これは報われない恋だ。

朝陽天満

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481、聖獣と契約

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 大分時間が経ってるから、あの人たちはいないとは思うんだけど。

 そう思いながらオランさんの後ろについて、ジャル・ガーさんの洞窟に入った途端、オランさんの背中にぶつかった。

 オランさんが、抜けたところで立ち止まっていた。

 もしかしてあの人たちがまだいたのかな、と背中から顔を覗かせると、人の気配はなくて。

 俺は目を見開いた。

 ジャル・ガーさんの腕が、割れて地面に落ちていたから。

 息を呑んで、俺は走り寄った。

 どうして。 

 もしかして、俺があの人たちに酒を売ったせいで、こんなことになったのか?

 咄嗟に手を拾って、背中を駆け上がった悪寒で呪われたことに気付く。

 でも体力減少だから後でいい。

 俺は頭が真っ白になりながら、インベントリから酒を取り出して、折れた場所に掛けた。

 生々しくなった腕をすぐにくっつけると、横からヴィデロさんがハイパーポーションを掛けてくれる。 

 元通りになった腕に、俺はホッとすると同時に泣きたくなった。



「俺が、あいつらに酒を売ったから……」

「マック。それは違うとジャル・ガーが言っている。石化を解いてやれ」



 動き出したオランさんが、ジャル・ガーさんを見上げながら俺にそう言った。

 俺が頷いて指をあげた瞬間、ヴィデロさんが「待て」と声をあげた。

 そして、俺の顎を手で持ち上げて、唇を重ねる。

 口の中に何か液体が流れ込んできて、思わず嚥下すると、スッと身体の中の何かが消えた。



「まずは呪いを解いてからだ」

「……うん」

「どう考えてもマックのせいじゃないから、そんな顔をするなよ」

「……」



 どうしてもヴィデロさんにうんと応えられなくて、俺は唇を噛み締めながらジャル・ガーさんの石化を解いた。

 灰色から青みがかった灰色の柔らかそうな毛並みに戻ったジャル・ガーさんは、大股で台座を降りると、オランさんの肩をポンと叩いた。



「もう治った。何ともねえからそんな顔するんじゃねえよオラン」

「すまない」



 ジャル・ガーさんの一言で、今の光景に一番ショックを受けていたのはオランさんだったとわかる。

 そうだよね。割られた辛さ、それでも何も出来ない辛さを一番知ってるのはオランさんだ。

 だからこそ、落ちた腕を見た時に動きを止めてしまったんだと思う。

 俺が、不用意だったから。

 ごめんなさい、と声を出そうとして、空気だけが洩れる。

 瞬間、ジャル・ガーさんが「マック」と低い声で俺を呼んだ。



「そんな風に気にされると俺が困るからやめろ。お前はいい奴だ。自分の呪いを後回しにして俺を治してくれるくらいにいい奴なのは知ってる。でもってな、あいつらはそうじゃない、それだけだ」

「でも、もし俺がお酒を売らなかったら」

「マックが酒を売らなかったら、腹いせに俺を粉々にして帰って行っただろうな。そんなことを思っていた」



 またも息を呑む俺に、ジャル・ガーさんがニヤリと笑った。



「あいつら頭から酒を掛けずに腕だけに掛けやがるから、動かせる腕で一人叩き切ったんだよ。こいつを壊せば行けるんじゃないか、なんて言ってたからな。そういうのは冗談にもならねえし、俺だって自衛くらいはする。一人が光になって消えていったのを見て、あいつらは俺の腕を割りやがったから、動く腕で全員を光に変えた。それだけだ。腕に掛けてくれてよかったぜ。何せ全員をぶった切れたからな」



 そうか。あの人たちがいなかったのは、ジャル・ガーさんが死に戻りさせたからか。



「また、やり返しに来るかもしれない」

「そん時はまたぶった切ればいいだけだ」

「だって石像のままだったら」



 ジャル・ガーさんは俺の呟きに、フン、と鼻を鳴らした。



「俺がバラバラになっても、治し方はマックが示してくれたから大丈夫だろ。なあ、オラン」

「……そうだな」



 オランさんはとんでもなく嫌そうな顔をしながら、ジャル・ガーさんの言葉に同意した。

 というかバラバラにならないでほしい。治す方は神経疲弊するんだよ。

 オランさんも似たようなことを考えていたのか、苦虫をかみつぶしたような顔でジャル・ガーさんを見ていた。





「さ、お前ら、用事あるんだろ。オランを連れ出すぐらいだ。ここで時間をくってていいのか?」

「そうでした。行かなきゃ」



 でも、と続けようとした俺に、ジャル・ガーさんは首を振った。

 肩を回したり伸びをしたりして、身体を解すしぐさをする。



「今日はもうあいつらの相手をして疲れたから、ここは締め切ることにするからよ。心配すんなって」



 そういうと、ジャル・ガーさんは小さく魔法陣を描いて扉に飛ばした。

 小さすぎて文字は読めなかったけど、扉が開かなくなる魔法陣らしい。



「もうそこから出れねえから、ここから跳べよ。魔素の乱れは俺が調整しておくからよ」



 じゃあな、と手を振るジャル・ガーさんに、頷いたオランさんは、俺を促すようにこっちを振り向いた。

 そして、肩に手を置くと、「お前は村に行け」とジャル・ガーさんに顎をしゃくった。







 後ろ髪引かれながら、俺は皆の残っていた洞窟内に転移魔法陣で跳んだ。

 俺たちが現れると、サッとタタンさんが頭を下げて、スノウグラスさんパーティーは歓声を上げた。

 そして、大きな獣が鼻をヒクリと動かして、顔を上げた。確かに狼だ。

 大きな狼は、きらりと光る円らな瞳をオランさんに向けて、口を動かした。



「そこで囚われている者の魔力が心地よ過ぎて離したくないらしい」

「俺の魔力!?」



 驚いたように霧吹さんが声を上げると、オランさんが獣に近付いていった。

 そして何事かガウガウと言い始める。言葉だとは思うんだけど、鳴き声に近いそれは、大きな狼には通じたようだった。

 オランさんは一言二言話をすると、頷いて霧吹さんを見下ろした。



「お前の……いや、この聖獣に名前を付けてやってくれ」



 オランさんの言葉に獣がガウガウ話しかける。

 オランさんが首を振って、またガウガウ答える。会話が聞こえないのがちょっと悔しい。獣語とかもあるってことだよね。覚えてみたい。



「名前ねえ……」



 霧吹さんは頭上でガウガウ言い合いをしてるのを全く意に介さず、うーんと悩むように首を捻った。



「すっげえふわふわで手触りよくて、黒が綺麗だから……ノワールかベルベット、なんてどうかな」



 その呟きに、獣がガウガウ答える。



「ノワールと呼べ、と言っている」

「ノワール? 気に入ったのか? 黒って意味なんだけど」

『気に入った』

「そっか気に入ったのか……って、ええええ? 何で声とか聞こえてんの?」



 驚く霧吹さんの顔を、獣、ノワールがベロンと舐める。



「主従契約が済んだから、これからはその聖獣はお前のものだ」



 オランさんがノワールに捕まったままの霧吹さんにそういうと、霧吹さんは驚いた顔のまま、またもええええと声を上げていた。



「待てって。ノワール、マジ? 何でいきなり主従契約結んじゃってんの俺ら?」

「お前が聖獣に名を与えた。聖獣はその名を気に入った。それが契約だ。聖獣はめったなことでこんなところに降りてくることはないんだ。しかし、極稀に山から下りてくることもある。普通はこんな風に主従関係を結ぶなんてことはないんだが、どうやらこれはお前を気に入ったらしいぞ。助けてくれたのも気に入ったし、怪我を治してくれた時の魔力の味も気に入ったそうだ。一緒に行きたいから連れて行って欲しいと言っている」

『我を欲しがれ』

「欲しがれったって……ここまでデカいと連れ歩くの無理じゃね?」

『小さければいいのか』

「まあ、小さいなら何とか連れ歩けるんじゃねえか?」



 霧吹さんがそう言った瞬間、ノワールはゆっくりと身体の体積を減らしていった。

 そして、ノワールに押しつぶされていた格好のままだった霧吹さんの腕の中に潜り込んでくる。



『この大きさならよいか』

「……っ」



 腕の中に潜り込んできた黒いコロコロの子犬を見て、霧吹さんは口を開いたまま固まった。



「か……」

『主?』

「か……!」



 か、しか発音しない霧吹さんに、皆の注目が集まる。

 ノワールも、子犬の姿でじっと霧吹さんを見上げた。あ、可愛い。



「可愛い……! うっそマジ可愛い! 何こいつ! ノワール? 何で俺ノワールと話出来んの? うわマジ? 俺が連れ歩いていいの?」

『主以外についていく気はない』



 コロコロの姿でそんなことを言うノワールのギャップにも霧吹さんはやられているみたいだった。身体を起こし、座り直して、ノワールを腕に抱きながら、「可愛いなあ……!」と悶えている。

 っていうか俺にもノワールの声聞こえてるけど。



「ノワール、こいつは霧吹って言うんだぜ。ご主人の名前、憶えとけよ」

『主は霧吹か』

「でもって俺はけんたろ。ノワールの御主人の仲間だ」

『けんたろ』

「向こうにいるのがスノウグラス。そしてこっちの厳ついのがヨロズってんだ。よろしくな」

『スノウグラス、ヨロズ。覚えた。よろしく頼む』



 皆にもノワールの声は聞こえていたらしい。

 普通にけんたろさんもノワールと会話していた。



「なかなか面白いものを見せてもらった。世の中には様々な者たちがいるんだな。なあ、マック」

「そうですね」



 オランさんが『ミスマッチ』の皆を見ながらそんなことを呟く。

 きっと今もまだグルグルとジャル・ガーさんの腕のことを思い出してる俺を元気づけてくれているんだと思う。

 オランさんがいうからこそ、その言葉が重い。でも、心に響く。

 視線を足元に向けると、繋いでいたヴィデロさんの手が、俺の手をギュッと握りしめてくれた。





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