呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第2章 入学

ニルフック学園

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ニルフック学園。
千七百年以上の歴史を持つグラン帝国でも最大の教育機関であり、皇族をはじめとして名だたる貴族が通学する名門である。
神託を受けて設立された教育機関だと伝承されており、帝国内で強勢を誇るシュログリ教との結びつきも強い。

伝統と格式あるニルフック学園の門は、高位の貴族のみ潜ることを許されていた。
しかし文明と思想の発展、および商工業の発達によって、近年では貴族階級以外の者が入学してくることもごくまれにある。

領地経営、法律、武術に魔術、芸術に至るまで――ありとあらゆる分野を専門とする教授が集い、未来の帝国を支える柱を育て上げる。
同時に学内で貴族間のつながりを強め、帝国の平和を維持することも目的とされていた。

そして、ここ最近のニルフック学園は特に盛り上がっていた。
二年生にはグラン帝国第二皇子、デニス・イムルーク・グラン。
三年生にはルートラ公爵令息、ペートルス・ウィガナック。
皇位継承権を持つ両名が学園に在籍しているということで、中には年齢を偽ってまで入学してくる令嬢もいるくらいだ。

そうして注目を浴びるペートルスは、学園の一室で筆を走らせていた

「うーん……これでいいかな? デニス、ちょっと確認してもらえる?」

顔を上げたペートルスの視線の先、佇む青年。
彼……第二皇子デニスは書類を受け取り、長い緑髪を揺らして瞳を伏した。

「……完璧だ。よくこんなに美辞麗句を並べられるね。式辞とはいえ、冗談でも私には書けない文章だよ。ペートルスの言葉のセンスにはいつも感服させられる……」

デニスはニルフック学園の生徒会長である。
まもなく新入生を迎える入学式なのだが……彼は友人のペートルスに式辞を考えてもらっていた。
世辞や綺麗事の類が苦手なデニスにとって、取り繕った言葉を記せるペートルスを頼るのは当然のことだ。

「定型文を書けばいいだけさ。心にもないことを言ったとして、勝手に感銘を受ける人はいるからね。大事なのは中身じゃなくて表面だよ」

「いっそ清々しい。その度胸が私にはないから、兄上にもペートルスにも敵わないんだろうなぁ……」

「ははっ。今の弱音は聞かなかったことにしておこう。仮にも皇族が弱音を吐いたとあっては、帝国の威信に関わるからね?」

威圧。
ペートルスから発せられる圧に、デニスは唾を飲んだ。
『絶対に帝国の名誉を傷つけるな』と暗に言われている気がして。
笑顔ながらも有無を言わさぬ気迫がある。
デニスは慌てて話題を転換した。

「そ、そうだ。そういえば今年の新入生に注目できる人はいるかな?」

「ふむ……」

ペートルスは名簿に目を通す。
名簿には入学者の名前や出身が並んでおり、クラス分けもすでにされていた。

「アナト辺境伯家の令嬢がいるね。それと、サンロックの賢者からの推薦もいる」

「へぇ……アナト辺境伯家の令嬢っていうと、シュログリ教の巫女長か。サンロックの賢者っていうのは……ええと、ごめん。私の勉強不足だな」

「異国の有名人だよ。まあ、そこまで気にしなくてもいい。僕が個人的に気になっただけだし」

ペートルスは領地の関係上、他国の政情にも精通している。
一方でデニスは国内の情勢にしか詳しくなく、その点においても劣等感を抱いていた。
とかく眼前のペートルスという人間は完璧なのだ。
幼少期から従弟として付き合っているが、本当に……一片たりとも瑕疵が見つからない。

「入学試験の結果、今年の"クラスN"に選ばれたのは二名だ」

「というと……さっき挙げたアナト辺境伯家のご令嬢と、サンなんちゃらの賢者の推薦生徒?」

「いや。サンロックの賢者の推薦は一般クラスだね。もう一人は……くくっ。平民のノーラ・ピルットという子だ」

「……誰?」

 ◇◇◇◇

特権学級クラスNonpareilノンパレイユ――通称"クラスN"。
ニルフック学園に設けられた、全学年合同の異質の学級。
在籍条件は『特殊な力を有していること』で、その身に宿す特殊な力を解明することを主目的とする。
グラン帝国は未知の魔術や力の研究に注力しており、このクラスNもその一環で設立されたものである。

クラスNの生徒は学園全体でたった四名。
教室の机に腰かけ、愉快そうに鼻歌を鳴らす生徒が一人。
燃えるような赤髪と、海のように青い瞳を持つ長身の少年だ。
彼は周囲を見渡していたずらに笑った。

「びっくりしたよなあ、新入生が二人。しかも両方女子なんだって? いやぁ、ようやく男臭いクラスNも色づくってもんだよな」

彼の名はマインラート・サナーナ。
国王の側近であるスクロープ侯爵の嫡男である。
マインラートは同意を求めるように周囲を見渡したが、そばにいる三人の生徒は賛同せず。

「マインラート。新入生に迷惑をかけちゃだめだよ?」

「へいへい」

級長のペートルスに釘を刺されるも、柳に風。
浮ついた性格のマインラートにとって、今年の新入生は本当に待ち遠しかったのだ。
なにせクラスNは四人全員が男。
新入生の二人がどちらも女子と聞けば、黙ってはいられない性質だ。

「……新入生の性別はともかく、能力に関しては気になりますね。私の研究も滞っていましたし、これが光明となればよいのですが」

怜悧な声が響く。
窓辺で魔石をもてあそぶ細身の少年。
呟いたのはクラスNの万能選手、フリッツ。

「ペートルス卿。二名の新入生というのは、私たちが知っている者なのですか?」

「いや。両名とも夜会には出てこないご令嬢だからね。しかも一方は平民階級だし」

ペートルスの何気ない一言に、マインラートは素っ頓狂な声を上げた。
それから腰を上げてペートルスの目前に詰め寄る。

「おいおい、勘弁してくれよ。栄えあるクラスNに平民……? いくら特殊な力を持ってるからって、そりゃ学園長が認めるわけねえだろ。ペー様、あんたも級長なんだから拒否するとかできただろ?」

「そう言われても。不適格と判断された者が、クラスNに入れるわけがないだろう? 文句があるなら学園長に陳述すればいい。無駄だろうけどね」

「まったく……どんな華が来るかと思えば、雑草が来やがった。平民じゃない方に期待しとくか……本当なら平民とは一緒の空気も吸いたくないんだけどな」

ペートルスは困ったように、フリッツは無関心にマインラートの罵言を聞いていた。
これが彼にとって悪意のない振る舞いなのだから度し難い。
そうして微妙な空気が流れる三人を、壁に背を預けて見守っていた者がひとり。
彼は舌打ちして教室の出口へ向かう。

「……くだらん」

「ヴェルナー、どこへ?」

「俺に話しかけるな。剣の訓練だ、すぐ戻る」

「そう。演習までには戻ってきなよ」

「チッ……腑抜けが」

ペートルスに悪態を吐き、ヴェルナーと呼ばれた男は去っていく。
相も変わらずクラスNには険悪な空気が流れていた。
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