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532、退場でーす
しおりを挟む「どのような内容をマック殿に頼んだのか、聞いてもよろしいですか。なかなかに面白い額が動こうとしているようですので」
宰相さんは、内容をユキヒラから聞いているだろうことをまったく気取らせずに、興味津々の体で身を乗り出してきた。
俺は「隠すことではないですよね」と侯爵に一応確認してから、宰相さんに依頼内容を事細かに教えた。
すると宰相さんは、「なるほど……」と頷いた。
絶対に何か考えてると思わせる笑顔を載せて、侯爵に向きなおると、宰相さんは侯爵の手を取った。
「なんと素晴らしいんでしょうか。蘇生薬をこの国の薬師が作れるようにしたいとは。確かにそれは素晴らしいことだと思います。感激しました。私も何か、お手伝いさせてください。報酬代の捻出が難しいのですね。わかりました。全てこちらでご用意しましょう。もしお忙しいようでしたらこちらでお膳立ても致しましょう。こんなにもこの国の行く末を憂いて下さっている方がいらっしゃるとは思っても見ませんでした。どうやら私はフレード侯爵を誤解していたようです。あなたに代わり、私がしっかりとマック殿とお話を良いように纏めますので、フレード侯爵は安心して政務に戻られてください」
宰相さんは手を離すと、さあ、とフレード侯爵を追い立てた。「王太子殿下が探しておられましたよ」という追い打ちをかけて。
無理やり追い出される形になった侯爵は、何とも言えない顔つきのまま皆に頭を下げて、薬師棟を出ていった。
すごい、鮮やか過ぎる。そして、いつの間にやら依頼は奪っている。なんてことだ。
驚いていると、宰相さんは満面の作り笑いを普段の笑いに収めた。
「ところで、その個人依頼はどこから来ていたのですか? さっさと内容変更してしまいましょう」
「声を掛けられたのは冒険者ギルドですけど、ちゃんと職員さんは『断っていいです』って言ってくれてたので、断ろうと思ってました」
「なるほどなるほど。さすがエミリさんですね。そういう忠告をしっかりと入れてくださるとは素晴らしい。ところで、依頼主が私に変わったところで、マック殿」
「あ、はい」
「いつ頃なら、その『蘇生薬』の講習が出来るようになりそうですか?」
ちゃっかりと、宰相さんはこの依頼を進める気満々でいるようだった。
そしてこれがもし成功したらその功績はすべてこの人のものに。うわあ、黒い気がする。後ろでユキヒラはくくくって笑いをこらえ切れてないし。
「まずは、薬師たちが当たり前に腕を上げておかないといけないです。俺でもまだまだいい物が作れていないので。そして、素材なんですけど、これ」
俺はロミーナちゃんの所でウル老師に説明した素材をインベントリから取り出した。
『リボン草』という植物に生る実を使うんだけど、草がくるくるうねっていて、まるでリボンみたいにふわっとなってるからリボン草っていうらしい。その実もくっついているところから二手に別れて、丸い二つの実が並んでいるような形をしている。なんだかお尻みたいだけど、リボンなんだそうだ。これのしぼり汁が蘇生薬の素材になるんだ。
「これは、獣人の村にしか生えていませんので、まずは獣人さんたちと取引して、ちゃんと了承を得ないといけません。森に入ればそれなりに繁殖しているので、一気に爆買いして素材を激減させない限りは大丈夫だと思いますけど、でも取引相手として一番手っ取り早いのは、あの獅子の獣人さんなんです。な、ユキヒラ」
「だな。獣人の代表としているからな。本人はもうそろそろ隠居して若いもんに譲りたがっていたけどな」
「そうなんだ。でもオランさんより貫禄ある獣人さんなんていなそうだよね」
「ああ。あの人は特別だ」
ユキヒラは目をキラキラさせながら頷いた。通い詰めるくらいオランさんを慕ってるもんねユキヒラ。
獅子の獣人、と聞いて、宰相さんは一発でどの獅子の獣人さんか理解したらしい。苦笑して肩を竦めた。
「それは交渉が大変ですね。心して人選したいと思います。それと、ウル老師。マック殿の言う水準になるまで、どれくらいかかりそうですか?」
「それは……そうですな、一概には言えません。今の私の腕が、まだまだ入り口だということが分かっただけで」
「確か今は莫大な予算が掛かっている物をおつくりになっているとか。申し訳ないのですが、主導権がこちらに移動した以上、今までのようには予算は出せないかと」
「わかっております。あれは腕を上げるにはちと贅沢過ぎると思いながらも、それほどまでしないと『蘇生薬』には手が出せないのではと思いながら調薬しておりました」
他にレシピがなかったのか。
「宰相さん、王宮の書庫には複合調薬とか上級調薬のレシピはないんですか?」
「ないことはないですが、ウル老師やお弟子さんたちでは閲覧できない場所にあるはずです。門外不出扱いで、閲覧できる者は、王、王太子、宰相、そしてこの三役から直接許可が下りた者だけです。私が直接許可を出したのは、あなたとユキヒラ君の他にはもう一人だけです。もう一人の方は、今はもう、その権限を使うことが出来ないのですが」
何かを含んだ宰相さんの言葉になんとなくピンときた。
もしかして、もう一人ってアリッサさんだ。しかも、こっちに住んでた時の魔道具技師としてのアリッサさん、の様な気がする。だって今はあの部屋から動けないから書庫にも行けないだろうし。
アリッサさんがあの部屋から出れない理由は知ってる。けど、そこまでしてアリッサさんを表に出せないほどの影響力っていうのは、実は俺全然知らないんだよね。魔道具を作ってたくらいしか。あ、でもアレがあるのか。『幸運ラック』スキル。そのせいで色々とヴィデロさん親子が苦労したんだっけ。そこの影響が大きいのかな。
俺は身を乗り出して、宰相さんに提案した。
「あんなバカ高い素材を使わなくても同じように腕が上がる上級レシピがあるんですけど、買い取ってもらえませんか」
俺の提案に、宰相さんは口元を緩めて、「詳しくお聞きしましょう」と頷いた。
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