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536、家族団らん
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呆然と玄関で突っ立っているヴィデロさんに、椅子から立ち上がったアリッサさんが近付いていく。
そして、目の前に立って、フフッと微かに笑った。
「あなたがあんなに幸せそうな顔で家に帰ってくるところを見ることが出来るなんて、色々博打を打ってみるものね」
「……どうして母さんがここに?」
「マック君がね、私が王宮から出てくる権利をアンドルースからもぎ取ってきたのよ」
アリッサさんの言葉に、ヴィデロさんが目を剥いてこっちを見た。
アリッサさんの言い方、聞こえが悪いんだけど。もぎ取ったんじゃないよ。買い取ったんだよ。
「マックが?」
「ええ。あなたが伴侶に選んだ子は本当にびっくり箱みたいな子ね。こんな素敵な贈り物をしてくれるなんて思わなかったわ。あなたがとても幸せそうな顔をしている、それだけで、もう胸が一杯よ。お兄ちゃんとも仲良くしているみたいだしね」
「母さん……」
「私はずっと母親失格だと思って来たけれど、それでも、いつでもあなたたちの幸せは願っているの。それくらいは許して欲しいわ」
スッとヴィデロさんの頬を両手で挟んで、深い緑色の綺麗な瞳を覗き込んだアリッサさんは、自分を真っすぐ見下ろすヴィデロさんに、慈愛の表情を向けていた。
そんな顔を出来るなんて、全然母親失格じゃないよ。
それどころか、ADOが出来上がったのだって、魔物に襲われて魔王に飲み込まれてこの世界がほぼ消えかねない状態にあるのをひっくり返したのだって、すべてはアリッサさんがヴィデロさんに暗い顔をさせたくなかったからじゃん。多分一緒にいて世話をして愛情を注ぐだけが母親じゃないんだよ。俺の所だって俺が小さい時からずっと母さんは働いてるから、一緒に家にいる時間は短いけど、母さんの愛情はちゃんと感じるし、俺も母さん好きだし。面と向かっては恥ずかしくて絶対言えないけど。
固まっているヴィデロさんをチラ見しながら、夕食の用意を進める。
「許すどころか……俺こそ」
ヴィデロさんは表情を緩めると、ゆったりと口元を持ち上げた。
「母さんがいなかったら、今の俺はいなかった。だから、感謝しかない」
自分の頬を挟んでいたアリッサさんの手を取り、指先に軽くキスをすると、そのままヴィデロさんはキッチンの椅子までアリッサさんをエスコートした。
椅子を引いて座らせて、そのまま俺の隣に立つ。
「お帰りヴィデロさん。勢いでアリッサさんをうちに招待しちゃった」
「ただいまマック。今日も無茶したのか?」
「してないよ。大丈夫」
「その割には状況がとんでもなく変わってるけど? 前に母はあそこから出れないって言ってたんだけどな……」
俺の腰に腕を回しながら、ヴィデロさんが少しだけ溜め息を零す。絶対に俺が何かやらかしたと思ってるでしょヴィデロさん。でもね、今回のは全然違うよ。なんていうか、偶然に偶然が重なってこうなったっていう。説明は難しいけど。
「簡単に説明すると、ギルド経由で俺に来た依頼を断ろうと思ったらその依頼がいつの間にか宰相さんからの依頼になって、その依頼を遂行する条件としてレシピを渡す代わりにアリッサさんを連れ出せるようにしてもらったんだよ」
「……」
難しいから出来る限り簡単に説明した途端、ヴィデロさんが無言で俺を抱き締めた。お母さんの前だけどいいのかな。照れないのかな。
そして、ヴィデロさんは何も言わずに俺のおでこにキスをした。その後、口に。
アリッサさんの視線を感じる。すっごく気まずいんだけど。お姑さんの目の前でキスとか。キスとか。
あああでもヴィデロさんとのキス嬉しい。もっとして欲しい。視線は気になるけど!
「ヴィデロさん、ご、ご飯……んんっ」
食べようっていう前にもう一度キスされて、言葉を中断させる。
口が離れると、ヴィデロさんが苦しいくらいに俺を抱き締めた。
「いつでもマックは、俺の知らないところでそんなことを……」
小さな小さな声で、それこそ、ここまでくっついてる俺ですらほぼ聞き取れないほどの声で、ヴィデロさんが呟いた。
腕によりをかけた料理を二人に振舞って、俺も一緒のテーブルに着く。
ヴィデロさんとアリッサさんが並んで食事をするのに何かが足りないような感じがして、思わずフレンドリストを開く。
ヴィルさんの名前は灰色になっているので、まだ仕事中だってことがわかる。ここにヴィルさんもいたら本当の家族水入らずになるのに。そう思うとヴィルさんがいないことが残念でならない。
じゃあ、呼んでみようかな。来れればいいけど。
その時は俺はクラッシュの店にでも避難しておこう。
三人で心行くまでおしゃべりして欲しいから。
席に着いたばかりだったけど、俺は椅子から立ち上がった。
「マック?」
「ちょっとだけ待ってて。やらなきゃいけないことを思い出して」
ごめんね、と笑って、寝室に入っていく。こっちに来たってことはやらなきゃいけないことはログアウト後のことだってヴィデロさんもわかってると思うから、とベッドに身体を投げ出して、ログアウトする。
自分の部屋のベッドから起き上がって、俺はすぐに携帯端末からヴィルさんにメッセージを入れた。『アリッサさんが工房に来てるので、もし時間があればログインしてください』と。
すぐに『わかった。ありがとう』という返信が返ってきたので、ホッとしつつログインする。
寝室から出ていくと、待っている間ヴィデロさんがお茶の用意をしていてくれた。
「用事は済んだのか? 早かったな」
「うん。ちょっとメッセージを入れて来ただけだから」
「そうか。じゃあ、食おうか」
「あ、でも待って。すぐ来ると思うから」
という俺の言葉と同時くらいに、隣の建物通路のドアが開いた。
「母さんが来てるって? どうしてこんなことになってるんだ? また健吾マジックか?」
珍しく慌てているヴィルさんを見て、俺はヴィデロさんを「ね」と見上げた。
「家族水入らずで食事とか、すごくいいんじゃないかなって思って」
「マック……」
「じゃあ、俺はちょっとクラッシュの所に……」
行ってくるからの言葉を言い終わる前に、ヴィデロさんに抱き上げられた俺。
胸元に顔が埋められて、がっしりと抱っこされている。え、待って。これじゃクラッシュの所に行けないじゃん。
「ヴィデロさん。だから、家族水入らずで」
「マックももう家族だろ。俺の伴侶なら、立派な家族じゃないか。ここまで来て俺を置いていくのか?」
「ヴィデロさん。でも、だって、初めてでしょ、アリッサさんとヴィルさんと三人で食卓を囲むのって」
「ああ。なんていうか、胸がギュッと締まる気分だ。だけどな、そこにマックがいないんじゃ、素直に喜べない」
脚が完全に浮いていて、今ここで魔法陣を描くと完璧にヴィデロさんまでクラッシュの店にご招待状態になっちゃうよな、どうしよう、と困惑していると、ヴィデロさんの肩越しにアリッサさんとヴィルさんと目が合った。
「マック君はヴィデロの伴侶なのよね。私もうマック君はうちにお嫁に来たものだと思っていたけど」
「健吾、何この期に及んで逃げようとしてるんだ。君は弟の嫁だろ」
「へ? 嫁って……。でも、ほら」
三人で積もる話もあるでしょ、と言えば、ヴィデロさんが俺の胸付近から顔をあげて、真剣な目で俺を見上げた。
「伴侶は立派な家族だろ」
「……そうだね」
三人で食卓を囲んでもらうという俺の目論見は、ヴィデロさんの真剣な瞳で脆くも崩れ去った。
え、でも俺混ざっていいのかな。
「ほんとマック君には驚かされるわ。私もこんな風にあなたたちとご飯を食べるなんて出来るとは思ってなかったもの」
「健吾にとってはこれくらい序の口じゃないか? 今までのこの国の改革、大分健吾が絡んでる」
「教会の瓦解も、騎士団の待遇改善もそうだし、薬師改革もな……それと、獣人か」
「そ、それはヴィデロさんも一緒じゃん! っていうかそれ全部偶然の積み重ねだからね。アリッサさん、そんな目で俺を見ないでください。ヤバさで言ったらヴィルさんの方がヤバいですから」
「そんなにヤバいの? どんな風に?」
「こいつは『こっちに何かある』というだけで限界以上の力を引き出す神殿を見つけたんだ。どう考えてもおかしい」
「おかしいのは君の強さだろ。どうして辺境の魔物を一撃で倒せるんだ? 母に聞いたオルランド卿の強さよりももっと上を行くじゃないか」
「せめてマックより強くないとマックを守ることが出来ないだろ」
「待ってヴィデロ、あなたそんなに強くなってたの? お父さんよりも?」
「父さんの強さがどれほどかわからないから何とも言えない」
「やだわうちの子たち、何かおかしいわ」
「世界間を行き来して、あまつさえこういう風に干渉可能にした母さんには言われたくないな」
「それはヴィルフレッドの研究を見なかったら考えもしなかったわよ」
「まず通信が出来たことが奇跡に近いからな」
「そうね。奇跡よね。そして、きっと、ここに私たちが揃っていられることも、奇跡に近いわ」
ワイワイと騒がしかった食卓は、アリッサさんの一言でしんと静まり返った。
ほんとに皆の言うとおり、ここにこうして家族が揃ってられるのって奇跡に近いんだよな、と改めて感心する。家族が揃うのが奇跡っていう三人の距離がちょっとだけ辛いけど。でも。
俺がヴィデロさんに出会えたのも奇跡だし。これ以上望むのは贅沢なのかもしれない。アリッサさんが導き出した数字を頭に浮かべながら、そんなことを思う。
こうしていられるだけで満足しないといけないのかもしれない。
でも。
「世界が違うって……遠いね」
俯いて思わず零すと、ヴィデロさんが俺の手に自分の大きな手を重ねた。
「母と兄がいる限り、そこまで遠くない」
俺を安心させるように呟いたヴィデロさんの言葉には、2人に対する信頼が込められていた。
「さ、可愛い弟たちのために、寝ないで頑張るか」
「俺は可愛くない。それに寝ないと死ぬから寝ろ」
「可愛い息子たちに元気貰ったわ。私も気合いを入れないとね。でもマック君がいる限り、視野を変えられるってことは素晴らしいことよね」
「だから、俺は可愛くないだろ。それにマックも忙しいんだからあまり無茶させないでくれ」
二人が気合いを入れるのを必死で諫めるヴィデロさんはやっぱり可愛い人だと思う。
誰もあの確率の話をヴィデロさんにしてないんだろうな。俺もする気はないし。
胸に苦いものがほんのちょっとだけ込み上げたけど、きっと二人とも同じような思いを抱いたんじゃないかな。あの時頭を下げたアリッサさんの顔、忘れられないし。
「ご飯美味しかったわマック君。ごちそうさま。ごちそうさまついでに王宮まで送ってくれると嬉しいんだけど。まっすぐあの部屋に跳ぶならアバターを変えることはないわね」
「はい」
アリッサさんは、ひょい、と俺と手を繋いだ。
そして見送る二人にひらひらと手を振る。
「マック君のおかげで今度は堂々とあなたたちと遊べるわ。じゃあ、また近いうちにね、ヴィデロ。ヴィルは……明後日会うんでしたっけ」
「すっぽかさないでくれよ。俺も忙しいんだ」
「わかったわよ。あ、マック君も連れてきていいわよ」
「あいにく、健吾はその日バイトが休みなんだ」
「あら、残念」
じゃあね、という声と共に、魔法陣を描く。
すぐに目の前は魔道具一杯の雑多な部屋に変わった。
「楽しかったわ。こんなに楽しかったの、久しぶり」
手を握ったまま、アリッサさんがゆったりと笑った。
「ヴィルと食事をとることはいつでもできる。ヴィデロとも、マック君がいればこの部屋で会うことは出来たわ。でも、この部屋にヴィルを入れる許可は貰っていないし、私もここから出ることは出来なかったし、諦めてたのよ。二人の息子と一緒に食事をとることを」
握られた手に、ギュッと力が入り、俺の手を握りしめる。
「ほんと、ヴィデロはいい子をゲットしたのね。今度外に出たくなったらチャットを送るわ。もし手が空いていたら頼んでもいい? もちろん有償でね」
「それは全然問題ないですけど。何で有償?」
「対価は必要よ。だっていつでもどこでもマック君に頼めて対価なし、っていうのが続いたりしたら、私はきっと思い上がってマック君に甘えまくっちゃうわ。断られたらそのことで怒るようになるかもしれない。そんなのは私が嫌なのよ。マック君に、そして、ヴィデロに嫌われたくないもの」
そんなことを言う時点で、俺を使うのが当たり前になんて絶対ならないと思うんだけど、と突っ込むと、アリッサさんは「ダメよ」と首を振ってステータス欄を開いた。
アリッサさんが手を動かすと、ピロンと何かが鳴る。
俺もステータス欄を開くと、お小遣いというには破格の額がアリッサさんから渡されていた。
「え、待ってください。高い」
「本来ならこれ以上のお金を使って数日かけて動かないと行けない距離よ。基本一回この額でお願いね。そしてヴィデロに美味しいものを食べさせてあげて。……って言っても、マック君の料理ならどんなものでも美味しいけれどね」
その言葉でもしかして、と気付く。アリッサさんは本当はヴィデロさんにお金を渡したかったんじゃないかな。ヴィデロさんが不自由なく暮らしていくために。
そして、目の前に立って、フフッと微かに笑った。
「あなたがあんなに幸せそうな顔で家に帰ってくるところを見ることが出来るなんて、色々博打を打ってみるものね」
「……どうして母さんがここに?」
「マック君がね、私が王宮から出てくる権利をアンドルースからもぎ取ってきたのよ」
アリッサさんの言葉に、ヴィデロさんが目を剥いてこっちを見た。
アリッサさんの言い方、聞こえが悪いんだけど。もぎ取ったんじゃないよ。買い取ったんだよ。
「マックが?」
「ええ。あなたが伴侶に選んだ子は本当にびっくり箱みたいな子ね。こんな素敵な贈り物をしてくれるなんて思わなかったわ。あなたがとても幸せそうな顔をしている、それだけで、もう胸が一杯よ。お兄ちゃんとも仲良くしているみたいだしね」
「母さん……」
「私はずっと母親失格だと思って来たけれど、それでも、いつでもあなたたちの幸せは願っているの。それくらいは許して欲しいわ」
スッとヴィデロさんの頬を両手で挟んで、深い緑色の綺麗な瞳を覗き込んだアリッサさんは、自分を真っすぐ見下ろすヴィデロさんに、慈愛の表情を向けていた。
そんな顔を出来るなんて、全然母親失格じゃないよ。
それどころか、ADOが出来上がったのだって、魔物に襲われて魔王に飲み込まれてこの世界がほぼ消えかねない状態にあるのをひっくり返したのだって、すべてはアリッサさんがヴィデロさんに暗い顔をさせたくなかったからじゃん。多分一緒にいて世話をして愛情を注ぐだけが母親じゃないんだよ。俺の所だって俺が小さい時からずっと母さんは働いてるから、一緒に家にいる時間は短いけど、母さんの愛情はちゃんと感じるし、俺も母さん好きだし。面と向かっては恥ずかしくて絶対言えないけど。
固まっているヴィデロさんをチラ見しながら、夕食の用意を進める。
「許すどころか……俺こそ」
ヴィデロさんは表情を緩めると、ゆったりと口元を持ち上げた。
「母さんがいなかったら、今の俺はいなかった。だから、感謝しかない」
自分の頬を挟んでいたアリッサさんの手を取り、指先に軽くキスをすると、そのままヴィデロさんはキッチンの椅子までアリッサさんをエスコートした。
椅子を引いて座らせて、そのまま俺の隣に立つ。
「お帰りヴィデロさん。勢いでアリッサさんをうちに招待しちゃった」
「ただいまマック。今日も無茶したのか?」
「してないよ。大丈夫」
「その割には状況がとんでもなく変わってるけど? 前に母はあそこから出れないって言ってたんだけどな……」
俺の腰に腕を回しながら、ヴィデロさんが少しだけ溜め息を零す。絶対に俺が何かやらかしたと思ってるでしょヴィデロさん。でもね、今回のは全然違うよ。なんていうか、偶然に偶然が重なってこうなったっていう。説明は難しいけど。
「簡単に説明すると、ギルド経由で俺に来た依頼を断ろうと思ったらその依頼がいつの間にか宰相さんからの依頼になって、その依頼を遂行する条件としてレシピを渡す代わりにアリッサさんを連れ出せるようにしてもらったんだよ」
「……」
難しいから出来る限り簡単に説明した途端、ヴィデロさんが無言で俺を抱き締めた。お母さんの前だけどいいのかな。照れないのかな。
そして、ヴィデロさんは何も言わずに俺のおでこにキスをした。その後、口に。
アリッサさんの視線を感じる。すっごく気まずいんだけど。お姑さんの目の前でキスとか。キスとか。
あああでもヴィデロさんとのキス嬉しい。もっとして欲しい。視線は気になるけど!
「ヴィデロさん、ご、ご飯……んんっ」
食べようっていう前にもう一度キスされて、言葉を中断させる。
口が離れると、ヴィデロさんが苦しいくらいに俺を抱き締めた。
「いつでもマックは、俺の知らないところでそんなことを……」
小さな小さな声で、それこそ、ここまでくっついてる俺ですらほぼ聞き取れないほどの声で、ヴィデロさんが呟いた。
腕によりをかけた料理を二人に振舞って、俺も一緒のテーブルに着く。
ヴィデロさんとアリッサさんが並んで食事をするのに何かが足りないような感じがして、思わずフレンドリストを開く。
ヴィルさんの名前は灰色になっているので、まだ仕事中だってことがわかる。ここにヴィルさんもいたら本当の家族水入らずになるのに。そう思うとヴィルさんがいないことが残念でならない。
じゃあ、呼んでみようかな。来れればいいけど。
その時は俺はクラッシュの店にでも避難しておこう。
三人で心行くまでおしゃべりして欲しいから。
席に着いたばかりだったけど、俺は椅子から立ち上がった。
「マック?」
「ちょっとだけ待ってて。やらなきゃいけないことを思い出して」
ごめんね、と笑って、寝室に入っていく。こっちに来たってことはやらなきゃいけないことはログアウト後のことだってヴィデロさんもわかってると思うから、とベッドに身体を投げ出して、ログアウトする。
自分の部屋のベッドから起き上がって、俺はすぐに携帯端末からヴィルさんにメッセージを入れた。『アリッサさんが工房に来てるので、もし時間があればログインしてください』と。
すぐに『わかった。ありがとう』という返信が返ってきたので、ホッとしつつログインする。
寝室から出ていくと、待っている間ヴィデロさんがお茶の用意をしていてくれた。
「用事は済んだのか? 早かったな」
「うん。ちょっとメッセージを入れて来ただけだから」
「そうか。じゃあ、食おうか」
「あ、でも待って。すぐ来ると思うから」
という俺の言葉と同時くらいに、隣の建物通路のドアが開いた。
「母さんが来てるって? どうしてこんなことになってるんだ? また健吾マジックか?」
珍しく慌てているヴィルさんを見て、俺はヴィデロさんを「ね」と見上げた。
「家族水入らずで食事とか、すごくいいんじゃないかなって思って」
「マック……」
「じゃあ、俺はちょっとクラッシュの所に……」
行ってくるからの言葉を言い終わる前に、ヴィデロさんに抱き上げられた俺。
胸元に顔が埋められて、がっしりと抱っこされている。え、待って。これじゃクラッシュの所に行けないじゃん。
「ヴィデロさん。だから、家族水入らずで」
「マックももう家族だろ。俺の伴侶なら、立派な家族じゃないか。ここまで来て俺を置いていくのか?」
「ヴィデロさん。でも、だって、初めてでしょ、アリッサさんとヴィルさんと三人で食卓を囲むのって」
「ああ。なんていうか、胸がギュッと締まる気分だ。だけどな、そこにマックがいないんじゃ、素直に喜べない」
脚が完全に浮いていて、今ここで魔法陣を描くと完璧にヴィデロさんまでクラッシュの店にご招待状態になっちゃうよな、どうしよう、と困惑していると、ヴィデロさんの肩越しにアリッサさんとヴィルさんと目が合った。
「マック君はヴィデロの伴侶なのよね。私もうマック君はうちにお嫁に来たものだと思っていたけど」
「健吾、何この期に及んで逃げようとしてるんだ。君は弟の嫁だろ」
「へ? 嫁って……。でも、ほら」
三人で積もる話もあるでしょ、と言えば、ヴィデロさんが俺の胸付近から顔をあげて、真剣な目で俺を見上げた。
「伴侶は立派な家族だろ」
「……そうだね」
三人で食卓を囲んでもらうという俺の目論見は、ヴィデロさんの真剣な瞳で脆くも崩れ去った。
え、でも俺混ざっていいのかな。
「ほんとマック君には驚かされるわ。私もこんな風にあなたたちとご飯を食べるなんて出来るとは思ってなかったもの」
「健吾にとってはこれくらい序の口じゃないか? 今までのこの国の改革、大分健吾が絡んでる」
「教会の瓦解も、騎士団の待遇改善もそうだし、薬師改革もな……それと、獣人か」
「そ、それはヴィデロさんも一緒じゃん! っていうかそれ全部偶然の積み重ねだからね。アリッサさん、そんな目で俺を見ないでください。ヤバさで言ったらヴィルさんの方がヤバいですから」
「そんなにヤバいの? どんな風に?」
「こいつは『こっちに何かある』というだけで限界以上の力を引き出す神殿を見つけたんだ。どう考えてもおかしい」
「おかしいのは君の強さだろ。どうして辺境の魔物を一撃で倒せるんだ? 母に聞いたオルランド卿の強さよりももっと上を行くじゃないか」
「せめてマックより強くないとマックを守ることが出来ないだろ」
「待ってヴィデロ、あなたそんなに強くなってたの? お父さんよりも?」
「父さんの強さがどれほどかわからないから何とも言えない」
「やだわうちの子たち、何かおかしいわ」
「世界間を行き来して、あまつさえこういう風に干渉可能にした母さんには言われたくないな」
「それはヴィルフレッドの研究を見なかったら考えもしなかったわよ」
「まず通信が出来たことが奇跡に近いからな」
「そうね。奇跡よね。そして、きっと、ここに私たちが揃っていられることも、奇跡に近いわ」
ワイワイと騒がしかった食卓は、アリッサさんの一言でしんと静まり返った。
ほんとに皆の言うとおり、ここにこうして家族が揃ってられるのって奇跡に近いんだよな、と改めて感心する。家族が揃うのが奇跡っていう三人の距離がちょっとだけ辛いけど。でも。
俺がヴィデロさんに出会えたのも奇跡だし。これ以上望むのは贅沢なのかもしれない。アリッサさんが導き出した数字を頭に浮かべながら、そんなことを思う。
こうしていられるだけで満足しないといけないのかもしれない。
でも。
「世界が違うって……遠いね」
俯いて思わず零すと、ヴィデロさんが俺の手に自分の大きな手を重ねた。
「母と兄がいる限り、そこまで遠くない」
俺を安心させるように呟いたヴィデロさんの言葉には、2人に対する信頼が込められていた。
「さ、可愛い弟たちのために、寝ないで頑張るか」
「俺は可愛くない。それに寝ないと死ぬから寝ろ」
「可愛い息子たちに元気貰ったわ。私も気合いを入れないとね。でもマック君がいる限り、視野を変えられるってことは素晴らしいことよね」
「だから、俺は可愛くないだろ。それにマックも忙しいんだからあまり無茶させないでくれ」
二人が気合いを入れるのを必死で諫めるヴィデロさんはやっぱり可愛い人だと思う。
誰もあの確率の話をヴィデロさんにしてないんだろうな。俺もする気はないし。
胸に苦いものがほんのちょっとだけ込み上げたけど、きっと二人とも同じような思いを抱いたんじゃないかな。あの時頭を下げたアリッサさんの顔、忘れられないし。
「ご飯美味しかったわマック君。ごちそうさま。ごちそうさまついでに王宮まで送ってくれると嬉しいんだけど。まっすぐあの部屋に跳ぶならアバターを変えることはないわね」
「はい」
アリッサさんは、ひょい、と俺と手を繋いだ。
そして見送る二人にひらひらと手を振る。
「マック君のおかげで今度は堂々とあなたたちと遊べるわ。じゃあ、また近いうちにね、ヴィデロ。ヴィルは……明後日会うんでしたっけ」
「すっぽかさないでくれよ。俺も忙しいんだ」
「わかったわよ。あ、マック君も連れてきていいわよ」
「あいにく、健吾はその日バイトが休みなんだ」
「あら、残念」
じゃあね、という声と共に、魔法陣を描く。
すぐに目の前は魔道具一杯の雑多な部屋に変わった。
「楽しかったわ。こんなに楽しかったの、久しぶり」
手を握ったまま、アリッサさんがゆったりと笑った。
「ヴィルと食事をとることはいつでもできる。ヴィデロとも、マック君がいればこの部屋で会うことは出来たわ。でも、この部屋にヴィルを入れる許可は貰っていないし、私もここから出ることは出来なかったし、諦めてたのよ。二人の息子と一緒に食事をとることを」
握られた手に、ギュッと力が入り、俺の手を握りしめる。
「ほんと、ヴィデロはいい子をゲットしたのね。今度外に出たくなったらチャットを送るわ。もし手が空いていたら頼んでもいい? もちろん有償でね」
「それは全然問題ないですけど。何で有償?」
「対価は必要よ。だっていつでもどこでもマック君に頼めて対価なし、っていうのが続いたりしたら、私はきっと思い上がってマック君に甘えまくっちゃうわ。断られたらそのことで怒るようになるかもしれない。そんなのは私が嫌なのよ。マック君に、そして、ヴィデロに嫌われたくないもの」
そんなことを言う時点で、俺を使うのが当たり前になんて絶対ならないと思うんだけど、と突っ込むと、アリッサさんは「ダメよ」と首を振ってステータス欄を開いた。
アリッサさんが手を動かすと、ピロンと何かが鳴る。
俺もステータス欄を開くと、お小遣いというには破格の額がアリッサさんから渡されていた。
「え、待ってください。高い」
「本来ならこれ以上のお金を使って数日かけて動かないと行けない距離よ。基本一回この額でお願いね。そしてヴィデロに美味しいものを食べさせてあげて。……って言っても、マック君の料理ならどんなものでも美味しいけれどね」
その言葉でもしかして、と気付く。アリッサさんは本当はヴィデロさんにお金を渡したかったんじゃないかな。ヴィデロさんが不自由なく暮らしていくために。
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愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
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