呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第5章 留学生

緋色の貴公子

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荒れに荒れた教室。
机はボロボロに斬り刻まれ、壁や天井は衝撃でへこんでいる。

ランドルフは強烈な目まいに耐え、崩れ落ちるように座った。
眼前には手足を縛られて倒れ伏す刺客。
激しい戦いの末、ランドルフは辛勝を収めた。

「まったく……この俺が刺客ごときに苦戦するとは。不意打ちしか能のない輩に、騎士として後れを取るなど……笑止千万」

彼は舌打ちしながら立ち上がろうとした。
しかし体に力が入らず、床の血に足を滑らせる。
全身を支配する虚脱感。

「毒か。毒が回りきる前に刺客を無力化できたのは幸いだが……」

深く息を吐く。
体の全身に魔力を巡らせ、毒の遅効を促すが……焼け石に水だろう。
この体ではまともに動けず、救援を呼べる見込みもない。

「……ここまでだな」

結論を下すのは早かった。
白く染まっていく視界、痺れて動かなくなる手足。
ランドルフは己の命終をすぐに悟った。

いまだ齢十六。
若くして死ぬにも程があるし、こんなところで死にたくはない。

「…………」

しかし死に方としては名誉な類だろう。
刺客に狙われていた令嬢を守り、騎士として立派な最期を迎えられるのだから。
落馬だの高血圧だので死ぬ無様な貴族よりはマシと言える。

自嘲しつつも己の功績を賞賛したランドルフは、再びゆっくりと瞼を持ち上げた。
そして近くに転がっていた騎士剣をなんとか引き寄せる。
重くて持ち上げることはできないが、せめて最後まで己のそばに。

「ヘルミーネ……すまない……」

惜しむらくは婚約者に顔を合わせられなかったこと。
最後に一度でいいから、愛しき人の顔を見たかった。
彼女を愛してやれる男なんて、自分しかいないだろうに。

ヘルミーネを遺して逝くのは不安だった。
だが生を望んでも、もはや命は尽きかけていて。

「…………」

ランドルフはゆっくりと瞳を閉じた。
これで終わりだ。


「――おい、大丈夫か!?」

不意に声がした。
ほとんどランドルフの意識は落ちかけていたが、聴覚だけはかろうじて生きている。

自分の体を何者かが抱える気配を感じ取る。
ランドルフは意識を落とした。

 ◇◇◇◇

ニルフック学園の外れに、立派な花園がある。
美しい景観と香りのよい花々。
高い生垣は他人の目を忍ぶにも役立ち、生徒同士の逢引にもよく利用される場所だ。

咲き誇る薔薇を眺めながら、一人の男が花園を歩いていた。
クラスBの担任教師、ソシモ――を騙る何者かが。

「おや、魔力反応が消えた。まさか一人の令嬢も始末できないとは……新人を過大評価していたようですね」

ランドルフに扮装していた刺客が無力化されたようだ。
せっかく標的を無人の教室まで誘導してやったというのに。
後進を育てる目的で新人の殺し屋を使ったが、仕損じたらしい。

「仕方ありませんねぇ。部下の尻ぬぐいをするのも上司の役目。ここは私が出ましょうか」

やれやれと嘆息し、ソシモ擬きはその場を離れようとした。
しかし咄嗟に足を止める。
こちらを値踏みするように眺める貴公子が見えたからだ。

ソシモ擬きは彼に近づくと、気だるげな調子で声をかけた。

「おーい、ペートルス・ウィガナック。ちょっといいかー?」

「ソシモ先生、ごきげんよう。何かご用でしょうか?」

「ノーラを探してんだ。夏休み前に教室の観葉植物を運ぶことになってて……ノーラがそれを手伝ってくれるんだけどな。あいつ、どこにもいやがらねー。さては逃げたか?」

「はは……では、代わりに僕がお手伝いしましょうか? すぐに終わるでしょうし」

「いやぁ……さすがにうちのクラスの仕事だしなー。三年生のお前にやらせるのは気が引けるわ。ま、あいつの場所がわかったなら教えてくれ」

片手を挙げてソシモ擬きはその場を去ろうとする。
偽装は完璧だ。
彼は一流の刺客として対象の情報を完璧に掴み、常日頃の態度も学習していた。
声色も合わせ、バレようがない……はずだったが。

「――どうしてもノーラを探したいようだね。部下が仕損じたから焦っているのかな?」

瞬間、ソシモ擬きが動いた。
目にも止まらぬ速さで懐から短刀を取り出し、ペートルスに投擲。
常人であれば防ぎようのない神業だった。

しかしペートルスはいとも容易く短刀を叩き落とした。
指先すら触れることなく、発生した衝撃波が刃先を打ち砕く。

「呪われ姫の飼い主……彼女を渡しなさい。命が惜しければね」

「誰の差し金かな? 皇帝派か、宗教派か……それとも公爵派かな?」

「……ふっ!」

言葉を交わす暇はない。
本性を現した刺客は、すかさずペートルスを屠るべく足を運んだ。
身を屈め、彼の懐に潜り込もうとした矢先。
謎の衝撃が刺客の身を吹き飛ばした。

耳をつんざく痛苦。
得体のしれない衝撃に刺客は宙を舞いながら顔をしかめた。

(これは……圧力波!)

魔術を使った素振りは見えなかった。
ペートルスの周囲に魔力はない。
そして指先ひとつ動かしていない。

何をしたのか。
刺客が瞬時に思考している隙に、ペートルスは動いていた。
その場から姿が消えている。

「どこに……!?」

背後から衝撃。
鋭い痛みが刺客の背を駆け抜ける。
自らの胸元から飛び出す銀色の刃先と鮮血。

「二手で決着か。及第点かな」

勢いよく胸を貫いたレイピアが引き抜かれる。
刺客は力なく地面に倒れた。

「い、いいのですか……私を、ここで殺しても。私を生かせば、雇い主の情報を……知れるかもしれませんよ?」

「いや、結構。プロの刺客は決して情報を吐かない。それは刺客を使う立場の僕が最もよく理解しているのでね。速やかに死んでいただこう」

ペートルスは躊躇なく刺客に止めを刺した。
何も身分を示すものを携行していないことを確認し、彼は嘆息する。

「……ノーラの居場所がバレたか。いまだ犯人は断定できていない。いったい誰が……?」

今回の一件と、イアリズ伯爵家での毒殺未遂を結びつけるのは安易だ。
あらゆる可能性を考慮し、対処に回らねばならない。

ノーラという存在はペートルスにとって失うことのできないものだった。
ゆえに彼女の命を狙う者は徹底的に排除する。
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