これは報われない恋だ。

朝陽天満

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636、助けてお兄ちゃん

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 たとえ笑顔で送り出されても、俺たちは笑顔というわけにはいかなかった。

 あんな酷い行為を目の前で見せられて、気分がいいはずがない。



「……こんな時にだけ頼るのもどうかと思うけど」

「でもこういう行為を何とかしてくれる可能性があるのは、兄しか思い浮かばない」



 二人で顔を見合わせると、周りも関係なくトレに跳んだ。

 工房に戻ってくると、俺は早速フレンド欄を見た。名前は灰色になっている。仕事でもしてるのかな。

 ヴィデロさんに断って、ログアウトすることにした。

 寝室に向かってベッドに転がってログアウトすると、俺はヴィルさんにメッセージを送った。「たすけて、お兄ちゃん」と……送りたかったけど自重した。でも気分は助けてお兄ちゃん。



 ヴィルさんはすぐに返事をくれた。

 そして、すぐにログインする様に言われて、ホッとしながらログインすると、ヴィデロさんがベッドサイドに座って待っていた。



「ヴィルさん、すぐにログインしてくれるって」

「そうか」



 ホッとしたような顔をするヴィデロさんは、すっごくヴィルさんを頼りにしてるように見えた。兄弟羨ましい。

 俺もすぐに起き上がってキッチンの方に向かうと、同時くらいに連絡通路のドアがノックされた。



「何かあったのか? ヴィデロも健吾も顔つきがいつもと違うぞ」



 俺たちの表情を見た瞬間、ヴィルさんは顔を曇らせた。そんなに表情に出てたのかな。でも今はニコニコなんてできない。

 俺がお茶を淹れている間に、ヴィデロさんがヴィルさんにさっきの工房のあらましを話した。しかも前から起こっているみたいだってことも。

 ヴィルさんは俺が差し出したお茶を手に、視線を少しだけ落とした。

 俺が席に着いたのを見て、「健吾は『USM』というゲームを知ってるか?」と訊いてきた。

 名前だけは知ってると答えると、ヴィルさんはそうかと頷いた。



「あのゲームは昔のレトロゲームと同じシステムを採用しデータ容量を節約しているんだ。その他の容量はほぼモンスターデータにつぎ込んでいると言っても過言じゃない物だ。俺はやったことがないが、あれはモンスターを倒して手に入れて合成して自分だけの最強モンスターを育てる育成ゲームだな。最大の魅力が、モンスター同士を戦わせる闘技場。強さランクがあり、強ければ強いほど名誉とされて、称号が与えられる。そのために『USM』ユーザーはモンスターの討伐と合成をひたすら繰り返しているという。そういう育成物が好きなユーザーにとってはとんでもなく面白いゲームだそうだな」



 そういうのは聞いたことがある。俺は戦い自体が苦手だったから、食指は動かなかったけど、雄太がしっかりと持っていて、一度だけ招待枠でやらせてもらったことがあるんだ。でも一日で止めたけど。だってモンスターを合成ってなんかどうも好きになれなかったから。可愛いモンスターを手に入れても、強くするために合成して全く違うモンスターにしちゃうんだよ。しかも懐かせた方が強くなるとか言って、可愛がったモンスターを躊躇いなく合成させちゃうっていうのが苦手で。雄太もあんまりハマれなかったのか、早々に止めていたけど。

 でもなんでここでそんなゲームの話が出て来たんだろ。

 神妙に聞きながら、内心首を傾げた。



「そのゲームは、飲食店の壁に貼ってある依頼書で、クエストを受けることが出来るそうだ。その中に、こういうものがある。『このモンスターを隣の店の男性に渡して来てくれ』。依頼を達成するとその依頼の人物からモンスターの餌を貰えるらしい。でもその餌は他の店でも売っている餌で、通貨があれば買える物だ。依頼は一度受けるとクリアして消えていくんだが。たった一度餌を貰うために隣の男にモンスターを届けるのは馬鹿らしい、と考えたとあるユーザーが、裏技を考え出した。どういうものかわかるか?」



 ヴィルさんに質問されて、俺は首を横に振った。全然わからないっていうか、裏技ってそんな簡単に思いつくもんなのかな。

 ヴィルさんは『USM』の話自体に顔を顰めているヴィデロさんに、「君には信じられないような話だとは思うよ」と苦笑して見せた。



「さて、このクエストなんだが。レトロゲームのシステムを採用していると言ったよな。だから、依頼を受けてもキャンセルをすれば、また同じ依頼が掲示板に乗るわけだ。そのユーザーは、一度依頼を受けて、依頼人からモンスターを受け取った。そこでどんな行動をとったと思う?」

「……全然わかりません」



 俺が答えると、ヴィルさんは嬉しそうに笑った。



「それこそが、健全な精神が宿る子の反応だな。いいか、真似はするなよ。そのユーザーは依頼を受け、モンスターを受け取った。そして、あろうことか、モンスター商会にそのモンスターを売りに出したわけだ。ちょっとしたレアモンスターだったからか、モンスターはそこそこの値段になる。そこで金を手にして、依頼をキャンセルする。すると、また掲示板には同じ依頼書が貼られる。また依頼を受けて、モンスターを受け取る。それをまた売って、と繰り返して、財を築いたようだ」

「最悪な稼ぎ方だ……」

「しかもそのユーザーは裏技サイトにその方法を載せた。そのせいか、『USM』で通貨を得ることは難しいことじゃなくなったそうだ。あくまで、『USM』での話だぞ。その話があったからこそ、母はその点を問題視して色々と対策を講じている。多分、君たちが見たプレイヤーは、確実に『USM』のユーザーでもあると思われる」

「納得はしますけど、何とかならないんですかああいうの」



 ゲームと銘打って売り出してるわけで。だからこそ、プレイヤーは皆ゲームだと思って行動してるわけで。そうなるとこういうのもアリって言われちゃうとなんかもやもやする。

 ヴィデロさんも苦い顔をしている。



「『USM』はもちろん、それで文句を言うようなNPCはいない。店側は依頼モンスターもにこやかに何度でも買い取るし、依頼人も何度でもにこやかにモンスターを渡す。でも、それは『USM』でのことだ。『ADO』ではハラスメント関係は厳しく取り締まることは、しっかりと明言している。双方納得済みのPVP、及び、非道な敵対する者に対する攻撃はまた違った規約等あるんだが、それとこれとはまた別問題だな。教えてくれてありがとう。具体的な行動を把握できてよかった」



 ニコ、と微笑むヴィルさんが、とても頼もしかった。俺たちじゃ波風立てることしかできないから。

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