呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第10章 飢える剣士の復讐

犬兎の争い

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ノーラは図書館で必死に課題を進めていた。
わからない箇所はエンカルナに教えてもらい、着実に消化している。
この調子で進めれば冬休み明けまでには間に合いそうだ。

「よし……二つ目の課題が終わりました!」

「いい調子ね。いちばん面倒な課題は終わらせたし、あとは自分のペースで進めればいいわ。でも……自分のペースで、なんて言ったら永遠に終わらなそうね」

「わたしの性質をよくご存知で……」

「生徒会役員として、怠惰な生徒は数えきれないほど指導してきたもの。毎日進捗を確認するから、ちゃんと進めておくことね」

「ひいぃ……ありがとうございます……」

優しいのか、厳しいのか。
ノーラは答えを知っている。
エンカルナの厳しさは優しさからくるものだ。

「それでは次の課題に――」

ノーラの言葉を遮って。
図書館の外から叫び声が響いた。

「な、なんすか?」

エンカルナはすぐに立ち上がり、悲鳴が聞こえた方角の窓を見る。
窓の外に広がっていたのは、喧嘩でも人さらいでもない。
――異形だ。

呆然としてノーラは口を開ける。
あの異形……見覚えがある。
文化祭の演劇で乱入した、多くの動物を継ぎ合わせたかのような怪物だ。
竜頭、象の胴体、猫の手足。
文化祭で乱入した怪物とは体の組成が異なる。

「あ、あれって……文化祭で出てきたヤツですよね?」

「近い気配を感じるわね。あの巨体を考慮すると、屋内にいるのは危険かもしれないわ。建物にぶつかられて倒壊してしまう可能性がある。図書館の裏口から外に出ましょう」

エンカルナは冷静にノーラの手を引いた。
学園に人がほとんどいないのが幸いだが、そのぶん騒動を鎮める衛兵の数も少ない。

図書館の裏手から出た二人の目に映ったのは、さらなる惨状。
窓から見えた一頭だけではない。
学園のそこかしこに、怪物が跋扈している。

「これは……明らかに異常事態ね」

さしものエンカルナも動揺を見せた。
広がる学園の敷地内、怪物の数は目視できるだけでも五体。
あの巨体、あの数で暴れられたら……学園が更地になってしまうのではないだろうか。

「……とりあえず身の安全を確保した方が良さそうですよね」

とはいえ、どこが安全なのか。
屋外はもちろん怪物がいるので危険だし、屋内も倒壊の可能性があるので危険。

「君たち」

声がかかり、ノーラは振り向く。
そこには年間行事で見覚えのある男……学園長アルセニオが立っていた。

「生徒会のエンカルナ・サーマ・アイマヴェに、クラスNのノーラ・ピルットか」

「ごきげんよう、学園長。これはどういう事態なのかしら?」

「わからん。先刻、突如として化け物が大量発生した。学園に人がほとんどいないのは不幸中の幸いだが……君たちも安全を確保し、大人しくしているように」

「承知しました」

アルセニオはそう言い残し、足早に去っていった。
普段から落ち着き払った彼がここまで慌てているのは珍しい。
自分の管理する学園がこのような事態に陥れば、無理もない話だろうが。

「ノーラ、まずは生徒会室に向かいましょう。あそこにはガスパルがいたはずだから、彼の安否も確認したいわ」

「わかりました。怪物の目を避けつつ、気をつけて行きましょう」

いったい何が起こっているのか。
最近はずっと事件続きだ。
だが……事件とは必然性があって起こるもの。
この騒動にも、何か裏があるに違いない。

 ◇◇◇◇

そう、裏側では。
騒動の引き金を引いた張本人……ペートルス・ウィガナックが物陰に身を潜めていた。

図書館の様子を確認してから、アルセニオはすぐに出て行った。
おそらく騒動の鎮圧……脱走した合成獣たちの始末に向かったのだろう。
アルセニオが去ったことを確認し、ペートルスは図書館の中へ踏み込む。
そんな彼の背後に一人の男が降り立った。

「戻りましたよ、ペートルス卿。お約束通り、学園の各地に飼われている合成獣を解き放ってきました。いやはや……名門のニルフック学園にこのような闇があったとは」

ルートラ公からペートルスに主を鞍替えした刺客……ミクラーシュは肩をすくめて笑った。
ペートルスもまた呆れた様子で嘆息する。

「ほとんどの闇は学園長によるものだけどね。科学の進展のためなら禁忌にも踏み込む姿勢は評価したいが、いささか被害者が多すぎる。僕にとってもあの男は厄介な存在だ」

合成獣が出現したことにより、学園は魔境と化した。
図書館にいた職員や生徒もみな避難し、無人の空間が出来上がっている。

「ところで、ヴェルナーは?」

「ヴェルナーさんを監視させていたペイルラギの報告によると、彼は学園長に敗北したようですよ。命までは奪われていないようですが。……ああ、それとノーラさんの監視をイトゥカに任せていますが、彼女も無事に避難したようです」

「そうか……ヴェルナーには学園長の討伐を期待していたんだが。打算だけではなく、僕個人の感情としても……彼には因縁の相手を打ってほしかった。だが、無理だったものは仕方ない。次の段階に移るとしよう」

忌まわしき父を討つ悲願。
ヴェルナーの願望は、ペートルスのそれとどこか重なる部分もあった。
だからこそ共感し、悲願を果たしてほしかった思いもある。

「ミクラーシュ。君は学園を回り、合成獣の被害から生徒たちを守ってほしい。これは僕が引き起こした事態ではあるが……巻き込まれる人は最小限に抑えたいからね」

「承知しました。それでは」

ペートルスが図書館の中を進むと、一人の男が立っていた。
彼……コルラードは爽やかな笑みを浮かべて手を振った。

「よ、ペートルス様。首尾はどうだ?」

「問題ない。禁書庫の結界は解除できそうかな?」

「おう。鬼の居ぬ間に……いや、学園長の居ぬ間にちゃちゃっと終わらせようぜ」

コルラードは一見して何もない壁を両手で押した。
くぐもった音を立てて壁が上昇し、地下へと続く階段が現れる。
この先にアルセニオが隠し持つ『禁書庫』がある。

ペートルスの狙いは禁書を得ること。
これを得ることがルートラ公爵に命じられた任務だ。

「不老不死の禁書……まったく。夢を見るのは子どもの特権だというのに。あのご老人はいつまで夢を追っているのだろうね」

「ははっ。まあ歳を取ったら、死ぬのが怖くなるんじゃないか? 師匠だって『俺が唯一怖いものは死だけだ』って言ってたしさ」

「孫はまもなく死ぬというのにね。本当に身勝手な人だ」

「…………」

コルラードが返す言葉はなかった。
彼は淡々と禁書庫の結界に触れ、ものの数十秒で解除を完了。

「よし、開いたぜ。それじゃあ禁書庫にご対面といこうか」
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