段を下りていく。
しかし、社交の場で貴族を見てきた私には見抜ける。
彼の様子は平静を装った、警戒姿勢であると。

「おはようございます、亭主さん」
「ああ、お客さん。おはようございます。
 ……お連れの方はいないのですか?」
「ええ。彼女はもう街の外に出ていますよ」
「……!? そ、そうですか……」

亭主は焦燥を声ににじませた。
やはり私を探していたようだ。
……すでに王都の追手がこの街に?

相も変わらず落ち着いた声色で話すグリム。

「ところで、今日は人の姿が見えませんね。何かあったのですか?」
「い、いえ……なんだか今日は人の入りが少ないのですよ。いやあ、困ったものですな。ははは……」

愛想笑いが下手だ。
普段から嘘をつくことに慣れていない、そんな様子だった。

「さて、私は少し失礼しますよ。表に干している洗濯物を仕舞わなくては……」

気まずい雰囲気の中、亭主は立ち上がる。
入り口に向かっていく彼をグリムは眺めていた。
このまま亭主を逃すのかと思われたが――

一瞬のことだった。
グリムが動いたかと思うと、次の瞬間には亭主が押さえつけられていた。

「ここなら外から覗けない死角になる。さて、正直に答えてもらおうか。外には誰がいる?」
「ぐっ……な、何をするのですか!? おやめください!」

亭主は抵抗するも、グリムはまるで微動だにしない。
それどころか彼はより締め上げを強くしていく。
亭主の顔が赤くなり、じたばたと足を動かす。

「正直に言わないと、命はない。金と命、どちらが大事かよく考えた方がいい」

一切の同情を見せない冷徹な声。
グリムの殺気に亭主は震え上がり、正直に情報を吐いた。

「お、王国の小隊です! ゼパルグ第一王子の私兵だとか……」
「規模は」
「す、数名です! 本当ですよ?」
「そうか。少し眠っておけ」

すばやく手刀を入れ、グリムは亭主を気絶させる。
窓から宿の中が見えないように屈んで移動し、二階の私のもとへ戻ってきた。

「聞いていたか。宿の外にはゼパルグの私兵が来ている。
 この手配の早さ、よほど焦っているようだな」
「はい。どうしますか? 私はグリムに任せます」
「数名ならすぐに片づく。だが、街中というのが厄介だな。民間人にも紛れていたら面倒だ」

私たちは逃亡の身だ。
賊などとあらぬ汚名を着せられて、正規の王国軍に捕らえられる可能性もある。

王族のゼパルグ殿下の権力を使えば、理由などいくらでも後付けできるのだ。
たとえば『私がゼパルグ殿下の暗殺を企てた』とか。
立場が真逆の嘘でも、王族が押し通せば事実となる。

とにかく今は捕まらずに国境を超えることが重要になる。
グリムはそう語っていた。

「……今は無駄に争わず、逃げるのが得策だろう。裏口から出ようか」

逡巡の末、答えは出た。
フードを目深に被り、私とグリムは裏口へ向かう。

裏口には森が面している。
街の入り口を経由せず、森を横切って外に出ることも可能。
だけど、森を出た後に移動の足がない。

「…………」

扉を少し開けると、裏口の周囲を歩いている人影が二名。
普通の服を着ているけれど明らかに様子がおかしい。
おそらくゼパルグ殿下の私兵だ。

「おい、聖女はいたか?」
「いや。あの宿に泊まってるはずだが……チッ。早く出てこいよ。手間かけさせやがって」
「さっさと殺さないと王家の名誉に関わる。用済みの聖女ごときが面倒な……」

二人は愚痴をこぼしながら裏口を張っている。
そばでグリムが歯を噛みしめる音が聞こえた。

「エムザラ、少し待っていてくれ。すぐに終わるから、それまで外を見ないように」
「いえ、見ておきます。私が逃げるためにグリムが動いてくれる。そして死ぬ人がいるのでしょう?」
「……さすがは聖女様だね。慈悲深いようだ」

称賛なのか皮肉なのか、わからない言葉を残してグリムは外に出る。
彼はあえてフードを脱いで二人に近づいていく。
私は彼の動きをじっと窓から見つめていた。

「――」
「「――」」

一言二言、グリムは二人と言葉を交わしている。
窓越しで何を話しているのかわからなかったけれど。

一瞬のことだった。
あまりに鮮やかすぎて、見とれてしまうほどに。

くるりとグリムの手元で翻ったナイフが、二人を斬る。
ほぼ同時、寸分の狂いなく。
彼の白髪に舞った血飛沫が、一種の絵画のように見えた。

簡単に血を落としたグリムは急ぎ足で戻ってくる。

「終わった。行こう」
「はい」

鉄の匂いが鼻をつく。
宿の裏手にあるから、しばらく二人の死体は見つからないと思う。

無残に倒れる骸を見ても、私には同情の心が生じなかった。
だって、あの二人は……私を殺そうとしていたのだから。

じっとそちらを見つめていると、グリムに手を引かれた。

「……ほら、早く」
「はい、ごめんなさい」
「謝るな。君が謝る理由はなにもない」

やはり私には見せたくない光景なのだろう。
グリムの優しさを感じると同時に、私を守ってくれる人は彼しかいないのだと、再び認識する。

人を信じるのって、怖いことなんだ。
だから信じるべき人は選ばないといけない。
だから……私は自分の判断で、自分の心に従って手を取る人を決めよう。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。

松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。 全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪

【完結】妹に婚約者まであげちゃったけれど、あげられないものもあるのです

ムキムキゴリラ
恋愛
主人公はアナスタシア。妹のキャシーにほしいとせがまれたら、何でも断らずにあげてきた結果、婚約者まであげちゃった。 「まあ、魔術の研究やりたかったから、別にいいんだけれどね」 それから、早三年。アナスタシアは魔術研究所で持ち前の才能を活かしながら働いていると、なんやかんやである騎士と交流を持つことに……。 誤字脱字等のお知らせをいただけると助かります。 感想もいただけると嬉しいです。 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」  出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。  だがアーリンは考える間もなく、 「──お断りします」  と、きっぱりと告げたのだった。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

聖女の代わりがいくらでもいるなら、私がやめても構いませんよね?

木山楽斗
恋愛
聖女であるアルメアは、無能な上司である第三王子に困っていた。 彼は、自分の評判を上げるために、部下に苛烈な業務を強いていたのである。 それを抗議しても、王子は「嫌ならやめてもらっていい。お前の代わりなどいくらでもいる」と言って、取り合ってくれない。 それなら、やめてしまおう。そう思ったアルメアは、王城を後にして、故郷に帰ることにした。 故郷に帰って来たアルメアに届いたのは、聖女の業務が崩壊したという知らせだった。 どうやら、後任の聖女は王子の要求に耐え切れず、そこから様々な業務に支障をきたしているらしい。 王子は、理解していなかったのだ。その無理な業務は、アルメアがいたからこなせていたということに。

【完結】虐げられた可哀想な女の子は王子様のキスに気付かない

堀 和三盆
恋愛
 ノーラはラッテ伯爵家の長女。けれど後妻となった義母も、そして父も、二人の間に産まれた一歳違いの妹だけを可愛がり、前妻との娘であるノーラのことは虐げている。ノーラに与えられるのは必要最低限『以下』の食事のみ。  そんなある日、ピクニックと騙され置き去りにされた森の中でノーラは一匹のケガをした黒猫を拾う。

処理中です...