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第6章 差別主義者の欺瞞
飲み
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夏休みは中盤に差しかかる。
研究と仕事と課題とを並行して進めつつ、ノーラは日々を過ごしていた。
魔法人形を操作する仕事も板についてきた。
効率的に作業を進めるルートを模索し、夕方を迎える前に業務を終わらせることすらできるようになった。
そして今日も宿に帰り、魔眼大全を読み耽ろうと帰り支度を整えていたときのこと。
制服から私服に着替え終わった瞬間、後ろから声がかかった。
「ノーラ、おつかれー」
「アリアドナ様、おつかれさまです。今からお帰りですか?」
「うん。ノーラも上がり?」
「はい。こっちは終わりました」
アリアドナはいきなり腕をノーラの肩に回し、ぐいと身を寄せた。
何事かと身構えたノーラに対し、彼女はニヤリと笑う。
「あんさ、飲みいかない?」
「の、飲みですか? お酒は……ほぼ飲んだことがないんですけど。ディナーの時にリキュールを少し飲んだことがあるくらいで……」
「へー。平民なのに蒸留酒? 珍しいね」
「は、はい? 何かおかしなことを言いましたか?」
酒は酒で、格の違いがあることすらノーラは理解していなかった。
これまでは貴族ばかりのニルフック学園にいたので無知を誤魔化せていたが、平民の暮らしを知るアリアドナは違和感を抱いた。
「よく考えればウチ、ノーラのことぜんぜん知らないわって。せっかく知り合ったんだし、親睦を深めるためにもね? 一緒に飯でもどう?」
「え、ええと……お誘いは嬉しいのですが」
「嬉しいってことはオッケーね? じゃ、行こうか」
ふわり、全身で感じた浮遊感。
気づけばノーラはアリアドナに抱えられ、共に空中に浮かんでいた。
「ふぁっ……!?」
アリアドナの通勤・退勤手段。
すなわち飛行魔法である。
人をひとり抱えても飛べるとは恐れ入った。
「舌噛まないように口閉じててよ。一気に飛んでくからさ」
「――!」
声にならない悲鳴を上げ、ノーラは空の彼方に連れ去られる。
瞳を閉じてひたすら強張っていて。
肌を叩く涼やかな空気と、自分の髪が乱れる不快感だけが暗闇の中で感じられる。
「ほい、到着っと」
どれくらい揺られていたのだろうか。
数十秒にも満たない時間だったが、無限のように感じられた。
「お゛え゛っ……ア、アリアドナ様……これ普通に誘拐案件ですよ」
「はん? アンタが一緒に行きたいって言ったんだよね」
「いえ、行きたいなんて一言も。……って、ここどこですか?」
胸を抑えてノーラは周囲を見渡した。
喧騒と熱気。
飛んできた二人を通行人たちが驚いたように見て、すぐに通り去っていく。
静謐な白き町ではなく、活気に満ちた赤褐色の町。
人々の身を包む布はドレスでも礼服でもない。
動きやすさと機能性を何よりも重視した、ノーラが好きなラフな格好だ。
「エクナッド通り。平民街の中でもけっこー治安悪いとこだよね。ノーラは来たことある?」
「い、いい、いえっ……ないっす」
まさかの平民街。
以前、ペートルスと帝都に出かけた日のことを思い出した。
あのときは貴族街ですら吐き気を催すほど緊張したのに……どうしてだろう。
今は人があふれる平民街でもあまり緊張感はない。
空を飛んできたせいで若干の吐き気があるだけ。
「そか。ここら辺に安くて美味い居酒屋があるんよ。案内するね」
「えっ……は、はぁ……」
グイグイと手を引かれ、ノーラは先へ進む。
人ごみをかき分けて進んだ先。
そこには木造の大衆酒場があった。
アリアドナは迷うことなく扉を開き、中へ入る。
鼻をつく甘ったるい匂い。
ここにいるだけで酩酊状態になりそうだ。
カウンター席に座ると、店員はアリアドナに気さくに笑いかける。
「おっ、お嬢! そっちは……見ない顔だな」
「ウチの同僚のノーラだよ。かわいいからって手出すんじゃねーぞ?」
「ははっ、お嬢にそう言われちゃ仕方ないな! ゆっくりしていってくれよ!」
店員の言葉にノーラはこくりとうなずき、改めて店内を見渡した。
まだ夕方前なので人は少ないが……やはり異様な雰囲気だ。
個室で区切られていないし、店員の案内もないし。
貴族街にあるレストランや、ニルフック学園のそばにあるカフェとはまったく趣が異なる。
「アリアドナ様はこういうお店によく来るのですか?」
「うん。堅苦しいのが苦手でさぁ……こういう店のが好きなんだ。付き合いで貴族とディナーにも行くけど、あいつら子爵家のウチは基本的に見下してくるし。やっぱり仲いい奴と酒場で飲むのが一番よ」
「へ、へぇ……わかります。学園でも平民のわたしは見下されることが多いですし」
「あーね。ニルフック学園とか死んでも通いたくないわ。煌びやかすぎてウチには似合わない。……ま、こんな話してもしゃーない」
そう言うとアリアドナはメニューを手に取った。
メニューには見たこともないような料理名がずらりと並んでいる。
「まずは酒で。えーと……ノーラはあんまり飲んだ経験ないんだっけ?」
「お恥ずかしながら」
「じゃあ適当に麦酒でも飲んでみる? 酒に強いのか弱いのかわからんけど、とりあえずね」
「はい、とりあえず……何事も挑戦ですよね」
挑戦してみるのは大事だ。
その結果として代価を支払うことになろうとも、何もしないまま閉じこもっているよりは遥かにマシだと。
長らく閉じ込められていたノーラは知っている。
「いいマインドじゃん。今日はめっちゃ飲むつもりでいこうぜ? 酒が乗ればもっとウチらの距離間も縮まるってもんよ」
「はい!」
そう――挑戦の代価として。
ノーラは自分が酒にめちゃくちゃ弱いということを学んだのだった。
研究と仕事と課題とを並行して進めつつ、ノーラは日々を過ごしていた。
魔法人形を操作する仕事も板についてきた。
効率的に作業を進めるルートを模索し、夕方を迎える前に業務を終わらせることすらできるようになった。
そして今日も宿に帰り、魔眼大全を読み耽ろうと帰り支度を整えていたときのこと。
制服から私服に着替え終わった瞬間、後ろから声がかかった。
「ノーラ、おつかれー」
「アリアドナ様、おつかれさまです。今からお帰りですか?」
「うん。ノーラも上がり?」
「はい。こっちは終わりました」
アリアドナはいきなり腕をノーラの肩に回し、ぐいと身を寄せた。
何事かと身構えたノーラに対し、彼女はニヤリと笑う。
「あんさ、飲みいかない?」
「の、飲みですか? お酒は……ほぼ飲んだことがないんですけど。ディナーの時にリキュールを少し飲んだことがあるくらいで……」
「へー。平民なのに蒸留酒? 珍しいね」
「は、はい? 何かおかしなことを言いましたか?」
酒は酒で、格の違いがあることすらノーラは理解していなかった。
これまでは貴族ばかりのニルフック学園にいたので無知を誤魔化せていたが、平民の暮らしを知るアリアドナは違和感を抱いた。
「よく考えればウチ、ノーラのことぜんぜん知らないわって。せっかく知り合ったんだし、親睦を深めるためにもね? 一緒に飯でもどう?」
「え、ええと……お誘いは嬉しいのですが」
「嬉しいってことはオッケーね? じゃ、行こうか」
ふわり、全身で感じた浮遊感。
気づけばノーラはアリアドナに抱えられ、共に空中に浮かんでいた。
「ふぁっ……!?」
アリアドナの通勤・退勤手段。
すなわち飛行魔法である。
人をひとり抱えても飛べるとは恐れ入った。
「舌噛まないように口閉じててよ。一気に飛んでくからさ」
「――!」
声にならない悲鳴を上げ、ノーラは空の彼方に連れ去られる。
瞳を閉じてひたすら強張っていて。
肌を叩く涼やかな空気と、自分の髪が乱れる不快感だけが暗闇の中で感じられる。
「ほい、到着っと」
どれくらい揺られていたのだろうか。
数十秒にも満たない時間だったが、無限のように感じられた。
「お゛え゛っ……ア、アリアドナ様……これ普通に誘拐案件ですよ」
「はん? アンタが一緒に行きたいって言ったんだよね」
「いえ、行きたいなんて一言も。……って、ここどこですか?」
胸を抑えてノーラは周囲を見渡した。
喧騒と熱気。
飛んできた二人を通行人たちが驚いたように見て、すぐに通り去っていく。
静謐な白き町ではなく、活気に満ちた赤褐色の町。
人々の身を包む布はドレスでも礼服でもない。
動きやすさと機能性を何よりも重視した、ノーラが好きなラフな格好だ。
「エクナッド通り。平民街の中でもけっこー治安悪いとこだよね。ノーラは来たことある?」
「い、いい、いえっ……ないっす」
まさかの平民街。
以前、ペートルスと帝都に出かけた日のことを思い出した。
あのときは貴族街ですら吐き気を催すほど緊張したのに……どうしてだろう。
今は人があふれる平民街でもあまり緊張感はない。
空を飛んできたせいで若干の吐き気があるだけ。
「そか。ここら辺に安くて美味い居酒屋があるんよ。案内するね」
「えっ……は、はぁ……」
グイグイと手を引かれ、ノーラは先へ進む。
人ごみをかき分けて進んだ先。
そこには木造の大衆酒場があった。
アリアドナは迷うことなく扉を開き、中へ入る。
鼻をつく甘ったるい匂い。
ここにいるだけで酩酊状態になりそうだ。
カウンター席に座ると、店員はアリアドナに気さくに笑いかける。
「おっ、お嬢! そっちは……見ない顔だな」
「ウチの同僚のノーラだよ。かわいいからって手出すんじゃねーぞ?」
「ははっ、お嬢にそう言われちゃ仕方ないな! ゆっくりしていってくれよ!」
店員の言葉にノーラはこくりとうなずき、改めて店内を見渡した。
まだ夕方前なので人は少ないが……やはり異様な雰囲気だ。
個室で区切られていないし、店員の案内もないし。
貴族街にあるレストランや、ニルフック学園のそばにあるカフェとはまったく趣が異なる。
「アリアドナ様はこういうお店によく来るのですか?」
「うん。堅苦しいのが苦手でさぁ……こういう店のが好きなんだ。付き合いで貴族とディナーにも行くけど、あいつら子爵家のウチは基本的に見下してくるし。やっぱり仲いい奴と酒場で飲むのが一番よ」
「へ、へぇ……わかります。学園でも平民のわたしは見下されることが多いですし」
「あーね。ニルフック学園とか死んでも通いたくないわ。煌びやかすぎてウチには似合わない。……ま、こんな話してもしゃーない」
そう言うとアリアドナはメニューを手に取った。
メニューには見たこともないような料理名がずらりと並んでいる。
「まずは酒で。えーと……ノーラはあんまり飲んだ経験ないんだっけ?」
「お恥ずかしながら」
「じゃあ適当に麦酒でも飲んでみる? 酒に強いのか弱いのかわからんけど、とりあえずね」
「はい、とりあえず……何事も挑戦ですよね」
挑戦してみるのは大事だ。
その結果として代価を支払うことになろうとも、何もしないまま閉じこもっているよりは遥かにマシだと。
長らく閉じ込められていたノーラは知っている。
「いいマインドじゃん。今日はめっちゃ飲むつもりでいこうぜ? 酒が乗ればもっとウチらの距離間も縮まるってもんよ」
「はい!」
そう――挑戦の代価として。
ノーラは自分が酒にめちゃくちゃ弱いということを学んだのだった。
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