これは報われない恋だ。

朝陽天満

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530、ニコロさん大追撃

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 視線を移した途端、ニコロさんとばっちり目が合う。

 相変わらずニコニコしているニコロさんには、教皇猊下という堅苦しい呼び名が似合わない気がした。けれど、皆の心の支えとなる人として、こういう温厚で誠実な人が一番望ましいんだよな。最初に魔力が少ないからって一番苦悩して、苦労してたニコロさんを知ってるからできれば長く教会をまとめてほしい。

 ニコロさんは、ゆっくりと茶器を置くと、ニコニコ顔のまま口を開いた。



「先ほど、騎士への回復薬の支給と言いましたが、先日王宮で各地の騎士団の代表が集まったのをご存知ですか?」

「ええ。よく覚えております。どのような内容で騎士団の代表がやってきたのかは噂程度でしか聞いておりませんが、私も執務室で殿下と共に執務しておりましたから」

「噂程度でしたか。私も恐れながら、その時少しだけ陛下の御前に上がらせていただいたのですが、ここの棟の管理を行っているのでしたら、お教えしないといけませんね。彼らは、とても程度の低いポーションを配給され、予算も下げられ、これ以上街を守ることが出来なくなると危惧し、一念発起して集まった者たちです」

「そうでしたか」



 ニコロさんは、おおよそニコニコしながらいうことじゃない内容を話し始めた。

 侯爵はさして驚いたふうでもなく、頷いた。

 それよりも、驚いたのはウル老師だった。



「それは……一律ランクCのハイポーションを各地に支給していたはず。マック殿に薬草の扱いを教えていただくまでは、それが一番の効能の回復薬だったはずでは」

「ランクCだったのですか。それは、やはりフレード殿が管理を?」

「はい。私たちは彼の指示の元、薬師としての腕を振るっておりますので」



 ランクC、と聞いて思わず顔を顰める。待って。前に見せてもらったとき、ランクDが当たり前だったけど。下手するとハイポーションじゃなくてポーションだったよ。

 辺境ですらそれだったから、管理どうなってるんだよ侯爵。



「では、ランクDやその下は、どのような処理を?」

「ランクの低い物は、城下街の住民街の方に持って行って貰っております。あの辺りはそこまで大きな怪我も事故も起こらないので、ランクの低い物で十分でございますから。その下の、見習の作るものは、廃棄処分をしております」

「その廃棄と住民街への流通は、すべてフレード殿の指示で行われているのですか」

「はい。侯爵様がそこを管理してくださっているので、私どもはここで日々調薬に打ち込むことが出来ております」

「そうですか。素晴らしい行いですね。ありがとうございます」



 ウル老師に丁寧に頭を下げるニコロさんの横で、俺はじっと侯爵をガン見した。

 この人が間接的にヴィデロさんを苦しめた人なのか。そうなのか。よし、よくわかった。



「侯爵様、ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょう、マック殿」

「俺、門番さんたちととても親しくしてもらってるんですが、見たところ、門番さんたちに配られるハイポーション、ランクDがいいところなんですけど、劣化したんですか? っていうか、劣化する物なんですか、ポーションって」

「は……それは、配給されたポーションが足りなくて、その団の予算で追加で買った物では?」



 侯爵から飛び出した言葉に、俺は思わず膝を叩いてしまった。



「あ、そう来るんだ。でも、この間の集まりで予算増やされましたよね? 取りまとめてるなら、もちろん把握してますよね」

「予算について、どうしてマック殿が……」



 予算のことを言われるとは思ってなかったらしく、侯爵は怪訝な顔をした。



「その騎士さんたちが奏上しに来た時、俺も陛下の前にいたんです」



 ホントのことを教えると、侯爵は少しだけ目を見開いて、何かを小さく呟いた。「そんなこと」とか言ってる気がするけど。

 ヴィデロさんたちを苦しめた犯人をどうしてくれよう、っていう俺の心境を察してくれ。



「そして、噂では聞いていると思いますが、辺境にとてつもなく高い効果のポーションを納品しているのは俺ですし、ディスペルハイポーションの製作者も俺です。勇者直々に、国の中枢部は俺たちを殺しにかかってるから死なないように効果の高い物を売って欲しいって頼まれたら、断れないですよね」

「……」



 侯爵は口を閉ざし、じっと俺を見ていた。何を考えてるかはわからない。



「それに、俺の伴侶はトレの街門騎士団に所属してるんです」

「伴侶……? 失礼ですが、それは、正式にでは……?」

「ちゃんと成人してますので、正式に婚姻の儀をあげてきました」



 困惑した顔の侯爵にハッキリと告げると、侯爵は今日一番の驚愕の表情を浮かべた。解せぬ。

 それは、と今度は隣から驚いた声が聞こえてきた。



「それは、知りませんでした。おめでとうございます。ヴィデロさん、ですよね。ランディさんのお友達の。そういえば仲睦まじく寄り添っていたのを覚えています。とうとう婚姻の儀を受けられたのですね。感慨深いです」

「ありがとうございます。成人したので、受けてきました」



 それはそれは、と嬉しそうに頷くニコロさんは、さっきまでの笑顔とはまた違った心からの笑顔を浮かべて、すごく祝福してくれてるんだということが伺えて、胸があったかくなった。

 でもそれはそれ。これはこれ。



「というわけで、俺、関係者なんです。なので、ちょっとそこら辺の確認をしたくて」



 俺に声を掛けられたことによって驚愕から立ち直った侯爵は、なんかおかしなものでも見るような視線で俺を見た。



「……それについての指示は、王太子殿下から出ており、守秘義務がありますので、私の口からは何もお教えすることは出来ません」

「じゃあ、あのおっ……王太子殿下がちゃんとしろって言ったら、ちゃんとするんですか? っていうか今までの差額はどこに消えたのかちょっと気になるんですけど。騎士団の予算も大分削ってますよね」

「お答えできかねます」

「じゃあすべての責任は王太子と。なるほど、『先見の魔術師』が王太子を切ろうとするわけですね」



 わかりました。差額はこいつらの懐ですね。王太子がいるから公然の秘密の様なものですねわかりました。それにしても危なかった。今、王太子をおっさんっていうところだった。

 止めた自分を褒めていると、侯爵の口から唸るような声が漏れた。



「さ……『先見の魔術師』に、切られた……」

「はい。俺、ちょっと『先見の魔術師』と知り合いでして」

「猊下と親しく、閣下と懇意にしており、さらに、『先見の魔術師』の知り合い……などと」



 侯爵は、ますます俺を変な物を見るような眼つきでガン見し始めた。

 だから、そんな目で見られても困るんだけど。



「フレード殿。ご本人を見ずに後ろを見るあなたのその癖は、悪癖ではないでしょうか」



 スッと目を細めたニコロさんが、いきなり口を開いた。

 その言葉を受けて、侯爵はハッとしたように表情を正した。



「そ、そのようなことは」

「私がこの地位に就いたのは、ほかならぬマックさんが諸悪の根源を消し去ってくださったからです。そして、長年の私の憂いを打ち払ってくださった。私の弟子とは言われていますが、その実、私は彼に返しきれない恩があります。ですので、そのような値踏みする視線で見られることは、不快以外の何物でもありません」



 ニコニコ顔のまますっぱりと切ったニコロさんは、顔は笑っていても目が笑っていなかった。



「殿下が失脚しようとしている今、あなたの立場が微妙なのは知っています。ユキヒラさんから話を聞いて、すぐにわかりました。あなたはマックさんを利用してご自分の立ち位置を確固たるものにしようとしてますね。そのようなことをしたらどうなるか、少し考えてみたらいかがか」

「猊下、それはさすがに侮辱……」

「侮辱かどうかは胸に手を当てて己の行動を顧みてから言っていただきたいと思います。ウル老師、薬師としての道を邁進するのはとても結構なことだと思います。が、少しは周りを見た方がよろしいかと」

「御忠告、痛み入ります」



 ニコロさんの言葉に、ウル老師が深々と頭を下げる。

 一連の流れで、この薬師棟の人たち全員が侯爵と王太子の裏金作りに協力させられていたことに気付いたと思う。

 冷や汗を流しながら、侯爵は取り繕う様に言い訳を述べ始めた。



「すべてのことは、王太子殿下からの指示であり……」

「その指示が正しい行いかどうかを考える意思も頭脳もおありでしょう。考えた末、ご自身の欲を最上と考えたのですか?」



 それをすっぱりと切り捨てるニコロさん。こんな強い一面もあったのかと感動する。



「猊下、あなたはご自身のお立場をわかっていらっしゃらない。教会は、王宮とはまた別の組織。よって、公務に口を出すことは出来ないかと存じますが」

「公務に口を出しているのではありませんよ。私はただ、恩ある者が救われるよう、力添えをしているだけです」



 だから教会王宮関係ないよ、って視線が言ってる気がする。

 それにしても、最後までこの人は自分が悪いとは思ってないっぽいよね。

 ああ、わかった。何でこんなにイラっとするのか。俺、責任転嫁して自分は全然悪くないっていう顔をする人、根本的に嫌いなんだよな。



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