これは報われない恋だ。

朝陽天満

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689、ヒントはどこに

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「ヴィデロさんのクエスト、なんて書いてあった?」



 隣から宙を見ても全く見えないので、目を覗いてみると、全て英語表記。

 ヴィデロさんは覗き込んだ俺と目を合わせてくすっと笑った後、ヴィデロさん宛に来たクエストを読んでくれた。



「『魔王の核となる物を確保せよ。魔王が倒れた今、魔王を形作る核となる『神の御使いの欠片』がまた少しずつ力を溜め始める。それを阻止し、『神の御使いの欠片』をあるべきかたちへと導け』と書かれてる」

「俺のクエスト内容とちょっと違うね」

「マックのはなんて書いてあったんだ?」

「『神の御使いの欠片』の力を削いで魔王誕生を阻止しろって書いてある。あるべきかたちってどんなだろうね」



 アリッサさんの目の前で二人で首を捻っていると、アリッサさんがちょっと待って、と魔道具を起動した。



「アンドルース、ちょっと今いいかしら」



 宰相さんを呼び出したみたいだった。宰相さんの声はこっちには聞こえない。耳に魔道具を当てているアリッサさんだけが聞こえているみたいだ。



「……そうそう。『神の御使いの欠片』について書かれた古代語の本よ。昔書庫にあったでしょ。……え、ない?」



 アリッサさんが顔を顰める。

 古代語の本ってもしかして……。レガロさんが来た時に、持つべき人の所に飛んでっちゃった本の事、かな。魔大陸から渡って来た本は俺が探したから、冊数は覚えてるけど。誰にとんでったかっていうのは把握してないから。



「ごめんなさい。いいの。ありがとう」



 アリッサさんは魔道具をしまうと、ため息とともに振り返った。



「ここの書庫に魔大陸関係の本があった気がしたんだけれど、今は全くないそうなのよ。先見の魔術師にすべてを渡してしまったらしくて」

「ああ、はい。そうですね。俺も三冊くらい貰いました。そして、魔大陸からの本、全部違う人の元に飛んでったみたいで……本を貰った人で知ってるのは、ニコロさんくらいで」



 そう口に出したところでハッとする。

 ニコロさんってどんな本を手に入れたんだっけ。

 なんか神がどうとかこうとか……思い出せない。

 俺は顔を上げると、ちょっとニコロさんの所に行ってきてもいいか聞いた。



「そんな簡単に教皇猊下に逢えるなんて……」



 一瞬だけ呆然とした表情を浮かべたアリッサさんは、その後不意に笑いだした。そして、俺の頭を一撫でした。



「健吾君ならそれもあり得るわね。ねえ、健吾君。ヴィデロがしっかりと私の子として戸籍を得たら、パーティーを開きましょ。健吾君のご両親も呼んで。ね」



 にこっと笑ってものすごいことをサラッと言ったアリッサさんは、行ってらっしゃい、と手を振った。



「ヴィデロさんは」

「俺は猊下の元に行く許可証を持ってないからここで待ってるよ」



 ヴィデロさんと共に行こうと思ったら、まさかのお見送りの言葉だった。



「それに、まだ母さんに確認したいことがあるから」



 ごめんな、とヴィデロさんも俺の頭を撫でる。

 そうだった。打ち合わせ途中でクエストの話になったんだった。

 俺は二人に手を振ると、魔法陣を描いて隣の建物である教会の前へと跳んだ。





 入口でしっかりとブレスレットを見せて、入れてもらう。

 チラッと確認したけど、ユキヒラはログインしていないみたいだった。日曜日なのに何かあるのかな。

 ユキヒラにも本をゲットしたか聞きたかったけど仕方ない。

 フリーパスで謁見の間の隣にある普段ニコロさんがいるところに通された俺は、笑顔で迎えてくれるニコロさんに挨拶した。



「おはようございます。いきなりですいません」

「いいえ、マックさんならいつでも大歓迎です。今日はどうしました? あ、すいません、お茶とお菓子の用意をお願いできますか。ちょっと皆さんも息抜きしましょう」



 周りで書類と格闘していた人たちに一声かけると、ニコロさんは俺を応接ソファーの方に誘ってくれた。

 間を置かずに教会のローブを羽織った人が茶器を持ってきてくれた。

 そして、熱いお湯に茶葉を入れて、手を組んだ。



「天より私たちを見守ってくださる方々よ……」



 静かに祈りの詞を口に出すと、透明な茶器の中がキラキラと光り出す。

 すっかり定着している聖水茶を出されて、お礼を言うと、その人は丁寧に頭を下げて下がっていった。



 お茶を飲んで一息吐くと、ニコロさんはフッと真顔に戻って、俺に深々と頭を下げた。

 え、待って。教皇猊下がこんな風に頭を下げちゃダメだってば。っていうかどうしたんだ一体。



「ニ、ニコロさん?」

「この度は、この世界の平和をその身を挺して守ってくださり、深く感謝致します。ユキヒラさんからお聞きしました。あなた方のその勇気ある行動、私達には命を賭しても成し得ることは出来なかったことです。ただここで祈ることしかできなかった私には何も言う権利すらないかもしれません。ですが、これだけは言わせてください。本当にありがとうございます。あなたは私の誇りです」

「え、あ、魔王戦の事、ユキヒラから聞いたんですか……うわあ、俺、最後のいいところで死に戻っちゃって、結局はあんまり何も出来なかったんですよ。ユキヒラは聖剣で頑張ったんですけど、俺は戦闘はからっきしなので、下手するとお荷物だったかも」



 ニコロさんの最高の言葉は、ちょっとばっかり俺には重い気がしたのでそう言うと、ニコロさんはゆっくりと頭を横に振った。



「いいえ。マックさんは、全力を尽くしました。戦闘がからっきし、そんな状態で、一体何人の方があの恐怖の象徴でもある者の前に立てましょう。私はきっと、それだけの魔力があっても怖じ気づいてしまいます。それを、あなたは乗り越えてこの世界を救ってくださいました」



 なんか大事になってる。

 私は……と声を震わせ感動しているニコロさんを前に、俺は固まった。

 結局は一番感動するべきところを見逃すし、俺にとってはどっちかというと魔王討伐よりもヴィデロさんが無事戻って来たことの方が一大事だったし。

 なんていうか。ここの国の人と俺たちプレイヤーの違いって、こういうことなんだろうな、とふと思った。

 きっと当事者だった勇者たち4人は俺たちの感覚の何倍も何十倍も感情は揺さぶられただろうし、討伐に関わったクラッシュとかヴィデロさんも、同じくらいの気持ちだったと思う。でも俺たちは。「やった魔王倒した!」っていうそういうことなんだ。



「違うんです。俺たち異邦人は、そんなんじゃなくて……」



 胸にもやっとした物がこみ上げてきて、俺は俯いた。

 この感情の差が、ヴィデロさんとの世界が違うってずっとふとした拍子に実感してた感情そのものだ。

 こんな心構えで、こんな風にニコロさんに称賛されるのっていいのかな。



「いいえ。違いません。あなたと、ユキヒラさんと、そして多くの方々の力によって、脅威は去ったのです」



 まるで俺の考えを見透かすように、ニコロさんは俺の手の上に自身の手を添えて、ゆっくりと微笑んだ。



「それに、そんな風に世界を救えた弟子に、師匠として何かご褒美をあげたいのですが。ご希望はありますか?」



 真剣な口調とは一転、少しだけ砕けた様子になって、ニコロさんが俺の俯いた顔を覗き込んだ。



「そうでした。ここにマックさんが顔を出した理由をお聞きしてませんでしたね。何かありましたか? 心配事がおありなら、力になりますよ」



 ニコロさんにそう言ってもらって、ハッとここに来た理由を思い出す。

 そうだった。魔大陸産の古書を見せてもらおうとしてたんだった。



「前に先見の魔術師が来た時に手に入れた書物を見せてもらおうと思って。たしか、大陸の神のことを書かれてた様な……」

「はい。大陸で過去にあがめられた神の神話なのか実話なのか、そういうものが書かれている古書です。お待ちください」



 ニコロさんは席を立って隣の部屋に行くと、すぐに手に本を持って戻って来た。

 背表紙くらいしか見たことなかったけれど、『在りし刻の神の過ちと贖罪』っていう題名だった。そんな大仰な題名だったんだ。ちょっとびっくりした。要約すると『大陸の神が自ら作った様々な種族を慈しみすぎて、物を与え過ぎたら誤りが起きて世界が滅亡しそうになったんだよ』っていう話だった。そしてそれを何とか抑えた神が必死で暴走する人族を止めようと人の姿になって魔に染まった人族と戦った的な話だった。

 ざっと説明を聞いたけれど、『神の御使いの欠片』を魔王を生み出す道具にしないための方法はない、のかな。

 とがっかりする。



「とても素晴らしく、そして、とても恐ろしい話でした。ほぼ実話に近い神話の様なものだろうと私は推測します。今の説明は本当にごく一部ですので、もしよければ持ち帰って読んでみてください。何かヒントが得られるかもしれません。マックさんが何を探しているのかはわかりませんが、私が力になれることであれば何でもおっしゃって下さいね」



 ニコロさんは表紙をそっと慈しむように撫でると、俺の方に差し出した。でも借りてもいいのかな。

 と思ったら、触れた瞬間インベントリにしまわれてしまったので、きっとよかったんだ、とありがたく借りることにする。

 もしかしたらヒントが載ってるかもしれないし、この中からヴィルさんが何か凄いことを発見するかもしれない。

 俺はお礼を言って、また必ず遊びに来るという約束をしてから、その場を辞した。





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