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第4章 儚き天才の矜持
呪縛を捨てて
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舞踏会は無事に閉幕。
照明が落ちるトラブルがあったものの、なんとか乗りきった。
学園の関係者たちが安堵に胸を撫でおろす中、外部から来ていた貴賓たちも次々と帰っていく。
ノーラもまたフリッツと共に、寮への帰り道を歩いていた。
「ダンスが練習よりも下手になっていましたね」
「うっ……いえ、その……練習では相手がヴェルナー様だったので、足の動かし方が違ったのです。それに思いのほか長時間のダンスになって、息が切れてしまいまして」
何よりも緊張していた。
本来ダナと踊るはずのフリッツがノーラと踊っているのを見られて、注目を集めていたのだ。
フリッツに恥をかかせないよう、最低限の踊りはしたつもりだが。
「その調子だと、一か月後にはダンスを忘れていそうですね。今後も踊る機会はありますから、忘れないように復習しておきましょう。練習をするときはヴェルナー先輩だけではなく、私にも声をかけてくれていいですよ」
「はい。運動するのにはちょうどいいですからね」
当たり障りのない会話をしているが、ノーラは少しだけ気まずさを感じていた。
フリッツは婚約を破談にしたばかり。
いつも通り振る舞っているだけで、きっと苦しんでいるはずだ。
そんなノーラの煩悶を感じ取ったのか、フリッツは言った。
「ピルット嬢。私はね、ダナさんと別れられて良かったと思いますよ。あの決断を間違いだと思っていないし、後悔もしていない」
「うん、あの決断は正解だと思います。でも……やっぱり、婚約破棄って家の名誉とか傷つけそうだし。ダナさんの性格とか考えたら……『フリッツ様に捨てられた』とか社交界に噂を流しそうじゃないですか?」
「さすがに彼女もそこまで馬鹿ではないでしょう。嘘が露呈すればタダでは済みませんからね。ただ……彼女には少し悪いことをしてしまいましたか」
「わ、悪いこと?」
「ダナさんもおっしゃっていたように、今から新しいお相手を見つけるのは面倒です。たとえ嫌いな相手とでも、家の事情によっては婚約を受け入れねばならない。貴族とはそういうものですから……家同士の取り決めを破ってしまった私にも非はあるかと」
フリッツに落ち度はない。
しかし、貴族社会とはそういうものだ。
ノーラの浅い思慮では想定できないような、深い意図が絡み合って婚約が結ばれる。
感情を優先するか、体裁を優先するか。
ふたつを秤にかけたとき、貴族は後者を取るというだけ。
「人生なんて一度きりですから。わたしは……フリッツ様の好きに生きてほしいと思います。個人的な感想ですけど……」
「はい、こうなった以上は好きに生きますよ。できることなら……私をちゃんと見てくれる人と、今度は婚約を結びたいものです」
「きっと理想の人を見つけられます。フリッツ様なら」
「……そうですね」
フリッツはおもむろに立ち止まった。
彼は目をすがめて空を見上げる。
つられてノーラも顔を上げた。
視線の先、広がる輝かしい星空。
綺麗だ。
「私の異能。曇りなき夜空のもと、未来が見える力。実はその力に関して、隠していたことがあります」
「えっ……!? それ、今言うことですか!?」
「ピルット嬢にだけはお伝えしておこうと思いまして。実は……私の未来予知は、兄上が亡くなった直後に発現したものなのです。兄上の死と関係があるのか、はたまた単なる偶然か……それはわかりませんが」
「……フリッツ様のお力は、オレガリオ様からの授かりもの?」
「だとしたら、まったく役に立たない授かりものですね」
困ったようにフリッツは笑って、歩みを再開する。
ノーラの右目の呪いは……母親が亡くなってから一年後に発症した。
誰かの死と特異な力が関係あるのかは不明だが斬新な着眼点だ。
「この事実を話すかどうかは、ピルット嬢にお任せしましょう。大して隠すようなことではありませんしね」
お任せすると言われても。
他人の死を学問に組み込むほどの度胸、ノーラにはない。
どう答えようか困っているうちに、ノーラの寮の前に着いた。
「今日は……ありがとうございました。あの、わたしのせいで色々とご迷惑をおかけしちゃって……ごめんなさい」
「あなたが頭を下げることはありません。むしろ私を呪縛から解き放ってくれたこと、感謝してもしきれません。本当に……ありがとうございました」
フリッツは姿勢よく頭を下げた。
ただ本音を伝えて、ダナに罵声を浴びせただけなのに……感謝されるのもむず痒い。
こういうときは……お互い様、というやつだろう。
ダンスの練習に付き合ってくれて、本番でも踊ってくれて。
本当に頼りになる先輩だ。
「じゃあ、わたしはこれで。フリッツ様もお部屋までお気をつけてお帰りください」
「はい。それでは……またクラスNで会いましょう」
そっと部屋の扉を閉める。
備え付きの光の魔石を起動して、ノーラはベッドに倒れた。
疲れた体が悲鳴を上げている。
ダンスは普段使わない筋肉を使うので、全身が痛い。
このまま眠ってしまおうか……なんて思うけれど、さすがに湯浴みくらいはしておこう。
眠気に誘われる中、カーテンを開けてみる。
窓からは満点の星空が見えた。
照明が落ちるトラブルがあったものの、なんとか乗りきった。
学園の関係者たちが安堵に胸を撫でおろす中、外部から来ていた貴賓たちも次々と帰っていく。
ノーラもまたフリッツと共に、寮への帰り道を歩いていた。
「ダンスが練習よりも下手になっていましたね」
「うっ……いえ、その……練習では相手がヴェルナー様だったので、足の動かし方が違ったのです。それに思いのほか長時間のダンスになって、息が切れてしまいまして」
何よりも緊張していた。
本来ダナと踊るはずのフリッツがノーラと踊っているのを見られて、注目を集めていたのだ。
フリッツに恥をかかせないよう、最低限の踊りはしたつもりだが。
「その調子だと、一か月後にはダンスを忘れていそうですね。今後も踊る機会はありますから、忘れないように復習しておきましょう。練習をするときはヴェルナー先輩だけではなく、私にも声をかけてくれていいですよ」
「はい。運動するのにはちょうどいいですからね」
当たり障りのない会話をしているが、ノーラは少しだけ気まずさを感じていた。
フリッツは婚約を破談にしたばかり。
いつも通り振る舞っているだけで、きっと苦しんでいるはずだ。
そんなノーラの煩悶を感じ取ったのか、フリッツは言った。
「ピルット嬢。私はね、ダナさんと別れられて良かったと思いますよ。あの決断を間違いだと思っていないし、後悔もしていない」
「うん、あの決断は正解だと思います。でも……やっぱり、婚約破棄って家の名誉とか傷つけそうだし。ダナさんの性格とか考えたら……『フリッツ様に捨てられた』とか社交界に噂を流しそうじゃないですか?」
「さすがに彼女もそこまで馬鹿ではないでしょう。嘘が露呈すればタダでは済みませんからね。ただ……彼女には少し悪いことをしてしまいましたか」
「わ、悪いこと?」
「ダナさんもおっしゃっていたように、今から新しいお相手を見つけるのは面倒です。たとえ嫌いな相手とでも、家の事情によっては婚約を受け入れねばならない。貴族とはそういうものですから……家同士の取り決めを破ってしまった私にも非はあるかと」
フリッツに落ち度はない。
しかし、貴族社会とはそういうものだ。
ノーラの浅い思慮では想定できないような、深い意図が絡み合って婚約が結ばれる。
感情を優先するか、体裁を優先するか。
ふたつを秤にかけたとき、貴族は後者を取るというだけ。
「人生なんて一度きりですから。わたしは……フリッツ様の好きに生きてほしいと思います。個人的な感想ですけど……」
「はい、こうなった以上は好きに生きますよ。できることなら……私をちゃんと見てくれる人と、今度は婚約を結びたいものです」
「きっと理想の人を見つけられます。フリッツ様なら」
「……そうですね」
フリッツはおもむろに立ち止まった。
彼は目をすがめて空を見上げる。
つられてノーラも顔を上げた。
視線の先、広がる輝かしい星空。
綺麗だ。
「私の異能。曇りなき夜空のもと、未来が見える力。実はその力に関して、隠していたことがあります」
「えっ……!? それ、今言うことですか!?」
「ピルット嬢にだけはお伝えしておこうと思いまして。実は……私の未来予知は、兄上が亡くなった直後に発現したものなのです。兄上の死と関係があるのか、はたまた単なる偶然か……それはわかりませんが」
「……フリッツ様のお力は、オレガリオ様からの授かりもの?」
「だとしたら、まったく役に立たない授かりものですね」
困ったようにフリッツは笑って、歩みを再開する。
ノーラの右目の呪いは……母親が亡くなってから一年後に発症した。
誰かの死と特異な力が関係あるのかは不明だが斬新な着眼点だ。
「この事実を話すかどうかは、ピルット嬢にお任せしましょう。大して隠すようなことではありませんしね」
お任せすると言われても。
他人の死を学問に組み込むほどの度胸、ノーラにはない。
どう答えようか困っているうちに、ノーラの寮の前に着いた。
「今日は……ありがとうございました。あの、わたしのせいで色々とご迷惑をおかけしちゃって……ごめんなさい」
「あなたが頭を下げることはありません。むしろ私を呪縛から解き放ってくれたこと、感謝してもしきれません。本当に……ありがとうございました」
フリッツは姿勢よく頭を下げた。
ただ本音を伝えて、ダナに罵声を浴びせただけなのに……感謝されるのもむず痒い。
こういうときは……お互い様、というやつだろう。
ダンスの練習に付き合ってくれて、本番でも踊ってくれて。
本当に頼りになる先輩だ。
「じゃあ、わたしはこれで。フリッツ様もお部屋までお気をつけてお帰りください」
「はい。それでは……またクラスNで会いましょう」
そっと部屋の扉を閉める。
備え付きの光の魔石を起動して、ノーラはベッドに倒れた。
疲れた体が悲鳴を上げている。
ダンスは普段使わない筋肉を使うので、全身が痛い。
このまま眠ってしまおうか……なんて思うけれど、さすがに湯浴みくらいはしておこう。
眠気に誘われる中、カーテンを開けてみる。
窓からは満点の星空が見えた。
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