これは報われない恋だ。

朝陽天満

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751、結界を越えて(物理)

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 皆が見守る中、俺は前にエルフの里で見たのと同じように『闇月の雫』を樹の周りに撒いた。

 途端に樹がざわざわとせわしなく揺れ始める。

 見上げていると、守護樹の葉が一気に色を変えた。

 緑色だった葉が、一斉に赤く染まっていく。まるで短縮された森の紅葉動画を見てるみたいだった。



「綺麗……」

「すごい」

「目の前でこんな光景を見れるなんてすごいな」

「しまった、俺、動画撮ってない」



 雄太たちが感想を口にする。

 俺はあまりの綺麗さに何も言えずにただ守護樹を見上げていた。

 ヴィデロさんも目を細めて見ていた。

 変化が終わると、上からはらりはらりと葉っぱが沢山落ちてきた。これ、お礼の葉っぱかな。



「綺麗ね。赤い色に意味があるの?」



 近くの枝に手を伸ばしたユイが、守護樹を見上げてポツリと零す。

 途端に枝がサワサワと揺れた。



「そうなんだ。素敵だね。私も手伝うね」



 ニコッとユイが笑ったので、会話が成立してるのがわかる。

 俺も俺もと雄太が手を伸ばし、ブレイブも「触れてもいいのか?」と枝を見上げる。

 二人の声に反応するように、枝が伸びてくる。ふれあい守護樹広場と化したそこで、俺に触れた枝が『葉っぱお礼。拾って拾って』と伝えてきた。

 俺もありがとうと答えて、落ちている葉を一枚一枚拾っていく。葉自体が結構大きいから、拾うのは楽だった。

 綺麗だな、と何気なく鑑定眼で見てみると、『守護樹の息吹葉』となっていた。ってことは、エルフの里の守護樹とは全く違う効果がついたってことか。不確定だもんなあ。

 ちなみに、葉の特性は、穢れた魔素を吸収し、通常の魔素を吐き出すんだそうだ。なんか、二酸化炭素を酸素に変えるみたいな感じだ。流石は樹。でもこの分厚い雲に覆われた空で、光合成できるのかな。それとも守護樹は光合成しないのかな。

 その考えは口に出ていたらしく、海里に「そもそも光合成は葉緑体がしてるんだから、紅葉した葉は光合成をおこなわないのよ」と突っ込まれ、更にブレイブに「そもそも生態自体が違うんだから、その知識はあんまり当てにならないと思う」と突っ込まれた。



 ああでも、この樹がもっと大きくなったら、そのうちこの穢れた魔素も薄くなって、こっちの大陸にも人が戻って来れるようになるのかな。

 そうなったら、ジャル・ガーさんたちも思い出の村に行くことが出来るようになって、色々な想い出の地を巡ることが出来るようになるんだろうか。

 そうなったらいいのに。

 綺麗な赤い葉を見上げながら、俺はそうなったらいいのに、ともう一度強く思った。





 守護樹を外から見たいなと思った俺は、何も考えずに村の入り口に向かった。

 そして、村を出ようとして、何かにぶつかる。まるで透明なガラスにそのまま突っ込んだみたいになって、ハッと思い出す。

 ここ、入れないし出れないんじゃん。

 後ろで俺のその姿を笑っていた雄太を睨みつけながら、ぶち当たったおでこをさする。



「おおい、しっかりしろって。くくく、ここ、俺らが入れないよう設定されてんじゃん」

「くっそ笑うなよ。忘れてたんだよ! ってかお前ら俺たちが帰ってくるまで魔物討伐競争再開してたって言ってたじゃん! じゃあどうやって再開したんだよ! 転移の魔法陣使えるのユイだけだろ!」



 恥ずかしいのを誤魔化すために叫ぶと、ブレイブが笑いを堪えながら、こうしたんだよ、と弓を構えた。

 外を魔物が歩いているのが見える。

 ブレイブは腕から出した弓じゃなくて、ちゃんと誰かが作った物理の弓と矢で、結界の外の魔物に向かって射た。

 ビシッと矢が命中して、魔物のHPバーがぐっと減る。魔物も警戒して周りをきょろきょろするけれど、結界内にいるブレイブが見つからないらしく、首をかしげてまた歩き始める。そこに追加の矢が刺さり、数本目の矢でHPが尽きたのか、キラキラと消えていった。



「こうやって討伐してたんだよ。俺は遠距離攻撃だからいいとして、高橋は苦労しててな。笑う」

「笑うなよ! ユイ、頼むから村の外に連れ出してくれ。俺の武器、全部投てき武器と化して外に転がってるから」



 あそこ、と雄太が指さしたほうに視線を向けると、確かに大剣からナイフまでが、地面に転がり木に刺さり、山のようになっていた。これは確かに苦戦するよ。



「魔法は結界で相殺されるから使えないしね」

「そもそも俺の魔法は魔大陸の魔物には通じねえよ」

「あら弱気」

「魔法は全てユイに任せる代わりに、物理攻撃と防御は俺が請け負うんだよ。だから俺は魔法はいいの」



 なるほど確かにそう考えると雄太とユイはいいコンビだよな。超火力の超攻撃系コンビだけど。PVPとかで敵に回したくは絶対にないけど。瞬殺されるの必至だ。



「ってことは俺がそこに跳んで落ちてる剣を拾えばそれは俺の物ってことに」



 と指を上げた瞬間、雄太が俺の手をはっしと掴んできた。



「って、そんなことするわけないじゃん。役に立たないし」

「いや、村の外に出るならそれに乗じようと思っただけ。貰ってもいいけどそろそろ耐久力ヤバめな物ばっかりだからあんまり役に立たないぞ」

「貰っていいのかよ」

「だってマックが持ってたらなんか変化しそうじゃん」

「いやいや無理だから」



 そういいつつも魔法陣を描こうとしたら、ヴィデロさんも俺の手に触れてきたので、三人で村の外に跳ぶと、雄太は早速剣を拾い始めた。次々インベントリにしまい込んでいくのは見ていてスッキリする。本当にたくさんの剣が転がっていたから。っていうか何本持ってるんだよ。普通そんなに剣を持ってるものなの?



「もしかして、ヴィデロさんも沢山剣を持ってた方が良かったりする……?」



 それだったら予備剣を一緒に買いに行きたい、という思いで見上げると、ヴィデロさんは構えた剣を見て口角を上げた。



「実はインベントリに数本持ってるんだ。手に馴染むのがこの剣だから、メインはこれなんだけどな。長光に作って貰った物と辺境騎士団長お薦めの鍛冶屋の物だから、どれも甲乙つけがたいいい剣なんだ」

「そっか。じゃあよかった。じゃあやっぱり鎧デート……」

「剣とか鎧とか理由を着けなくても、デート位しような」

「ヴィデロさん好き」



 苦笑したヴィデロさんとにこやかに「今日の狩りは最高の魔物が釣れそうだ」なんて言ってる雄太を連れて村に戻ると、そうだ、とブレイブが声を上げた。



「ユイ、ちょっとセィ城下街に跳んでくれないか? 今日だけ特別で販売するタルトの引換券を持ってるんだけど、すっかり忘れてたんだ。場所は、雑貨屋の隣のケーキ屋なんだけど」

「あ、あの滅茶苦茶可愛いケーキ屋さんね。いいよ。私も何か買おうかなあ。まだ開いてるの?」

「あそこは夜までやってるはず。ごめんユイ、恩に着る」

「いいよね、高橋。それにしても特別販売の引換券ゲットできるなんてすごいねブレイブ」

「運が良かったし、かなり並んだからな。予告出た瞬間丁度一人で雑貨屋に買い物に行ってた時に告知されて、会計もそこそこに並んだから」



 ユイはブレイブのお願いを快く承諾して、俺の方に向き直った。



「マック君とヴィデロさんは一緒に行く? それともここで解散?」



 そう訊かれたのでヴィデロさんの方を見ると、ヴィデロさんは「次の予定が王宮近辺だから、連れて行ってもらえるとありがたいんだが」と俺の方をちらりと見下ろした。

 俺は予定なしだからいくらでもどこにでも付き合うよ。

 二人でユイにお願いします、と頭を下げると、ユイはニコニコと「全然いいよ。じゃあいこっか」と手を差し出してきた。

 皆でユイに掴まって、跳んだのは大通りに面している雑貨屋の前。

 いきなり現れた俺たちに、周りの道を行く人々の視線が集まる。

 こんな街中にいきなり出て来たらこれくらい注目を浴びるよね。ちょっと周りを気にしてると、全く周りを気にしていない雄太たちがじゃあな、と俺たちに手を振った。皆でケーキ屋さんに行くようなのでそこで解散になったんだ。



「ヴィデロさんはこれからアリッサさんの所、とか?」

「いや、今日は貴族門の詰所に用があるんだ。届け物だな。その後少し母の所に寄ってくる。マックも一緒に行かないか? 母が会いたがってるから」

「え、行っていいの?」

「もちろん」



 いい笑顔で頷いてくれたので、行きたい、と答えようとしたところで、すぐ近くの雑貨屋のドアが、バン! と大きな音を立てて開いた。





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