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アルバの高等学園編

今年からの新制度

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 何やら学園は今年から平民に対しても広く門戸を開くことになったらしい。
 ミラ王太子妃の出自が関係してくるんだけれど、平民だって優秀であれば王宮の人材として採用する的な流れになっているんだそうだ。特に貴族の養子にならなくても学園に通えるっていうのはかなりすごいことだと思う。平民の寄付はなくして、本当に優秀な者を数名通わせて、これから少しずつ様子をみるんだそうだ。
 そんな話をセドリック君から聞いて、ちょっとだけうわぁ、と思った俺。特に俺の学年ってそういう差別的思想の人がかなり多かったから、そういうことを始めるのにはちょっと問題ありなんじゃないかなって思う。逆に兄様の学年はほぼいなかったんだけどなあ。
 皆でサロンでご飯を食べながらそんな話で盛り上がった。

「入学式から来てたの知らなかったのか? ジュールのクラスに今年の平民入学生がまとまって入ってるよ。な。五人くらいだっけ?」
「まあ、そうですね。僕たちは特にどうとも思わないし応援もしているのですが、むしろ向こうの方々が萎縮してしまって、馴染むのには時間が掛かりそうです……」

 ちょっと重い溜息を吐いたジュール君は、空になったランチボックスのなかに入っていたハンカチで口を上品に拭いた。

「そっかあ。でも、平民の方で優秀な方ってよほどですよね。僕たちは幼い頃からしっかりと家庭教師が付いて教えてくれていたけれど、平民の方は家の手伝いなんかをしないといけないのでしょう? そんな中で独学で勉強をして、そしてここに通えるようになるなんて、本当に優秀なんでしょうね」

 すごいなあ、と呟けば、セドリック君がちょっとだけ呆れたような顔をした。

「あのなアルバ。その領にもよるけど、ちゃんと平民が通う学校だってあるんだからな。ここの中等学園ほどしっかりとした勉強はしないらしいけど、ある程度裕福だったり、子供を育てあげる余裕のある家は無料、もしくはかなり安い値で学校に通えるんだよ」

 呆れたようなセドリック君の言葉で、俺は初めて市井にもちゃんとした学校があることを知った。
 ヤバい、俺この世界の知識が本気で偏ってる。ゲーム知識と魔物知識以外はかなりヤバいかも。そもそも市井の生活とかまったくわからない。

「一度腰を据えて市井の生活を見てみるしかないか……」

 顎に手を当てて考えていると、二人に「絶対にやめて」と止められた。

「アルバは今まさに時の人なんだからちゃんと自覚しろって。なにせ『ラオネン病』を克服した初めての人なんだからな! 下手すると攫われるから、絶対に一人で街を歩いてはだめ! ほんとダメ。心配すぎてハラハラしてきた。僕が毎日送り迎えしようかな」

 割と本気でセドリック君が呟いた。
 いやいや、そんなことはしないから。自分の価値はちゃんと自覚してるから。あははと軽く笑うと、笑い事じゃない、と二人綺麗にハモっていた。
 わいわいと教室の方に戻っていると、廊下に見慣れない生徒たちがひとかたまりになっていた。
 それを見た途端ジュールくんの眉毛が少しだけ下がる。

「もしかして、あの方たちが先ほどの……」
「ええ。もうすぐ授業も始まるのにどうしてまだ廊下にいるんでしょう」

 ジュールくんの声は、隣にいる俺にも聞こえるか聞こえないかくらいのとても押さえられた声量だった、

「何か問題でもあるのですか?」

 俺も声を抑えてそう訊くと、ジュール君は苦笑しただけで答えはなかった。



 教室前で俺たちと手を振ったジュール君は、そっと教室の中に目を向けたあと、ひとかたまりになっている平民の学生に声を掛けていた。それを見ながら、俺とセドリック君は自分の教室に入った。

「ジュールも大変だなぁ。ジュールって結構世話焼きだろ? だから学園長に目を付けられて、市井の生徒の世話役としてむこうのクラスに入れられたらしいぞ」
「ジュール君なら立派にやり遂げるとは思いますが、気苦労も絶えないでしょうね」

 そうでなくても生活圏や生活水準の違いって結構考え方にも差が出るから大変なのに。
 いつでも何でも最初はあるけれど、あまり大変じゃないといいなと溜息を呑み込む。

「まあでも、これくらいまとめないと宰相としてやっていくのは大変そうだから、いいんじゃないか?」
「そういうものでしょうか」
「そういうもん。僕だってセネット家を継ぐとなると、父上の後釜として元老院に入らないといけなくなるだろうから、今から猛勉強だよ」

 セドリック君があっけらかんと言ったその台詞で、ハッと気付く。
 俺が王宮通いをし始めたら、セドリック君もジュール君も王宮にくるってことだ。

「それはちょっと、楽しいかもしれない……」

 仕事は大変だろうし、皆で顔をつきあわせてお話しする時間なんかも取れるかどうかわからないけれど、同じ職場にいるっていうのはもしかしたら顔を合わせる機会もあるかもしれない。それはかなり心強いな、と嬉しくなった。

「あんまり楽しくないよ……アルバもいないし」

 それがいるんだよね……俺が何かを視たら、それをヴォルフラム陛下にお教えするのは絶対だから、たとえ魔術陣技師になれなくても王宮通いは必定なんだよね。兄様と馬車で出仕、楽しみ。でも言えないのがもどかしい。
 将来に想いを馳せて楽しくなった俺は、先生やセドリック君に訝しげな視線を向けられながらもニコニコが止められなかった。



 そして次の日。

「すいません。今日からしばらくクラスメイトと共に食堂にお昼を食べに行くことになってしまいました」

 ジュール君がわざわざそんなことを告げに俺たちのクラスに来てくれた。
 なんでも、市井から来ている生徒が食堂で席に座ることが出来なくて困っていると。昨日廊下に集まっていたのは、食堂にあぶれて行き場がなかったかららしい。

「それは大変ですね。五人でしたっけ。まとまった席は取れるんでしょうか」

 俺は最推し聖地巡りの時に兄様たちにご馳走してもらった時にしか高等学園の食堂を使ったことがなかったので、勝手がわからない。
 隣にいたセドリック君もうーんと首を捻って、難しい顔をしている。

「俺たちのサロンに招待するわけにもいかないしな……」

 たしかにね。
 サロンを使う際には誰かを招待してもいいけれど、俺たちの場合高位貴族となるから、一人呼ぶとまた一人、むしろ呼んで欲しいって言う人はたんまりいるみたいなんだ。まあそれもセドリック君だからなんだけれど。今までは誰も呼ばないスタンスでいたから、ここでそれを破って市井の生徒たちを呼んでしまうと、それこそ他の人達から市井の生徒たちが睨まれてしまうんだ。
 中立派である宰相子息のジュール君だからこそ世話することもできるし、俺たちと一緒にいても誰も文句を言わないという何やら危ないバランスの上でこの関係は成り立っていたっていうね。
 兄様たちもこんな風に思い悩んだりしたのかな。

「とりあえず今日は皆と食堂に行ってみます。そしてどうしても席が取れない場合の対処も考えておきます」

 外の東屋を貸し切りにするとか、などと呟くジュール君の頭の中では、色々と思い巡らせているらしい。

「僕にも出来ることがあれば、何でもいってくださいね」

 頼りないですけど、とジュールくんの腕を取って伝えると、ジュール君はフッと顔を綻ばせて、頬を緩めた。

「ありがとうございます。アルバ様にそう言って貰えると、背中を押して貰えるみたいで頑張れます」
「無理しないでくださいね」

 ニコッと笑いながら返事をしたジュール君は、そっと自分のクラスに戻っていった。

「ジュールの背中を見てると、僕も頑張ろうって気になるよな」

 ジュール君を見送っていたセドリック君は、ぽつりとそう呟くと、よし、と頷いた。

「明日あたり、僕たちも食堂に行ってみないか? 前にツヴァイト兄上にご馳走になったメニューまだあればあれ食べたい」
「そうですね。一回は行ってみたいですね」

 だったら料理長にランチはいらないということを伝えないとな、と心のメモに書き込む。
 兄様たちは、食堂で給仕に運んで貰っていたよね。メニューは入り口で伝えていて……そういえば食堂ってどうやってお金を払うんだろう。現金を持ち歩いていないから、明日は用意しないといけないかな。
 そこら辺セドリック君は知ってるのかなと思って袖を引くと、セドリック君が「ん?」とこっちに振り返った。

「食堂って、どこでお金を払うんですか? ええと、どれくらい持ってくれば足りるでしょうか」

 俺の質問に、セドリック君の目がまん丸になった。

「あ、えと、アルバって中等学園の食堂って使ったことなかったっけ?」
「一度だけジュール君に誘われて使ったことがあります。セドリック君がちょうど総会会長として外せない用事があったときだった気がしますが。ほら、二人で学園長に掛け合って食堂改善したって言ってた後に。本当に美味しくて感動したんですが、あの時は全てジュール君が采配してくれたので、席について食べただけだったんですけど……もしかして高等学園も同じシステムなんですか?」

 セドリック君は「あー……」と当時を思い出したのか、少しだけ渋い顔になった。あの後、どうして自分がいないときに行くんだと盛大にごねていたんだよね。でもその後は色々あってなかなか食堂にも行けないまま卒業しちゃったから……

「食堂の使い方はおんなじ。あそこで金銭の受け渡しはないから大丈夫。っていうかこういう説明、中等部の一学年でするもんだと思ってたよ……」
「説明を受けたことはないので、多分僕が休んでいる時にされたんでしょうね。まあ、料理長が僕専用にランチをずっと作ってくれていたのでなんの問題もなかったんですが」

 またしてもセドリック君は「あー……」と声を出した。

「……僕がいちから教えるから。明日は食堂な。好き嫌いはあるか?」
「特には。ここの食堂のランチは美味しいと訊いていたので、楽しみです」

 兄様たちはちゃんと食堂を使っていたそうなので、これもまた聖地巡りの一環かもしれない。
 今日兄様と会えたらどの料理が美味しいか訊いてみよう。
 話題が出来たことを嬉しく思いながら、俺はワクワクしながら午後を過ごした。
 
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