これは報われない恋だ。

朝陽天満

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706、いざ、ボス部屋へ

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 気合いを入れ直して、ボス部屋のドアに海里が手を掛ける。

 その扉の前に、雄太とブレイブ、そしてユキヒラが武器を構えて立つ。俺とユイを挟んで、ヴィデロさんが殿を。



 扉が開いた瞬間、ブワッと中から圧が襲ってきた。

 さ、流石裏ボス。これだけで心折れそう。

 威圧に負けそうになっている俺とは違って、皆は変わりない表情で部屋の中に視線を送っていた。

 とても高い天井に向かって柱が何本か立っており、まるで古代ローマの神殿の様な雰囲気の部屋の中、正面の奥には誰かが立っていた。

 おおよそ戦闘には向かなそうな白い裾の長いドレスを纏って、背中からは真っ黒な羽根が生えている。

 見れば見る程、あの紋章に描かれた女神そっくりなそれは、俺にはどうしても生きてる人には見えなかった。何せ全体的にめっちゃ透けている。

 禍々しい空気を纏い、俺たちをただ見つめているその偽女神だか神の御使いさんは、俺たちに攻撃を仕掛けるわけでもなく、ただ虚ろな目をこっちに向けている。



 全身鳥肌が立ってる気がする。

 ぞわぞわする不快感、ここに極まれり、って感じがする。

 ギュッと聖短剣を握り、少しでも空気をよくしようと口を開く。



「『至高にして最上の神よ、その聖なる気でこの者の心の奥の底に眠る邪気を吹き飛ばし給え。ヴァイスブロフ』」



 ふわっと俺たちの周りを風が吹き、ほんの少しだけ不快感が減る。でも、10が8に減っただけ、みたいな些細な効果しかなく、ユキヒラの言っていたことは正しかったと図らずも証明してしまった。目の前のあの人、ほんとに女神的な何かなんだ……。あの黒い羽根が物凄く堕天使っぽい。どっちかというとヴィデロさんの羽根の方が女神だよ。最高に綺麗で心が洗われる気がするもん。



「だから言ったろ、神とつく者に聖魔法は効きにくいって」

「うん。でも気持ち悪くて」

「まあ、わかるけどよ」



 ユキヒラの手には、聖剣じゃなくてもっとゴツイシンプルな剣が握られている。

 今回は聖剣は使わないのかな。効果半減だもんな。



『古いにしえの……』



 そんなことを思っていると、鈴を転がすような声がふと聞こえてきた。



『この地を作りし我が主の願い……』



 とても可愛らしい声で、禍々しい目の前の偽女神が言葉を発する。 

 口は動いてない。思念みたいな物かな。



『諍いのない、平和な地を……』

「待て待て待て! 諍いがないとか、言ってることとやってること真逆だろ!」



 声に雄太が突っ込みを入れる。

 それに反応したのか、偽女神の視線がふと雄太を捉えた。



『すべての者たちをここに集わせれば、諍いはなくなると、あの者は言っていた』

「あの者って誰。実際には集わせるんじゃなくて呑み込んでるだけじゃん。誰もいなくなったらそりゃ諍いはなくなるって」

『それが、我が主の願い……』



 会話が成立していることにちょっと驚いていると、偽女神は首を傾げて、無邪気な、というしかない表情を浮かべた。



『諍いがなくなるのが、願い』



 言ってることはすごくいいことだと思うけど。絶対に間違ってるから! 方向性が!どんなのが平和なのか具体的にこいつに教えとけよ!

 雄太たちが剣を構える。

 真っ黒な羽根の所から、ブワッと何かが数体飛び出して、俺たちの方向に走ってくる。

 あの羽根、魔物を生み出すのか!

 皆ざっと剣を構えて、迫りくる魔物に剣を振るう。

 雄太が飛び出し、ユキヒラが剣を持ち替え、切りかかる。魔物なら聖剣が効くから!



 俺も短剣を構えて聖魔法の詠唱を始める。横ではユイも何かの詠唱を始めた。

 飛び出してきた魔物はほぼ一瞬にして消えたけれど、取りこぼした一体が俺たちじゃなくて、周りにある柱に向かって走っていった。

 そして、柱に攻撃を開始する。

 途端に、柱にHPバーが見えた。



「え!? 柱にHPが!?」



 皆も気付いたみたいで、一瞬戸惑いの表情が浮かぶ。



「柱を攻撃すればいいの?」

「でも魔物が柱を攻撃してるから、反対かも。柱を魔物から守る、みたいな」

「ああ、力を削ぐってそういうことか」



 天井を支える柱だと思っていたそれは、見上げれば上には何かが置かれているような感じだった。淡く光ってるから、もしかしてあそこに重要な物が置いてあるのかも。

 海里が飛翔を使って空に飛び、かなり高い位置にあるそれを確認して帰って来る。

 手には、何か陶器の欠片の様な物が握られていた。



「柱の上全部にこの欠片があった」



 俺たちにそれを見せた瞬間、欠片は光り輝き、海里の手から浮いた。そして、偽女神の所にヒュン、と跳んで、行く直前にブレイブの手によって阻止された。



「あっぶなああ! 海里、上になんか魔法陣みたいなのなかったか? これ、あいつに融合しちゃダメなやつ! これを集めるにも、こんなぐいぐい引っ張られるのを持ったまま戦闘なんて出来ないから!」

「あった! 魔法陣中央に置いてあったから!」

「それだ!」



 ブレイブの身体が欠片と共に引き摺られるように少しずつ前に進んでいく。

 そんなブレイブの腰をユキヒラが咄嗟に掴んで、引き摺られるのを何とか阻止する。



「海里、一旦これ上に戻すぞ!」

「インベントリには入らないの?」

「だめだった! 多分柱が壊されると魔法陣が消えてあいつに取り込まれるギミックだ!」

「もう、逆だと思ってたのに騙された……! 欠片が、じゃなくて欠片を、だったのね」



 ブレイブが飛翔を唱えて、引き込まれる力に抗いながら浮かぶ。それでもずるずると中央の方に引き摺られていて、慌てて雄太たちも飛翔で空を飛んでブレイブを押さえる。

 その間にもまた魔物は生まれ出して、ユキヒラがその魔物を柱に近付けないように奮闘する。

 俺も聖魔法を唱えるけど、効果範囲で聖魔法半減なのか、あんまり効いてないっぽい。

 魔物の数的に欠片を戻しに行くのに雄太たちのパーティー全員がかかりきりになっちゃうと詰むやつ。

 ヴィデロさんも魔物を斬りつけながら前に走り出る。

 そして、ブワッと羽根を広げて飛び、ブレイブの身体をしっかりと支えた。



「高橋、海里、ユイ、下で魔物を。俺が欠片を上に置いてくる」



 ブレイブの手から欠片を受け取り、ヴィデロさんはそのまま柱の上の方に飛び立っていった。全然ぶれない力強い飛び方だった。飛翔と羽根じゃあ違うのかな。安定感がかっこいい。やっぱり天使はヴィデロさんだ。好き。

 高橋たちが戻ってくると、出てきていた魔物はすぐに駆逐された。

 ユキヒラも一人この一瞬で3体くらい倒してたんだけど、なんか一気に沢山出てきたせいか、抑えにはなれなかった。ちなみに俺は一体も倒してない。さらにダメダメ感アップ。

 ヴィデロさんは無事欠片を上に置いてくると、羽根を広げて下に降りて来た。その神々しさと天使みが最高。好き。

 と思っていると、ヴィデロさんが「少し抜ける」と皆に声をかけて、俺を抱っこして再び上昇した。力強さと安定感最高。戦闘中なのにも拘わらずヴィデロさんを堪能した俺だった。





 柱の上は、だいたい一片が二メートルくらいの足場があった。

 そこに所狭しと魔法陣が描かれていて、その中央に欠片が置かれていた。他の柱も全く同じ状態だった。



「これ、魔法陣の範囲から外れるとあの人に取り込まれちゃうんだよね」

「そうだな。マック、あそこを見てくれ」



 ヴィデロさんは俺を抱っこしたまま、入り口の上の方に描かれている文字を指さした。後ろなんて向かなかったから、そこに文字があるのすら気付かなかった。死角を上手くついててちょっと悔しい。

 そこには、古代魔道語でこう書かれていた。



『すべての欠片 一片も違わず手に取れ さすれば力が衰えることはない』



 それを読み上げると、ヴィデロさんは少しだけ考えるそぶりをして、周りを見た。



「全てを同時に持ち上げれば、この魔法陣の効果が持続するってことか?」



 そうかも。魔法陣の方にも『同時』っていう言葉が刻まれてる。

 俺は頷いて、柱を数えた。 

 柱は全部で8本あった。そして俺たちは全員で7人。同時に欠片を取るって。人数足りない。えっと、最初から詰んでない?

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