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第3章 魔術講義
人の溝
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「……んまあ、合格だな。よくがんばったな、ノーラ・ピルット」
ノーラの魔術を確認し、教師は合格を言い渡した。
効力のほどは教師自らが魔術を受けることで確認。
「しっかし恐ろしいなぁ。その魔術、ん使用厳禁……と言いたいところだが、俺に禁止する権限はないからな。まあ適切に取り扱えや。俺ぁ死んだはずの母ちゃんが出てきてビビったぜ。冥界から俺を叱りにきたのかと……」
いつもは飄々とした教師の顔に苦悶が浮かぶ。
コルラードはニヤリと笑って教師の背中を叩いた。
「先生も自分にとって怖い人が出てきたんですね! 俺と同じだっ! 俺も師匠が出てきたんで……ノーラの幻影魔術はアレか? 怖い人の幻覚を見せる作用があるのかな?」
「そ、それは……うん。たしかに護身用に使えそう?」
自分に対して使ったらどうなるんだろう。
妹のヘルミーネが出てくるのか、それとも元婚約者のランドルフか、あるいは意地の悪い義母トマサか。
試してみたい気持ちもあるが、自分に魔術を使ったら解除できなくなりそうで怖い。
「ノーラ。俺でよければ今後も訓練に付き合うよ。今はただ靄を相手に当てて幻覚を見せるだけの魔術だけど……訓練を重ねれば応用の幅も広がっていくはずだ!」
「うん。その……たぶんコルラードさんは珍しい属性の魔術が見たいだけなんだろうけど。時間が空いてる日は付き合ってもらいたいな」
「うおぉ、俺の心が読まれてる!? 魔術師たるもの目前にある知識は見逃せないんだぜ!」
自分の可能性について。
ノーラが新たに見出した幻の魔術……これがどこまで有用で、応用が効くものなのか。
まだ限界が見えていない以上、地道に能力を伸ばしていくべきだろう。
◇◇◇◇
帰り道、ノーラがコルラードと一緒に廊下を歩いているときのこと。
床に屈みこむエルメンヒルデを目にした。
桃色の髪を垂らし、床に膝をついている。
「……! エルメンヒルデちゃん!」
もしや具合でも悪いのでは?
そう思い、ノーラは慌てて彼女へ駆け寄った。
「あ、ノーラちゃん。おはよ」
「大丈夫……? 具合悪いの?」
「うん? 違うよ、先生に運ぶように言われてた書類を落としちゃって。バラバラになったから集めてるんだー」
よく見れば彼女の周囲には白い紙が何枚も散らばっている。
紙には生徒たちの名前が書かれていた。
試験の解答用紙らしい。
「わたしも集めるの手伝うね」
「ありがとー! やっぱり持つべきものは友だねぇ!」
「あ、これ……まだ俺たちが受けてない試験の問題じゃね? ラッキー! 俺も集めるぜ!」
「むむ、邪な気持ちで人助けをしている男がおる……」
エルメンヒルデは冷ややかな目でコルラードを見た。
しかしコルラードはまったく気にする素振りなく、近いうちに出題されるであろう試験の問題をカンニングしながら紙をかき集める。
「はい、エルメンヒルデちゃん」
「ほらよ。これで周りに散ってる紙は全部かな?」
「二人ともありがと。えーっと……うん。クラス全員分の解答があるねぇ。助かったよー」
エルメンヒルデは学級委員だそうだ。
要するにノーラたちが所属するクラスBのバレンシア的な存在。
気高さや高貴さこそエルメンヒルデには欠けるものの、人を惹きつける朗らかさがある。
……雑用を体よく押しつけられているだけかもしれないが。
「あ、そういや名乗ってなかったな。俺はノーラの友達、クラスAのコルラード・アスオッディムっていうんだ。よろしくなっ!」
「クラスCのエルメンヒルデ・レビュティアーベだよー。クラスAの担任にさ、コルラードっていう生徒がカンニングしてたって告げ口しとくからね。震えて眠れ!」
「お、おいおい……ちょっと見ただけだろ? それに試験の解答用紙を見たのはノーラだって同じ……」
「あの、わたしのクラスはこの試験終わってるよ。一年生でこの試験をまだやってないの、コルラードさんのクラスAだけじゃないかな?」
コルラードは閉口した。
彼にしては珍しく表情に焦りが浮かんでいる。
さすがに少しかわいそうに思えてきたので、ノーラが彼を庇おうとした瞬間。
バサリと羽音がした。
見れば窓辺に一羽の黒い鳩のようなものが佇んでいる。
「あれは……紙鳩?」
紙鳩。
魔力によって動く手紙で、帝国内では貴族とその臣下のみが使用を許されている。
白い紙が主流なのだが、窓辺に止まったソレは黒い紙でできていた。
「ん、俺の主人からかな。ノーラにエルメンヒルデ、俺はちょっと寄っていく場所があるから失礼するよ。エルメンヒルデ、頼むから告げ口はしないでくれよな! じゃ、またなー!」
黒い紙鳩を掴み取ってコルラードは走り去っていく。
相変わらず忙しない人だ。
彼の背を見つめ、ノーラは嘆息した。
「エルメンヒルデちゃん、本当にクラスAの先生に言いつけるの?」
「まっさかー。エルン、そこまで優等生じゃないよ。冗談だし……まあ、それはいいとしてさ。ノーラちゃん」
エルメンヒルデはぐいとノーラの裾を引っ張り、近くにあった柱の裏へ導いた。
何事かと困惑しているノーラの耳元で彼女は囁く。
「あのコルラードって人さ。何者? 名前からして外国の人だよね」
「え? コルラードさんはね……さんろっくの賢者? っていう有名な人のお弟子さんらしいよ。わたしも詳しいことはよくわかんないけど、魔術の授業で協力してくれたんだ。すごくいい人だよ」
「ふーん、いい人なんだ? でもさ、黒い紙鳩って良くないものだよね」
「え、そうなの?」
紙の色で善し悪しがあるのか。
何色を使おうと人の勝手だと思うが。
「白でも黒でも、わたしはどっちでもいいんじゃねーかと思っちゃうけど」
「ふつーの倫理観してたら黒鳩なんて使わんて。夜に飛ばしても目立たないから、後ろ暗い目的で飛ばす人が多いんだよ。今は昼間だけどねぇ。刺客とかその類なんじゃないの、あの人?」
「いやいや、それはないと思うよ。白い紙鳩が在庫切れだったとかじゃないかな」
「紙が貴重品だった大昔じゃあるまいし。まあ、とにかく気をつけなよー。ノーラちゃんは警戒心が強そうに見えるけど、だからこそ信じられるって決めた人はとことん信じちゃいそうだからさ。……あっ、もちろんエルンのことは信用してくれてもいいけどねー?」
エルメンヒルデはそう忠告すると、廊下の向こうに歩いて行った。
彼女に言われて気がついた。
たしかにノーラは他者を拒みがちというか、最初の段階では交流が苦手だ。
しかしペートルスやバレンシア、コルラードなど……信用できると思った人にはかなり依存している気がする。
この調子で誰も彼もを信じていると、いつか落とし穴に嵌ってしまうのではないか。
さりとて人を疑い続けるような生き方はしたくないのだ。
やっぱり人付き合いは難しい。
少しずつ学んでいくしかないようだ。
ノーラの魔術を確認し、教師は合格を言い渡した。
効力のほどは教師自らが魔術を受けることで確認。
「しっかし恐ろしいなぁ。その魔術、ん使用厳禁……と言いたいところだが、俺に禁止する権限はないからな。まあ適切に取り扱えや。俺ぁ死んだはずの母ちゃんが出てきてビビったぜ。冥界から俺を叱りにきたのかと……」
いつもは飄々とした教師の顔に苦悶が浮かぶ。
コルラードはニヤリと笑って教師の背中を叩いた。
「先生も自分にとって怖い人が出てきたんですね! 俺と同じだっ! 俺も師匠が出てきたんで……ノーラの幻影魔術はアレか? 怖い人の幻覚を見せる作用があるのかな?」
「そ、それは……うん。たしかに護身用に使えそう?」
自分に対して使ったらどうなるんだろう。
妹のヘルミーネが出てくるのか、それとも元婚約者のランドルフか、あるいは意地の悪い義母トマサか。
試してみたい気持ちもあるが、自分に魔術を使ったら解除できなくなりそうで怖い。
「ノーラ。俺でよければ今後も訓練に付き合うよ。今はただ靄を相手に当てて幻覚を見せるだけの魔術だけど……訓練を重ねれば応用の幅も広がっていくはずだ!」
「うん。その……たぶんコルラードさんは珍しい属性の魔術が見たいだけなんだろうけど。時間が空いてる日は付き合ってもらいたいな」
「うおぉ、俺の心が読まれてる!? 魔術師たるもの目前にある知識は見逃せないんだぜ!」
自分の可能性について。
ノーラが新たに見出した幻の魔術……これがどこまで有用で、応用が効くものなのか。
まだ限界が見えていない以上、地道に能力を伸ばしていくべきだろう。
◇◇◇◇
帰り道、ノーラがコルラードと一緒に廊下を歩いているときのこと。
床に屈みこむエルメンヒルデを目にした。
桃色の髪を垂らし、床に膝をついている。
「……! エルメンヒルデちゃん!」
もしや具合でも悪いのでは?
そう思い、ノーラは慌てて彼女へ駆け寄った。
「あ、ノーラちゃん。おはよ」
「大丈夫……? 具合悪いの?」
「うん? 違うよ、先生に運ぶように言われてた書類を落としちゃって。バラバラになったから集めてるんだー」
よく見れば彼女の周囲には白い紙が何枚も散らばっている。
紙には生徒たちの名前が書かれていた。
試験の解答用紙らしい。
「わたしも集めるの手伝うね」
「ありがとー! やっぱり持つべきものは友だねぇ!」
「あ、これ……まだ俺たちが受けてない試験の問題じゃね? ラッキー! 俺も集めるぜ!」
「むむ、邪な気持ちで人助けをしている男がおる……」
エルメンヒルデは冷ややかな目でコルラードを見た。
しかしコルラードはまったく気にする素振りなく、近いうちに出題されるであろう試験の問題をカンニングしながら紙をかき集める。
「はい、エルメンヒルデちゃん」
「ほらよ。これで周りに散ってる紙は全部かな?」
「二人ともありがと。えーっと……うん。クラス全員分の解答があるねぇ。助かったよー」
エルメンヒルデは学級委員だそうだ。
要するにノーラたちが所属するクラスBのバレンシア的な存在。
気高さや高貴さこそエルメンヒルデには欠けるものの、人を惹きつける朗らかさがある。
……雑用を体よく押しつけられているだけかもしれないが。
「あ、そういや名乗ってなかったな。俺はノーラの友達、クラスAのコルラード・アスオッディムっていうんだ。よろしくなっ!」
「クラスCのエルメンヒルデ・レビュティアーベだよー。クラスAの担任にさ、コルラードっていう生徒がカンニングしてたって告げ口しとくからね。震えて眠れ!」
「お、おいおい……ちょっと見ただけだろ? それに試験の解答用紙を見たのはノーラだって同じ……」
「あの、わたしのクラスはこの試験終わってるよ。一年生でこの試験をまだやってないの、コルラードさんのクラスAだけじゃないかな?」
コルラードは閉口した。
彼にしては珍しく表情に焦りが浮かんでいる。
さすがに少しかわいそうに思えてきたので、ノーラが彼を庇おうとした瞬間。
バサリと羽音がした。
見れば窓辺に一羽の黒い鳩のようなものが佇んでいる。
「あれは……紙鳩?」
紙鳩。
魔力によって動く手紙で、帝国内では貴族とその臣下のみが使用を許されている。
白い紙が主流なのだが、窓辺に止まったソレは黒い紙でできていた。
「ん、俺の主人からかな。ノーラにエルメンヒルデ、俺はちょっと寄っていく場所があるから失礼するよ。エルメンヒルデ、頼むから告げ口はしないでくれよな! じゃ、またなー!」
黒い紙鳩を掴み取ってコルラードは走り去っていく。
相変わらず忙しない人だ。
彼の背を見つめ、ノーラは嘆息した。
「エルメンヒルデちゃん、本当にクラスAの先生に言いつけるの?」
「まっさかー。エルン、そこまで優等生じゃないよ。冗談だし……まあ、それはいいとしてさ。ノーラちゃん」
エルメンヒルデはぐいとノーラの裾を引っ張り、近くにあった柱の裏へ導いた。
何事かと困惑しているノーラの耳元で彼女は囁く。
「あのコルラードって人さ。何者? 名前からして外国の人だよね」
「え? コルラードさんはね……さんろっくの賢者? っていう有名な人のお弟子さんらしいよ。わたしも詳しいことはよくわかんないけど、魔術の授業で協力してくれたんだ。すごくいい人だよ」
「ふーん、いい人なんだ? でもさ、黒い紙鳩って良くないものだよね」
「え、そうなの?」
紙の色で善し悪しがあるのか。
何色を使おうと人の勝手だと思うが。
「白でも黒でも、わたしはどっちでもいいんじゃねーかと思っちゃうけど」
「ふつーの倫理観してたら黒鳩なんて使わんて。夜に飛ばしても目立たないから、後ろ暗い目的で飛ばす人が多いんだよ。今は昼間だけどねぇ。刺客とかその類なんじゃないの、あの人?」
「いやいや、それはないと思うよ。白い紙鳩が在庫切れだったとかじゃないかな」
「紙が貴重品だった大昔じゃあるまいし。まあ、とにかく気をつけなよー。ノーラちゃんは警戒心が強そうに見えるけど、だからこそ信じられるって決めた人はとことん信じちゃいそうだからさ。……あっ、もちろんエルンのことは信用してくれてもいいけどねー?」
エルメンヒルデはそう忠告すると、廊下の向こうに歩いて行った。
彼女に言われて気がついた。
たしかにノーラは他者を拒みがちというか、最初の段階では交流が苦手だ。
しかしペートルスやバレンシア、コルラードなど……信用できると思った人にはかなり依存している気がする。
この調子で誰も彼もを信じていると、いつか落とし穴に嵌ってしまうのではないか。
さりとて人を疑い続けるような生き方はしたくないのだ。
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