呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第6章 差別主義者の欺瞞

贈り物

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イアリズ伯爵家。
『呪われ姫』エレオノーラの檻だった場所に、ノーラは戻ってきた。

父に事前に戻る旨は伝えてある。
ノーラが出ていることは父とヘルミーネ、ランドルフと一部の使用人しか知らない。
そのため彼女は父に手配してもらって守衛に気づかれないように屋敷に入り込んだ。

「お帰り、エレオノーラ。元気にやっていたのか?」

執務室を訪れ、父のイアリズ伯爵と向かい合う。
たった一年しか会っていないのに老けた気がする。

「特に問題なく過ごしています。……あ、暗殺されかけたので問題はあるかもしれません。近況はお手紙で報告している通りです」

「ああ……大変だったようだな。今回は無事だったからいいものの、もしも二度目があれば……」

父は頭を抱えた。
ノーラ的にはそこまで問題視していないのだが、父の心労は測り知れない。

「次はないよう、学園の警備を厳しくしてくださるようです。それに……ペートルス様もいますし、他にも頼もしい友人がたくさん。安心してください」

「……そうか。友人ができたのだな」

相好を崩す父。
まさか籠りきりだった娘に友達ができるとは。
ノーラに対する憂慮は尽きないが、家から出して正解だったのかもしれない。

「ああ、そうだ。エレオノーラ、これを」

思い出したように伯爵は机の引き出しに手を伸ばし、ひとつの箱を取り出す。
箱の中にはおしゃれな意匠の金属ペンが入っていた。

「先日、お前は誕生日を迎えただろう? 贈り物を何にするか迷ったが、やはり学生ならば筆記用具にするべきかと思ったのだ。領地の名工が作った一級品だ」

「あー……誕生日。忘れてた、ありがとうございます」

つい一週間ほど前、ノーラは齢十六を迎えた。
しかし自分の誕生日は友人たちには伝えていないので、特に祝われることもなく過ぎていった。
正直、自分自身も誕生日を忘れていたのだが。

「今日はどうする。屋敷の離れで過ごしていくか? 本当なら祝いの料理でも作らせたいのだが……」

「いや、大丈夫です。この後すぐに屋敷から出ていくのでお構いなく」

「そうか。いつも負担をかけるな。すまない」

「別に負担なんて思ってませんよ。外で過ごすのは楽しいから」

ノーラはそう言って屈託なく笑った。
一年前までの彼女なら、ここまで堂々と今の生き方に納得できていなかっただろう。
娘も成長したものだと伯爵はうなずいた。

「次帰るのは……遅くとも冬休みには帰ってきます。お父様も息災で」

「ああ。気をつけて帰るのだぞ」

 ◇◇◇◇

父との会話を終え、ノーラはそっと屋敷を出る。
これで用件は済んだので早々に立ち去ろう。
使用人や他の家族に姿を見られても困るし。

屋敷の裏口は父が開けてくれている。
そこからこっそりと抜け出そうとしたノーラだったが……。

「うわ」

裏口の前に奴がいた。
ヘルミーネだ。
彼女は門の前でフラフラと歩いている。

……どうしようか。
ノーラは逡巡した。
ヘルミーネには家を出ていることはバレているし、別に横を素通りしてもいいんじゃないだろうか。

「しゃーない、堂々と行くか」

意を決して足を動かす。
できるだけヘルミーネの方を見ずに前を見据えて。
例の如く妹は声をかけてきた。

「あっ、お姉様!」

もしやノーラが来ていることを知っていたのだろうか。
彼女は特段驚くこともなく、門の前に立ち塞がった。

「裏門が開いてるから怪しんでたのよ。もしかしてお姉様が帰ってきたんじゃないかってね。私の予想通りだわ!」

「そこをどけ小娘。わたしは忙しいんだ」

「しかしねぇ……ほんとにお姉様ったら気品がないわね。令嬢ならドレスを着なさいよ。なに、その殿方が着ていそうな……はしたない服は? もう少し綺麗な恰好でウチの敷居をまたいでちょうだい?」

「黙れカス」

「まあ、言葉づかいも汚い! いつからそんなに粗暴になったのかしら? お姉様みたいな野蛮な人がペートルス様と一緒にいるの、意味がわからないわ」

「うるせえな」

言葉が絶望的に通じない。
これどうしたらいいんだろうか。

いっそ幻影の魔術を使って切り抜けてしまおうか。
ノーラが企んだ瞬間。

「……おい」

仏頂面で歩いてきた男……ランドルフだ。
彼もまた婚約者のもとに帰省してきていたらしい。
ランドルフは気まずそうにノーラの方を見てから、ヘルミーネの手を引いた。

「ヘルミーネ。この後、買い物に行くんだろう? こんなところで油を売っている場合じゃない」

「聞いてよランドルフ! お姉様ったら私のこと罵倒してばっかりでまったく口を利いてくれないのよ? 本当に口が悪くて嫌になるわ」

「そうだな。エレオノーラは救いようがない人間だな。よし、こんな奴は放っておいて俺と買い物にでも行こうか」

(なんだこいつら……)

さっさと消えてくれないだろうか。
ヘルミーネはともかく、ランドルフは適当に相槌を打っている。
彼は純粋にノーラに興味がない。
それは暗殺未遂の一件で知れたことだ。

ヘルミーネは相変わらず腕を組んで裏口の前に仁王立ちしている。

「お姉様、普段はどこに行ってるの? いつも屋敷にいないけど」

「…………」

まさかルートラ公爵家とか言うわけにはいかない。
きっとヘルミーネは激昂する。
普段は学生やってますと言うわけにもいかず……ノーラは口をつぐんだ。

「いい加減にしないか、ヘルミーネ。それ以上無駄に時間を使うなら、約束していたネックレスは買ってやらないぞ」

見かねたランドルフがとうとう苦言を呈した。
彼はそっとヘルミーネの腰に手を回し、そこから動くように促す。

「えーっ!? それは困るわ! まったく、お姉様ったらまともに会話もできないんだから……わかったわよ」

「よし、えらいな。さあ行こう」

ヘルミーネは不満そうな表情を湛えて歩きだす。
ノーラの横を通り過ぎようとした瞬間、彼女は足を止める。

何事かと身構える。
ヘルミーネは腰の部分にぶら下がったレティキュールから、ひとつの花のようなものを取り出した。
それをずいと押しつけられたので、ノーラは困惑しながら受け取る。

「なんすか」

「髪飾りよ。お姉様、最近誕生日だったでしょう? どうせ誰もプレゼントなんてくれないだろうから、私が仕方なくあげるわ。感謝しなさいよ」

「え、あ……ありがとう、ございます……」

青い花に真珠をあしらった髪飾り。
まさかのプレゼントにノーラは面食らった。

彼女が驚いて硬直している間に、ヘルミーネとランドルフは去っていってしまった。
ノーラの悪口を言いながら。
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