呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第12章 呪われ公の絶息

遇フ、焔ヲ以テ

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ペートルスの処刑が行われる三日前。
デニス、フリッツ、コルラードを中心に立てた作戦が決行されようとしていた。

「それでは……実行に移す前に、今一度作戦を振り返りましょう」

デニスは集った面々を見渡し、地図を机上に広げた。
ここに集うはペートルスを助けたいと心から願う者たち。
そしてルートラ公に一矢報いたいと願う者たち。
すでに迷いはない。

「私の役目は、あくまで第二皇子として『責任』を取ること。すなわち皆さんの代表として後始末をすることです。私が責を取るという庇護のもとに……みなさんには皇城に侵入し、ペートルスを救出していただきます」

やるべきことは簡単。
正面から第一皇子の派閥や軍と衝突するのではなく、間隙を縫って潜入する。

「城に侵入するのは私、セリノ、ノーラさん、フリッツさん、コルラードさん。そして……アリアドナさん」

「ういー。ま、ウチは運び手みたいなもんだよね」

黒いローブに身を包んだ少女は、気だるげに会釈した。
夏休みの間、ノーラとともに仕事をしてくれた熟練の魔術師……アリアドナ。

「マインラート卿から強引に聞き出した甲斐があったよ。せっかくノーラが戦おうとしてるんだから、少しは力になってあげないとね」

「アリアドナさんの飛行魔法は必要不可欠です。いくら精強なる騎士団といえども、対空技術には疎い。一息に皇城まで距離を詰めるために、ぜひとも力を貸していただきましょう」

マインラートは当初、アリアドナに情報を教えることを渋ったという。
学園でノーラたちが無謀な策を立てていることを知って。
それでも……としつこく彼に迫れば、アリアドナは友が戦おうとしている真実を聞き出すことができた。

「もちろん他の方々にも、それぞれの役割を果たしていただきます。ひとつでも失敗すれば計画は破綻してしまう。……強要するようなことを言いたくはありませんが、なんとしても成功させましょう」

「殿下。貴殿がいなくては、我らは立ち上がることはできませんでした。どうか帝国のために立ち上がったご自身を誇ってください」

「セリノ……ありがとう。ああ、そうだね。きっと……この人たちと一緒なら、ペートルスともう一度過ごせる未来を掴み取れると思うんだ」

戦は起こさない。
ルートラ公爵を退ける。
ペートルスを救ってみせる。

「そして――誰ひとりとして欠けることは許しません。もう一度、このニルフック学園に集いましょう」

願わくは、皆と迎える卒業式を。

 ◇◇◇◇

グラン帝国、帝都前にて。
ずらりと騎士が地平線の彼方まで並んでいた。
乱れは弱さの証左。
一切の乱れなく整列する『壮麗なる慟哭騎士団』は、その強さをありありと示していた。

「……いやはや、壮観です。まさか単独で騎士団の相手をしようとは」

エルメンヒルデの眷属……黒き髪もつ式神は嘆息する。
横の主をちらと見れば、騎士団をまっすぐに見据えていた。

『不承 血戦
 吾 倉皇ノ源』

「ええ、存じ上げております。これは血を流すための戦ではなく、騎士団を混乱させ、こちらに惹きつけるための戦。とはいえ……攻撃を受けることには変わりないでしょうが」

騎士団と一定距離に達した瞬間、エルメンヒルデは炎剣を抜いた。
彼女の内側で駆動を始める機構。
一切合切の攻撃を撃墜するための機能が起動した。

「私は邪魔にしかなりませんので控えております。ご武運を……と申し上げるのも烏滸がましいですね。拝見いたします、我が主」

『拱手傍観 結構』

ゆったりと式神あしらが往く。
彼女が地を踏みしめる度、凄まじい熱気に大気が揺らいでいく。

 ◇◇◇◇

騎士団の先頭に立つはアンギス侯爵エリオドロ。
赤き飛竜に乗り、戦場を見下ろす。

「ふむ……殿下から防衛を命じられたが、そこまでペートルス・ウィガナックの処刑は大事なものだろうか? ただし主命は主命。ネズミ一匹城には通すつもりはないが……はて、何が、誰が邪魔をするというのかね?」

この精強なる騎士団を相手に。
立ち向かえる軍など、どの諸侯も抱えているはずがない。

ペートルスの処刑に異を唱えたい者は無数にいるだろう。
だが、反乱は失敗に終わったのだ。
彼は再起不能になったのだ。
ならば、もはや『人』として機能することすらできない。

たとえルートラ公に反感を抱く諸侯があったとしても、第一皇子の決定に反旗を翻す者などいないだろうに。

「……報告です。前方、不審な女が一人。戦闘態勢を取っています」

部下の報告にエリオドロは眉をひそめた。
皇城に続く道は封鎖したはずだ。
関所をすり抜けて、この騎士団のもとに届く人間がいるとは思えない。

「なんだ……?」

瞬間、熱風が地を駆けた。
エリオドロの肌が粟立つ。
感じ取ったのは覇気、超大なるモノの気配。

気の根源をたどれば――たしかにあった。
桃色の髪の女が、騎士団の前に立っている。

「伝令! 不審な女が接近中、いかがいたしますか!?」

「ううむ。警告の後、下がる気配がなければ牽制攻撃を」

「承知いたしました。よ、よろしいのですか?」

「構わん。おそらく生半可な攻撃では……」

――落とせない。
あの覇気を放つ存在が、軽い攻撃ごときで落とせるわけがない。
外見はただの少女だが……百戦錬磨のエリオドロは気がついていた。
あの内にある存在は化け物に違いないと。

先兵が引き返すように警告するも、少女は動じる気配がない。
なおも歩みを止めず。
迫りくる威圧感に、たまらず先兵は牽制の魔術を放った。

しかし。
少女が携える炎の二刀が、放たれた魔術を裂く。

「なっ……!?」

「追撃、撃て!」

騎士たちの間にどよめきが広がる。
すかさず追加の牽制攻撃が放たれた。

雨のように降り注いだ弱威力の魔術。
すべて目にも止まらぬ速さで、振り抜かれた炎剣に斬り捨てられる。

「ば、馬鹿な……!」

「何者なんだ、あの女!?」

得体の知れぬ敵を前に戦慄が走る。
初めて騎士団に『乱れ』が生じた瞬間。
エリオドロは喝を飛ばした。

「黙れぃ! この程度で動じるなど恥を知れぃ!」

響きわたった怒号に動揺が沈静する。
エリオドロはあくまで冷静に、逸る武人の血潮を抑えて少女を見た。
向こうから攻撃は仕掛けてこない。
それどころか――一定の間合いで立ち止まり、値踏みするようにこちらを見ている。

「何が狙いなのだ、あの怪物は……? ぜひとも斬り結んでみたいものだが、どうにもきなくさい」

エリオドロは考え込む。
どうにも腑に落ちないまま、彼の野生の感が警鐘を鳴らす。

彼はそばに控える副官に告げた。

「私は少しこの場を離れる。後は頼むぞ」

「だ、団長……!? あの女はどうするのです!?」

「睨み合え。おそらく、それがアレに対する最善手だ。まあ、戯れに攻撃を仕掛けてみてもいいが……ほどほどにな! それでは行ってくる!」

「お、お待ちください! 団長ー!」

いきなり場を任されて困り果てる副官。
騎士団を残してエリオドロは飛び去って行った。
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