これは報われない恋だ。

朝陽天満

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576、結界の魔道具

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「でもヴィルさん、今日はどうして店主さんを連れてったんですか? 初めての場所に連れてくのって危ないんじゃないですか? 私行ってもよかったのに」

「ああ、それには理由があるんだ」



 ユイの疑問に、ヴィルさんはにっこりと答えた。



「近くの村全体を拠点に出来ないかと思って、クラッシュに助力を頼んだんだ。彼は魔力を操るのが上手いのは知っていたからね。我々プレイヤーでは魔力放出、というのは一定の条件下じゃないとできないから」

「魔力放出ってMPを消費するってことですよね」

「ああ。そういうのはその場に魔力を放出できるギミックがないと出来ないようになっているんだ。魔法を打ったりスキルを使ったりするのとはまた違うからね。彼の場合、好きなときに好きな量の魔力を体外に放出することが出来るんだ。俺はそれで何度も彼の力を借りているからそのことを知っていた」



 ヴィルさんはそういうと、クラッシュのほうにちらりと視線を向けた。お互い目を見合わせて苦笑する。そこには何かの絆が見て取れたけれど、それはきっと二人で色々行動してたからなんだろうな。

 そんなことを思っていると、ヴィルさんはインベントリから一つのよくわからない装置を取り出した。それを見た勇者とヴィデロさんが呆れたような顔つきをする。

 あれなんだろう、2人は知ってるっぽいけど。

 首を傾げていると、ヴィルさんはそれをくるくると弄んだ。



「今回持って行ったのは、王宮にも設置されている、結界の魔道具であるこれ。魔石に魔力を込めて結界を維持して、その場所を魔物が入り込めないようにする魔道具なんだけど、かなり魔力が必要になるんだ。それこそ、ユイ君でもギリギリ難しいくらいの。それを近くの村の四隅に設置して、村全体を魔物が入れないようにカバーしたんだ。マックがいればそこを浄化してもらって、こっちの街と変わりないようにもできたかもしれないけれど、今回は魔物の強さもわからなかったし、帰りにどれほどの魔力を消費するのかもわからなかったから、2人で行ってきたんだ」



 ヴィルさんの答えに、皆が納得半分、王宮で使ってる結界の魔道具と聞いてうわあ、となった。

 あれ、アリッサさんの事、雄太たちはわかってるけど、『白金の獅子』の人たちは知ってるのかな。とちらりと視線を動かすと、ガンツさんと目が合って、肩を竦められてしまった。

 しかし、アリッサさんも凄い物をひょいひょいわたすよね。通常ルートで買おうとするとどれくらいお高いのか想像もできないよ。

 雄太も同じことを思っていたのか、半眼になっていた。



「それにMPを使うってことは、それを設置した時にそんな表示が出たりはしないんですか?」



 魔法陣にしても、魔力を注げ、みたいな感じでMPを取られたりするから。それを含めて、ヴィルさんはギミックって言ったんだろうと思う。

 ってことは、あの魔道具はそういうMPなんたらとかいう表示は出ないってことかな。



「これの場合は出ない。ギミック認定されてしまうと、面白ずくで壊されて結界がなくなるなんてことになりかねないからな。そうならないように設定されている。街にある建物や素材にならない雑草なんかと同じような扱いだな。もちろん。こちらの世界の者には関係ないから、例えば、クラッシュやヴィデロや勇者が拳を振るったら壊れる」

「もしかして、俺たちが制限を受けている状態が、その装置も適応されているということですか?」



 ガンツさんの質問に、ヴィルさんは頷いた。そして、それを足元に置いてみる。途端にそれは地面と一体化したように思えた。っていうか、なんかある、とも思わせないような状態だった。確かに置いているのを見てるせいか、すごく違和感がある。なるほど、これが認識阻害ってやつかすごいな。



「俺がインベントリに入れられるのは、そういう設定をされた例外だということだ。他のプレイヤーはこれをインベントリに入れることは出来ないし、下に置いた瞬間認識阻害の制限が掛かるようになっている。だからこそ、クラッシュに頼んだんだ」

「ほんとだ。確かに魔力をとかMPをとか全然でないから魔力を入れることが出来ないね」



 ユイは早速手を伸ばしてみていた。それを見た皆が地面に置かれたその装置に手を伸ばす。俺もそっと触ってみたけど、錬金釜を触っている時みたいにMP注入の表示が出てこなかった。なるほど、だからクラッシュなのか。

 ドレインさんはどうしてもMPを注いでみたかったらしく、ひたすらつっ突きまくっている。でも出来なかったらしくて、口を開いた瞬間ヴィルさんに「それに魔法をぶつけても無駄だからな。壊れて終わる」と言われて悔しそうに口を噤んだ。その後月都さんに頭にげんこつを落とされて、涙目になっていた。何恐ろしいことやろうとしてるんだろう。

 海里とブレイブも魔道具を突いてみた後、持ち上げてヴィルさんに渡した。「持ち上げられるのになんか不思議」とか呟いてるけど、俺もそう思う。

 ヴィルさんは受け取ると、それをカバンにしまった。



「じゃあ、出てすぐの村はもう安全ってことですか?」



 今度は海里の質問に、ヴィルさんは苦笑した。



「安全じゃないよ。ただ、魔物が入ってこないってだけで、油断するとHPはガンガン減るから。HPの減りが止まるのはさっきも言ったように、小さな教会の建物の中だけだ」

「わかりました。でも魔物がこないだけでも全然気分的に違いますよね」



 よし、とガッツポーズをする海里は、すでに魔大陸に行く気満々状態だった。

 ってことはだ。俺も色んなアイテムを作り貯めないといけないってことか。

 しばらくは薬師稼業だな。







 場所を提供してくれた勇者は、ただ黙って話を聞いている。

 決行は自由登校が始まる来週から、と話し合う雄太たちと、俺たちも行きたいから転移の魔法陣を覚えろとドレインさんに無茶振りをする『白金の獅子』。

 気付けば結構な時間が経っていた。

 控えめにドアがノックされて、王女様がお食事が出来上がりましたよ、と呼びに来てくれたことで、魔大陸に関する話はひと段落した。

 またしても王女様のご飯をごちそうになって、申し訳ないので俺が作ってインベントリに入れていたお菓子を提供すると、王女様は目を輝かせて喜んでくれた。





 クラッシュとヴィルさんはこれからまだすることがあると言って二人で消えていき、雄太たちは久し振りに『白金の獅子』と夜狩りしに行くと言っていたので、勇者の家の前で皆で解散して、俺とヴィデロさんも二人でトレに跳んだ。



「本当にクラッシュは魔大陸に行けるんだな」



 トレの工房に帰って来て、ヴィデロさんはポツンと零した。

 恐る恐るヴィデロさんの顔を覗き込むと、ヴィデロさんは微笑していた。

 目が合った瞬間、微笑が苦笑に変わる。

 俺の腰に腕を回すと、俺の身体を引き寄せた。



「大丈夫。こんな足手まといにしかならない状態で一緒に行きたいなんて、もう言わないから」

「ヴィデロさん」

「ただ、俺もあの二人が使っていたホーリーハイポーションが欲しいな、なんて思っただけだ。売ってくれないか?」

「売るなんて。いくらでもあげるよ。でもなんでホーリーハイポーション?」

「あれがあれば、たまに出てくる穢れた魔物と対峙した時も安心だろ」



 なるほど、門番さんたちの分もか。確かに、穢れてから治すよりは、穢れる心配をしないで戦った方が全然いいよね。

 ヴィデロさんの腕から名残惜しく抜け出した俺は、調薬の部屋に行って、ありったけのホーリーハイポーションを倉庫インベントリから自分のインベントリに移動した。

 それをヴィデロさんのカバンに次々入れていく。拡張しておいてよかった。沢山入れてもまだ入るよ。

 入れ終わると、ヴィデロさんは困ったように眉を下げていた。途中「マック?」「マック」と何度も呼ばれてたけど、手を止めることはしなかったから、何かあったのかな。



「入れすぎだ」



 呆れたように言われて、俺は真顔で「そんなことない」と返しておいた。

 ヴィデロさんは自分のカバンの中を覗き込むと、ハッとしたように中から何かを取り出した。

 それは、書類の束の様なもので、ヴィデロさんはそれを見て溜め息を吐いた。



「引継ぎ用の書類を間違えて持ってきた……」



 めったにないヴィデロさんのミスに、ヴィデロさんがどれほどクラッシュとヴィルさんの身を案じていたのかを知った俺だった。好き。





 
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