これは報われない恋だ。

朝陽天満

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番外編

番外編:タルトパニック1

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 俺はエミリさんを前に、溜め息を吐いていた。

 エミリさんも俺と同様の顔つきをして、片手で額を押さえている。



「ごめんなさい……噂が噂を呼んで、妙な付加価値が付いてるみたいなのよ」

「でも俺、本来は薬師ですよ。クラッシュに魔大陸で納品を毎回せっつかれてるし、勇者の所にも定期納品あるし」

「そうよね。そうなのよ。でも来る依頼全てが『タルトを売って欲しい』なの……! しかもほぼ異邦人たちから! わかるのよ、凄くわかる。だってマックのタルトはそこいらの店で買うよりも美味しいもの。いいえ、タルトだけじゃないわ。普段のご飯も、珍料理も全て美味しいのよ。魔女鍋みたいなユーモアのある料理ですら!」

「はあ……ありがとうございます……」



 エミリさんの力説に、更に溜め息が零れそうになる。

 今俺は、冒険者ギルドのエミリさんの執務室にお邪魔している。たまたまギルドを待ち合わせ場所にしていただけだったんだけど、丁度奥から出て来たエミリさんに見つかって、即座に連れ込まれたのだ。

 そして、俺の目の前には大量の依頼書が置かれている。

 主に、プレイヤーたちから指名依頼された、タルト製作依頼が。皆、俺は薬師だから。タルトは薬じゃないから。そこの所間違えてないかな。

 しかもだ。依頼書の中の、報酬の部分が、とんでもないことになっていた。

 確かに、前に依頼を受けた。それはエミリさんが厳選して、報酬が良くない依頼は全て退けてくれた。俺もまあ、お菓子作りは好きだし、と気楽に受けた。報酬もすごくよかったしね。調薬に役立つ、でも俺単独では採取しに行くのが大変だっていうプチレア素材を大量にゲットできた時は、こんな趣味でこんなに貰っていいのか悩んだくらいだ。

 でもだ。何でこうなった。

 その枚数、100枚近い。これでも報酬が悪い物は省いたらしい。受理もせず、受付に提出された時点でお断りしていたらしいんだけど、それを聞いたプレイヤーたちは、じゃあもっとだすから、と受付の目の前で報酬の内容を信じられないくらいいい物に替えていくらしい、それが噂を呼び、幻のタルトが手に入る……と。

 遠い目をしながら依頼書を手に取る。

 内容を見て、どれも代わり映えしない内容に空笑いが洩れる。

 報酬はというと。なんていうか。皆何を買う気なの? って思わず突っ込んじゃいそうな内容のものばっかり。タルトひとつに出していい報酬じゃない。しかも俺、素人だよ。

 魔大陸で徘徊していたユニークボスの謎素材とか、魔大陸中央に位置する崖の下から採れた他では見たことない花とか。皆タルトひとつにどれだけ命懸けで手に入れた報酬を出そうとしてるんだろう。



「うわ、これなんか『元魔王城付近で手に入れた白宝玉』って報酬……あれ、エミリさん、宝玉って実は物凄く高価なんじゃなかったでしたっけ」

「高価よ。一つ手に入れば、一生遊んで暮らせるんじゃないかしら」

「そんな高価なものをタルトひとつに……」

「異邦人の価値観っていうのはそんな物よ……」



 エミリさんも俺と同じように、力なくハハハ、と笑った。

 そして気付く。その依頼人の名前に。



「ってなんだ、ブレイブじゃん。こんな依頼しなくても」

「ちゃんと筋を通したかったんでしょ。ブレイブはそういうところしっかりしているじゃない」

「あ、そうですね」



 じゃあ、これは受けるか。と、その依頼書をテーブルの端に置く。

 そしてまた手元の依頼書をぱらぱらとめくり始めた。

 どれもこれも報酬がヤバすぎる。これ、逆に受けちゃったら怖いやつなんじゃないかな。どんな噂になるかわからない。

 ブレイブの場合は受けても大丈夫っていう安心感があるけれど、なんていうか、知らない人だとちょっと。それに、この報酬に見合ったタルトを作れる気がしない。いざ渡したら「がっかりだった」なんて言われたらさすがに傷つく。でもここまで報酬が高いとそういうことを思われる率の方がデカそうだ。



 どれも似たり寄ったりな超豪華すぎる報酬を眺めていて、ふと一枚の依頼書が目にとまった。

 最初の時点で報酬云々で依頼書をえり分けたというエミリさんの言葉を信じるならば、あるはずのない依頼書。

 それの報酬額が『182ガルと綺麗な石』。

 上の方の依頼内容を見てみると。



『依頼書 

 依頼主……アマンダ

 依頼内容……ピエラのタルト製作

 期限……初紅の月24日厳守

 依頼報酬……182ガル、綺麗な石

 依頼主より……「大好きなお祖母ちゃんの誕生日なので、世界一美味しいタルトをプレゼントしたいと思いました。報酬が足りないとおもいます。私の宝物をあげます。どうか、タルトを作ってください。お願いします」』



 依頼書の中に、プレイヤーからじゃない依頼書も混ざっていた。

 でも、エミリさんは何も言わないで、他の仕事の書類を見ている。

 こういうのをさりげなく混ぜてくるあたり、エミリさんもセイジさんの仲間だよなあって思う。

 俺はその依頼書をブレイブの依頼書の上に重ねた。





 受けた依頼はその二点だけにした。

 他の依頼はちょっと怖くて手が出なかった。エミリさんが手を回して、この依頼をしっかりと説明して取り下げてくれるらしい。他のは全てプレイヤーだったからね。

 俺は早速タルト製作依頼を出してくれた子に会うことにした。その子はセッテに住んでいるらしい。

 ってことは、果物には慣れ親しんでるのかな。気合いを入れないとお祖母さんを喜ばせるタルトなんて作れないんじゃないかな。

 依頼主と会う様に手続きをしてもらってから、連絡が取れたら連絡を貰えるようにしてもらって冒険者ギルドを後にした。



 それから三日後、ブレイブ経由で冒険者ギルドから連絡が来た。何でブレイブなのかって言うと、ブレイブがギルドからタルト依頼受理の連絡を受けて顔を出したところ、俺とフレンドだと知ってたギルドの職員さんが、俺と連絡を取ってくれないかとブレイブに依頼したかららしい。



『流石辺境の受付嬢。いいところ突いてくるよな。俺らリアルでも連絡取れるから、即マックに連絡が行くっていうの、把握されてた。何で知ってるのか訊いたら、高橋とマックの会話で気付いたんだと。あの子侮れねえぜ』



 辺境の職員さんの観察眼に恐れおののきながら、ブレイブに礼を言ってトレのギルドに向かう。受付で名前を伝えながら、もしかしてこの職員さんもすごい観察眼を持ってるんじゃ、とついじっと見てしまうと、職員さんは「僕の顔に何かついてますか?」とにっこり笑った。



「マック様、ご依頼主様との待ち合わせはこちらになります。が、少々内容が変化しておりまして。ご本人様が直接説明をしたいとのことですので、もしも今日お暇でしたらセッテの『バネッサ服飾店』に向かっていただけないでしょうか。店番をしているので、店に顔を出していただければいいそうです」

「わかりました。すぐに行ってみます」



 職員さんにお礼を言うと、俺はギルドの転移魔法陣料金を払って、魔法陣の部屋に向かった。

 セッテのギルド受付で『バネッサ服飾店』の場所を聞いて、向かう。

 農園からそこまで離れていない場所に、その店はあった。

 大通りからは少し外れて、どちらかというと街の奥の方にある居住区の人たちのための服屋さんという感じの立地に建っているその店は、そこそこに繁盛しているようで、俺が通りを歩いて近付いていく間にも数人の人が出入りしていた。

 ドアベルを鳴らして、店に入る。

 店の中は明るくて、これでもかと飾ってある服は、とても清楚でシンプルな色合いのワンピースが多かった。女性用の服屋さんみたいだった。出入りしている人たちも、全員が女性だった気がする。俺、場違いっぽいよね。

 奥からは「いらっしゃいませ」と明るい女性の声と、可愛らしい子供の声が重なって聞こえてくる。

 服を汚さないようにそっとカウンターに向かうと、一人の女性と女の子がニコニコと俺を迎えてくれた。

 俺の姿を見て、女性が申し訳なさそうに眉を寄せた。



「あの、お客様。ここは男性用の衣類は扱っていないんですが……どなたかにプレゼントですか?」

「いえ、あの、冒険者ギ……」

「お母さん、このお兄ちゃんは私のお客様!」



 俺の言葉を遮って、小さな女の子がはい! と元気よく手を上げた。



「アマンダの? お知り合い?」

「そうなの! 前に遊んでもらったお兄ちゃんなの! もう一回遊んで欲しくてギルドのお兄ちゃんにお願いしたらそのお願いを聞いてくれたの!」



 アマンダちゃんは一生懸命嘘の説明をお母さんにしている。ってことは、タルトのことはお母さんにも内緒ってことかな。話に乗った方がいいのかな。



「はい。前に、俺がこの街で迷子になった時にアマンダちゃんに道案内をしてもらって、その時に街を案内してもらったんです。アマンダちゃんがまた会いたがっている、と冒険者ギルド経由で伝えてもらったので、お礼が出来ると思って来ました」



 アマンダちゃんの嘘に乗って、俺も適当な説明をする。

 そして、インベントリから昨日ヴィデロさん用にと思って作ったら作りすぎてまとめてあるクッキーを取り出した。袋は武骨な紙袋だけどいいかな。



「あの、俺の手作りなんですけれど、これを受け取ってください」

「そうなんですね。アマンダあなた、お兄ちゃんにちゃんと道案内できたの? でも、こんなに受け取ってしまっていいのかしら。この子おてんばだから、振り回されたんじゃ」

「お母さん! ほらあ、お客さんは待たせちゃダメっていつも言ってるのお母さんでしょ! 私、お兄ちゃんとお話したいから、休憩するね!」

「はいはい。我が儘いっちゃダメよ」

「う……っ、言わないもん!」



 行ってきます! と元気に声を掛けて、アマンダちゃんが俺の手を取って、店の外に連れ出した。

 店を出ると、アマンダちゃんは隣の建物との狭い隙間を通って、店の裏手まで俺を連れてきた。そして、ちょっと広い庭の隅で、「ごめんなさい!」と頭を下げた。



「あのね。タルトの依頼で来てくれたんでしょ。でもごめんなさい。依頼をキャンセルしたいの。キャンセルのお金はかかる?」



 困ったようなちょっとだけ泣きそうな顔になったアマンダちゃんは、さっきまでの溌剌さはなりを潜めていた。

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