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669、魔王復活の裏で
しおりを挟むんじゃ、やるか。
そんな一言で、ラスボス戦は始まった。
セイジさんは剣を片手にサラさんの入っている水晶に向かって魔法陣を描く。
キン! という澄んだ音と共に、目の前の大きな水晶にひびが入っていく。
「マック!」
名前を呼ばれて、俺はドキドキする心臓を宥めながら水晶の近くに走った。
ビキビキビキ! と細かく水晶が割れて、バラバラと欠片が降り注ぐ。
そんな中、崩れ落ちたサラさんの身体を、セイジさんが難なく受け止めた。
「待たせたな」
セイジさんの呟きと共に、ドオンと地面が揺れた。
目の前が真っ黒に染まる。
セイジさんに抱きしめられたサラさんの身体から、黒い闇の塊がすごい勢いで飛び出す。
その闇は、徐々に目の前に積み重なり、大きな身体を作っていった。
「こわ……」
思わずビビって呟くほどに、目の前の存在が恐怖を掻き立ててくる。
威圧を使われた時の様に呼吸は浅くなり、何でこんなものに勝てると思ったんだろう、なんて弱気が沸き上がってくる。
いやいや、ダメだ。そんな考えだと戦う前から負けちゃう。
必死で気合いを入れようとしていると、「あとは任せた」というセイジさんのいつも通りの声が聞こえた。
視線を動かすと、「大丈夫?」とエミリさんが背中をトンと叩いてくる。
そして、後ろから容赦ない勇者の一撃が。いや、すっごく手加減してくれたんだろうけど、その一撃が俺をつんのめらせて、地面に手をついた俺は、ちょっとだけ緊張がほぐれた。
セイジさんからサラさんを託され、サラさんの身体を横抱きに抱く。めちゃくちゃ軽い。もしかして軽量の魔法陣描いてくれたのかな。それともサラさんが軽いのかな。そんなことを思いながら立ち上がると、セイジさんの手から魔法陣が跳んできて、俺の視界が一瞬で変わった。
ハッと顔を上げると、ちょっとだけ遠くにさっき出てきた魔王のデカい身体が見える。
戦闘圏外まで飛ばしてくれたんだ。ありがたい。そこら辺を徘徊している魔物が出てきたら一発で終わりだけどね!
サラさんの身体を地面に寝かせると、俺は蘇生薬ランクSを取り出した。
改めて見下ろすと、サラさんの顔色はとても青白く、呼吸もしてない。もちろん心臓も動いてない。魂は……あるんだよね? なかったらいくらランクSとはいえ、蘇生薬効かないから。
ドキドキしながらサラさんに蘇生薬をかけようとすると、ふと頭に声が響いた。
『少しだけ、待って』
「え、待つ?」
今の声は確かにサラさんの声だった。
「待つって、今蘇生薬をかけちゃダメってこと……ですか?」
目を瞑ってピクリとも動かないサラさんに向かって声をかけても、サラさんからの返事はない。
どうしよう。もしかして、今まさに魂の状態で何かをしてるんじゃないだろうか。なんてことを思う。
今起こしたらそれが中途半端になるとか。今、サラさんもセイジさんたちと一緒になってあの魔王の前にいるのかな。
戸惑っていると、向こうの方から海里とブレイブが走って来た。
「俺らマックの護衛につくから! って、まだ蘇生薬使ってなかったのか?」
「何かあったの?」
近付いてきた二人に思わずホッとする。
「蘇生薬を使おうとしたらサラさんらしき人にストップかけられて」
「え?」
「は?」
簡潔に説明すると、2人はあっけにとられた顔をした。
その後、口元を緩めて、サラさんを見下ろす。
「この人ならいいそうだけど……生き返らせちゃダメってこと?」
「ダメじゃないと思うんだけど。少しだけ待ってって言ってたから」
「少しってどれくらいだ」
「わからないけど。サラさん、また何かをしてるんじゃないかなって思ってる。向こうの方はどう?」
「魔王はなんか滅茶苦茶威圧を使ってて、HPバーが通常よりも長くて太くて黒い」
「黒って……」
指折り数えて、何本分のHPバーがあるのかを確認する。
赤黄色緑青白黒。はい6本。しかも長いってことは、他の魔物目じゃないくらいダメージ与えないとダメってことか。
流石に強いよな。当たり前だけど。溜息を呑み込んだ俺は、ふと沸き上がった疑問を口にした。
「クリアオーブっていつ使うんだろう」
「それはね、魔王を瀕死にしないと閉じ込められないんだって。だからまずは魔王をヘロヘロにしないと。ユキヒラの剣がやたら効くから、早くサラさんを復活させてマックに戻って来て欲しいのよ」
「そっか。だよね。闇の塊みたいなものだもんね。でもほんとに今すぐ蘇生薬をかけていいのかな」
「きっとサラさんなら合図してくれるだろうから、ちょっと待ってみましょうか。あっちはそれほど苦戦してるわけじゃないしね。私たちが抜けても全然平気だから。何より、セイジが魔法陣と魔法と剣を駆使してるのがなんか最強って感じがする。賢者の名前は伊達じゃなかった」
「セイジさんが」
海里の言葉に、俺は後ろを振り返った。
セイジさんの戦闘のイメージは、魔法陣魔法で皆をサポートって感じだったんだけど。
「でも前に勇者の本気の一撃を普通に剣で受け止めてたからな。あの手合わせは見ものだった」
「凄かったわよ。私もあとでブレイブに動画を見せてもらったんだけど。門外不出ねあれは」
「へえ……魔法陣魔法と普通の魔法と剣の併用って滅茶苦茶すごそう」
「すごいわよ。手数が多いのなんの。魔法陣魔法で色々補助をしつつ魔法で攻撃しながら剣で追撃。それを一人でやってるの。なんか、前より段違いにレベルが上がってる感じだったわ」
「今もな。勇者に並んで引けを取らない。エミリさんも同じような戦闘をしているから、あの人たちは一人一人がやっぱすげえ」
それでも勝てなかった魔王は、すでにそこに出てるんだよな。俺たちプレイヤーが一緒に来てるとはいえ。
「サラさん、もういいですか? もう、蘇生させてもいいですか?」
ひっ切りなしに聞こえる魔王の叫びに急かされるように俺がそう問いかけると、『 』と返事が来た。
何言ってるのか聞こえなかったけれど、多分『いいよ』だった。
俺はよし、と頷いて、手に持った瓶の蓋を開けた。
蘇生薬は、サラさんの身体に吸収されるように光り輝いた。
生き返って欲しい。ヴィデロさんの時は、少しだけ時間がかかったんだよな。ずっと水晶の中にいたサラさんは、どれくらいかかるのかな。
無意識に手を組み、祈りの言葉を呟く。
セイジさんの念願だから。そのために死にそうな想いをしてここまで来たんだから。起き上がってください。
蘇生薬をかけた身体は、少しだけ赤みがさしている。ちゃんと蘇生薬が機能したってことだとは思うけど、どうかな。
ギュッと祈りの形に握られた手の上に、ブレイブが手を重ねてきた。
「ここまで来たら、サラさんが起き上がるまでとことん二人をガードするからさ」
「知ってる? マック。私達、一人でもここの魔物を消せるくらいにレベル上がったのよ。特にユイ。高威力広範囲の魔法をガンガン覚えたから、無双もできるわよ」
「そ、それは凄いね」
「すごいなんてもんじゃないわ。きっと勇者も最強魔導士の再来って言うと思うわ」
「……それは、楽しみね」
掠れた声が、俺たちの会話に割り込んでくる。
ハッと下を向くと、サラさんが薄っすらと目を開けていた。
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