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479、おまわりさーんこっちでーす
しおりを挟むまだまだ下り坂は続いている。来たことのない場所だからか、 マップにも周りの状態が全く描かれていない。
登るのは無理っぽいけど、下に行ってみたら何かあるかもしれない。
「どうやって戻るかだな」
「戻るだけならすぐなんだけど」
マルクスさんの言葉にそう答えると、マルクスさんは今思い出したように手をポンと叩いた。
「そっか。マックは転移の魔法が使えたんだったか」
「うん。戻るだけなら一瞬なんだけど、でも、戻ったらまたここに来れるかな。落とし穴に堕ちたような感じじゃなかったし、なんかのトラップが作動してたりしたら、もしかしたらだけど、ヴィデロさんたち、この先にいるかもしれない」
「そうだな。ただし、もし魔物が出てきて、俺の手に負えないもんだったら、躊躇いなく逃げるぞ。トラップにかかったのは俺とマックの二人だけみたいだしな」
「うん。よかった、ブロッサムさんとブロスさんはトラップに引っかからなくて。向こうの方からも何かしら調べてくれるだろうし」
「ああ」
マルクスさんは顔つきを改めて、でこぼこの下り坂を慎重に進み始めた。
俺も必死でついていく。今の所魔物の気配はないからいいけど、確かにマルクスさんでもてこずるような魔物がいたら、即二人で逃げようと心に決める。
滑り落ちないように気を付けながら慎重に足を進めていくと、途中からさらに角度が急になり、挙句の果てには崖に近いような傾斜面になった。
「どうしようかな」
マルクスさんの作ったデコボコで何とか身体を支えながら下を見下ろすと、真っ暗で下は何も見えなかった。ここら辺はまだ仄かに光ってるから何とか周りの状態が見えるんだけど。
一本道なせいか、魔物が全然出てこないのが救いだよ。
マルクスさんが壁に剣を鞘のまま振り下ろすと、そこから割れた岩の欠片がコロコロと転がって下に落ちていく。
ちょっとだけ間が開いてカツンと音がしたから、そこまでは高くないかもしれない。
前にクラッシュと一緒に考えた飛行の魔法陣魔法で、下まで行けるくらいの高さかもしれない。
俺はマルクスさんに「下にいこう」と提案した。
「流石に下がどうなってるのかわからねえから、飛び降りるのはやめた方がいいんじゃねえか?」
真顔で返されたので、俺は「飛び降りないよ」と首を振った。
「前にクラッシュと一緒に飛行の魔法陣魔法を考えたんだよ。それを使ったら多分下まで行けるよ」
「へぇ……クラッシュもマックも、すげえことやってるんだな」
「そうでもないよ。でも、問題なのが、どうやってマルクスさんを下ろすか。俺、マルクスさんを抱き上げるなんて出来ない……あ、そうか。ちょっといい?」
マルクスさんは俺の言葉に一歩だけ後退した。
何も怖いことしないのに。
「い、いやん。マック、こんなところで俺に何する気?」
ふざけてそんなことを言うマルクスさんに、俺は有無を言わせず魔法陣魔法を飛ばした。
重力軽減の魔法陣を。
そして、落ちないようにでこぼこに足を掛けながら、マルクスさんに近付いて、「俺が、マルクスさんを抱っこするに決まってるじゃん」と手を伸ばした。
「え、えええ? おわ、ちょ、待てマック! すっげえ複雑な気分なんだけど!」
マルクスさんの悲鳴に近い声を耳元で聞きながら、俺は片手でマルクスさんの身体を抱っこした。
狙い通り。軽い。っていうか重さは変わってないのかもしれないけど、ふわっと抱き上げられた。
もう片方の手でインベントリから瓶を取り出して一気飲みすると、俺はちゃんと掴まっててねと注意して、飛行の魔法陣魔法を描いた。
クラッシュの様にスピードを出すつもりはないけど、浮き上がると途端にぐいぐいMPが減っていくので、一応インベントリから二本ほどマジックハイパーポーションを取り出してマルクスさんに持っていてもらう。
意を決して崖からフワッと下に下に飛んでいく。まだ足が着かないところでMPが残り少なくなってきたので、マルクスさんから一瓶預かって飲み干すと、またも下を目指して少しだけスピードを上げて飛んだ。下が暗くて見えなくて本当によかった。きっと見えてたらこんなことできなかったよ。マルクスさんが俺に抱き着いてるのも視界が遮られてよかったんだと思う。
用意したもう一本を飲むことなく、俺たちは地面に足を付けた。
瞬間、マップの間近にヴィデロさんたちと思わしきマークが浮き上がる。
もしかして、階層が違ったから映らなかったのかな。ってことは、やっぱりここはダンジョンみたいなものなのか。
「マック?」
ヴィデロさんの声が聞こえたので、俺は「ヴィデロさん!」と声を響かせながら足を速めた。
「待て待て待てマック! せめて俺を下ろしてから急いでくれ!」
マルクスさんの焦ったような声で我に返った俺は、あまりの軽さにマルクスさんの存在が一瞬飛んでいたことに気付いた。
ヴィデロさんの声が聞こえたら、それ以外どうでもよくなるよね。
「……それは一体、どういう状況なんだ?」
呆れたような戸惑ったようなヴィデロさんの声がすぐ近くから聞こえて、俺はマルクスさんの筋肉の間から必死で前を見た。
ストンとマルクスさんが地面に降りながら、「違う、これは違うんだ……ヴィデロ、これにはふかあああああいわけがあってだな」とじりじり後ろに下がっていく。
視界が開けた俺は、目の前の暗がりの中にヴィデロさんが立っているのが見えて、駆け寄った。
「ヴィデロさん! 無事でよかった!」
思いっきり抱き着くと、ヴィデロさんは力強い腕でギュッと抱き返してくれた。
怪我もなさそうだし、無事そうで何よりだよ。
「ヴィデロさん、どうしてこんなところに?」
「それはこっちのセリフだ。マックとマルクスがどうしてここに? 俺たちがいるところがよくわかったな」
知らなかったんだけどね。俺たちもトラップに掛かったんだよ。情けないけどね。
奥の方からわいわいと「誰?」「助けか?」「よかった」とか声が聞こえてきたので、一旦合流することにした俺たち。
すぐ近くの岩の隙間から奥に行くと、いきなり広い内部空間になって、何かプレッシャーのような物が身体全体に掛かってくる。
部屋は全体的に明るかった。天井の方を見ると、誰かが出したと思われる魔法の球のような物が浮いている。
そして、数人の人たち。
その後ろには、大きな黒い塊が丸まっていた。
「ま、魔物……? の割には魔物表示じゃない……」
わけが分からないままヴィデロさんの手を握っていると、プレイヤーたちが一斉にこっちを向いた。
「薬師マック?」
「え、マジで?」
「うっわ本当に薬師マックだ」
何故か俺の知名度が凄かった。
すると、すくっと立ち上がった人が駆け足で近付いてきた。
すごくよく知っている人で、俺は思わず「どうしてこんなところに!?」と声を上げてしまった。
「スノウグラスさん!」
「マック君! マック君こそどうして」
「俺、ヴィデロさんたちを探しに来てトラップに掛かっちゃって」
見たところ怪我人はいなそうだった。
ヴィデロさんがどうしてこういう状況になったのかを説明してくれたんだけど。
ヴィデロさんたちが森の見回りをしていたところ、スノウグラスさんパーティーが山裾の方で魔物と戦ってるのが見えたんだって。大分苦戦してたようだから手を貸そうと近付くと、タタンさんが魔物の他に何かいるっていいだしたらしい。魔物を葬ってスノウグラスさんたちの背後を見ると、怪我をした大きな魔物のような獣がいたんだとか。
森の中で魔物に襲われていたその獣を助けようとしてたところに丁度ヴィデロさんたちが合流したらしく、その獣の怪我をスノウグラスさんのパーティーのヒーラーをしている人が魔法で治したから事なきを得たそうだ。
でもその獣が立ち上がって一声鳴いた瞬間、その場所によくわからない力が働いて皆がここに落ちて来たんだとか。
もしかして、そのよくわからない力が働いた場所が、俺たちが飛ばされた場所だったのかな、なんて思う。
そしてその獣は、今まさに後ろで丸まっている獣なんだとか。魔物の赤いマークじゃなくて、NPC的マークだから魔物とは呼べないよね。
「むこうにいる霧吹きりふきがこいつを治したんだけど、どうも霧吹を気に入ったらしく、離れようとしないんだ」
一人獣の腕の中にいるプレイヤーが、苦笑いしながらこっちに手を振っている。
あの状態だからか、帰るに帰れなかったらしい。
「薬師マック君。もしよければこの状況を打開してくれないかー?」
獣の隙間からそんなことを言ってくる霧吹さんは、それでも無理に腕を退かそうとはしない辺り、優しいんだと思う。
「俺たちもどうしていいのか戸惑ってな。タタンはこういう奴に懐かれるのは珍しいからラッキーだななんて呑気だし」
「こういう霊峰の上の方に住むやつらは、普通人族にこんな風に懐いたりしないんだぜ。ラッキーだろ」
「ほらな」
確かに、獣人の感覚としてはそうなのかもしれない。
大きな獣はモフモフで、包まれるのは確かにラッキーだよなと素直に思う。
「よかった……皆が大怪我して帰ってこれないのかとやきもきしてたんだ」
「心配かけてごめん」
「無事だったからいいよ」
ヴィデロさんがギュッとしたので俺もギュッと厚い胸板に顔を埋めると、後ろから「あーあーごほん」とマルクスさんがわざとらしく咳をした。
「お前ら状況を考えろよ。ほら、スノウグラスたちが目のやり場に困ってんだろ」
マルクスさんの言葉につられるように皆を見回すと、全員と目が合った。
皆めっちゃガン見してたんだけど。誰が目のやり場に困ってるんだろうってくらいガン見されてた。
「マルクスー。お前無粋だろ。番の抱擁を邪魔するんじゃねえよ」
「タタン……あのな、人族の間じゃ、恥じらいとかそういうもんがあってな」
「そんな無駄なもん捨てちまえよ」
「タタン、それが無駄じゃねえんだよ。聞け」
真顔でマルクスさんはタタンさんに近付いて手招きした。そして身を屈めて耳を口元に近付けたタタンさんに、マルクスさんが。
「いざって時にほんのちょっとの恥じらいがスパイスになってさらに燃えるんだよ。恥じらいってのは結構大事だぜ?」
はい、教育的指導。
マルクスさんは、他の見回り隊の門番さんに脳天チョップを食らっていた。
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