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4巻

4-3

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 陛下は紙から顔を上げて、腰を下ろす王弟殿下に視線を向けた。
 何かを言うでもなく、嘆息した陛下は、またしても紙に視線を落とした。
 しばしの沈黙が辺りを包む。
 声を掛けることも出来ずに膝の上でぐっと手を握りしめていると、ノックと共に属性を調べる大ぶりの真珠のような輝きを持つ玉が届けられた。ルーナの属性を調べた時と同じものだ。

「さて」

 陛下が魔術陣とその真珠のようなものを手にするのを見て、怖くなる。
 あれは、魔力がほぼ空になるまで吸われる奴だ。魔力がなくなる時に兄様がいない場合、毎回最悪に近い状態になっていた。
 だから、陛下がそっと俺の前にそれを差し出しても手を伸ばす気になれない。
 そんな俺を試すように陛下が見つめていた。

「その魔術陣を手に取り、その上に属性魔石を乗せると、お前の属性がわかる」
「やり方は……わかります」

 でも、魔力がなくなってしまうとわかるのに手を出す気にはなれない。怖い。
 震えそうになる手をギュッと握ると、義父がそっと俺の手に自分の手を重ねた。

「陛下、よろしいでしょうか。アルバは今までずっと、魔力枯渇の辛さを誰よりも味わってきた子です。ましてや属性魔石を使うと命が危ないという状態で今まで生きてきました。このやり方は、親として承諾出来かねます」

 義父が庇ってくれたことが嬉しくて、目が潤みかける。
 それに、触れるときっと『とき属性』だというのが陛下の目にさらされてしまう。二重に怖い。
 けれど、これで誤魔化したら、それこそ調べられたら困る属性だと言っているようなものだ。
 どちらにしろ、陛下に疑われた時点で詰んでいる。
 それなら、義父が責められる前に、せめて一生監禁だけは回避したい。
 兄様と、約束したんだから。天にも昇るような幸せな約束を。

「……父様、大丈夫です。触れます」

 顔を上げて言うと、驚いた表情の義父と目が合った。
 俺はそのまま視線を陛下に移す。

「きっと魔石に触れたら、僕は倒れてしまいます。今までそのようなときはいつも、兄様や父様にフォローしてもらいました。僕が昏倒した場合の対処を一番分かっているのは、父様です」

 そこで一度言葉を止めて、俺は義父を見上げた。
 義父は俺を安心させるように、兄様そっくりの優しい笑みを浮かべてくれている。そっと義父の手が俺の手に重なった。その体温に、とてもホッとした。

「もし僕の意識がなくなったら、絶対に父様の指示に従ってほしいです。こんな、属性を調べるためだけに二度と目が開けられないなど、きっと死んでも死に切れません。これだけ約束いただけたら、その魔石に触れます」

 重ねられた義父の手の温かさに勇気づけられて、手の震えが止まる。

「了解した」

 陛下が頷くと、すぐざま王弟殿下が口を挟んだ。

「私が、今の約束事の立会人となろう。兄上、アルバ君が倒れたら、全てをハルスにゆだねることを誓っていただきます」
「そこまでするのか」

 王弟殿下の言葉に、陛下は驚いたような表情を浮かべた。
 きっと皆にとって、属性検査はそれほど大変なことじゃないんだろう。だから、文字通り俺にとっては命がけだということも、ただ知識としてあるだけなんじゃないだろうか。
 義父の手が、俺の手をぎゅっと握る。俺はその義父の体温がなかったら怖くて逃げ出していたかもしれない。
 宝玉に触れた時は兄様がいたから怖くなかった。
 けれど、いつでも側にいて俺に魔力を注いでくれて、命を繋いでくれる兄様がいないだけで、魔力がなくなることがこんなにも怖い。
 震えそうになる俺を見て一瞬だけ痛ましそうに目を細めた王弟殿下は、改めて深く頷いた。

「もちろんそれくらいは致します。アルバ君にとっては、他の者たちにはただ魔力を一時的に吸われるだけの代物も、その命をむしばむ毒となります。ましてや今は、宝玉に魔力を入れ、枯渇からようやく回復したばかり。そこまでしないと、きっと彼は触れられないでしょう。無条件に魔力を枯渇させる決断をするために我々がアルバ君から信頼を得るには、時間が少なすぎる」

 王弟殿下の真剣な表情に少しだけ気圧けおされるように、あいわかった、と頷いた陛下にホッと息を吐いてから、俺は義父を見上げた。
 ――属性検査を受けたら、結果が出る前に意識を失って逃げる。
 義父がいなかったら、絶対に取れない手段だった。
 ここでバッチリ俺が意識を失ったら、きっと義父がよくしてくれるはず。というか、俺が意識を失った瞬間、俺の身柄は義父の手に戻るんだ。
 ふわりと目を細めた義父は、きっと俺の意を汲んでくれるはず。
 俺の身柄だけじゃなくて絶対に側にいないといけないから、と、兄様のことも呼び戻してくれることを心の中で希望しながら、俺は魔術陣に手を伸ばした。
 魔術陣は、魔力の多さを光で表し、内面の魔力を相応しい形に変えてくれるものだというのが読み取れる。せめてギリギリ魔力が残るように魔術陣に刻んでくれたら、怖がらずに触れられるのに。ああ、でも、今回に限りそれはダメだ。精いっぱい魔力を込めよう。

「父様、後はよろしくお願いします」

 そう伝えると、俺は自ら魔石を手に取り、魔術陣に載せた。



   幕間 光属性と王の資質(side王弟デューク・サン・ブレイド)


 アルバ君の手の中で形を変えていく魔石に、我々三人は注目していた。
 この魔石は、魔力を受けるとその属性に応じて色と形を変える。光属性と闇属性は太陽のような形になり、それぞれ色は光をまとった白と黒に。炎属性の場合は赤く色だけが変わる。水属性は雫の形に、氷属性はひし形に、地属性はグレーに変色し四角くなる。特殊属性は前例がなさすぎるのと、そのすべての形が違ったことから、同一形があるのかどうかも定かではない。
 今、アルバ君の手の上にある魔術陣はまばゆい光を放ち、彼の内包魔力がかなり多いことを示している。
 その光が強すぎて、しばしの間、私たちは魔石を直視することができなかった。


 フッとアルバ君の身体から力が抜け、光が収まっていく。
 ハルスの腕にアルバ君の体重がかかると、その手からコロリとテーブルの上に魔石が落ちた。
 その魔石は、白い太陽の形をしていた。示されているのはアルバ君が光属性であること。
 アルバ君の属性を知っている私とハルスは声を出しそうになるのを辛うじて堪え、その魔石を凝視する。けれど、陛下はそれを確認すると納得したように頷いた。

「やはり光属性だったか」
「やはり……?」

 内心驚いていた私は、陛下の言葉に思わず聞き返してしまった。
 けれど、同じように目をみはったハルスは、すぐに意識を失ったアルバ君の身体を支えると、手を握って魔力を分け与え始めた。その表情はどこも動揺しているようには見えなかった。
 アルバ君の属性は『とき属性』であり、光属性ではなかったはず。
 それは私の目の前でサリエンテ公爵家の者たちが肯定していて……
 思考を巡らせていると、ハルスと目が合った。ハルスはまるで私に何かを伝えるかのように、ゆっくりと一度瞬きをすると、アルバ君をその腕に抱えた。

「失礼します。陛下、この子は、生まれながらの病気で、治った今でも魔力の回復はなかなか出来ない身体なのです。ここから回復するには、オルシスとブルーノ、リコルが絶対に必要となります。今回の件に関わった者全員を公爵家へ連れ帰ります。私の指示に従ってもらえますね」
「そういう約束だったな……しかし、光属性か。サリエンテのせがれが守護宝玉に魔力を入れることが出来たわけが、わかった」

 頷く陛下にハルスは一度だけ目を細めたが、何かを言うことはなく、椅子から立ち上がった。



   二、我が家に帰ってきた


 心地よい微睡まどろみの中、目を開けて最初に飛び込んできたのは、うるわしの最推しの超ドアップだった。
 ここは天国ですか。天国ですね。
 魔力の属性を検査しただけで天国に行くとか、俺どんだけ弱いの。でも幸せ。
 なんてボーっとうるわしいかんばせを見ていると、綺麗な紫の水晶のような瞳から、まるでダイヤのようなキラキラと綺麗な雫が一つぽたりと落ちてきた。
 その雫の感触に、あれ、と疑問が頭に浮かぶ。
 手をそっと動かして、その雫を拭ったのに、続けざまにぽたりぽたりと顔に落ちてくる。

「アルバ」
「ああ、幻聴も聞こえる……よかった。向こうに行く前に、最高に素晴らしい声が一言でも聞けるなんて……この幸せに浸ったまま、逝けるなんて……」
「アルバ! アルバは生きてるからね!」

 背中に腕が差し込まれ、上半身がふわりと宙に浮いたと思った瞬間、そのたくましい腕に抱きしめられて、俺は幸せの絶頂の更に上の気分を味わってしまった。
 まて、今最推しはなんと言った? 俺が、生きてる……? 
 でも、兄様も俺も王宮にとどめられて、全然顔を合わせることが出来なかったはず……。それが目の前にいるっていうことは。

「天国……」
「そうじゃなくて、うちに帰ってきたんだよ」

 抱きしめられたまま、最推し、もとい兄様に耳元で教えられて、俺はようやく覚醒した。
 兄様と一緒に、うちに帰ってきた。
 そして、今、俺は兄様にギュッと抱きしめられていて。
 これは夢でも天国なんかでもなくて、現実で。
 把握した瞬間、俺の涙腺も決壊した。
 兄様の背中に腕を回し、ぎゅうぎゅうと力を入れながら、その胸と腕を堪能していると、ようやく情けなく垂れ流されていた涙が落ち着いた。
 散々兄様の胸で「会いたかったです!」とか「兄様の顔を見たかった」とか大騒ぎしたせいか、宥めるように背中を兄様にポンポンされている。
 最推しに会えて荒れ狂った心は収まってきた。けれど、顔は、上げられない。
 散々騒いだせいか、俺が目を覚ましたことに気付いた家族たちが、ぞろぞろと部屋に入ってきたからだ。
 今度は羞恥で顔を上げられない。大騒ぎして恥ずかしすぎる。

「アルバ、もう落ち着いた?」
「……はい」
「じゃあ、皆に顔を見せてあげて」

 兄様に促されて、俺はそっと兄様の横から顔を出した。
 そこには、義父と母とルーナ、スウェン、そしてブルーノ君がいた。
 ちゃんと、皆が揃っていた。
 その事が嬉しくて、声が震えそうになってしまう。

「王宮にいた時は、もうこんな風に皆と一緒に暮らせないんじゃないか……って、思ってました」
「アルバのお陰で帰ってこれたよ」
「はい。父様、ありがとうございます。母様、心配をおかけしました。ルーナ、ただいま。ブルーノ君、ブルーノ君のお陰で、兄様のことをそれほど心配することなく過ごせました。ありがとうございます」

 俺の言葉にルーナがベッドにダッシュしてきて、よじ登った。そして、俺と兄様の間に割り込むように、ぎゅうぎゅうと抱き着いてきた。

「アルバにいさまとオルシスにいさまがいなくても、ルーナが母さまを護っていました! 安心してください!」

 半泣きでそんな素敵なことを言う天使に、俺は心置きなくハグした。
 義父はきちんと俺と兄様たちをサリエンテ家に連れ帰ってくれたようだ。
 しかし、魔力が空になってからの半分復活、そしてまた空になったことで、俺はまたしてもしばらくベッド生活を余儀なくされた。とにかく身体がだるかった。
 この間までの絶好調はやはり兄様ありきだったようだ。
 自力ではやっぱり半分の容量までしか魔力が回復しないらしい。
 また魔力譲渡しようね、と兄様に流し目をされて、心臓が破裂するかと思ったのは秘密だ。変な期待をしてしまいそうで心臓がバクバクする。
 ついでに、この功績について何か褒賞を貰えるから考えておいてと義父に言われてしまったので、ただいま必死で頭を悩ませている。
 だって褒賞とか、何を貰っていいのかわからない。
 それにあの王様から何かを貰うとか、ちょっと考えてしまう。だって俺、あの王様が好きじゃないから。借りを作りたくないというかなんというか。
 思わず義父にそう言うと、義父は苦笑しながら、「これは正当な報酬だから、借りにはならないよ」と言ってくれたけれど、なかなか心情的に折り合いがつかない。
 さて、そんなこんなで数日が経ち、ようやく家の中なら動いていいと許可が出た俺は、一つ気になることがあったので執務室にいる義父を突撃した。ちなみに兄様も一緒にいる。帰ってきたあの日から、俺は兄様を探す癖がついてしまったみたいだった。

「父様、僕の属性の魔石はどうなりましたか」
「ああ、あれか。持っているよ」

 義父は頷いて、一つの魔石を机の引き出しから取り出した。
 俺の手に載せられたそれは、太陽みたいな形の、白い魔石だった。

「ルーナの魔石よりも複雑な形だ。これがとき属性の魔石ですか……」

 マジマジと見ていると、義父は苦笑しながら俺の言葉を否定した。

「この形と色は、『光属性』のものだよ」
「え?」

 義父の言葉に思わず声を上げてしまう。
 待って、俺、本当は『とき属性』じゃなくて『光属性』だったの? 
 手の上でコロコロと転がしながら、だったら今までの素晴らしすぎる最推しのスチルは、やはり俺の妄想や想像の産物か、と考えていると、義父が「でもね」と口を開いた。

「アルバは、間違いなく『とき属性』だよ。その光属性は、レガーレの特性でツヴァイト第二王子殿下の魔力がアルバに定着したものだ。今回は、それに助けられた形となるんだ」
「助けられた……?」
「陛下が、アルバは光属性だと信じたからこそ、私たちはここに帰ってくることが出来たんだよ」
「ああ、なるほど……」

 もしこれが『とき属性』だったら、たとえ俺の言葉があろうと、王弟殿下の後押しがあろうと、義父が頑張ろうとここに帰ってこれなかったかもしれないということか。
 第二王子殿下のおかげだ。

「今度顔を合わせたら、拝んでおきます」
「それは本人がとても困るだろうからやめておこうか」

 兄様に突っ込まれ、素直にはいと答える。
 兄様は俺の魔石を手にすると、義父に向きなおった。

「父上、改めてお願いがあります。この魔石を、アルバと交換してもいいでしょうか」
「それは……アルバがいいと言えば、私は何も言えないな」
「魔石を交換……?」

 義父が苦笑しているのを見て、俺は首をかしげた。
 魔石を交換って、何か意味があるのかな。
 聞いたこともない。というか、まともに魔石を見たのって、ルーナが属性を検査したときに見ただけだし、他の人が自分の魔石を持っていることも知らなかった。けれど、それこそ俺みたいに病気だった人以外はほぼ属性検査をするわけだし、魔石がないわけがない。
 いったいどんな意味があるんだろうと考えていると、兄様が手の上の魔石を見つめながら言葉を続けた。

「魔力の属性検査は、本当であれば家族で見守るはずなのに、王宮で無理やりなんて本当は納得していません。ただ、それを言うと不敬になってしまうので、口を閉じます。けれど、せめてこの魔石を手元に置きたいと思います。たとえ第二王子殿下の力を分けられたからと言って、初めてアルバが魔力を込めた魔石ですから」

 兄様はかなり真剣な顔をしていた。
 それがどんな意味なのか訊きたい気もしたけれど、兄様のとても素晴らしすぎて、普段魅せる、いや、見せる笑顔とも違う顔に見惚れてしまって口を挟むのを忘れてしまった。
 兄様はどんな顔をしていても尊いというのはわかったけれども。
 さて、それから義父に聞いたところ、属性魔石の交換というのは、自身の魔力で初めて成し遂げた物を相手に捧げる――つまり要するに、初めての〇〇を貴方に捧げる的な魔力のある人たちの風習のようなものであり、結婚のときに指輪を贈るのと同じようなことだった。
 この世界に指輪を贈る風習はないけれども。
 あれですよ。兄様は、俺と、け、け、結婚したいと。
 あの土壇場の滅茶苦茶いい雰囲気に流されての求婚とは違い、現実味を帯びた主張でした。
 兄様は俺に自分の魔石を贈りたいそうです。それを聞いて顔から湯気が出た俺。
 俺も、俺も心から俺の魔石を贈りたいです。
 けれど、兄様が今手に持っている俺の属性魔石は、なんていうか……
 俺って、『とき属性』なんだよね? 
 あれだけ兄様スチルをゲットしたのに、やっぱり光属性でした、なんてことはないよね。光属性が後付けで付いたことを見破った第二王子殿下に、ちゃんと俺の属性を見てほしい所存。
 それをそれとなく主張すると、第二王子殿下は今、ブルーノ君と共に研究所の方にいるから呼ぼうという話になった。
 さっさとやってきた第二王子殿下は、サクッと俺を鑑定してくれてから、肩をすくめた。

「もともと、その人の属性っていうのは、鑑定の魔法で見られるものじゃないんだ。だからアルバに光属性が見えたのは俺の魔力だからわかったっていうか。今俺が鑑定してわかるのは、リコル先生が見えるのと同じような事柄ばかりだよ。人に対しての鑑定なんてそんなもんだ。ああでも、体重と身長はわかる。チビすぎ、痩せすぎ」
「それは見ただけでわかることですし僕も知ってます! 指摘されると辛い……!」
「食え、そして太れ。でもセドリックのようにはなるな。最近俺の背を追い越しそうな勢いでデカくなるから、段々可愛げがなくなってきてるんだよ」

 確かにセドリック君の成長いちじるしいですけれども! 
 顔を覆って悲しんでいると、兄様の手が俺の肩を優しく撫でてくれた。

「アルバはどんなアルバでも可愛いよ。健康になるのが一番だけれどね。今のアルバも可愛い」
「兄様が可愛いというのなら、このまま成長しないよう極力食事量を減……」
「どんなアルバでもって言ったでしょ。だから勿論僕より大きくなったってまったく問題ないからちゃんと食べようね」
「はい!」

 兄様、優しい素敵素晴らしい。
 感動していると、第二王子殿下が耐えられないとでもいうように噴き出した。

「ぶっ……、くくく、またこうして二人のイチャイチャが見れるなんて思わなかったよ」

 その言葉に、兄様が余裕たっぷりの表情で肩をすくめる。

「これからたっぷり見せてあげますよ、殿下。ところで、後付けの光属性ってことは、やはりアルバはもともとは光属性ではなかったということでいいんですか?」
「当たり前だろ。光属性に過去未来をる魔法なんてないって。そんなんあったら王家がとき属性を飼い殺しにしたりなんかしないだろ。自分たちで鍛錬すればいいだけだから。アルバは間違いなくとき属性。な、サリエンテ公爵」

 そう言われて、義父が頷く。

「そうですね。ただ、今回は殿下の光属性に助けられました。陛下は疑いもしませんでしたし、王弟殿下はきっと陛下の間違いを正すことはしないでしょうから」
「陛下を出し抜けたっていうのが今回の一番の朗報だね。国も救われたことだし、早く卒業してここの子になりたいんだが」

 第二王子殿下は伸びをすると、行儀悪く頭の後ろで手を組み、チラリと義父を見た。
 義父はにっこり笑って「後ろ盾になるとはうちの子にするという意味ではないですよ」と一刀両断した。
 そんな微笑ましいやり取りはいいとして。
 俺は兄様に向けていた視線を無理やり第二王子殿下に戻して、疑問に思っていたことを聞いた。

「この魔石を本来の僕の属性の形にするには、どうすればいいですか?」
「え……っ」

 俺の質問に、皆が同じような顔になった。つまり、ぽかんとした表情だ。

「違う属性にする……?」
「こ、これはいわば僕が殿下からもらい受けた仮初かりそめの属性ですよね。本来は違う属性だというのなら、そっちの形に出来るんじゃないんですか?」
「そんなこと考えたこともなかったな……公爵」

 第二王子の視線を受けて、義父は困ったように眉を寄せた。

「私も、存じませんよ。大抵、一人が何個も魔石を使うなどありえませんから。ああ、でも、たしかに、アルバの属性と言われたらこの魔石はしっくりこないかもしれないですね」

 義父も微妙な顔をして、兄様の手に大事そうに載せられている俺の属性魔石に視線を向けた。
 そもそも、『とき属性』の形ってどんなものなんだろう。

「僕の全魔力を注いだんですよね……」

 あの時、確かに魔力がなくなって昏倒した。
 だって目を覚ましたら女神がいたんだもの。
 美しいダイヤモンドのような涙を零す、女神のような兄様の超ドアップなご尊顔を思い出してうっとりしかけた俺は、違う違うと必死で意識を女神から切り替えた。
 兄様の手の上で、太陽の形の魔石が輝いている。
 兄様もその魔石に視線を落としていたけれど、ふと顔を上げた。

「そもそも、あの宝玉を復活させた後、アルバの魔力はちゃんと回復したのですか?」

 義父は、兄様の問いに、ふむ、と考えるそぶりを見せた。

「リコルは、アルバの魔力は通常通りに戻りました、と言っていたよ」
「そうですか」

 なるほど、と兄様は頷くと、とてもいい笑顔で俺の方を向いた。

「殿下、アルバの魔力がどれほど回復しているか、見ることは出来ますか?」
「俺はリコルみたいに全体のどれくらい、なんて細かいところまでは見られないぞ」
「それでもかまいません。僕と比べてどれくらい差があるか見てほしいのです」
「ああ。それなら……大体オルシスの半分くらいの魔力量だな」
「ありがとうございます」

 兄様の半分。ってことは、やっぱり俺は自分で回復できる魔力は半分しかないってことか。
 ということは、兄様にあれだけ毎日回復させてもらっていたのは、無駄に終わった……と。

「なんて不甲斐ない……」

 思わず顔を両手で覆うと、兄様が優しくフォローしてくれた。

「アルバは不甲斐なくなんてないよ。それに、また僕が魔力を補充すれば問題ないでしょう。むしろ、そのおかげで陛下にアルバのことが知られずに済んだ」
「それは、ちょっとよかったなとは思いましたけど。でもじゃあ、王宮の属性検査時は魔力半分だったんだ……ってことは、魔力が全回復した時に全力で属性を調べていたら、この形じゃなく、僕本来の魔石が出来ていたかもしれないってことですね……」

 結果的に、本来の属性がバレなくてよかったとはいえ、なんとなく悔しい。
 俺は兄様に向かって顔を上げると、そのうるわしい顔を見つめた。

「兄様、折角魔石の交換を言い出してくださったのですが、少しだけ保留にしていてもらえますか? もし魔力が全快したなら、もう一度属性魔石を使って、本当の僕のものを形作って渡したいと思います」

 兄様の手の温もりを感じながら言うと、兄様はそっと俺の額にキスをした。さりげなく。
 行動自体はさりげないのに、俺の心にはとても突き刺さりました。
 あああ、兄様のキス。何度頂いても有頂天になる。
 顔を覆ったまま、今度は違う意味で悶えていると、耳元で、身も心もとろけるような兄様のイケボで囁かれた。

「でも、魔力が空になるのが怖い時は、無理はしないで。この魔石でも十分だから。ね」
「怖いことなど、何一つありません!」

 だって兄様がいるし! 
 ぐっと拳を握りしめて顔を上げると、とても楽しそうなニヤニヤ顔の殿下が目に入った。
 この際、気になることを聞いてしまおうか。
 俺は一度兄様愛でヒートアップした心を落ち着けるようにお茶を飲んでから、改めて殿下に尋ねた。

「王族の方たちって、『とき属性』のことをどう思っているんですか?」

 俺の質問に、第二王子殿下は少しだけ眉根を寄せた。

「難しい質問だな。俺が読んだことのある文献では、王の指南役だったか何かで王宮に徴用されたとか書かれてたけれど。それも大分前のことだ。でも大事にされていた、とは思う。ずっと横に置いたらしいし、どんな話でも王は必ず耳をかたむけたとあったから」
「もし僕が何かをた事を陛下に伝えた場合、陛下はどう動くでしょうか。その文献のように耳をかたむけたりするのでしょうか」

 第二王子殿下が腕組みして、うぐぐと呻く。

「陛下の動き……か。難しいな。あの人は、息子の俺が言うのも何だけれど、結構な俗物だぞ。何なら叔父上の方が王たるに相応しい心根だと思う。ついでに言えば、俺の兄も陛下そっくりだ。あの人たちなら、自分に都合のいい事だけ信じて、ヤバい事はスルーするか、誰かに何とかしろと丸投げしそうだ」
「そうなんですね……」

 第二王子殿下の言葉に、俺は少しだけがっかりしていた。
 王弟殿下がとても尊敬できる人だったので、そのお兄さんである陛下ももしかして、と思ったんだけれど、違ったらしい。確かにほんの少しだけ話した陛下の印象は、あまりいいものじゃなかったけれども。
 ああでも、とちらりと義父を見上げる。
 この聡明な義父は、その陛下にそっくりな王太子に嫌気がさして王宮を辞したんだった。そういう人なんだ。
 それが分かっていると心構えが違ってくる。
 どの時代にも色んな王がいるというし、全ての王が賢王だったなら、世に戦乱はなかったはず。
 この世界に国家間の戦争はないとはいえ、国内での反乱はそこそこあったと歴史では習ったので、そういうことなのだろう。もしも、文献の通りに陛下が『とき属性』の魔術師を大事にするのなら、名乗り出るのも……とそこまで考えて、首を振ることでその考えを打ち消した。
 どっちにしろ自分に都合の悪いことを進言してきたら、陛下にとって目ざわりだろうし。
 はぁ、と溜息を吐いて、もう一度自分の魔力が込められた魔石を覗き見た。


 その日の夜、俺は兄様の部屋にお呼ばれした。
 ホクホクと、いや、ドキドキしながら向かうと、兄様が何やら机の中から綺麗な装飾の箱を取り出して、俺に差し出した。

「アルバにこれを。僕の魔石だよ」
「え、兄様の?」

 こっそり見たいなと思っていたお宝が目の前に差し出された。
 推しの、最推しの魔石とは。
 これはもうキーアイテムではないですか。主に俺のテンション爆上げ用の。
 変な声が漏れそうになるのを必死でこらえながら、箱を開ける。手が震えるのはご愛敬。緊張するよね。手垢とか付かないようにしよう。
 箱の中には、綺麗なビロードのような布に埋め込まれるようにして、ひし形の薄い空色の魔石が入っていた。ルーナの魔石と似ている。
 まるで宝石のような輝きを発するその魔石は、神秘的で何やら目が離せなくなりそうな美しさがあった。兄様が全魔力を以て作り上げた魔石。そう考えただけで、何物にも代えられない最上級の宝物のような気がしてしまう。


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