これは報われない恋だ。

朝陽天満

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番外編

番外編:タルトパニック3

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 魔法陣を描こうとしたら、袖をくいっと掴まれた。後ろには、アマンダちゃんがいる。



「私も行っちゃ、ダメ?」

「でも、遠出するよ」

「私も何かしたいの。ごめんなさい、やっぱり待ってるだけなんていや」

「アマンダちゃん……」



 行こうと思ってたのは獣人の村。石像の洞窟から跳んだとして、出るのは森の中。村までは近いけれど、魔物も出る。そして俺は、一人なら何とかなるけれど、誰かを守って村まで行くほどの強さがない。

 でもアマンダちゃんの瞳は真剣で、お祖母さんのために何かをしたいっていう気持ちは痛いほどわかって。

 どうしよう、と唸った瞬間、ピロン、とチャットが入った。

 ちょっと待っててね、と言ってチャットを開くと、ヴィデロさんからのメッセージが入っていた。ヴィデロさんは今、ティーロイの飛行訓練をトレの森でやってたんだ。



『ティーロイが疲れたようだから、そろそろきりあげることにした。マックはどこにいるんだ? 合流出来るか?』



 これぞまさに天の配剤かな、なんて思った。

 ヴィデロさんが一緒なら、魔物に襲われる心配は一気に減るよね。

 あ、でも、と俺はギュッと俺の袖を握るアマンダちゃんを見下ろした。

 そして、腰を下ろして、アマンダちゃんと視線を合わせる。



「お母さんの許可を貰わないと、連れて行けない。今から行くところはちょっと遠いし、魔物も出るかもしれない場所なんだ」

「私許可取ってくるから」



 一緒に来て欲しい、と袖を引かれて、その意思が固いことを改めて確認させられてしまった。また細い建物の間を通って表通りに向かいながら、ヴィデロさんにチャットを入れる。

 合流して一緒に行って欲しい場所があるんだって。

 すぐに了承の返事が来たので、ホッとしながら店の中に入っていく。

 俺たちを見たお母さんは、笑顔で「おかえり。お話は終わったの?」とアマンダちゃんの頭を撫でた。



「あのね。お兄ちゃんと遊びたいの」

「でも、お兄ちゃんはお仕事があるんじゃないのかしら」

「ねえ、お母さん。だめ? お兄ちゃんにとっておきの場所を教えてあげたいの」

「あら、そこまで仲良くなったの? その場所はケイト君と二人だけの秘密の場所だって言っていたじゃない」

「お兄ちゃんは特別!」

「そうなの? ……あの、アマンダをお願いしてもいいでしょうか」



 本当にお母さんの許可を取ってしまった。小さいのに頭の回転が速すぎてびっくりする。

 俺はお母さんに「はい」と返事をして、得意げに俺を見上げる小さなアマンダちゃんを見下ろした。







 アマンダちゃんと手を繋いで、トレの南門に跳ぶ。

 ヴィデロさんたちはいつも門の近くで飛行訓練をしているので、そこに跳べばすぐに見つかるんだ。

 アマンダちゃんはびっくりした顔をして、周りを見回していた。



「薬師さま、ここ、どこ?」

「トレの街だよ。俺の家があるんだ。今から、すっごく強い人と合流するから、待ってもらってもいい?」

「う、うん。え、トレ……?」



 混乱しているアマンダちゃんに転移の魔法陣でトレの街まで来たんだよ、と説明しているうちに、聞き慣れた声が耳に入った。



『マック! マックイタ! ピレロ、マックイタヨ!』

「そうだな。いたた、髪を引っ張るなよ」



 振り返ると、頭にティーロイを乗せたヴィデロさんがこっちに向かって歩いてきているのが見える。手を振られたので、俺も手を振り返してから、アマンダちゃんに彼が合流する人だよ、って教える。



「マック、この子は?」



 目の前に来たヴィデロさんが不思議そうに俺と手を繋いでいるアマンダちゃんを見下ろす。俺が経緯を説明すると、そうか、と屈んだ。

 視線をアマンダちゃんに合わせて、じっと目を見る。



「俺はヴィデロ。こっちの青い子はティーロイ。しばらく一緒にいることになるけれど、よろしくな」

「あの、私アマンダ。よろしく、お願いします!」

『ティーロイ! ティーロイ!』

「よろしくね、ティーロイ」



 アマンダちゃんの自己紹介に、ヴィデロさんはにっこりと微笑んだ。









 ジャル・ガーさんのところから獣人の村に向かう。

 森の中で魔物が一匹出て来たけれど、ヴィデロさんが瞬殺してくれる。カッコいい。好き。

 俺がアマンダちゃんを抱っこして、ヴィデロさんに後れを取らないように走る。アマンダちゃんは俺にギュッとしがみ付いていて、時折身体を固くしている。怖いよね、森。しかも魔物まで出て来たし。

 でも一言も「もう帰る」とは言わないので、俺も訊かない。

 村に着くと、今度は獣人たちが俺たちをお出迎えしてくれて、またしてもアマンダちゃんは身体をこわばらせた。



「この人たちは怖くないよ。すごく優しい獣人さんたちだよ」

「獣人……さん?」



 気さくに「よう」と声を掛けてくる村の獣人たちに返事をしながら進むうちに、アマンダちゃんも慣れてきたみたいだった。人族の子か? 小さくて可愛いな、なんて声を掛けてくる獣人たちに一生懸命自己紹介をしたりして、大きなモフモフの手に撫でられてちょっとだけ嬉しそうな顔をする。

 獣人さんってやさしいね、と呟く声に顔を綻ばせながら歩いているうちに、ヒイロさんの家に着いた。

 ノックをしようとすると、中から喧騒が聞こえてきた。



「こんにちはー師匠」



 ドアを開けて声を掛けると、二人の師匠が一斉に俺の方を向いた。



「あ、マック! 聞いてくれよ! ヒイロの野郎俺の釣った魚、勝手に半分食っちまいやがったんだぜ!」

「あれはヨシューが俺に持ってきてくれたんだと思ったんだよ」

「んなわけないだろ!」

「だってお前、でっかい魚をここに持ってきて「見ろよこれ! 今日釣れたんだよ!」なんて渡してくるから」

「だってお前が「すごいすごい。でもこれデカすぎてお前んちの台所じゃ焼けねえだろ、俺が焼いてやるよ」っていうから!」

「いつもながら仲良いですね、二人とも」

「よくねえよ!」



 ヨシューさんがむきになって言い返している後ろで、ヒイロさんが口元を押さえて笑っている。いつものことかな。



「でもヨシュー師匠もいたならよかった。あの、ちょっとご相談したいことがあるんですけど」

「相談? いいぞ。師匠に何でも相談してくれ」

「おう! ヨシューに何でも相談してくれ」



 ヒイロさんの相変わらずの言い方にちょっと笑いながらも、俺はアマンダちゃんのお祖母ちゃんの容態を説明した。



「ああ、血管か。老化するとなりやすいんだよなあ。マックは血を綺麗にする薬のレシピって知らねえんだっけ」

「そんな物あるんですか?」

「そこからかよ」

「あれでもその症状は完璧治癒パーフェクトヒーリングで治るぞ」

「俺聖魔導士じゃないから無理です」



 ああ……と師匠二人は顔に手を当てて、天を仰いだ。同じような動きだった。



「んじゃま、そういうので倒れた場合早めに治さねえと大変だから、俺の薬を出しとくとして。これ貸しひとつな」

「俺も行ってサッと治してやるよ」

「一時期よくても、後々またかかるんだよ、血液のやつは」

「その都度治せばいいんじゃねえの?」

「それが出来れば苦労しねえよ。今聖魔法使えんの少ねえんだよ。そいつの状況に合わせて調薬してえから、連れてってくれねえか?」

「俺も行く。俺も貸しひとつな、マック」



 かくして、二人ともアマンダちゃんのお祖母ちゃんに会いに行くことになってしまった。でもこれが一番確実かも。

 帰りもアマンダちゃんを抱っこして、今度は北の洞窟からセッテに直接向かうことになった。途中、アマンダちゃんが師匠二人に「あの、お金、私203ガルしか持ってないの。それでお薬代足りる? 薬師さまのお師匠さまって、お薬代高いんでしょ?」と訊いたところ、師匠二人は「子供から金なんてとれねえよ」とアマンダちゃんの頭をぽふぽふ撫でていた。





 2人から総勢5人と一匹に増えた俺たちは、またしても細い建物の間を通って裏まで行った。ヴィデロさんは胸筋が立派だからギリギリの幅で、通り抜けた後ホッとした顔をしていたのを俺は見逃さなかった。可愛い。

 またしてもお祖母さんの部屋に向かうと、お祖母さんはベッドから起き上がっていた。



「あら、さっきの方! あのお薬は何だったのかしら……身体の怠さが綺麗さっぱりなくなったのよ。とても腕がいいのね」



 立ち上がったお祖母さんを見て、アマンダちゃんが飛び出していく。

 足に抱き着いて、とうとう声をあげて泣いてしまった。今まで頑張ったからね。



「お祖母ちゃん、元気になったの? 薬師さまのお薬のお陰?」

「そうよ、アマンダ。ところで、そちらの方たちはお客様?」

「うん! お祖母ちゃんを元気にしてくれるって!」



 アマンダちゃんの「薬師さまのお師匠さま!」という紹介に、お祖母さんは足にアマンダちゃんを引っ付けながら、固まってしまった。

 ええ、でも、うちにそんな余裕は、と困り切った顔をして、俺と後ろにいる人たちを交互に見た。



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