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第二話 入学式は波乱の幕開け≪中篇≫
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「乗っ取っただと!? ふざけるな!!」
と、体育教師の後藤が叫びながら勢いよく席から立ち上がった。すると、近くにいた金髪の女が後藤に銃口をすぐさま向けたので、思わず後藤やその周囲にいた教職員たちが慌てて身を隠した。
「みんな、落ち着いて。ここは彼らの指示に従いましょう。」
と、校長の白石が落ち着いた声で言った。
「フッ…。礼を言うぜ、校長先生。貴重なこの弾を、あんな図体_ずうたい_がデカいだけの頑固野郎の額_ひたい_に撃って、無駄にしたくはなかったもんでね…。」
「誰が、図体がデカいだけの頑固野郎だッ!?」
と、再び体育教師の後藤が怒って席から立ち上がったが、また同じように銃口を向けられ、今度は周囲にいた教職員達が、慌てながら後藤を席へと戻らせた。明香里の担任の橋崎が、どうぞ先へ進んでください、と言葉ではなく手で表現していた時、舞台上に変化に気づいた。周囲の人々やその場にいた全員も舞台上に目を移した。
なんと、リーダー格の男の真横に、いつの間にか、明香里の副担任の“恩田”が立っていた。リーダー格の男をはじめ、銃を持った男女、そして明香里を含む体育館にいた全員が、恩田に全く気付かなかった。
「な、何だ、オマエッ!?」
と、リーダー格の男も突然現れた恩田に驚きを隠せなかった。恩田は鋭い目つきで男を睨みつけていた。その眼力に男は圧倒された。
「し、死にたいのか、貴様! い、今すぐ、自分の席へ戻れ!!」
しかし、恩田は全く怯みもしなかった。それどころか、少しずつリーダー格の男に近づいていく。
「や、やめろ! く、来るんじゃない!! 戻れ! 今すぐ戻れ!!」
リーダー格の男は、果敢に向かってくる恩田に震えながらも、ショットガンの銃口を恩田の胸に向けた。それでも、恩田は怯む気配が全く無い。
「部長!!」
と、リーダー格の男の様子を見て、舞台前の左右にいた若い男と金髪の女が顔だけを向けて叫んだ。その2人の一言に、生徒達や教職員たちの何人かは「部長?」と疑問を感じていた。その違和感は他の者達へと次々に広がっていき、次第に彼らが男たちを見る目が変わっていった。
「まさかオマエら、どっかの部活がフザけてやっているのか!? どこだ!? どこの部活だ!?」
と、相手が危なくないと判断した後藤はすぐに席から立ち上がって、銃を持った男たちにドカドカと向かって行った。
こうなってはもう仕方ないと、男たちは手にしていた銃を斜め上に向けて一斉に発砲した。その発砲音には、恩田と撃った男たち以外の全員が思わず一瞬怯んでしまった。
だが、男たちが撃ったのは実弾ではなかった。その代わりに銃口から出てきたのは、紅白のリボンと数枚程度の紙吹雪、リーダー格の男が持っていたショットガンの銃口からはそれらと“祝!入学”と書かれた紅白のタスキが出ていた。
それを見て、生徒や教職員そして保護者達は呆然としていた。そして恩田はと言うと、やっぱり怯まなかった。
男たちの目的は、テロリストに扮し、入学式に乱入。騒然としている中で紅白のタスキなどを入れたオモチャの銃を発砲し、驚く新入生たち紅白の紙吹雪やタスキなどで入学をお祝いして実は在校生有志(?)によるドッキリのつもりだった。でも結局、恩田の行動などによって、結果的に中途半端な感じになってしまった。
「新入生諸君、入学おめでとう! そして…失礼しました~ッ!!」
と言って、突然乱入した若い男2人と金髪の若い女は、ソソクサと逃げるように体育館を出て行った。その後を、鬼のような顔つきの体育教師の後藤が「逃げんな、オマエらッ!!」と急いで追いかけて行った。彼らが体育館から出て行った後、残された者達の間で、最初とは全く違う意味でのザワメキがしばらく続いていた。
明香里がいるクラスでも、生徒達の間で「あれは何だったの?」と互いに顔を見合わせる者が何人もいた。一方、舞台上にいた恩田はと言うと、橋崎によって席へと強引に押し戻されていた。
しばらく色々な意味でザワメキが続いていたが、教職員たちによって鎮静させられた後、すぐに入学式が再開された。再開後から閉会まで誰にも邪魔される事なく、平穏に続けられた。しかし、大半の者は、アレは一体何だったのだろうか、という思いがずっと頭の片隅に残っていた。
入学式が終わり、新入生たちは自分たちのクラスへと戻って来た。だが、複数の保護者達が先ほどの件で教職員達にクレームが発生。一部の保護者が本物のテロリストだと思い、警察にも通報され、大勢の警官たちが駆けつけてくるという、この学校始まって以来の大騒動に発展してしまった。
入学式が終わった後は、すぐに担任教員らによるオリエンテーションなどが各クラスで行われる予定だったのだが、教職員らはこの大騒動の対応をしなければならず、急遽、新入生たちを含む全校生徒は自分たちの教室で待機となった。
明香里がいるクラスでも他のクラスでも、この騒動で持ちきりとなっていた。美緒もその一人だった。自分の席に座っていた美緒は体ごと振り向いて、後ろの席に座っている明香里と、その隣の席に座っている颯太を見て言った。
「ねえねえ、アレって一体何だったのかな? 颯太、知っている?」
「俺が知るワケないだろ。」
「じゃあ、明香里っちは?」
「私も知らないよ。」
当然の答えである。
「じゃあ、オマエは知っているのかよ、美緒。」
「知りたい?」
「え?」
「オマエ、知っているのか?」
「ちょっと2人とも耳を貸して。」
と、美緒は明香里と颯太に耳を貸すように迫ったので、2人は思わず聞き耳を立てた。
「実はね…。」
明香里と颯太は、ゴクリと唾を飲んだ。
「…アタシも何も知らないんだ。ゴメンね♪」
その瞬間、明香里はガクッと肩を落とし、颯太は丸めた入学のしおりを使ってパンッと美緒の頭を叩いた。
「だって、新入生のアタシが知るワケないじゃない!」
「そりゃそうだけど…。」
「だったら“アタシ、実は知っているんだ~♪”的な顔をするんじゃない!! 少しでも信じてしまった俺はバカだったわ!」
「や~い、バカ颯太、バカ颯太♪」
「調子にのんな!!(怒)」
と、颯太は再び同じようにパンッと美緒の頭を叩いた。明香里は苦笑するしかなかった。
「…でも、あの舞台前にいた2人が舞台上にいた男に向かって“部長!”って言っていたから、アレを企画したのはこの学校のどこかの部活の部員と部長だった、って言う事だろ?」
「どこの部活だったんだろう?」
と、明香里は首を傾げた。颯太が答えた。
「1人、金髪の女っていう凄く分かりやすい特徴もあったから、すぐに特定されそうな気もするけどな。」
「金髪って事は、やっぱり外人…留学生って事なのかな?」
「さあな。留学生とは限らないと思うぜ。日本生まれのハーフって事もあり得るし、ただの演出で金髪のカツラを被っていた黒髪の日本人女性って事も考えられるし。まっ、そんな事はもうどうでも良いけどな。」
「こんな大騒動に発展しちゃったんだから、きっと厳しい処分が科せられるんだろうな…。」
「…だろうな、きっと。」
「颯太の昼食のお弁当が今学期ずっと没収だとか?」
「なんで俺のお弁当が没収されなきゃならんのだ!? あの3人はノーダメージで、俺だけ大ダメージだし!しかも今学期ずっと昼食抜きとか、絶対に死ぬわ!!」
美緒と颯太のまるで漫才のような会話を目の当たりにして、明香里は面白おかしくて思わず笑ってしまった。それを見て美緒と颯太は最初は呆気にとられていたが、すぐに互いの顔を見合わせて、クスッと笑った。
「部活と言えば、颯太はもちろん男子バスケ部に入るんだよね?」
「ああ。俺は前期入試のスポーツ特待でこの学校の合格通知が貰えたんだからな。スポーツ特待で入ったからには、男子バスケ部に入らなきゃならない。」
「久坂部君は、バスケが得意なの?」
「知らないの、明香里っち? 颯太は中学の男子バスケ部のエース的存在で、県大会で優勝へと導いた実力を持っていて、この学校の男子バスケ部の顧問の先生が是非ともウチに欲しいって言うほどなんだから!!」
「そうなの!? 凄いんだね!」
「べ、別にそんなに凄くはないよ。運と仲間、監督に恵まれていただけだよ。そう言う、美緒はどの部活に入るんだ?」
「え?」
「まさかオマエ…、また男子バスケ部のマネージャーをしたい…なんて言い出すんじゃないだろうな?」
その瞬間、美緒はドキッとした。
「まさか図星か!? 中学もそうだったじゃないかよ! 何でそんなに拘るんだ!?」
「だって…。」
おっと、これはもしかして…?
「勘弁してくれよ。オマエがマネージャーだと、色々すったもんだを起こすんだもんな。頼んだゼッケンの手直しはグチャグチャにするし、冷たいスポーツ飲料をなぜか温めて渡して来たり、大会の時も記録とか色々しないで、ただポカーンと口を開けて見ているだけだったり、俺や仲間に意地悪しているとしか思わん!!」
「颯太のバカ!!」
と、涙を流している美緒が颯太の頬にまさかの平手打ちをした。その音が教室中に響き、思わず周りにいた他の生徒たちの視線が一斉に集まった。
「いきなり何するんだ、美緒!! 泣いたって仕方ないだろ、本当の事なんだから。」
颯太がそう言うと、また再び美緒が颯太の頬を平手打ちした。
「だから何するんだよ、美緒!!(怒)」
「もういいッ!!」
と、美緒は怒って教室を飛び出し、どこかへ行ってしまった。
「オイ、どこへ行くんだ!? 教室で待機と先生に言われただろ! …それにしても、なんでアイツ、あんなに怒っているんだ?」
と、颯太は平然とした顔で明香里に聞いてきた。
もしかして…否もしかしてと言うまでもなく、この男は間違いなく鈍い残念な男に違いない。2人は小学校からの幼馴染なのに…。その点では、美緒に同情してしまう。…と言うか颯太、今すぐ追いかけろよ。
「…何をしているの、久坂部君?」
「え?」
「今すぐ立花さんの後を追いかけてよ!」
「え、何で!?」
「行きなさい! 今すぐ!!」
「わ、分かったから。塚原さん、そんな怖い顔して怒るなよ…。」
と言って、颯太は渋々、教室を出て行った。怖い顔した明香里は、いったいどんな顔だったのだろう…。
「部活、か…。」
颯太を見送って1人になった明香里は、自分の机の上に両肘をつき物思いにふけ始めた。
明香里は、既にどの部活に入るのかは、この学校を受ける前から決めていた。と言うよりも、その部活に入部することが、ある目的を達成するの為の始まりだった。
明香里は、自分の机の中にしまっておいた入学のしおりを取り出して、部活動について書かれたページを開いた。そこには、この学校のすべての部活動の一覧が記されていた。その一覧の中から、とある部活の名称を見つけると、そこに注目した。
≪演劇部≫
この演劇部に入部することが、明香里がこの学校に入学した目的だった。
明香里は、小さい頃から演劇が好きだった。薄い記憶しか残っていないか、明香里から母親がいなくなる前まで、母親に連れられて演劇を見に行った事がある。まだ幼稚園児になるくらいの小さな子供だった明香里が母親の膝の上に載せられて見る演劇。まだ言葉も内容もハッキリとは理解する事はできないが、舞台上で光り輝くスポットライトに照らされて演じる人々と軽やかな音楽に、明香里は目を輝かせながら見ていた。
それからというもの、明香里は演劇にくぎ着けになった。母親がいなくなって物心がつくようになると、明香里は街の文化会館のロビーで無料で配布されている演劇公演のポスターを自分でこっそり貰ってきては家で何度も飽きるくらい見ていた。テレビで地元の劇団が公演している舞台が放送されていた時は、テレビの真ん前でしっかりと見ていた。だが、これらを明香里の父は「演劇なんか、くだらん。所詮、幻想に過ぎん!」と断固反対し、明香里から演劇に関わる物すべてを強制的に取り上げてしまった。
しかし、明香里の強い想いは消える事はなかった。むしろ、その想いを余計に強める事になった。
演劇は確かに幻想の、架空の物語かもしれない。舞台上の人は演じている人に過ぎないかもしれない。でも、自分はいつかあの舞台に立ち、その物語に登場する人物となって、輝くスポットライトと観に来た人々の注目を浴びて、そして最後には沢山の拍手を貰いたい、舞台上で輝いている自分の姿を両親に見てもらいたい、と…。
明香里は中学時代の夏休みに、ボランティアで地元劇団に有志として参加した。もちろん、父には秘密だ。街の保育園などを周って、園児向けに披露する劇に少しだけ出演した。演技力は良いとは言えないくらいだったが、明香里にとっては出演できた事だけでも嬉しかった。通っていた中学や周りの中学に演劇部が無かったのが残念だった。
そして明香里は中学在学中、自宅からもそれほど遠くないこの高校に演劇部がある事を知った。他の周りの高校に演劇部は無い。すぐにこの学校へ入学する意思を決めた。当然、父は演劇部に入部したいだけの理由で入学する事は大反対だろう。でも、大学進学に力を入れているこの学校で大学進学する為という名目で、父に受け入れてもらった。あくまで大学進学の為で、演劇部の事は一切触れていない。演劇部に入る事は口が裂けても言えない。
勉学があまり得意な方ではなかった明香里だが、この学校に入学する為、必死に勉強し、その努力が認められ、今、こうしてこの学校の新入生として存在している。あとは、演劇部に行って入部するだけだ。
≪ 第三話 に続く ≫
と、体育教師の後藤が叫びながら勢いよく席から立ち上がった。すると、近くにいた金髪の女が後藤に銃口をすぐさま向けたので、思わず後藤やその周囲にいた教職員たちが慌てて身を隠した。
「みんな、落ち着いて。ここは彼らの指示に従いましょう。」
と、校長の白石が落ち着いた声で言った。
「フッ…。礼を言うぜ、校長先生。貴重なこの弾を、あんな図体_ずうたい_がデカいだけの頑固野郎の額_ひたい_に撃って、無駄にしたくはなかったもんでね…。」
「誰が、図体がデカいだけの頑固野郎だッ!?」
と、再び体育教師の後藤が怒って席から立ち上がったが、また同じように銃口を向けられ、今度は周囲にいた教職員達が、慌てながら後藤を席へと戻らせた。明香里の担任の橋崎が、どうぞ先へ進んでください、と言葉ではなく手で表現していた時、舞台上に変化に気づいた。周囲の人々やその場にいた全員も舞台上に目を移した。
なんと、リーダー格の男の真横に、いつの間にか、明香里の副担任の“恩田”が立っていた。リーダー格の男をはじめ、銃を持った男女、そして明香里を含む体育館にいた全員が、恩田に全く気付かなかった。
「な、何だ、オマエッ!?」
と、リーダー格の男も突然現れた恩田に驚きを隠せなかった。恩田は鋭い目つきで男を睨みつけていた。その眼力に男は圧倒された。
「し、死にたいのか、貴様! い、今すぐ、自分の席へ戻れ!!」
しかし、恩田は全く怯みもしなかった。それどころか、少しずつリーダー格の男に近づいていく。
「や、やめろ! く、来るんじゃない!! 戻れ! 今すぐ戻れ!!」
リーダー格の男は、果敢に向かってくる恩田に震えながらも、ショットガンの銃口を恩田の胸に向けた。それでも、恩田は怯む気配が全く無い。
「部長!!」
と、リーダー格の男の様子を見て、舞台前の左右にいた若い男と金髪の女が顔だけを向けて叫んだ。その2人の一言に、生徒達や教職員たちの何人かは「部長?」と疑問を感じていた。その違和感は他の者達へと次々に広がっていき、次第に彼らが男たちを見る目が変わっていった。
「まさかオマエら、どっかの部活がフザけてやっているのか!? どこだ!? どこの部活だ!?」
と、相手が危なくないと判断した後藤はすぐに席から立ち上がって、銃を持った男たちにドカドカと向かって行った。
こうなってはもう仕方ないと、男たちは手にしていた銃を斜め上に向けて一斉に発砲した。その発砲音には、恩田と撃った男たち以外の全員が思わず一瞬怯んでしまった。
だが、男たちが撃ったのは実弾ではなかった。その代わりに銃口から出てきたのは、紅白のリボンと数枚程度の紙吹雪、リーダー格の男が持っていたショットガンの銃口からはそれらと“祝!入学”と書かれた紅白のタスキが出ていた。
それを見て、生徒や教職員そして保護者達は呆然としていた。そして恩田はと言うと、やっぱり怯まなかった。
男たちの目的は、テロリストに扮し、入学式に乱入。騒然としている中で紅白のタスキなどを入れたオモチャの銃を発砲し、驚く新入生たち紅白の紙吹雪やタスキなどで入学をお祝いして実は在校生有志(?)によるドッキリのつもりだった。でも結局、恩田の行動などによって、結果的に中途半端な感じになってしまった。
「新入生諸君、入学おめでとう! そして…失礼しました~ッ!!」
と言って、突然乱入した若い男2人と金髪の若い女は、ソソクサと逃げるように体育館を出て行った。その後を、鬼のような顔つきの体育教師の後藤が「逃げんな、オマエらッ!!」と急いで追いかけて行った。彼らが体育館から出て行った後、残された者達の間で、最初とは全く違う意味でのザワメキがしばらく続いていた。
明香里がいるクラスでも、生徒達の間で「あれは何だったの?」と互いに顔を見合わせる者が何人もいた。一方、舞台上にいた恩田はと言うと、橋崎によって席へと強引に押し戻されていた。
しばらく色々な意味でザワメキが続いていたが、教職員たちによって鎮静させられた後、すぐに入学式が再開された。再開後から閉会まで誰にも邪魔される事なく、平穏に続けられた。しかし、大半の者は、アレは一体何だったのだろうか、という思いがずっと頭の片隅に残っていた。
入学式が終わり、新入生たちは自分たちのクラスへと戻って来た。だが、複数の保護者達が先ほどの件で教職員達にクレームが発生。一部の保護者が本物のテロリストだと思い、警察にも通報され、大勢の警官たちが駆けつけてくるという、この学校始まって以来の大騒動に発展してしまった。
入学式が終わった後は、すぐに担任教員らによるオリエンテーションなどが各クラスで行われる予定だったのだが、教職員らはこの大騒動の対応をしなければならず、急遽、新入生たちを含む全校生徒は自分たちの教室で待機となった。
明香里がいるクラスでも他のクラスでも、この騒動で持ちきりとなっていた。美緒もその一人だった。自分の席に座っていた美緒は体ごと振り向いて、後ろの席に座っている明香里と、その隣の席に座っている颯太を見て言った。
「ねえねえ、アレって一体何だったのかな? 颯太、知っている?」
「俺が知るワケないだろ。」
「じゃあ、明香里っちは?」
「私も知らないよ。」
当然の答えである。
「じゃあ、オマエは知っているのかよ、美緒。」
「知りたい?」
「え?」
「オマエ、知っているのか?」
「ちょっと2人とも耳を貸して。」
と、美緒は明香里と颯太に耳を貸すように迫ったので、2人は思わず聞き耳を立てた。
「実はね…。」
明香里と颯太は、ゴクリと唾を飲んだ。
「…アタシも何も知らないんだ。ゴメンね♪」
その瞬間、明香里はガクッと肩を落とし、颯太は丸めた入学のしおりを使ってパンッと美緒の頭を叩いた。
「だって、新入生のアタシが知るワケないじゃない!」
「そりゃそうだけど…。」
「だったら“アタシ、実は知っているんだ~♪”的な顔をするんじゃない!! 少しでも信じてしまった俺はバカだったわ!」
「や~い、バカ颯太、バカ颯太♪」
「調子にのんな!!(怒)」
と、颯太は再び同じようにパンッと美緒の頭を叩いた。明香里は苦笑するしかなかった。
「…でも、あの舞台前にいた2人が舞台上にいた男に向かって“部長!”って言っていたから、アレを企画したのはこの学校のどこかの部活の部員と部長だった、って言う事だろ?」
「どこの部活だったんだろう?」
と、明香里は首を傾げた。颯太が答えた。
「1人、金髪の女っていう凄く分かりやすい特徴もあったから、すぐに特定されそうな気もするけどな。」
「金髪って事は、やっぱり外人…留学生って事なのかな?」
「さあな。留学生とは限らないと思うぜ。日本生まれのハーフって事もあり得るし、ただの演出で金髪のカツラを被っていた黒髪の日本人女性って事も考えられるし。まっ、そんな事はもうどうでも良いけどな。」
「こんな大騒動に発展しちゃったんだから、きっと厳しい処分が科せられるんだろうな…。」
「…だろうな、きっと。」
「颯太の昼食のお弁当が今学期ずっと没収だとか?」
「なんで俺のお弁当が没収されなきゃならんのだ!? あの3人はノーダメージで、俺だけ大ダメージだし!しかも今学期ずっと昼食抜きとか、絶対に死ぬわ!!」
美緒と颯太のまるで漫才のような会話を目の当たりにして、明香里は面白おかしくて思わず笑ってしまった。それを見て美緒と颯太は最初は呆気にとられていたが、すぐに互いの顔を見合わせて、クスッと笑った。
「部活と言えば、颯太はもちろん男子バスケ部に入るんだよね?」
「ああ。俺は前期入試のスポーツ特待でこの学校の合格通知が貰えたんだからな。スポーツ特待で入ったからには、男子バスケ部に入らなきゃならない。」
「久坂部君は、バスケが得意なの?」
「知らないの、明香里っち? 颯太は中学の男子バスケ部のエース的存在で、県大会で優勝へと導いた実力を持っていて、この学校の男子バスケ部の顧問の先生が是非ともウチに欲しいって言うほどなんだから!!」
「そうなの!? 凄いんだね!」
「べ、別にそんなに凄くはないよ。運と仲間、監督に恵まれていただけだよ。そう言う、美緒はどの部活に入るんだ?」
「え?」
「まさかオマエ…、また男子バスケ部のマネージャーをしたい…なんて言い出すんじゃないだろうな?」
その瞬間、美緒はドキッとした。
「まさか図星か!? 中学もそうだったじゃないかよ! 何でそんなに拘るんだ!?」
「だって…。」
おっと、これはもしかして…?
「勘弁してくれよ。オマエがマネージャーだと、色々すったもんだを起こすんだもんな。頼んだゼッケンの手直しはグチャグチャにするし、冷たいスポーツ飲料をなぜか温めて渡して来たり、大会の時も記録とか色々しないで、ただポカーンと口を開けて見ているだけだったり、俺や仲間に意地悪しているとしか思わん!!」
「颯太のバカ!!」
と、涙を流している美緒が颯太の頬にまさかの平手打ちをした。その音が教室中に響き、思わず周りにいた他の生徒たちの視線が一斉に集まった。
「いきなり何するんだ、美緒!! 泣いたって仕方ないだろ、本当の事なんだから。」
颯太がそう言うと、また再び美緒が颯太の頬を平手打ちした。
「だから何するんだよ、美緒!!(怒)」
「もういいッ!!」
と、美緒は怒って教室を飛び出し、どこかへ行ってしまった。
「オイ、どこへ行くんだ!? 教室で待機と先生に言われただろ! …それにしても、なんでアイツ、あんなに怒っているんだ?」
と、颯太は平然とした顔で明香里に聞いてきた。
もしかして…否もしかしてと言うまでもなく、この男は間違いなく鈍い残念な男に違いない。2人は小学校からの幼馴染なのに…。その点では、美緒に同情してしまう。…と言うか颯太、今すぐ追いかけろよ。
「…何をしているの、久坂部君?」
「え?」
「今すぐ立花さんの後を追いかけてよ!」
「え、何で!?」
「行きなさい! 今すぐ!!」
「わ、分かったから。塚原さん、そんな怖い顔して怒るなよ…。」
と言って、颯太は渋々、教室を出て行った。怖い顔した明香里は、いったいどんな顔だったのだろう…。
「部活、か…。」
颯太を見送って1人になった明香里は、自分の机の上に両肘をつき物思いにふけ始めた。
明香里は、既にどの部活に入るのかは、この学校を受ける前から決めていた。と言うよりも、その部活に入部することが、ある目的を達成するの為の始まりだった。
明香里は、自分の机の中にしまっておいた入学のしおりを取り出して、部活動について書かれたページを開いた。そこには、この学校のすべての部活動の一覧が記されていた。その一覧の中から、とある部活の名称を見つけると、そこに注目した。
≪演劇部≫
この演劇部に入部することが、明香里がこの学校に入学した目的だった。
明香里は、小さい頃から演劇が好きだった。薄い記憶しか残っていないか、明香里から母親がいなくなる前まで、母親に連れられて演劇を見に行った事がある。まだ幼稚園児になるくらいの小さな子供だった明香里が母親の膝の上に載せられて見る演劇。まだ言葉も内容もハッキリとは理解する事はできないが、舞台上で光り輝くスポットライトに照らされて演じる人々と軽やかな音楽に、明香里は目を輝かせながら見ていた。
それからというもの、明香里は演劇にくぎ着けになった。母親がいなくなって物心がつくようになると、明香里は街の文化会館のロビーで無料で配布されている演劇公演のポスターを自分でこっそり貰ってきては家で何度も飽きるくらい見ていた。テレビで地元の劇団が公演している舞台が放送されていた時は、テレビの真ん前でしっかりと見ていた。だが、これらを明香里の父は「演劇なんか、くだらん。所詮、幻想に過ぎん!」と断固反対し、明香里から演劇に関わる物すべてを強制的に取り上げてしまった。
しかし、明香里の強い想いは消える事はなかった。むしろ、その想いを余計に強める事になった。
演劇は確かに幻想の、架空の物語かもしれない。舞台上の人は演じている人に過ぎないかもしれない。でも、自分はいつかあの舞台に立ち、その物語に登場する人物となって、輝くスポットライトと観に来た人々の注目を浴びて、そして最後には沢山の拍手を貰いたい、舞台上で輝いている自分の姿を両親に見てもらいたい、と…。
明香里は中学時代の夏休みに、ボランティアで地元劇団に有志として参加した。もちろん、父には秘密だ。街の保育園などを周って、園児向けに披露する劇に少しだけ出演した。演技力は良いとは言えないくらいだったが、明香里にとっては出演できた事だけでも嬉しかった。通っていた中学や周りの中学に演劇部が無かったのが残念だった。
そして明香里は中学在学中、自宅からもそれほど遠くないこの高校に演劇部がある事を知った。他の周りの高校に演劇部は無い。すぐにこの学校へ入学する意思を決めた。当然、父は演劇部に入部したいだけの理由で入学する事は大反対だろう。でも、大学進学に力を入れているこの学校で大学進学する為という名目で、父に受け入れてもらった。あくまで大学進学の為で、演劇部の事は一切触れていない。演劇部に入る事は口が裂けても言えない。
勉学があまり得意な方ではなかった明香里だが、この学校に入学する為、必死に勉強し、その努力が認められ、今、こうしてこの学校の新入生として存在している。あとは、演劇部に行って入部するだけだ。
≪ 第三話 に続く ≫
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