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アルバの高等学園編

甘酸っぱいなあ

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 鍛錬所に着くと、他の班もちょうど鍛錬所の課題をするところだった。
 幸い受付は一つではなかったので、そのまま空いている場所に向かう。

「お疲れ様です。課題はこちらになります。鍛錬所の中で課題を解いて貰いますので、中に入って下さい」

 上級生に鍛錬所の入り口を示されて、俺たちはぞろぞろと移動した。
 どんな課題なんでしょうね、なんてアーチー君とランド君が話をしている。
 俺もセピア嬢と二人で「剣術の何かだったら手がでませんね」と会話をしながら入り口をくぐった。
 中には剣技担当の先生三人とリコル先生が壁際で待機している。  
 そして上級生が腰に剣を佩いて待っていた。
 俺たちの班と、もう一つの班が並んで指示された場所に立つと、説明が始まった。

「ここでは別に剣技をしろという課題ではありません。こんな恰好をしているのは、この場所を飾る単なる演出です」

 キリッとそんな説明を始める上級生に、横に控えている先生達が苦笑している。

「先ほどもらった課題を見て下さい。そこには先生四人の名前が書かれています。どのようにしてもいい、その先生方の好きな食べ物を記入して下さい。でも、教えて下さいとストレートに行ってもきっと教えてはくれません。皆で相談して行動して下さい。もちろん剣を挑んでもいいです。多少の怪我は、リコル先生もいるので問題ないです。ちなみにリコル先生も質問対象ですので、頑張って下さい」

 さあ輪になって相談を! と上級生に言われたので、俺たちは素直に輪になって頭を突きつけた。
 今までの課題からすると簡単に思うかもしれないけれど、むしろどうしたら教えて貰えるのか考えるのが難しい。

「先生の好きな食べ物ですか……まだ高等学園にきたばかりだから噂でもそういうものは知らないですよね。俺、剣で挑んでみようかな」

 ランド君が腕を組んでそんな提案をしてくれる。

「ちょっとずるいかもしれませんが、リコル先生は僕ずっと主治医をしてもらっていたので、好きな食べ物はわかります。うちで食事をした時に、鴨の香草焼きは必ず大きくしてもらっていましたし、料理長もわかっていてリコル先生の分は二皿分作っていました。お菓子で言えば、乾燥茶葉で香り付けしたクッキーです」

 俺は他に聞こえないように声を潜めて、独自情報を伝えた。

「それは確実な情報ですね……! 方法は問わないと言ってましたし、それをもう書いちゃってもいいのでは?」
「でも僕がリコル先生の好物を知っているのを、リコル先生もわかっているので、違う物を答えとしているかもしれません」
「じゃあ一応それも視野に入れて、もし他の情報を貰えなかったらそれを書いてみますか」

 俺の情報を、早速フレッド君がメモ用紙にメモした。
 剣で勝負を挑んで教えて貰うというのもありだけれど、そのやり方は俺とセピア嬢には出来ないやり方だから……

「剣で勝負というのは、三人への負担が大きくなってしまいます。僕の拙い光魔法の練習台になってもいいよというのであれば、お願いしたいですけれど……」
「もう治癒も出来るのですか?」
「まだ弱った花がちょっと元気になるくらいです。まだ魔法を習い始めて一月もたっていないので。練習台になってくれなんてなかなか他の方に頼めないですし」

 もう病は完治したということをアピールするために、俺はそんな冗談を言った。

「僕がボコボコにされたら治癒魔法使って貰っていいですか?」

 はい! と手を上げて、アーチー君がそんな優しいことを言ってくれる。

「魔法、もう使えるんですもんね……んじゃ俺も練習台立候補します!」

 ランド君もさっと手を上げてくれた。二人とも優しい。

「僕にも、もしお嫌でなければ治癒魔法をお願いします……」

 フレッド君まで乗ってくれたので、俺は頬が緩むのを止められなかった。この班の皆優しい。

「もちろんです! あ、でも傷が治らなかったらすぐにリコル先生のところに走って下さいね! 何なら僕が連れて行きます!」
「「「自分で行けます」」」

 俺の言葉に被せるように三人の答えが重なった瞬間、セピア嬢が耐えられないというように噴き出した。

「ご、ごめんなさい、はしたないですね……もう、笑わせないでくださいませ……ふふ」

 ランド君が代表してセピア嬢に小突かれる。意味もわからずランド君が「ご、ごめん?」と謝ったところで、後ろの方から模擬剣のぶつかる音が聞こえて来た。
 もう一つの班の生徒が、剣で勝負を仕掛けたらしい。

「あ、出遅れましたね。じゃあ、私たちは剣以外で好きな食べ物情報を手に入れましょうか、アルバ様」
「いいですね。三人も、勝負以外で情報を貰えそうなら、遠慮なく動いて下さいね」

 解散、と俺が合図すると、三人は早速今動いていない先生のところに走っていった。
 俺とセピア嬢はそちらには行かず、その場でどうしようかと相談することにする。
 チラリと他の班を見たら、先生に勝負を挑んでいるのは一人だけで、他の四人はただ立ってその勝負を見ているだけだった。

「僕たちは、絡め手で上級生達に情報をもらいに行きませんか。本人に直接がダメなら、他の人からその他の先生の情報を仕入れるのはありだと思うんですよ」
「あら。それは面白そうですわね。何か交換条件とかあるでしょうか」
「あったらあったで面白いと思います」
「そうですわね。楽しまないと損ですわね」

 セピア嬢ももう一つの班のことをちょっとだけ気にしているようで、つまらなそうに立っている人達を見て可哀想にと呟いていた。
 二人で説明をしてくれた帯剣している上級生の元に向かう。

「お、どうした。もし花摘みに行きたい場合は行ってこいよ」
「こういうところでそういうことを言うのは流石に失礼ですわ」

 あけすけな上級生の言葉に、セピア嬢が顔を顰める。
 そして不快そうにしながら口を開いた。

「女性にそのようなことを口に出すものではありませんわ」
「あ、ごめん。先生のところに行かないでこっちに来たからと思って……」
「謝罪はいりません。代わりに先生の好物を一つ教えていただけましたら水に流しますわ」

 セピア嬢の言葉に、俺と上級生は一緒に「あっ」という顔をした。
 なる程上手い。上級生もそう思ったらしく、参ったなと苦笑して、頭を掻いた。

「あはは、しまった罠に掛かってしまった……。わかったよ。そんなことで謝罪になるのなら、一人だけ教えよう」

 上級生はそっと屈むと、セピア嬢の耳に顔を近付けて、よく聞こえるように手を添えると何かを囁いた。
 すぐ隣にいた俺にも聞こえないくらい小さな声で、上級生が何かを囁くたびにセピア嬢の顔が赤くなっていった。

「……だからな、このあと」
「ちょっと! 距離が近すぎますわ……っ!」

 ぐいとセピア嬢に胸を押されて、上級生は大人しく距離を置いた。そして残念と笑った。

「ごめん。あまりに可愛くて思わず」
「かかか可愛い……ッ!?」

 真っ赤になったセピア嬢は、口を押さえて目を見開いて上級生を見上げた。

「ご自分のお顔がいいからって、私がそんな言葉に惑わされるとお思いかしら……!?」

 顔を覆ってそんなことを叫んでいるセピア嬢は、思いっきり上級生に惑わされていた。顔がいいって、好みの顔だと暴露しているようなものだよ。上級生もそう思ったらしく、嬉しそうに口角を上げた。
 なる程こうやってナンパするのか。思わぬ上級スキルに感心してしまう。
 セピア嬢は可愛いし、この学園では婚約者がいる生徒はあまりいないし、家格が釣り合えば恋人になって卒業後結婚なんていうこともあり得るんだよなあ。頑張れ。
 甘酸っぱいなあ。と生暖かい目で見ていると、セピア嬢にぐいっと手を取られて、最初に頭を突き合わせた場所まで引っ張られた。
 後ろを振り返ると、上級生はセピア嬢に怒られたのにもかかわらず何やら嬉しそうな顔をして手を振っていた。

「大丈夫でしたか?」
「……っ、ご心配には及びません……! 先ほどの課題の紙を出して下さい!」

 勢いに押されて課題の紙を渡すと、セピア嬢が剣技のマルテ先生の欄に勢いよく『炙り干し肉』と書き込んだ。

「マルテ先生の情報は貰ったので他の先生の情報を貰うよう三人にお伝えしてきますわね!」

 まだ頬を赤くしたまま、セピア嬢は紙をバッと俺に渡して、三人の向かった方に走っていってしまった。
 ランド君とアーチー君が空いていた剣技の先生と手合わせしている横で、フレッド君はリコル先生と何か話し込んでる。
 セピア嬢はちょうど勝負を終えたアーチー君のところにさっと向かってしまった。そしてアーチー君にマルテ先生の情報はゲットしたことを伝え、どうやって手に入れたのですかと聞かれてまた真っ赤になっている。

「まだまだあ!」
「お、その根性はいいな! だが脇が甘い!」
「うあ!」

 吹っ飛ばされたランド君が転がってもまた立ち上がって先生に仕掛けていく。こっちはちょっと時間が掛かりそうだった。
 俺も近付いて行くと、フレッド君とリコル先生の会話が聞こえてきた。

「そうなんですね……お気持ちはとてもわかります。でももう希望は捨てなくても大丈夫ですよ」
「はい。でも、やはり僕の家は貴族ではないですから……」
「あそこは貴族だからとか市井だからと分けるような家ではありません」

 何やら深刻な悩み相談が繰り広げられているようだ。これは近付いてもいいのかな。
 どうしようかなと中途半端な位置で足を止めていると、他の班の生徒と先生の勝負が付いたようだった。
 先生と少しだけ話をして戻って来た生徒は、肩で息をしながら手に入れた情報を代表の生徒に伝えていた。

「ご苦労様。じゃあ次の先生に行ってきてください」

 代表の生徒がにこやかにそんなことを指示した。情報を持ってきた生徒は少しだけ絶望したような顔をしてから、息を整えてまた戻っていった。残った四人は平然とその生徒を見送っている。
 セドリック君の班の人達が言ってたのはこのことかな。確かに見ているだけでも嫌な気分になるね。
 まだ疲れた顔をしているその生徒は、今度はアーチー君と勝負していた先生のところに行った。先生は呆れた顔をしてその生徒と班の生徒たちを交互に見ている。

「ダメだなあ! 一人が一つ情報を手に入れたら、他の情報は他の生徒しか手に入れることが出来ないんだよなあ!」

 先生の声が鍛錬嬢内に響く。
 そんな条件は最初に掲示されていなかったけれど、と首を傾げたところで、近くから「使えない」という呟きが聞こえて来た。
 先生もこの状況に呆れてたんだよねきっと。
 皆が今の大声で手を止めてその先生に注目している。

「そんな条件は最初に付けられていませんでしたが!」
「そりゃあそうだ。そういう条件を手に入れるのも生徒次第だからな。ほら、俺の情報は誰が手に入れるんだ?」

 班の代表が文句を言うと、先生がニヤリと笑った。先生は、どうやら代表を煽っているらしい。
 あーあと思いながら見ていると、パッとその生徒と目が合った。
 

 
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