これは報われない恋だ。

朝陽天満

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572、謝罪と旧知

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 ヴィルさんに急かされるままアリッサさんの場所に跳ぶと、アリッサさんは既に出る気満々の格好をしていた。

 いつものラフな格好とは違う、なんていうのかな、長いスカートとフリルが沢山ついたシャツ、そして、綺麗な刺繍の施された上着を着て、ばっちり化粧をしていた。ハッキリ言って、超美人の奥様、って感じだった。流石に貴族の奥さんをしていただけのことはある、っていう雰囲気を醸し出している。ドレスじゃないところが、逆に出来る女性、って感じがした。でもクラッシュの魔力を見る魔道具を届けるだけなのになんでそんな格好してるんだろ。

 という疑問は俺の顔に出ていたらしく、アリッサさんはにっこり笑うと、「辺境、楽しみね」と朗らかに笑った。



「っていうか、辺境って言っても勇者の家ですよ?」

「ええ。ジャスミン王女様の場所でしょ。失礼のない程度に身なりを整えてみたのよ」

「あ、そうですか……俺、こんな格好のままバンバン会っちゃってるけど」

「私は、ジャスミン王女様とは顔見知りなのよ。ただし、私が何をしているのか把握しているかはわからないけれど」

「なるほど……?」



 よくわからないけれど、俺はアリッサさんと手を繋いで勇者の家に跳んだ。

 アリッサさんは、勇者の目の前に出たことに気付いた瞬間、優雅な貴族風挨拶をした。



「突然の御訪問、お許しください」

「こちらこそ、いきなり呼び出したようで、申し訳ない」



 勇者も軽くそんなことを言い、アリッサさんにソファーを勧めた。

 勇者がじっとアリッサさんを観察しているのがわかる。

 そういえばエミリさんも前は面識がなかったとか言っていたけれど、勇者もそうらしい。あの観察眼、ほんとドキドキするんだよね。見透かされるみたいにまっすぐ見られて。

 アリッサさんもその視線に臆することなく勇者に視線を向けてから、勧められたソファーに腰を下ろした。

 そして、クラッシュに微笑みかける。



「あなたが、ヴィルとヴィデロ二人と仲良くしてくださっているクラッシュさんね。エミリさんとは懇意にさせていただいています」

「ええと、初めまして。母さんと知り合いでしたか。今回は、大変なことを引き受けてくださってありがとうございます」

「全然大変なんかじゃないわ。……魔力測定の魔道具は、私が手を加えて出来上がった物なの……」



 アリッサさんはそこで一旦言葉を止めて、今度は勇者の方に視線を向けた。



「だからこそ、あなた方を死地に向かわせてしまった責任の一端は、私にあります。本当に、辛い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」



 頭がテーブルにつくギリギリまで深々と下げて、謝罪の言葉を紡ぐ。



「頭を上げてくれ」



 勇者が頭を下げたままのアリッサさんに声を掛けた。

 雰囲気はいつもと変わらず、アリッサさんの謝罪に対して何らかの感情は見えなかった。



「あの魔道具があったからこそ、魔大陸に行く力が俺にあるとわかった。もしあの魔道具がなければ、すでにこの国はすっかり魔大陸同様死の国と化していただろう。あなたのしたことは、謝罪するようなことではない」

「ですが……あの大陸がどれほど過酷な場所か、私はそれほど理解しているわけじゃありませんでした。この度息子が大陸の様子を知るすべを見つけたことで、私は自分のしたことが許せなかったのです」

「あれがあったからこそ、俺たちは魔大陸に渡り、狂うことなく魔王を押さえ、最愛の妻をめとり、今も生きていられる。確かに過酷だったが、それだけだ。それに、あなたが異邦人をこちらに送り込んだという情報は既に入っている。そのおかげで、より早く取りこぼした物を拾いに行くことが出来ること、感謝する」

「そう言っていただけると……救われます」



 ようやくアリッサさんが顔を上げる。

 勇者は相変わらず表情を変えずにただアリッサさんに視線を向けていた。

 丁度その時、部屋のドアがノックされた。



「失礼いたします。お食事の用意が出来上がりましたが、いかがいたしますか?」



 ドアの向こうから王女様の声がした。

 途端に視線をドアに向けた勇者は、わかったとだけ答えて、腰を上げた。



「アリッサ殿、食事にお誘いしても大丈夫かな? クラッシュの魔力測定は、すぐに終わるだろうか」

「光栄に存じます。魔力測定の方はすぐに済みますが、食後に致しますか?」

「ああ、そうしよう。クラッシュ、まずは腹ごしらえをしてからにするか」

「はい。ごちそうになります」

「ヴィルフレッド、マックも。ぜひうちの妻の手料理を食べてくれ」



 に、と口元を上げた勇者は、前にごちそうになった時にも通してもらった食堂に、俺たちを案内した。





 食堂に入ると、大きなテーブルに沢山の料理が所狭しと置かれていた。

 相変わらず綺麗な料理を作るなあ、とちょっと料理に見惚れていると、アリッサさんが深々と王女様に頭を下げた。

 そんなアリッサさんを見て、王女様が目を輝かせる。



「あら、あなたは、オルランド男爵夫人ではありませんか?」

「お久し振りでございます、ジャスミン王女様」

「お元気そうで何よりでしたわ。前にうちの人があなたの御子息をここに連れて来てくださったのです。ようやく昔のお礼が言えてホッとしました。そして、あなたに逢えてよかった。私が小さいころにオルゴールを直してくださったのは、あなたなのでしょう?」

「オルゴール……」



 王女様が嬉しそうにそういうと、アリッサさんは少し考えるそぶりを見せてから、「ああ」と手を打った。



「王妃様がお大事にされていたオルゴールですよね。とても精密で素敵な物でしたので、壊れたままなのはとてももったいなくて」

「今もとても綺麗な音色を紡いでくれるのです。ふふ……本当にありがとうございました。私の手料理で申し訳ないのですが、よければ召し上がってくださいませ」



 二人が和やかに顔を合わせたことで、食卓でも和やかに食事をとることが出来た。





 
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